辺境領の業務日誌 あるいは新人領主とその秘書官のドタバタな日常   作:雅媛

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新領主のお仕事 8

「迷宮が見つかって、人が来ることが予想されて建てたんだけど、結局迷宮が狭くて利用しがたいっていうことで人がほとんど来なくて、それで放置されてるのがここだよ」

「建物自体は傷んでなさそうだね」

 

 石造りのその建物は、家具なども何も残っておらず、埃は溜まっているがそれだけだった。

 もともと宿泊施設を目的に作られているらしく、個室が複数に大部屋が一つ、という単純な構造だ。

 

「ここ、使おうとする人いないの?」

「こんな馬鹿みたいに広いところ使ったら、掃除も大変じゃない。町の中にも空き家あるし」

「確かに一家庭で使ったら大変だね」

 

 逆に言えば、いくつかの家庭で共同生活をすることは可能そうな建物である。

 調理場や大浴場といった施設もそろっていた。

 

「このお風呂だけど、お湯はどうする予定だったかわかる? これだけの量のお湯を準備するの結構大変そうだけど」

「この辺り、温泉が出るから、それを使う予定だったとか聞いてる」

「温泉!!」

 

 山が近い町だし、温泉ぐらい出るのかもしれない。

 だが、役場含め、温泉を利用している形跡がないが……

 首をかしげるアーシェロットに、ツバキが補足する。

 

「水路の管理が大変で、今はもう使ってないよ。上下水の水路の維持をするだけでいっぱいいっぱい」

「あー、なるほど」

 

 温泉は無料でお湯がつかえるという点では便利だが、飲用水などとは別に管理する必要があり、利用するとしたら上下水道とは別の水路を用意する必要がある。

 ただ川の水を引いてきて、川に垂れ流す上下水とは違い、温泉はいろいろな成分が溶け込んでいるので、水路の痛みも早い。

 それだけの維持をする人が、この町では用意できなかったのだろう。

 

「源泉はどこに?」

「役場の裏の山にあるよ。歩いて5分ぐらいかな」

「結構近いね」

 

 利用を再開するのは難しくなさそうだ、とアーシェロットは判断する。

 町を少しでも富ませるためのプランをアーシェロットは考えていた。

 

「ま、温泉利用はおいおい考えるとしましょう」

 

 寂びれた町、というが意外と利用できる資源があることを確認できただけ、アーシェロットにはかなりの収穫のであった。

 

 そのまま建物を出て、町の外へと移動すれば、農地が広がっている。

 

「もうちょっと経ったら田植えが始まるね」

 

 川沿いの水が豊富にとれる場所は米を、川から離れたところでは麦を作っているらしい。

 

「ほかの町との水の争いは?」

「近くに他の町がないし、基本うちの町を流れている川なら下流は気にしなくて大丈夫だよ」

 

 水争いは時に大きな紛争になる。

 農業というのは、必要量の水が足りないと、収穫が減るだけに留まらず、全く無くなってしまう性質のものだ。

 なので、あとから上流で水の消費量が増えると、下流の水が足りなくなって収穫ができなくなってしまう、なんてことが往々に起こる。

 町の中だけなら、領主が調整できるが、外との調整になると一気に難しくなり、それで町同士の戦争になるなんてことはよく起きる話だった。

 

 だが、ここは山奥で近くに町はなく、川をこの町で独占しても問題にはならないだろうというのがツバキの話である。

 場合によっては、あまり気にせず開墾もできるということだ。

 

「ちなみに、他の町との境界はどこという認識?」

「山の方は、人が越えられるほど甘い山じゃないから、山のどこか、という認識だね。南の森は、真ん中ぐらいに祠があったでしょ。あそこが境界だと思う」

「なるほど」

 

 測量された地図などないため、町同士の境界もはっきりしない、なんていうことも珍しくない。

 ヴェステの町は三方が高い山に囲まれていて、南側は森になっているという、自然に囲まれた町である。山の方は、高すぎて超えるのが難しいため、こちらが利用できる範囲が町の領地、という認識であり、森の方は大体真ん中にあった祠で線を引く、という認識らしい。

 こんな適当な範囲の決め方でも、他の町との活動範囲が重ならない状況なら問題はない。だが、行き来が難しい山向こうの町はまだしも、森を挟んで行き来ができる南の町とは、場合によってはトラブルになるな、と覚えておく必要がありそうであった。

 

「これで町については大体見たと思うよ」

「ありがとうツバキちゃん」

 

 事前情報でもらっていた資料と、大きく差がない状況である。

 現地に行ったらまるっきり状況が違う、なんていうことも珍しくないことを考えれば、ツバキがまとめていた報告書の類はかなり出来が良いと言えた。

 

「で、何か思いついたの?」

「いろいろ、やるべきことは見つかったかな。ひとまず、人を外から呼びたいけど、それについて町の人の意見を聞きたい」

「領主権限で呼ばないの?」

「行商人とか一時的な滞在ならそれでもいいけど、住んでもらうつもりだから。ちゃんと説得しないとトラブルになるし、反対が激しければ諦めるつもり」

「こんなところに来る人いるの?」

 

 この辺境の町は人が出ていく一方である。

 働き手の男性など皆出て行ってしまっているような状況だ。

 人を呼ぶつもり、というアーシェロットの話はとても信じられなかった。

 

「まあ算段はあるからね。でもまずはツバキちゃんの意見も聞きたいし、戻って会議しよう」

「そうですね。先にお話聞いた方がいいかも。町の人が賛成しやすい言い方もあるだろうし」

「あとは役場の裏に露天風呂作りたいな」

「サーシャさん、忙しいんだからあまり苦労かけないで」

「大丈夫大丈夫、魔法で一発ドカーンと作るから」

「余計不安……」

 

 そんな話をしながら、二人は拠点である役場に仲良く戻るのであった。

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