みつの姉は夕顔という。見た目はみつを少し大きくした感じ。彼女もやはり八つの瞳を持っていた。
「このたびは、妹を救って頂いて……」
何度目かの謝罪。すっかり外は夜だ。
もう勘弁しておくれ。彼女が妹の頭を床に押さえてながら頭を下げて大分立つ。
その後ろにいる番頭がお盆を持って彷徨いていたので、部屋に来るように手招きした。
どうも私じゃ止められん。煙草の火を交わし合った仲だ。手を貸してくれ。
「よござんす。これ夕顔ちゃん、みつが泣いてるじゃないか。その辺にしとき……」
番頭は脛を叩かれた。崩れ落ちる彼の姿を見て溜息を吐く。私は鉄瓶を火鉢の上に置いた。
湯気が立った頃、夕顔はようやく顔を上げた。
羊羹が枯れちまう前に熱いお茶を一緒に飲もうか。こっちに来なさい。
「うぶ! うぶぶ」
這うように私の膝上にしがみつくみつの頬は真っ赤に膨れ上がっていた。よく見ると夕顔の目元も赤い。
良かったなあ、おい。姉さんの元へ無事に帰れて。はい、口を開き。
「でも姉さん……嫌いって……」
「……あほ。ほんに、もう」
まだ幼さが残る夕顔の声。彼女の目元は赤いが、瞼の下は黒い。男衆の一人から聞いたがずっと街を走り回っていたんだと。
私は黙ってみつを夕顔の膝に乗せた。そのまま三人で羊羹を口にする。
それからしばらくして姉妹はようやく子供らしく明るい調子に戻っていった。
◻️
桜糸の羊羹といえばシジの薬売りなんだそうだ。子箪笥みたいな薬箱に甘味をぎっしりと詰めて街を歩き回っている老婆がいる。
少し探せば見つけられるからお仕置きとしてお使いに行かせたが、みつが帰ってこない。街は大騒ぎになった。
「隣駅のいさなの羊羹が美味いって。一角が」
それで呑み屋街に向かったが迷子になってしまった。誰かに尋ねようにも怖くて出来なかったそうだ。
拐かされるかもしれない。そう思って。
それで私と出会ったのが事の顛末。しかしよくまあ私を頼ったもんだ。顔が見えない大人なんて碌な奴しかいないのに。
「墨顔さまは昔の色がする、から」
聞いても要領を掴めなかった。言葉に表すのが難しいのか、みつは顔を顰めて天井をぼんやり見上げていた。
夕顔は目を細めて静かに膝を正していた。
そういえばと話を変える。ここ旧遊郭の長について。女郎蜘蛛と聞いているが評判を知りたい。
というのも、もうすぐ一角が迎えに来る。姐さんに会って欲しいのだと。了承したが失礼は無いようにしたいので姉妹に聞いてみる。
「優しいお方です。この街の誇りで、全てです」
「いつもお酒で苦しんでる」
頭をはたかれるみつ。この街を取り仕切り、支配する女郎蜘蛛と聞いて気遅れしていたが姉妹の様子を見るに長は慕われているよう。
土産の羊羹は舌に合うか不安だが悪いようにはされんだろう。
そろそろか。丁度良く番頭が私を呼んだ。
「旦那、一角が迎えに来ましたよ」
それじゃ、会いに行こうかね。二人はどうする?
「私たちはここでお暇を。帰るよ、ほら」
「え? でも、あたいの……客」
また泣きそうな顔をするので、みつの頭を撫でる。
今日は疲れたからここの姐さんと話したら直ぐに寝るつもりだよ。明日、街を見たい。みつ、案内してくれるかい?
「……うん」
ぐずる妹の手を取って夕顔は頭を下げる。帰る前についでだから聞いておくか。
この街での「客」はどういう意味なのか。認識の相違があっては困る。ここが旧遊郭でなければこうまで気にしてはいないのに。
夕顔は少し呆れた表情で、軽く笑みを浮かべる。
「昔の名残です。糸に絡めてもこの街へ引きずりたい。そんな方へ向けた言葉。引き剥がすのは至難な事でお気の毒。ふふ」
私は煙管をまた喫みたくなってきた。廊下で振り返った夕顔の顔は闇に溶け込んでいた。