焼き鳥とビール。あるのか。なら昼呑みといこう。
湯屋があった通りを道なりに進んで端の方まで行くと大池がある。上野にある不忍池を思い出す蓮池。
この池の周辺には屋台がぐるりと囲んであって、その中の赤い屋根から煙が立ってたので寄ってみた。
「饅頭ですかい。こりゃ懐かしい。どうも」
軟骨と皮。塩とタレ両方頂く。ベンチがあるので腰を下ろす。
後ろに屋台が並んでいるが客が来ないのか静かだ。店の者も酒を呑んでいた。
先程の賑やかな雰囲気も良いが蓮を見ながらのビールも悪くない。まだ日が昇っているのだから尚更だ。
……誰が言ったかは忘れたが蓮がある池は死体が沈んでいるという。桜の木の下だろうと返すと、あんな美しいものが醜い死体を養分にする訳が無いとそっぽを向いた。
彼か彼女は死体は埋めるより沈めた方が良いのだと私の肩を叩いていた。明るい人だ。しかしどうしても顔が思い出せない。
記憶は無いのに、どうでもいい事は思い出せる。難儀な脳を持っているようだ。
ビールを一気に。喉に炭酸が滑り落ちて急速に潤う。それで焼き鳥を食べてまた呑む。この繰り返しが堪らない。
空いた皿とコップをベンチに置いて、ふと振り返るとそれらは綺麗さっぱりと無くなっていた。ゴミ箱が見当たらないかと思っていたがそういう事か。
深く考えても手が届かないのなら気にしてもしょうがない。私みたいな酒呑みには有難い。それだけだ。
このままぐるりと屋台を回って、もう一杯。次のつまみを決めていると、後ろから誰かが引っ張ってきた。
「…………」
その顔には見覚えがある。狐面を被った男の子。先程手拭いをこの子に渡していたのだ。
膝を曲げてどうしたのかと尋ねると言葉は発せずに浴衣をくいくいと掴む。着いてこい、そう言ってるのだろう。
早足で駆けていってはこっちに振り返る。私が近づくのを見て、彼はまた走り出す。池の半周、つまり向こう岸まで行くと、彼はある屋台の前で立ち止まっていた。
天麩羅屋。油の良い音がした。
「ありゃ。連れがいたのかい」
男の子はかき揚げと書かれた短冊を指差して、此方を見上げていた。店主は苦笑しながら、ゆっくりと立ち上がって用意をし始めた。
「たかられてんね。何かあげただろう。これからもアンタを見つけたら強請ってきますぜ」
そうか。失敗したもんだ。とりあえず四つ。饅頭をどうぞ。
「へい」
狐面の彼は齧り付くように鍋を凝視している。私は辛めの酒と別のつまみを買いに出掛けた。
そこのベンチで集合だ。いいね?
◻️
拳骨程の大きなかき揚げと梅紫蘇に酒、それと蓮池が目の前にあるのなら息を長く吐ける。骨の隙間が緩んでいく。
「…………っ!」
この綺麗な景観を無視して隣の男の子は一心不乱にかき揚げを頬張っている。あっという間に一つを平らげてしまった。
しゃくっ、と歯切れの良い音を鳴らして口に溶けていく。やはり出来立ては良い。海鮮より鮮度が早い。
紫蘇と梅を練り合わせたのも彼に勧めたがぶんぶんと首を振って舌を突き出した。この酸味とほろ苦さが良いのに。
私と彼はしばらく蓮池に見入っていた。鷺が一羽、そこに居たからだ。
すらりと伸びた細い容姿。箸で突くように嘴を動かしている。それが何ともゆったりと動くので、目を奪われる。気がついたら隣の男の子は眠っていた。
そろそろ夕暮れか。早いもんだ。お土産を探して帰るとしよう。この辺りの店は塩っ気が濃いのが多い。私は好きだが、伊雲屋のあの子には出来れば甘いものを渡したい。
最悪、この饅頭でも良いか。気楽に探そう。眠っている男の子の肩を揺らすと、気怠そうに起き上がってきた。
彼はそのままペコリと礼をすると自身の小指を齧り、千切った。
「ん……」
そう言って差し出されたが私は焦ってそれどころじゃ無かった。急いで酒で消毒しようとしたら、そこに無い筈の小指はちゃんとあり、手のひらには齧った小指があった。
ゾッとしたが、同時に呆れた。
……無事ならそれで良い。多分この小指にも何かしらの意味があるのだろう。でも欲しいと思わなかったので、頭を撫でて遠回しに断った。
気持ちは有難いがそこまでされるような事はしてないよ。本当にしてない。
私は饅頭を多めに渡して、その場から早足で去った。振り返ると彼はベンチに座って饅頭を頬張っていた。
蓮池の水面が揺れる。鷺はこっちを向いて、じっと固まっていた。