辺境領の業務日誌 あるいは新人領主とその秘書官のドタバタな日常 作:雅媛
サーシャに修理してもらった鞘は、見た目はそう大きくは変わらなかったが、中身は完全に変わっていた。
「カチャカチャ変な音がしなくなった」
修理された鞘を下げて、アーシェロットは嬉しそうにくるくる回る。
傍にいただけのツバキにはわからなかったが、中が腐っていたせいで、剣が固定されておらず、金属音がしていたらしい。
「聖剣でも整備不要じゃないし、1月ぐらいたったらまた持ってきて」
「はーい」
「ご機嫌だね」
「音がしなくなったのもだけど、ツバキちゃんの魔法陣の効果もいいのかもしれない」
「単純な守護と幸運だから大したことないと思うけど」
「いや、絶対ツバキちゃんのおかげだね、愛を感じる」
「愛はないよ」
守護はちょっとした不幸を退け、幸運は文字通り幸運を呼び寄せると言われているが、詳細は現代には伝わっておらず、具体的な効果はよくわからないものだ。
ただ、魔力を流すと何か効果が生じているのだけはわかっている。
伝統的なものなので、お土産品などに刻まれる程度の物であり、効果があるとはとても思えないが、本人が気に入っているならまあいいか、とツバキは考えた。
「剣以外でも何かあれば言っとくれ。対応するから」
「あ、そうそう、材料について聞いておこうと思ったんだけど、鉄ってこの辺で取れないの?」
今までは輸入をしていたと聞いているが、工房の中に精鉄炉らしきものがあるのをアーシェロットは気づいていた。
ならば近くに材料はありそうだし、普通に作成もできそうに思うが……
「砂鉄なら結構取れるけど、正直労力が足りない」
「労力?」
「うちは家の修理もすれば、農具や料理器具の修理もしてる。それを全部ひとりで回してるから、鉄を作ってる余裕なんてない。町の連中はほとんど女だから、体力的にもできる仕事じゃないんだよ」
「サーシャさんはやってるじゃない」
「体格に恵まれているからな。あと火を使うから、火傷の跡とかもできかねないしな」
むんっ、と二の腕のアピールをするサーシャ。別に筋肉もりもりなんてこともなく、白く細い腕である。
長身だが細身のエルフである彼女が体力的に優れているとは思えなかった。
「手伝いが居れば、分業したりして鉄も作れると思う。ただ、帝都の製鉄所みたいに、産業になるほどは作れないだろうね。せいぜい町の分ぐらいだ」
「なるほど、わかった」
町にいる女性でも、ここの手伝いをできる能力のある人はいるだろうが、残念ながら彼女らも自分の仕事、大体農業だが、がある。それを辞めさせて、金物屋の手伝いに回す、というのは経済的に難しい。
この町での鉄器の需要は大きくない。輸入する代金を省くために地場生産をするなら、その人の分の給与を払う必要があるが、輸入代金は人ひとりが農業などをして生産する量を下回るのは明らかだ。
かといって、生産力が小さい子供などには、高熱の炎を扱う鍛冶の仕事は難しい。結局回せるだけの人員がこの町にはいないのだ。
どこもかしこもそんな状況である。人も増やせず、残された人間でぎりぎりで回しているというのが、ここの現状でしかない。
「じゃあ次は、町はずれの謎の建物かな」
店を出たアーシェロットはツバキを連れて、通りを抜けた先の町はずれを目指す。
町はずれには、今は使われてない建物が存在した。