辺境領の業務日誌 あるいは新人領主とその秘書官のドタバタな日常 作:雅媛
「いやー、温泉はいいねぇ。ちゃんと入ったの初めてだけど」
役場の裏側に突然できた露天風呂に、大きな白餅みたいな物体が浮いている。
温泉を満喫するアーシェロットである。
家に戻ったアーシェロットは、早速裏山の源泉に向かい、そこから役場裏まで、さっさと魔法で水路を築き上げたのだ。
土魔法を使い、地面に溝をつけ、役場裏の空いたスペースに穴を掘り、そこに温泉を流し込んだ。
余ったお湯は下水の水路に直結すれば、簡易の露天風呂は完成であった。
「ツバキちゃんももっと満喫しようよ」
「外から見える場所で、そんなにくつろげるアーシェロットが羨ましいわ」
簡易の露天風呂は囲いがなく、少し回り込めば見放題の場所である。
開放感がありすぎて、ツバキは全く落ち着けなかった。
もっとも見るとしても女性がほとんど、男性も子供ぐらいしかいない町の人か、山の動物ぐらいだろうが。
風呂をバシャバシャと泳いで、ツバキの目の前まで移動するアーシェロット。
後ろを向いて、ツバキの膝の上に座る。
拒否しようと思ったツバキだが、アーシェロットの竜の尻尾がツバキの腰に巻きつく。
めんどくさいなと思いながら、引きはがすのをあきらめたツバキは、アーシェロットの頬を揉み始めた。焼いた餅のように柔らかい。
「それで、人を呼ぶってどこから呼ぶわけ」
「候補は二つ、一つ目は魔王討伐で怪我をした傷病騎士だね」
「ふむ」
「魔王討伐の時に怪我をして、なかなか治らなかったり、もうまったく治らなかったりする騎士って結構出てるんだよ。そういう人のうち、信用できそうな人を何人か呼ぶつもり」
「怪我ってどの程度なの」
「今回呼ぶのは肌の怪我の人だね。魔獣の血とか毒を頭から浴びちゃったような人たち。動くことは出来るけど、外見が結構ひどいんだよ」
魔獣の体液というのは、生物に対して強力な毒であり、あびるだけでも体を腐食する危険なものだ。
討伐中、それを浴びてしまった騎士は少なくない。
ちゃんと処置をすれば命にはかかわらないが、肌は爛れるし、髪は抜けるし、外見がひどいことになる。
元に戻るのにも長時間かかるから、結構社会問題になっていたりする。
そういう人たちのうち、アーシェロットが信用できる人間を呼ぶことを考えていた。
「世話が必要だと難しいと思うけど」
「その辺は大丈夫。騎士だから野宿でも生きていけるぐらい丈夫だし生活力もある。治療はボクがするから」
帝都でも対応に苦慮している傷病騎士対応の一つだ。
五体満足なので、働くこともできるのに、外見のせいで外を歩くことすらはばかられる。復興で予算が必要な状況で、そういった騎士には働けと無責任に言う人間が多数いる一方、外を出歩いていると石を投げる人間すら現れる。
今はまだ、騎士側もあきらめているのでまだ問題にはならないが、この対立はいつか爆発しかねないとアーシェロットは思っていた。
それをこの町に引き取れれば、帝都から援助は貰えるし、労働力が増えるし、男性も増えることになる。いいこと尽くめである。外見さえ目をつぶれば。
「じゃあ大丈夫じゃない?」
「本当に外見やばいけど大丈夫?」
「あんまり気にしないと思うよ。困ってる人は見捨てられない人多いし」
「そうなの?」
「もともと流れてきた人しかいないからね」
昔からある町だと思いきや、ツバキが言うにはそうでもないらしい。
ツバキの生まれる前、ツバキの両親がここに来た時には、廃墟しか残っておらず、住民は一人もいなかったとのことであり、そこから廃墟を修理したりして住みつつ、森を越えて移住してきた人を集めたのがこの町だとか。
そんな経緯もあるから、住人の種族もばらばらである。
ツバキは純ヒューマンらしいが、東方系の血を引いていてこの辺では見かけないぐらい髪が黒い。
万屋のラン親子は獣人だし、金物屋のサーシェはエルフだった。
昨日のどんちゃん騒ぎの時にお酒をくれたおばあちゃんはドワーフだったし、さっき見た田んぼでは、妖精族の人たちが作業をしていた。
帝都も雑多な種族が居住していたのであまり気にならなかったが、通常地方では町ごとに種族が分かれている。文化や考え方が違うことがあり、トラブルになるためだ。
この雑多な種族の状況を見ると、確かに許容性は高いのかもしれない。
「で、もう一つは魔王討伐後に出てる流民の一部を引き取ることだね」
「流民?」
「魔王が出たあたりって土地が汚染されちゃうから、何十年も住めなくなっちゃうんだよ。そんなところにもともと住んでいた人たち」
大量に出ている流民のうち、この町で引き取ることができる人数はたかが知れている。
だが、魔王発生場所から遠く、流民受け入れに非常に消極的な南部において、最初に手を上げることにはかなりの意味がある。
あそこが受けたんだから、ということで、皇帝は南部の領主たちに圧力をかけるきっかけになりうるのだ。
人手も確保できて、帝国からの覚えもよくなる方法だ。
援助を引っ張り出せれば、それを運んでくる人員を行商人代わりに使うこともできる。
「どんな人が来るんですか?」
「受け入れ側から種族と性別は選べるから、それはみんなと相談してから決めていいと思う」
この町は女性ばかりだし、女性の方がいいのだろうか。
それとも、結婚相手を探したいから男性の方がいいのだろうか。
そういったことも町の人の意見を聞きたかった。
「で、そろそろ膝の上からどいてくれません?」
「やー、ツバキちゃん洗ってー」
ご機嫌に笑いながらそんなことをねだる、新人領主様。
ため息をつきながら、ツバキはその頬っぺたをこねくり回すのであった。