辺境領の業務日誌 あるいは新人領主とその秘書官のドタバタな日常   作:雅媛

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新領主の初仕事 5

「ここがメインの通りだね」

「なにがあるの?」

「万屋さんと金物屋さんが1件ずつあるね」

「へー」

「まあ、みんなお金なんてほとんど持ってないから大体物物交換だよ。米とか小麦とか、そういうもので買い物してる」

 

 そういいながら、二人はまず万屋へと赴く。

 他の建物とそう変わらない木造建築だが、入り口が広く、看板が置いてあった。

 開いていた扉か中に入ると、薄暗い室内の棚には布や服、塩やちょっとした菓子、そんなものが置いてある。

 入り口近くの腰掛の上には直径1m弱の金色の毛玉が置いてある。なんだろうか、とアーシェロットは首を傾げた。

 

 ツバキが「ラン、居る?」と声をかけると、奥から狐の獣人の女性が出てきた。

 白い小袖に紅袴を着た、身長はアーシェロットより少し小さいぐらいの彼女は、万屋の店主であるランである。

 外見だけならアーシェロットよりも年下に見えるが……

 

「領主様、いらっしゃいなのじゃ」

「今日は買い物じゃなくて相談だね。アーシェロットにも決めてもらわないといけないし」

「ん? なになに?」

「今後の仕入れだよ。今年の秋は徴税官も来ないから、町の外から何か買うには自分で手配しないといけないし、それをどうするか、何が町から出せるか考えないと」

「あー、領主がそれも手配しないといけないのか」

 

 毎年、秋になると荷物を満載した馬車を引いて、徴税官が町を訪れていた。

 納税品と少しの交易品を渡して、代わりに援助品と交易品の代金代わりの注文した物品を置いていく。

 そうやってこの町は町の外からの物を手に入れていた。

 そして、納税品を集めたり、その外から手に入れた品を町に流通させているのがこの万屋だった。

 町の最重要設備である。

 

「外から買わないといけない物って何があるの?」

「糸と鉄と塩じゃな。全部ここで作ってないが、絶対需要があるからの」

 

 何が必要かという質問にランが答える。

 この三つについては今まで外部から運んできてもらっていた。

 生活必需品であり、これ無しで生活するのはさすがに厳しかった。

 

「気候的に綿ぐらい作れそうだし、山も近いから鉄ぐらいとれそうだけどそのあたりどうなの?」

 

 必要なのはそうだが、輸入しないで済ませられないか。

 アーシェロットは自給を考えた。領主としては当然である。

 そもそも、山から鉱物ぐらいとれそうだし、繊維は最近流行りの綿花なんか育てれば解決しそうだと彼女の知識から導き出したが、それはあくまでそれは理論上の話だ。

 

「綿は栽培経験がないから育てようとはだれも思ってないね。種を仕入れるのも大変だし、何より肥料がいっぱいかかると聞いてるから」

「あー、そっか」

 

 確かに種だけなら商人に頼めば仕入れられるかもしれない。

 だがそれはかなりお金がかかり、この町で負担できるかは疑問だ。

 更に、この町の主要産業は農業であり、主に米と麦を作っていて、他には自家消費用の野菜なんかを細々と作っている。

 だが綿花のような商品作物など栽培経験がないのだ。

 ノウハウはないし、そのノウハウを教えてもらえる先も知らない。試行錯誤をしている余裕もない。

 油が取れて、繊維も取れる綿花は確かに価値が高いが、簡単に育てられるものではないのだ。

 

「毛皮は?」

「この辺りは暑いからの。毛皮はあまり着たくはないのじゃ」

 

 モフモフした尻尾をうっとおしそうにブンッ、と振りながらランが答える。

 アーシェロットなら熊も狩れるし、毛皮はそれなりに確保ができるのだろう。

 だが、ここは冬の間でも平地には雪が積もらない程度の暖かい地域だ。毛皮はあまり着たいものではないだろう。

 

「ひとまず服関係は輸入必須かぁ…… あとは食べ物関係は?」

「塩だけは欲しいがの。他にはないかの。余計なものを買うほどの余裕もないし、食料自体は不足はしないしのぉ」

 

 贅沢をしようと思えばいくらだって上があるが、そんな余裕なんてこの町にはない。肉だってめったに食べられない。

 保存にも使える塩が基本で、それにプラスしてその辺に生えている草を香草にして味変するぐらいだ。

 

「それと、鉄って言ってたけどそれは?」

「それは金物屋のサーシェに聞くのじゃ。わらわは彼女から必要なもの聞いて取りまとめてるだけだからの」

「必要なものほかには何かある?」

「ないのぉ。この三つさえ入ってくれば、生活はできるからの」

 

 そんなことを言いながら、ランは木製の椀に鉄瓶から液体を注ぎ、二人に渡す。

 お茶のように見えるそれに、二人は口をつける。

 すさまじく苦く、顔をしかめる二人。

 

「なにこれぇ」

「うわ、今日はすごく苦く感じる……」

「薬草茶じゃ。疲れているときに苦く感じるんじゃが…… 二人とも働き過ぎでないかの?」

「え、ランさん薬作れる感じ?」

「ま、長く生きてるし一通りは、といったところじゃの」

「この辺りってどんな薬草取れるの? もしかしたら外に出したら売れるかも?」

「わらわが取っている物は近場で取れるものだけだからの。ほれ、その棚に入っている分だけじゃ」

 

 ランが指す先には小さな棚があり、その中には乾燥させた薬草が入っていた。

 棚の上には、いつの間にか移動した毛玉が堂々と載っている。棚より大きい。

 

「この毛玉、なに? モフモフだけど」

 

 モフモフとか可愛いものが好きなアーシェロットは毛玉に思わず手を伸ばすと……

 ぼふんっ! と毛玉が顔面向かって体当たりして来た。

 そのまま毛玉は弾むと、ランの腕の中に納まる。

 

「ボタン、お客様にいたずらしちゃダメなのじゃ」

「なんかボフッとしたけど、なにそれ? ペット?」

「うちの娘じゃ」

「娘? そっか娘か…… 娘!?」

「ボタン、あいさつするのじゃ」

 

 毛玉が弾んで空中で一回転すると、一瞬にして人型になる。

 ランの隣に降りた少女は、ランとそっくりの顔の狐の獣人である。

 背はランより少し高く、並ぶとボタンの方が姉の姉妹に見えた。

 

「ん、ボタン」

「ボタンちゃんよろしくね。昨日領主になったアーシェロットだよ」

「領主様」

 

 それだけ言うと、ボタンはまた毛玉になってランの腕の中に戻ってしまった。

 

「人見知りで甘えん坊なのが困ってるのじゃ」

 

 そういいながら毛玉の娘をなでるランの手はひどく優しかった。

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