トレーナーが婚約者にフラれたらしい。ウケる   作:モブA

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河川敷に二人

 

 

 ウマ娘に必要なものは、強くなる為のトレーニングだけでは無いんじゃないか。

 

 そう教えてくれたのは他でもない彼女だった。

 大学で知り合った時から仲間と一緒にバンドを組んでいた彼女は、とにかく息抜きのやり方に精通していて、俺がライセンス取得に躍起になって根を詰め過ぎている時は、いつも数多の方法で適度に休憩させつつモチベーションの維持を図ってくれていた。

 俺が中央のトレーナーになれたのは、間違いなく彼女のおかげだ。

 彼女が支え応援してくれたからこそ、挫折する事なく夢を追い続けることができた。

 

 だから俺もウマ娘に対して、そのようにした。

 彼女からのアドバイスを実践し、まず担当のウマ娘たちがやりたい事を叶えるように努めていたのだ。

 無論身体を壊すような危険な行為や、自暴自棄とも取れる無茶な行動などは制したが、担当たちのモチベーション維持に繋がることには積極的に付き合っていった。

 間違いではなかった筈だ。

 彼女たちの求める行為に付き合い、それを糧として育成すれば、驚くほどシンプルにウマ娘たちの成長へ繋がっていったのだから。

 

 ──しかし今にして思えば、それはあまりにも軽率な行動だったのだと、心の底から理解できる。

 

 最初に別れを切り出し、俺への不満点を述べ、自分は夢を追うと言って仲間たちと海外へ飛んでいく彼女に対して何も言い出せなかったのは、相手の気持ちを慮ることなく仕事に傾倒し続けたという、どうしようもない自覚があったからだ。

 何もかも、自分の責任だった。

 彼女がよく知り合いの男性たちと遊び、金の消費のスピードも凄まじく、就職せずバンドを続けたいと言いながらも作曲や練習に身が入っていなかったのも、すべては俺が彼女のモチベーションを維持させてあげることが出来なかった部分に原因がある。

 いつも明るい雰囲気で、俺がライセンスを取得するその日まで元気づけてくれていた彼女と違い、俺は仕事に傾き過ぎていたのだ。生活の支えにはなっていても、夢の応援はしてあげられていなかった。

 もっと担当のウマ娘たちのスケジュールを調整して、彼女との時間を大切にするべきだったのだろう。

 

 ──だが、それももう過去の話だ。

 俺と彼女が正式に付き合ったその記念日に、あの人は飛行機に搭乗して海の向こうへと消えていった。

 もう会えない人を想って、いつまでも引きずっていた所で意味なぞ無いのだ。

 自分自身の心にケジメをつけ、整理しなければならない。

 

 先日、とあるカフェで珈琲を嗜んだ。

 意気消沈したまま街を彷徨っていると、いつの間にかその店の前に立っていたのだ。

 そのまま店内にいた一人の少女に流れで話をしてしまい、現金なことに多少気を持ち直した俺は、家に残っていた彼女の私物の整理を始めた。

 そして、彼女が置いていった物の一つである、婚約指輪を見つけたのが、今現在の状況である。

 

「……未練がましいな、マジマジと見つめて」

 

 見ていると、彼女との日々が脳裏に過る。今でも鮮明な思い出だが、これを色褪せた過去にしないと俺は前へ進めない。

 

「…………捨てる、前に」

 

 指輪を握りしめ、俺は自宅のマンションを出ていった。

 

 

 着いたのは河川敷。

 成人する少し前、俺たちは最後に子供っぽい事をしようと思い立って、この河川敷へ訪れた。

 スポーツ用品店で数百円くらいで売ってそうな玩具を買い、川の潺を聞きながら二人で遊んで──それから何をしたんだっけか。

 覚えているのは、あの日が明確に大人の階段を上った日で、かつ記念日でもあったことだけだ。

 しかし、その記念日は今日からただの平日に変わる。

 この指輪を投げ捨てて、過去とオサラバするためにここへ訪れたんだ。

 

「さよなら、俺の青春──」

 

 メジャーリーガーもかくやという程に振りかぶり、俺は大きな川に向かって婚約指輪をブン投げた。

 学生時代の、最初で最後の恋人。

 初めての婚約者。

 俺を理解してくれた唯一の異性との決別をもって、俺はようやく新しい自分を──

 

 

「わっ、ちょ、待っ!!」

 

 

 ──始められると、そう思って指輪を投げたのだが。

 突然、背後から俺の横を通り抜けた何者かが、大きな声をあげながら、放物線を描く指輪をギリギリ空中で掴み取り……川に落下した。

 

「ブハッ! はぁーっ、ハぁ゛っ……」

 

 程なくして、水面から顔を出したその人物には、確かに見覚えがあった。

 ストレートボブの栗毛。

 眠たげな瞳。

 個性と特徴に溢れた担当チームのウマ娘たちとは異なり、とても”普通”という言葉が似合う、見ていて落ち着くウマ娘だった。

 そんな昨日世話になったばかりの彼女が、俺の投げ捨てたリングを凄まじい滞空姿勢でキャッチし、そのまま川へドボンしたのだ。

 驚きのあまり、逆にリアクションが取れなかった。

 

「君は……」

 

 そう言えば、名前も聞かずに退店したのだった。

 親身になって相談を聞いてくれた相手に対してこの上なく失礼な話だが、俺は名を知らぬ少女に、何か特に意味のある言葉をかけることはできなかった。

 

「はぁ、はぁ。まったく……んっ」

「えっ?」

 

 少女は水面から手を出して、ある方向を指差した。

 そこにいたのは、ボールを持ったままこちらをジッと見つめる幼い少年だった。

 

「子供……?」

 

 指さしたほうに子供がいる。

 だから何だというのか。

 訳が分からず、再びカフェの少女の方へ向き直ると、彼女は少しムッとした表情で口を開いた。

 なんだ、どんな事を言われる?

 

 

「子供が見てる前で、大人が川に不法投棄しないでください」

 

 

 ……。

 …………。

 

 ………………それは、まぁ、確かに。

 

 

 

 

 

 

 カフェにトレーナーが現れ、凄まじい話術でものの見事に撃退せしめた私だったが、彼の悩みが未だ晴れていない事には薄々感づいてはいた。

 

 少なくとも特別営業のカフェから出れるくらいには、気を持ち直してくれたようだったが、それでも心にしこりが残っているのは、顔を見れば明らかだったのだ。

 もちろん時間が解決してくれることもあるだろうし、カフェ退店後もアフターケアしなければならない決まりなんてものは存在しないので、後は自分で何とかしてくれと以降関わるのはやめる気持ちで歩いていたのが、三分ぐらい前の事。

 今現在の私はと言うと、ずぶ濡れで水を吸いまくり重くなった制服に辟易しながら、なんとか空中でキャッチできた指輪を返そうと、トレーナーの前まで来たところだ。

 

「ふぅ゛ー……はい、返しますよコレ」

 

 恐らくは婚約指輪であろうそれを差し出したが、トレーナーは悄然と立ち竦んだまま動かない。

 昨日彼から直接話を聞いた以上、この指輪を捨てたくなる気持ちは理解できなくもないが、幼い子供の前でドラマのようなダイナミック不法投棄をかますのは、立場上やめていただきたかった。

 この人一応教育者だし。

 何より、この流れだと私が焚きつけて指輪を捨てさせたみたいにな流れになるのが見過ごせなかった。大人なら大人らしく正規の手段で処分なさってください。

 

「……ありがとう」

 

 私からその指輪を受け取ろうとするも、やはり彼の手は止まってしまった。

 

「──……っ、すまない。やはり思い出すんだ。それを見ていると……」

 

 うお、面倒くさいぞこの人。もしかして処分を私に任せてきたりしないだろうな。

 他人の婚約指輪とかいう特級呪物なんか勝手に捨てられるわけないでしょう。

 変な提案をされる前に、こっちから応急処置程度の案を出しておこう。

 

「じゃあ、これ一時的にカフェで預かっておきますから。ちゃんと心の整理をつけられたら、取りに来てご自身で処分なさってください」

「そ、それは…………ぇと、……っ」

 

 私の言葉に、トレーナーは臆してしどろもどろになっている。

 こんな人でも学園ではモテモテなんだから世の中不思議だ。

 せめて生徒の前でくらいはカッコつけて大人の余裕を見せてほしいものなのだが──あぁ、いや、私だからダメなのか。

 一番生徒に見せちゃいけない部分を見せた相手だ。彼からすれば、私はただの生徒というより、カフェで相談を聞いてくれた親切な店員さんという認識になっているから、学園の生徒という線引きが適応されづらいのだろう。

 

 しょうがない。乗り掛かった舟というか、そもそもどしたん話聞こうかムーブを最初にかましたのは私の方だ。

 彼の心が骨折しているうちは、私が松葉杖になってあげよう。身近な相談相手として。

 

「…………ありがとう。君には助けられてばかりだな」

 

 若干苦笑いではあるが、私の提案に納得してくれたらしい。不本意ながら精神的な上下関係が生まれてしまっているようなので、彼がそれを気にしないで良くなるまでは、あのカフェの店員として振舞わなければ。

 

「お店に来ていただけたので、そのお礼です。相談事があるんだったらまたウチ来てください。ありきたりなアドバイスと、美味しい珈琲くらいは用意できますから」

 

 私がそう言って指輪をポケットにしまうと、彼は自分のジャケットを脱いで私にかけてくれた。いかにも男の人っぽい、清涼感のある匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「助かるよ。……濡れたままだと寒いだろう。そのジャケットを着て、橋の下で少し待っててくれ。替えの服を持ってくるから」

「えっ……彼女さんの服ですか? それはちょっと」

「いや俺のことなんだと思ってるんだ……新しいの買ってくるって」

「あ、じゃあ安いのでお願いします。今月あんまりお金ないんで」

「金取るわけないだろう、これはお詫びなんだから。……とにかく、すぐ戻ってくる」

 

 

 ──などという一幕があって。

 結局指輪はカフェの戸棚に置かれて、私はもう少しだけトレーナーの相談役を続けることになってしまった。

 少々面倒くさい気持ちはあるものの、あのカフェで働く以上いずれは訪れる機会だったのだ。それがたまたま学園で活躍する敏腕トレーナーだったというだけの話である。腹を括ろう。

 

 そして、後日。

 

「……きみ、だよね」

 

 早朝、珍しく教室に誰もいない時間帯に登校した私を待っていたのは、とある一人のウマ娘だった。

 あれはチームアルデバランでも特に有名な──トウカイなんとかさんだ。

 学年違うはずなのに何でここにいるんだろう、という素朴な疑問を抱いたのも束の間。

  

「昨日、河川敷でトレーナーと一緒にいたみたいだけど……ポケットにしまったあの指輪、なに?」

 

 一瞬にしてとてつもない湿度が教室中を支配し、私は滝のような汗を流しながら『人違いです』とキッパリ言い放ち、以降机に突っ伏して寝始めるのであった。

 

 その後、どうやらトレーナーと付き合っていた恋人の妹がこの学園に在籍していたらしく、今まで秘密にしていた彼女が事情を広めたことで、私の機密保持も虚しくトレセン学園では『速報:トレーナーさん実は存在した婚約者と別れ、フリーの身で傷心中』という噂が縦横無尽に駆け巡る結果となってしまった。

 

 河川敷での出来事を目撃したウマ娘はトウカイなんとかさんだけで、彼女がそれを黙ってくれているおかげでその話までは広まってはいないものの、私はいきなり崖っぷちに立たされてしまったらしかった。これはダメ丸水産ですな。

 

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