辺境領の業務日誌 あるいは新人領主とその秘書官のドタバタな日常   作:雅媛

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新領主の着任 2

 領主も代官も、領地の代表者という点では同じである。職分に大きな違いはない。

 だが、根本的な部分に大きな違いがある。領主は領地の持ち主だが、代官は第三者が領地の持ち主なのである。

 今まで、この辺境の町ヴェステは畏れ多くも帝国の皇帝陛下の直轄地であった。

 当然皇帝陛下は多くの領地を帝国各地に持っており、そのすべてを直接統治するなど、とてもできるわけがない。

 そのため、お膝元である帝都とその周辺以外の領地は、統治を任される者として代官として派遣されている。

 持ち主である領主と、統治を代理しているだけの代官には、この点明確に差がある。つまり、何かの理由で直轄地が褒美として誰かに与えられたりすると、代官はお役御免になってしまう。

 

 つまり、新領主を名乗る目の前の少女、アーシェロットは、代官であるツバキにとって、クビを告げる死神であった。

 ツバキが今まで行っていたのは小さい町の代官業であり、収入は低く貯金なんて全くない。

 家も町役場兼用の建物であり、自分の持ち物ではなく帝国から無料で借りているという形だった。代官をクビになれば追い出されるだろう。

 下手するとツバキは明日から家なき子である。

 

 いや、まだ絶望するのは早い。

 どう見てもアーシェロットはツバキと同年代から年下にしか見えない。

 こんな辺境とはいえ、この年齢で領地をもらえるのはおかしい。もしかしたら騙りかもしれない。

 そんな妄想すら浮かぶ程度には、ツバキは追い込まれていた。

 

「あの、アーシェロットさ「そういえばこれ、正式な書類ね。念のため渡しておくから」」

 

 混乱したままのツバキに、アーシェロットが渡したのは古めかしい羊皮紙で作られた書類であった。

 中を見れば、この辺境の町ヴェステを領地として、アーシェロット・フォン・ドラゴニアを領主とする旨記載があり、しっかりと皇帝の玉印が押されている。疑いようもない正式な書類であった。

 下の細々した記載の中に、ツバキが代官を解任される旨も小さく記載されており、クビが現実であることを突き付けていた。

 

「うーん、そのまま焼くとスジが多くて堅そうだし、今日はミンチにしてハンバーグかな。こんな大きいクマだと食べがいがあるよねぇ」

 

 すでに書類に興味をなくし、視線を解体されていく熊に移しているアーシェロット。どう調理するか楽しそうに検討している彼女の隣でツバキの目は死んだ。

 

 

 

 役場の前は広場になっている。町の人を集めて重要なことを決めたり、帝国からの重要な告知を伝えたり、はたまたお祭りを行ったりと、人が集まるために設置されている場所だ。

 100人足らずの町の人間が全員集まれる程度には広い場所であったが、今日は巨大な熊の死骸が置いてあるせいでどこか狭く見えた。

 

 人々が狭くなった広場を慌ただしく動いている。

 熊を解体する人、調理用に簡易な窯を用意し始める人、調理器具や酒を持ってくる人。大騒ぎしながら、調理の準備が着々と進んでいる。

 これだけ大きな熊だ。ここに運んで来るまでも目立っていただろうし、それを見てご相伴にあずかろうと町中の人が集まってきているのだろう。町の人間が全員ここにいるようだ。

 熊を狩ったアーシェロットもけち臭いことは一切言わず、解体された肉を好きなだけ持って行っていいと告げたため、町の人の目は肉食獣のような眼になっている。この辺境で肉を食べられるのなんてかなり珍しいのだ。

 好きなだけなんて言われたらみんなガッツリ持っていくだろう。

 そんな肉食獣だらけの、祭りのような大騒ぎからは少し離れた広場の隅で、ツバキはぼんやりとそれを眺めていた。

 

 明日からどう暮らしていくか。それを考えなければいけないが、頭がグルグルして全く考えがまとまらなかった。

 今までの日常が変わるなんて考えたこともなかった。だが、現に変わってしまった。

 この町に残るのは難しいだろう。なんせ仕事がないのだ。隣の大きな町へ行けば仕事はあるだろうか。

 

 喧噪の中、鎧を外してより軽装になったアーシェロットは、領主だからと偉ぶる様子もなく、自ら解体作業をしていた。

 今は、内臓をいくつか取り出しひもで縛って、建物の屋根に引っ掛けている。乾燥させると薬になり、高く売れるのだとか言っている。

 そのひっかけている建物が、ツバキがさっきまで住んでいた町役場の建物であるのを見て、ツバキは自分が仕事を失ったのをより強く感じてしまった。

 

 

 

 薬にならないらしい内臓は、洗われて適当な大きさに切られた後、鍋にぶち込まれた。

 モツ煮になるようだ。

 肝臓や心臓といった内臓を、アーシェロットは腰に下げていた剣でズバズバ切っている。

 すごい切れ味の剣だ。装飾もきれいだし、名のある剣ではなかろうか、とツバキは素人ながら思った。もっとも、使い方が包丁と変わらないのはいいのだろうかと、同時に疑問が浮かぶ。

 

 内臓を抜かれた熊の体は、毛皮を剥がされて肉になっていく。

 下処理として剥がれた毛皮は川の方へと運ばれていった。蚤などを取るため、流水に一晩漬けておくのだとか。

 内臓の下処理が終わったらしいアーシェロットが、剣を振るって肉を乱雑に切り分け始めた。

 

 切り分けられた肉を、町の人たちは思い思いに調理を始める。

 切り分けられた肉の塊をそのまま焼いてかぶりつく人。

 細かく刻んでミンチにして、その辺に生えているハーブと混ぜてからハンバーグにして焼く人。

 煮えたらしいモツ煮を食べ始める人。

 

 久々の肉料理に広場中が沸き上がっている。

 下手すると祭りの時よりも盛り上がる広場。

 ツバキはただ、一人その喧騒から取り残されていた。

 

 

 

「なんか元気ないね。おなかすいてるなら食べようよ」

 

 そんなツバキに最初に声をかけたのはすべての元凶であるアーシェロットだった。

 モツ煮の入った椀と木製のスプーンを渡され、思わず受け取るツバキ。

 

「栄養豊富な熊汁だよ。栄養ありすぎて2杯食べると多分おなか壊すから注意してね」

 

 まあ、ボクはこれ、3杯目だけど。なんて言いながら椀をすすり始めるアーシェロット。

 椀からは、いい匂いがしてツバキの鼻を刺激する。

 ツバキのお腹がグ~ッと鳴った。夕飯はまだ食べていないのだ。おなかは空いていた。

 一口、口をつけると内臓系の汁らしい、独特の味と風味が口に広がる。

 肉の類は久しぶりに口にしたかもしれない、なんて感想を頭に浮かべながら、ツバキはチビチビと汁をすすりはじめた。

 

「で、どうしたのツバキちゃん。チビっこ達、心配してたよ」

「そうですか、すいません」

 

 ツバキの様子が変なことは、町の人たちもなんとなく気づいていた。

 だが、本人が何も言わないため、遠巻きに見守るだけで今まで声をかけていなかった。

 もちろん久々の肉に忙しかったのもあるだろう。

 

 アーシェロットはツバキの顔を覗き込むと、おでこに手を当てた。

 いきなりの美少女の急接近にツバキは思わず息を吞む。

 

「熱はなし。病気でもなさそうだし、心因的なものかな。何か心配事?」

「わかるんですか?」

「これでも軍医もしてたからね。そこそこ心得はあるよ」

 

 どこからか、熊肉の串焼きを2本取り出すと、一本をツバキに渡し、一本を自分で食べ始める。

 

「まー、出会ってまだほとんど経ってないけどさ。これでも新人だけど領主さまだし、何でも話してよ」

 

 無邪気そうにそう述べるアーシェロットの笑顔がさらにツバキの心に刺さるのであった。

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