辺境領の業務日誌 あるいは新人領主とその秘書官のドタバタな日常   作:雅媛

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新領主の初仕事 2

「ツバキちゃんには3つの選択肢があります」

「そうですか」

 

 朝食は昨日の熊のモツの煮込みの残りであった。

 体がでかいだけあり内臓もたっぷりあったせいで、煮込みは大鍋3杯分にもなっており、昨日皆で食べてもまだかなり残っていた。

 冷えてゼリー状に固まった煮込みは、なかなか独特の匂いと味で、あまりおいしいものではなかったが、おなかは十分膨れそうだ。

 

「一つは責任取るからお嫁さんになること」

「却下」

「もうちょっと悩んでよ」

「前向きに検討いたします」

「帝国的官僚表現やめてよ!?」

 

『前向きに検討いたします』は絶対拒否の意味合いで、一番強い拒否の婉曲表現であるのは帝国官僚にとっては常識である。

 ちなみに同性婚自体は、一般的にはあまり推奨されないが、帝国法上可能ではある。

 一般的に推奨されないのは、家をつなぐという点で見れば子が作れない結婚は価値が低いからであり、それでも可能なのは、愛を至上とした純愛帝が同性婚を認めたからである。

 

「で、二つ目は?」

「ここに住み続けて私の秘書官になることだね」

「秘書官?」

「お仕事のお手伝い」

「なるほど、でも給料出せるんですか?」

 

 この町の税収は代官として当然把握している。

 町の維持のために必要な各種費用を負担すると、代官分の給料すら足りたかどうか怪しいだけの税収しかない。

 基本直轄領では、税として農作物なんかを徴税官に物納し、代わりに代官の給料や町の維持のための資材を徴税官が持ってくるのだ。そのため、徴税官の物品輸送が、行商人すら来ない地域への実質的な行商行為にもなっていた。

 輸送コストなんかを考えると、収支的には町の方がプラスなのではないだろうか、とツバキは考えていた。実際辺境だと帝国の支配が及びにくいため、地域の安定のためある程度優遇されていると聞いたこともある。

 

 だが、ここがアーシェロットの領地になれば、すべて領内の税収でやりくりしなければならない。

 彼女本人の生活費はもとより、行商人代わりの徴税官も来なくなる以上流通の確保も課題としてあり、それがまたコストとしてのしかかってくる。

 そんな中、秘書官を追加で一人雇うだけの余裕があるのか、ツバキには非常に疑問だった。

 

「報告書が事実ならまあ大丈夫でしょ」

「全然大丈夫じゃないと思うんですが…… ちなみに三つめは?」

「ボクの奴隷かな」

「急に剣呑な話になった!? なんで!?」

 

 奴隷という制度自体は帝国に存在しているが、刑罰としてである。

 領主など一定の相手の生殺与奪の権限をすべて預けるこれは、死刑の次に重い刑罰であり、めったに課されるものではない。

 

 全く丁寧でない対応ばかりしてきた自覚はあるが、そんな罰になるようなことをしている自覚がツバキにはなかった。

 

「ほら、ボクの唇奪ったから」

「貴族に事故チューしたら奴隷とか聞いたことないんですけど!?」

「貴族だったらそこまでだけど、ボクこれでも皇族だからさ、不敬罪」

「はぁ!?」

 

 帝国において、皇族というのは至高の存在だ。そんな相手なら事故チューでもだめかもしれない。

 だが、皇族といわれるのはかなり限定された範囲である、と暇つぶしに読んでいた法律書に書いてあったのをツバキは知っている。

 確かにアーシェロットの任命書の姓はドラゴニアであり、皇帝と同じだが、この姓はそこまで珍しいものではない。

 歴代皇帝の誰かの血を引いていれば名乗れる上、貴族として家を継ぐとその家の苗字になるから、その苗字を名乗るのはむしろ平民の方が多いぐらいだ。帝国も何百年と続いている以上そんな人の数はバカにできないぐらい増えていた。

 こんな辺境領主になるぐらいだし、とてもやんごとなきお方とは思えなかった。

 

「いやだってさ、ボク、現皇帝の一人娘だし」

「噓でしょ……」

「証拠がこれ、聖剣ドラゴンファング。初代皇帝の爪を使って作られた聖剣だよ。さびない鈍らないと、すごいやつなんだ」

「あなたそれで熊捌いてたよね!?」

 

 よく切れるなと思ってはいたが、さすがに国宝級の聖剣だとは思っていなかった。

 そんな国宝で熊を捌いていた目の前の少女の頭をツバキは疑った。

 

「いやー、ボクとしては奴隷でも一向にかまわないよ。毎日一杯可愛がってあげるから。大丈夫大丈夫、痛いの「秘書官でお願いします」えー」

 

 騙りの可能性を考えないといけないぐらい大規模な話だが、少なくともここの領主に任命された書状は真正に見えたし、騙すにしても噓の内容が盛大な一方騙す相手がショボすぎて嘘をついているとも思えなかった。

 だったらこの三択のうち一番まともそうな秘書官をツバキは選んだ。

 

「じゃあ、今日からよろしくね、ツバキちゃん」

 

 ツバキの答えを聞いたアーシェロットは、なぜかとても嬉しそうだった。

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