辺境領の業務日誌 あるいは新人領主とその秘書官のドタバタな日常   作:雅媛

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新領主の初仕事 4

「で、あとはどうします? 領主さま」

「ツバキちゃんとデートかな」

「……」

「いひゃいよツバキひゃん!!」

 

 ふざけたことを言うアーシェロットの頬の両側をつまんで、ツバキは開くように引っ張った。

 ぷにぷにで柔らかい。

 

「ふざけたこと言うと、ちぎるよ」

「!?」

 

 ツバキの目は本気だった。

 普通の女性の腕力で人間の頬をちぎるのは無理だが、彼女はどういう原理かはわからないが大熊の関節を引きちぎれる程度に怪力だ。

 アーシェロットの頬も本気でちぎれるだろう。

 

 アーシェロットは瞬時に考える。

 このままふざけ続けるのはだめだろう。

 マジでちぎられる可能性はそう高いとは思わないが、普通に嫌われる。冗談は適度なぐらいがいいのだ。すでに結構適度を超えていそうだけど。

 権力に物言わせて黙らせるのはもっとNGだ。領民や家臣に威圧的に出て距離を置きながら統治するというのが間違っているとは思わないが、アーシェロットには向いていない。あと、ツバキちゃんとは仲良くなりたい。

 そうすると選択肢は一つだった。

 

 アーシェロットは土下座した。

 場所は日中の広場のど真ん中である。

 

 当然周りにいた町の人も見ていた。

 皆ひそひそ話をしている。

 新領主さまの土下座に興味を惹かれてさらに人も集まってくる。

 

「アーシェロット?」

「ごめんなさい」

 

 謝って顔を上げると、ツバキはとてもいい笑顔だった。

 

「ふざけるなって言ったよね?」

「むぎゅー!!!」

 

 再度頬をつかまれ、引っ張られるアーシェロット。

 モチモチの頬はびよーん、と伸びた。

 

 

 

「乙女の顔をなんだと思ってるんだよぉ」

「お餅の一種かな」

 

 白い頬を真っ赤にしながら抗議するアーシェロットだが、ツバキの反応は冷たかった。

 スルーし始めたともいう。

 

「で、今日はどうするわけ?」

「ひとまず町を一周見回りたいかな。案内して」

「はぁ、最初からそう言えばいいのに」

 

 アーシェロットが事前に知っている情報は書面上の情報だけだ。

 これはこれで役に立つのだが、情報が古い可能性や、見逃されている可能性がある。

 だから実地を見ることも大事だった。

 幸いというべきか、町自体は非常に小さいので、そうも時間はかならないだろう。

 

 早速出発しようとしたツバキの手をアーシェロットが握る。

 

「?」

「ほら、迷子になるといけないし、手つないでいこう?」

「……まあ、そうね」

 

 振り払うことも考えたツバキだが、アーシェロットの気の抜けた笑顔に毒気を抜かれやめることにした。

 そのまま二人は手をつないで町を回り始める。

 

「まずはここ、町の広場。何かあればここに集まってやる感じね」

「定期的に何かイベントとかやるの?」

 

 役場前の広場は石畳でしっかりしたつくりだし、スペースも結構広い。

 いろいろなイベントが出来そうだが、定期的に何かやるのだろうか。そういうものがあるなら領主としても準備が必要だが……

 

「ここ2年ぐらいは何もやってないね。前は収穫祭ぐらいはやってたけど、父が亡くなったのと魔王討伐が始まったのが重なって、何にもなくなっちゃった」

「それはそれで問題だねぇ」

「そう?」

「そういうイベントごとはストレス解消になるし、生活に一区切りつけるためにも必要なんだよ。そうしないとどこで心機一転するかわからないし」

「そんなものですか」

 

 いまいちピンとこないツバキ。地元民だが、基本統治者側の教育を受けていない彼女にはそういう話はイメージがつかなかった。

 

「昨日の奴は突発だったし、ちゃんと就任式やったほうがいいねぇ。1月後にやるから準備手伝ってね」

「構わないけど…… お金どうするの?」

「できるだけかからないようにするけど、ま、あとでまた相談しましょ」

 

 イベントをやればお金がかかる。

 おそらく昨日みたいに、何か振舞ったりするだろうし、場合によっては人を呼んだりする必要もある。

 そんな予算の余裕がないのだが…… ツバキはあとで、そのあたりも確認する予定だった。

 

「で、こっちが住宅街かな?」

「そうだね」

 

 役場から、広場を挟んで向かい側には、住宅が幾つも建っている。

 町の真ん中を通る通り以外は道が狭く、人がすれ違うのも難しいぐらいだ。

 ところどころで会う人たちに、アーシェロットは笑顔で手を振る。

 昨日の今日でもう仲良くなったのだろうか。確かに昨日の騒ぎには町の人はおそらくほとんど全員いたし、最低限顔見知りになっているのかもしれない。

 コミュニケーション能力が高い。

 

 時々胸や尻が引っ掛かるアーシェロットに対し、頭を1回ぶつけたぐらいで特に引っかかることのないツバキ。

 何か格差を感じながら、住宅街の中を走る細い路地を二人は抜けていく。

 

「何か気になったところは?」

「うーん、火事になったら大変そう」

 

 道が狭く、軒が近いので、一度火が付いたら全部燃えてしまいそうだ。

 そんな心配をアーシェロットは抱いた。

 

「対策考える?」

「難しいよね。多分ちゃんとやるんだったら建物を石造りにして、道を広げないといけないからほとんど建て替えだよ」

 

 少ないとはいえ、何十という建物があり、それを作り直すとするとすごい労力である。

 崩れそうな家もあるが、それを建て替えることもできていないのに、対応は非常に難しそうだった。

 そんな話をしながら、二人は住宅街の路地から大通りへと抜けるのだった。

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