何気なく入った小路にある店で古着の浴衣を三着貰った。饅頭を差し出すと急須が載ったお盆を用意してくれて、皿に置いてくれとの事。
「次は酒を持っておくれよ。酒」
麻の浴衣は肌触りが良く、火照った身体をひんやりと覚ましてくれる。正直、饅頭だけで貰える代物では無い。
恐る恐るそう尋ねてみると、店主はじろりと睨んで鼻を鳴らした。
「なら将棋に付き合え。どうせ用は無えだろ」
彼は奥から将棋盤を持ってきた。私もこの辺りの話が聞きたかったので駒を並べた。
本当の名前も過去も思い出せないのに将棋のやり方は覚えているのがおかしいものだ。饅頭と濃い渋茶が合う。
影が傾いていく。パチリと弾く音が淡々と流れている。
私が墨顔と名乗ると店主はカラカラと喉を鳴らした。そんまんまだと。話は弾む。店主は五郎兵衛と言うらしい。
私はこの街では物品交換が主なのかと聞くと彼は頷いた。
「甘いもんと酒だな。金はここじゃあただのクズ石よ」
しかしよくそれでこの街は成り立つもんだ。在庫の補充はどうするのかと尋ねると、彼はしばらく固まったが、納得したのか何度も頷いた。
「何だ。墨顔だから妖かと。人かぁ、珍しい」
現世から生きたままこの世界に来た人間。つまり私みたいな存在は偶に来るらしい。では貴方はどうなのだ。人外なんだろうか。
「さてね。だけどこの店から離れられないんじゃあ、人じゃねえだろうな」
五郎兵衛は気付いたらここに居て以来ずっとこの店で働いているのだと。外には出られない。最初に呑んだ店の主人もそう言ってたな。
まさか全ての店員がそうなのか。それは何というか……私だったら辛いな。
「そうでもねえ。もう何十、何百年もここに居るが退屈を感じた事は一度も無い。多分、俺ぁ亀になったんだろうよ。もしくは枯れ尾花だな」
彼は王手、と呟いて飛車を動かした。詰みだ。私は降参してお茶を飲み干した。ご馳走様。
また来ますよ。やられっぱなしは性に合わんのでね。
「は、は。似合うな。流石俺の見立てだ。そうだ。古いが下駄をやろう。靴じゃあ音が鳴らんだろ?」
からん。うん、久々の履き心地。これだこれ。覚えていないのにな。けれど懐かしい。
余りの着物と着替えた服は後で届けてくれるらしい。疑う訳では無いが着ていた服が失くなっても気にはしない。
小天狗が運んでくれるとは。見たいが悪戯好きだから会わない方が良いと言われる。先人の言葉は素直に聞こう。
「次は酒だぞ。墨顔」
はいよ、じゃあまた。ああ、そう言えば聞きそびえていた。着物を売り切ったらどうするんで?
五郎兵衛さんは静かに指を差した。その先には先程吊るしてあった着物があった。貰ったのと同じ麻の着物だ。
「便利だろ。不思議だけど」
成る程。金が要らない訳だ。
店は売り物があるから店なのだ。故にそこが店である限り品物が無くならない。減っても補充される。
私の適当な推測だけれど。
ふむ。となると当面の目標は酒と甘いもの探しだな。私は店を出て街をぶらついた。
カラン、カランと下駄が鳴る。宿のあの子にお土産を、と。