トレーナーが婚約者にフラれたらしい。ウケる 作:モブA
有休を使ういい機会だった、明日には学園に戻る──そう言ったトレーナーの顔は、心なしか晴れやかだった。
指輪を受け取らなかった以上完全に立ち直ったわけではないにしろ、少なからず人前へ出られるくらいには回復したようだ。
いちいち余計な心配をするような立場でもないため、ここは大人の自己回復パワーを信じ、私も普段通りの日常を過ごすことにした。
「──よいっしょ。……んっ?」
放課後、先生から請け負ったゴミ捨てを終え、校舎裏から出ていこうとしたところで、二人の人物の会話が耳に入ってきて脚が止まった。
こっそり校舎の陰から顔を出すと、思いのほか目と鼻の先で、件のトレーナーとウマ娘が会話していることに気がついた。
パッと見ではいつも通りというか、ほんわかイケメンフェイスで受け答えする彼と、赤面と緊張を隠しながら頑張って会話を続けるウマ娘のそれとほぼ同じだ。
校舎裏のすぐそばには二人掛けベンチが設置された花壇があり、あそこは生徒だけでなく二人きりで話がしたい人物たちがよく使う場所なので、あのトレーナーが利用しているのも別段不思議ではない。
問題があるとすれば、あの二人がエモい雰囲気で会話を続けている限り、私はこのゴミ捨て場から抜け出すことが出来ない点だろうか。あそこを通らないと校舎へ戻れないのだ。困った。
「だからセイちゃんは思うわけですよ。トレーナーさんが大丈夫だって言ってるんだから、心配しすぎるのも良くないぞぅって」
学園での噂の波及自体は凄まじかったが、今日一日の様子を見た限りでは、どのウマ娘もトレーナー本人に対して噂の真偽を問う素振りは見せていなかった。
あくまで噂の内容はボカした上で、トレーナーの支えになろうと四苦八苦しているようだ。
普通に冗談抜きで良い子たち過ぎて泣けてくる。これ私いらないだろ。
「……ね、トレーナーさん。今から言う事だけは、冗談じゃなくてさ」
ほら見てアレ、さりげなく手ぇ握っちゃってますよ。この上なくストレートな好意の意思表示じゃん。そのままウチのカフェにはもう来なくてもいいくらい大事な人枠に入って堕としちゃってください。いけーっ決めろ恋愛強者。
「私は……私だけは、絶対どこにもいかないから」
いった!!! 二人きりで手を繋ぎながらの実質的な告白、まさに王道。由緒正しすぎだろ。お前の勝ちだセイウンスカイ。
……自分だけはどこにもいかない宣言、確かに美しかったのだが、個人的にはさっさとトレーナーを篭絡して、早めに切り上げてどこか行ってほしい。私が帰れないので。
「あ、あー……にゃはは。……そっ、そうだ、ちょっと歩きません? ちゃんと立ち直ったとこ、皆に見せなきゃ」
その場の雰囲気に耐えられなくなったウマ娘側が彼の手を引き、足早にベンチを去っていった。
自分の羞恥心を守りつつ、ごく自然な流れで、トレーナーの隣を占拠して二人で歩く姿を周囲に見せつける作戦を立案し即決行するとは、あのウマ娘なかなかの手練れだ。凄い攻めの姿勢を見た。
なんにせよ、これでようやく帰り道が蘇生された。早くシャワー浴びて寝よう。トレーナーもあんな素敵ウマ娘がそばに居るのだから心配ないだろう。
……
…………
翌日。
おやつの買い溜めをしようと街のスーパーへ向かう道中、今度は別のウマ娘と二人で歩くトレーナーを見つけた。早速節操が無いなアイツ。
ウマドルだか何だかだった美少女と向かう先は──いや、普通に蹄鉄を見にきただけだったらしい。
そりゃそうだトレーナーだものな、と納得して視線を外し、お菓子を大量に買い込んで帰る道中、再び彼らの姿を視認してしまった。
なんか屋外テラスでパフェ食っとるわ。やっぱただのデートじゃないか。
そしてやはりというか、ファル子さんも先日のスカイと似たようなことを彼に告げて、終始好感度アップに努めていた。健気な子が多すぎる。ほんと生徒には恵まれてるなあのトレーナー。
──結局のところこの数日間、噂を胸の内にしまい込んで、トレーナーに対して『自分だけは必ず一緒にいる』といった旨の宣言をするウマ娘は、あの二人だけには留まらなかった。
どれだけ居たかと言うと、普通に二桁以上だった。さながら源氏物語である。
好感度最大の女の子たちに囲まれてるのに、明らかに一線引いてずっと共通ルートを歩き続けるあの主人公ムーブは何なのだろうか。
トレーナーが相手を傷つけないように言葉を選んで立ち回っているのは分かるが、恋愛的な意味でのハッキリとした拒絶をしないせいで、数人くらい告白が成功したと思い込んで喜んでるウマ娘もいるのだ。割と被害の規模が大きい。
それを楽しんでいるというのなら、こっちから言う事は何もないけども。
酷いトラウマを刻みつけられた彼にとって、最善の治療法があの複数人から好かれる状態なのであれば、文句のつけようがない。
アレで誰か一人を選ぼうが、ハーレムになろうが修羅場って破滅しようが私の責任ではないのだ。カフェにある指輪を取りに来てくれさえすれば、それで全く構わない。
「ぁうェっ」
──と、そんな安易な心構えでいるから、いざバイトが終わって店の外へ出たときに、何故かあのトレーナーが待っているのを発見して、思わず変に動揺した声を上げてしまうのだ。
「お疲れ様、ウルトレイア」
一回ボソッと呟いただけの私の名前すらちゃんと覚えている意外性に引きつつ、どうして彼がここにいるのかを考えた。
しかし、全くもって分からない。
カフェは営業が終了していて、私はただいつも通りに日常を過ごして、トレーナーもまたウマ娘たちとラブコメ全開の毎日を送っていた。
彼が今、ここにいる理由が思い当たらない。
「……ストーカーなんですか?」
「人聞きの悪い事言うなよ」
イチャコラする女の子には困っていないはずなのに、どうして私の前に現れるのだろうか。もしかして意外と暇だったりするのかしら。
「はぁ……いやなに、君が門限のギリギリまでバイトをしていると聞いてな」
「なるほど、注意ですか」
「それもあるが、単に心配だったんだ。遅い時間に歩くにしては、ここの通りはいささか人通りが少なすぎる」
人通りが少ないという点に関しては確かに否定できない。そもそもカフェのある場所が入り組んだ路地の中だし。
「でもほら、私ウマ娘ですし」
「それ以前に学園の生徒だろう。とにかく、門限を過ぎる前に早く帰ろう」
「そうですね。……えっ、一緒にですか?」
「当たり前じゃないか。何のために俺が車で来たと思ってる」
勘弁してほしい。私は別に攻略対象じゃないのだ。また河川敷でのトウカイさんの時みたいに、誰かに目撃されたら面倒くさすぎる。
「……別に一人で帰れるんですけど」
「門限の超過はアルバイト許可証の存続に関わるぞ」
「車っ! 車乗せてください! はぁぁ助かった~!」
「現金な奴だな……」
そんなこんなでトレーナーさんのご厚意をありがたく頂戴した私は、無事時間内に車で学園寮まで戻り、オマケと言わんばかりに彼の車から降りる瞬間をセイウンスカイその他数名に目撃されてしまうのであった。死んだ。