流浪の民   作:つばゆき

3 / 6
アゼルリシア山脈 -2-

 

 

 

 

 刀を腰に差した男は、得物を抜きもせずにじっと此方を見据えていた。

 先の言葉通り、本当に敵意はないのだろう。そう判断したゴンドとゼンベルは、意を決して岩陰から体を晒す。

 二人ではまるで対抗できる相手ではないというのもあり、自棄になっていた。

 

「まずは──助かった。こいつらに見つかっていたら、今頃儂らは袋叩きにされていたじゃろう。まずは、礼を言わせてくれ」

 

 ゼンベルとともに頭を下げる。

 少なくとも今は下手に出ておくべきという打算はあったが、それは本心からの言葉だった。

 

「いえ、礼には及びません。自分はただの通りすがりですから」

「ふむ……そうか?」

 

 理性的な対応──それだけでもゴンドにはありがたかった。この一ヶ月、野蛮極まりない土掘獣人(クアゴア)や、そもそも理性など欠片もないモンスターばかりに襲われてきたからだ。ゼンベルが隣に居なければ、安堵で座り込んでいたかもしれない。

 

「いや、それでも重ねて礼を言わせてくれ。お主は命の恩人じゃ」

「ああ──そりゃ、間違いねえ」

 

 となりのゼンベルも神妙な顔で頷いた。

 世は力こそ全てと豪語するゼンベルだからこそ、図らずも命を拾った現状に対して真摯だった。あるいは、目の前の強者に対して相応の敬意を抱いていたのかもしれない。

 目の前の男は、妙に気配を探り辛いが──その佇まいといい、一目で破格とわかる装備群といい、圧倒的強者であるのは間違い無いだろう。土掘獣人(クアゴア)たちを殲滅したその手腕からもそれは明らかだった。ゼンベルをしてその実力を測りきれぬほどに。

 その気配の読めぬ異質さこそが、強者だという事実を際立てているようだった。

 強き者は総じて己の力を誇示し、強者としての気配を周囲へと振り撒く。その力を自負し、畏怖せしめるのだ。

 だが、目の前の男にはそれがない。

 気負わず、自然体で──傲りがなかった。

 

「そういうことなら、感謝を受け取りましょう」

 

 謙虚な物言いからは彼が文明人であることを伺わせた。山小人(ドワーフ)の国では望むべくもない対応で、それが少しゴンドにはむず痒い。

 

「それで……こんなところになんの用じゃ? 見たところ冒険者でもないようじゃが、探し物かの?」

 

 冒険者というものは、大抵胸や肩といった見えやすい場所に〈冒険者プレート〉という冒険者の位階を表すプレートをつけている。

 〈(シルバー)〉や〈(ゴールド)〉と言った一般的なランクの冒険者ではそうそう付けられそうもない装備に身を固めている以上、さぞかし名のある冒険者なのだろうと思ったが、男がプレートを付けている様子はない。帝国のワーカーなのだろうか。

 咳払いして話題を切り替えたゴンドに、男は少し悩んだあと、歯切れ悪く答える。

 

「実は自分、記憶喪失でして。ここが何処かもよくわからなくて……」

「なんと……」

「そりゃあ……難儀だな」

 

 ゴンドとゼンベルは同情するかのような声を上げた。

 記憶を亡くし、気がついた場所がこんな人外魔境など気の毒にも程がある。このアゼルリシア山脈は、並の探索者ならば生還を絶望するような魔境なのだから。

 アゼルリシア山脈に国を作る山小人(ドワーフ)や、数十の氏族を持つ土掘獣人(クアゴア)でさえ、山脈のカースト上位からは程遠い。

 現に山小人(ドワーフ)は都市〈フェオ・ベルカナ〉と〈フェオ・テイワズ〉が〈霜の竜(フロスト・ドラゴン)〉によって陥落、放棄され、土掘獣人(クアゴア)の氏族も〈フェオ・ベルカナ〉を居城とした〈霜の竜(フロスト・ドラゴン)〉の支配下に収まっており、奴隷もかくやという生活を送っている。

 そんな彼が、この山脈で土掘獣人(クアゴア)の一部隊を蹴散らせるだけの実力を持っていたというのは不幸中の幸いと言ったところか。

 改めて目の前の男を観察する。

 一八〇センチ強の長身に、やや細身の体躯。ゴンドからすれば見上げるような長身だが、ゼンベルに比べれば遥かにマシだ。そしてその髪は漆のように黒かった。

 山小人(ドワーフ)のゴンドは平野に住むヒトとはほとんど会ったことはないが、その中に黒髪は一人としていなかった。人種が違うのだろうか。

 装備は暗色を基調とした軽戦士然とした軽装に、肘や膝といった関節部と胸にのみ装備された革の軽鎧。膝下まで覆うブーツ。

 そして腰に差した得物だ。ゼンベルにとっては知らない武器だが、山小人(ドワーフ)であるゴンドにとっては珍しさこそあれ既知のものだ。より南方の国で製造される刀という武器で、切断に特化した構造は剛性こそないが圧倒的な鋭さを誇る。その切れ味は数打ちでさえ魔化されたロングソードに匹敵するほどだ。

 

「なあゴンド。こいつをなんとか〈フェオ・ライゾ〉まで連れて行ったらどうだ? 人里までは遠いし、道中の用心棒にもなるだろ」

「なんじゃと?」

 

 反駁し振り向いたゴンドだったが、たしかにゼンベルの主張は理に適っていた。

 アゼルリシア山脈を東に下り、トブの大森林を抜けた先にあるという人間の帝国は、ドワーフに国に比べ遥かに遠い。年に十数人程度の行商人が来る程度の交易はしているが、どちらにせよフェオ・ライゾまで行かねばその行商人にすら会えまい。

 何より、道中の用心棒という提案の方がゴンドにとって魅力的だった。

 今までゴンドとゼンベルは散発的なモンスターや土掘獣人(クアゴア)たちの襲撃を蹴散らし、あるいは隠れてやり過ごしてきたがそれも限界がある。今回のがいい例だ。それらを苦もなく蹴散らした男が用心棒となってくれるならば、道中の安全は確約されたも同然だろう。

 

「ふむ……確かに悪い提案じゃない。どうじゃ? 儂らの用心棒になる気はないか? フェオ・ライゾに着けば宿も提供できるぞ」

 

 男は悩むように細い顎に手を当てたあと、ややあって頷いた。

 

「では──お願いします。どうせ、他に行くあても有りませんしね」

 

 

 

 

 

     ×     ×     ×

 

 

 

 

 

 山道を歩きながらの自己紹介で、男は自分の名をカレルと名乗った。

 落ち着いた物腰と言葉遣いからは知性と教養が感じられたが、山小人(ドワーフ)の良くも悪くも豪快な精神性の国で育ったゴンドにはそれがどうにもむず痒く、早々に「敬語はやめてくれ」とカレルに頼むこととなった。

 己の力こそが全てと豪語する蜥蜴人(リザードマン)のゼンベルも、明らかに己より強者のカレルに丁寧な言葉遣いで応対されることに違和感を感じていたようで、何度となく頷いていた。

 

「それで、その……フェオ・ライゾだったか。その都市はここからどのくらいの距離にあるんだ?」

「おそらく、直線距離で言えば五日もかからんくらいじゃと思うが……この山の地形じゃ、少なくともその三倍は見積もっておいた方がいい。ただ、道中の土掘獣人(クアゴア)たちの襲撃を気にせんで済むならもう少し短くなるじゃろ」

 

 その場合は、正面戦力であるカレルの負担が増すこととなるが、構わないかという問いに、問題ないとカレルは頷いた。

 土掘獣人(クアゴア)の四、五匹程度なら問題なく蹴散らせるゼンベルだが、それでも先の三〇匹といった大部隊にはあまりに荷が勝ち過ぎる。鈍足のゴンドを連れていたら、満足に逃げることすら叶うまい。

 しかしカレルの戦闘力ならば、仮に三〇匹が三〇〇匹になろうと容易く殲滅してのけるだろう。数の暴力を許さない隔絶した個の戦闘力。それほどまでに彼我のレベル差は圧倒的だった。

 それゆえに、数時間前と比べゴンドとゼンベルの足取りは随分軽い。

 実に一ヶ月近くもの間身を潜めながら山を彷徨っていただけに、自由に山道を歩き回れる解放感をここぞとばかりに味わっていた。

 ゼンベルも同様である。野伏(レンジャー)の類の職業(クラス)を取得していない二人には、如何に不可視化のマントがあるとはいえ先に土掘獣人(クアゴア)たちに見つかってしまえばそれは無意味と化す。

 ゆえに敵を先に見つけること(ファーストルック)の重要性は段違いに増す。護衛であり正面戦力であったゼンベルにかかる精神的負担は、ゴンドのそれよりも重かった。

 

山小人(ドワーフ)の国には四つの都市があってな。北の〈フェオ・ベルカナ〉、南の〈フェオ・ライゾ〉、東の〈フェオ・ジュラ〉に西の〈フェオ・テイワズ〉がある」

 

 ゴンドが語るのは数百年の歴史を持つ、山小人(ドワーフ)の国の都市の話だ。しかし栄華を誇ったのもつい二百年前までの話である。うち二つの都市は失陥し、山小人(ドワーフ)たちは残り二つの都市でどうにか生活しているのが現状だ。

 

「北の〈フェオ・ベルカナ〉は最大の都市にして首都であったんだがの、二百年も昔に魔神の襲撃で放棄せざるを得んかった。おかげで今や王城は〈白き竜王〉どもの塒に、城下町は土掘獣人(クアゴア)どもに占拠されておる。〈フェオ・テイワズ〉も似たようなもんじゃ。あの憎たらしい霜の竜(フロスト・ドラゴン)どもが争ってたせいで、それに巻き込まれて廃都になっちまった」

 

 魔神に、白き竜王──また知らない単語が出てきたとカレルは脳内のメモに単語を刻む。

 さも当然の如く出される単語であり、このアゼルリシア山脈ではおそらく常識なのだろうが、後でまとめて聞くことにする。

 それに、やはりこの山脈には竜種(ドラゴン)が存在するらしい。幾度かの土掘獣人(クアゴア)たちとの遭遇でその存在は認知していたが、ユグドラシルで強力だった種族はこちらでも当然のように強者として君臨しているようだった。

 霜の竜(フロスト・ドラゴン)竜種(ドラゴン)の中でもさほど強い種族では無いし、カレルにはアンデッドの種族的特徴として冷気に対する耐性を得ているため相性自体は悪くない。実際に遭遇したとしてもこの山脈のレベル帯ならばまず負けるということは無いだろう。とはいえ進んで敵対しようとも思わないが。

 しばらく歩いていると、ふと前を歩いていたゴンドが空を仰いだ。

 先ほどの曇天とはうって変わり、雲がちらほらと見える程度の晴天模様と変化している。日が傾き、青い空が黄金色へと変わりつつあった。

 つられて空を見上げたカレルがその変化に感動していると、鉱石や採掘道具の詰まった荷物を背負い直したゴンドが声をかける。

 

「そろそろ日が暮れる頃合いじゃの。ちと遅くなったが、ここらで野営するかのゼンベル」

「そうだな。小川も近いし、ここなら水にも事欠かん。それに小さい洞穴でもあれば最高なんだが……」

「そう都合良く見つかるかの……」

 

 そうぼやきながら野営に適した場所を探していると、程なくしてゼンベルから声がかかる。

 洞穴と言うほど大きなものではないが、巨大な岩の陰になっており小川からも程近い。足元も鬱蒼とした草木ではなく砂利で出来ているため、虫が寄ってくる心配もないだろう。

 最後の憂いは水場が近いことによる鉄砲水による被害だ。険しい山間部の川沿いでは、凄まじい勢いの水流に襲われ下流まで流される被害が事欠かない。それによって命を落とす危険性も大きい。

 しかしそこはやはり水場とともにある蜥蜴人(リザードマン)のゼンベルである。野営地の周辺を調べ、直近の鉄砲水の形跡がないか確認し、心配はいらないとのお墨付きを得る。

 幾度となくこの山脈で野営してきたのだろう、二人の選んだ野営地は理想的な立地に近かった。

 水源が近く、虫が寄ってくる心配も少ない。少し歩けば草木が立ち並んだ林があるが、巨大な岩の周辺は至って見晴らしが良く不意の襲撃にも対応出来るだろう。更には巨大な岩は天然の屋根となっており、屋根造りに労力を割かなくていい。

 

 アーコロジーでの資料で見たキャンプ場のようだ、とカレルは周辺を眺めながらそう感じた。とはいえカレルが生きていた二一三六年では自然などほとんど残っておらず、過去の資料での閲覧しかできなかったが。

 ふと、微かな郷愁の念がカレルの胸中をくすぐった。

 今更戻りたいとも思えないが、あれはあれで彼の居場所でもあったのだ。

 

 この世界に放り出されて早一週間。既に、電脳世界に意識が取り残され、いつか救助がくるなどと言った幻想は捨てていた。現実(リアル)での彼の立場はそこそこに高く、所謂勝ち組に近い立場と言えた。アーコロジーの底辺、ぎりぎり人権を保っているような地位のユーザーならともかく、本当に閉じ込められたのなら直ぐに救助がきて然るべき立場である。

 だが、閉塞したアーコロジーに発展の余地はなく、あるのは先細りの未来だけだ。ゆえに未練はない。今更戻ろうとも思わない。心残りが無いわけではないが、今重要なのは今後の身の振り方である。出来れば同じ人間(ヒト)種族の文明に紛れていきたい所だが──

 

 野営の準備に忙しなく手を動かすゴンドとゼンベルを見て、カレルはその考えを保留した。

 まずは山小人(ドワーフ)の都市に着いてからだ。

 

 

 

 

 

 ゴンドは薪となりそうな乾いた枝を拾ってくるために席を立ち、ゼンベルは夕食となりそうな小魚を獲るために簡易な銛を製作して小川で漁をしている。

 落ちていた手頃な枝をナイフで削って制作した銛は、柄にゴム製のバンドが括り付けられており、先端付近を持って手を離すとゴムが伸縮して穂先が飛び出す仕組みだ。先端にはトゲのようなかえし(・・・)がついており、魚を突き刺しても逃げられることを抑制している。これも魚を捕まえようとして何度も逃げられた苦い経験から得た工夫だ。

 

 もともと手先が不器用だったゼンベルだが、山小人(ドワーフ)たちとの暮らしと、旅で培った経験により簡単な銛なら短時間で製作できるようになった。

 ひゅ、という風切り音とともに銛が水面に突き立った。引き揚げると手のひらほどのサイズの小魚が、逃れようとぴちぴち跳ねている。これで、三匹目だ。

 目標は一人頭三匹だった。アゼルリシア山脈は豊かな自然があり、木の実や山菜なども良く採れたが、蜥蜴人(リザードマン)の主食は魚である。口に合わないものは消化もしづらい。栄養があるのは理解していたが、あくまでもそれらは副菜に留めたかった。翌日に腹を壊すなどまっぴらごめんである。

 欲を言えば、燻製にして数日持ち越せるだけの量をとってしまいたい。フェオ・ライゾを出るときに携帯食料を持ってきたとはいえ、保存日数のために旨味を犠牲にしたような味で食い繋ぐのは気が引けた。

 幸い小川と言っても幅は五メートルほど、ゼンベルの膝丈以上の水深はある。見える範囲の魚を取り尽くしたとて生態系に影響はあるまい。

 再び水面を向いて銛を構えた視界の端で、小さな影が石の陰に逃げていったのをゼンベルは見逃さなかった。

 水底に手を突っ込み、石を退けると逃れようとする小さな影をむんずと手で掴み取る。

 沢蟹だった。小さなハサミでゼンベルの指先を挟むが硬い鱗を貫けるはずはない。小さく蠢く沢蟹を見てゼンベルは笑った。沢蟹がいると言うことは、この小川は飲用に特に適していることの証明である。蜥蜴人(リザードマン)たるゼンベルには多少水が濁っていたところで無問題だが、山小人(ドワーフ)のゴンドはそうはいかない。ついでとばかりにゼンベルは腰から革の水筒を取り出すと、口元一杯まで水を汲んだ。

 手の中で涙ぐましい抵抗をする沢蟹を口に放り込み、旨そうに咀嚼する。魚を獲るついでにおやつにありつけるならモチベーションも上がると言うものだ。

 

 ちらりと横目で野営地を見ると、カレルと名乗った黒い軽装の剣士が手作業をしている。ゴンドに教わった通り、火の効率が良く空気をよく通すように薪を組み、身体を横たえられるように草木を編んで寝床を製作している。

 最初こそ教わりながらやっていたが、すぐに要領を掴むと慣れた手つきで長い指をすいすいと動かしている。ゼンベルとは比べるべくもない手際の良さだった。ゴンドに言わせればまだまだだそうだが、そもそもが山小人(ドワーフ)と比べること自体が間違っているとゼンベルは言いたい。

 

 改めて見れば見るほどに、カレルと言う青年は異様だった。

 この世のものとは思えない破格の装備群に、只者ではないと思わせる佇まい。しかして強者の風格を漂わせているかと問われればそうではなく、むしろ気配は希薄と言えるほどだ。ゼンベルの文化圏からは知るべくもないが、暗殺者や剣客のそれに近いと言えるだろう。

 だというのに、その姿勢はあくまで自然体で、気負いがない。それが異質さを際立たせている。

 それはゼンベルのような武に生きる者だからこそわかる異質さと言っていい。これが生産職の人間や、研究者肌の魔法詠唱者(マジックキャスター)では間違いなく見抜けないだろう。鍛冶師のゴンドもまた然りである。

 物腰は落ち着いていて、受けごたえも淀みなく理知的だ。会話からは知識人であることを伺わせると言うのに、一帯の地理や一般常識には酷く疎い。人間社会に疎いゼンベルですら周辺の国の名前は知っていると言うのに、この青年はそれすら知らないと来ている。

 そのちぐはぐさが酷く異質に感じられた。

 彼の申告した通り、いよいよ本当に記憶喪失なのだろうと結論付ける。培った普通の知識や自分の名前は覚えているのに、社会通念や一般常識などそれ以外の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまう。そういった事を聞いた事がある。ぞっとしない話であった。

 既にゼンベルにカレルを警戒するつもりはなかった。あれほどの実力を見せつけられた以上、警戒してでも無駄と判断したのだ。そもそもカレルに彼等を欺くだけの理由が見当たらない。

 

 半刻ほど経つと、ゴンドが枯れ木の山を抱えて帰ってきた。既に組んである薪だけでは夜を明かすには些か心許ない。火が弱くなってきたら継ぎ足す薪が必要だった。

 ゴンドはカレルから受け取った草木を編んだ寝床を検分すると、合格だとでも言うように鷹揚に頷く。この短時間で造れたのは大きめのものが二枚のみだが、一人は歩哨として立つから三枚作るのは無駄と判断したからだ。

 

「畜生、さっきの土掘獣人(クアゴア)どもとのいざこざで火打ち石を落としちまった。ゴンド、予備は持ってねぇか?」

「いや、生憎……勿体無いが、採掘した鉱石で即席のものを作ればいけるじゃろ」

 

 懐を漁り始めたゴンドに、カレルから待ったの声がかかった。

 

「ちょっと待て。俺にいい手がある──〈魔法最弱化(ミニマイズマジック)火炎(フレイム)〉」

 

 薪に翳された手のひらから、小さな炎が放たれ薪に火を灯す。瞬く間に燃え上がる焚き火にゼンベルは感嘆の溜め息を、ゴンドは驚愕の面持ちでカレルを見た。

 

「お主、剣士でありながら魔法も使えるのか!?」

 

 詰め寄るゴンドを抑えながら、カレルはやってしまったか、と内心冷や汗をかいた。

 

「あ、ああ……簡単な魔法なら。手慰みに覚えたんだ」

「なんと……」

 

 過剰な反応に引きながら濁しておく。

 第何位階まで使えるのか、などは言わない方がいいのだろうか。さほど珍しい職業(クラス)構成のつもりはないが、もしかしたら前衛職でありながら魔法も使える職業(クラス)構成は珍しいのかもしれない。

 魔法剣士、というビルド自体数は少なかったが、珍しいというほどではなかった。ビルド構成の手間と運用の難しさの都合上やや玄人向けの印象を持たれがちだが、それだけに対人勢やユグドラシル斜陽期でも一定数存在していたはずだ。

 カレルも、自己強化(バフ)魔法と幾つかの探査、隠蔽魔法の他には数えるほどしか習得していない。

 やはり環境が違えば常識も違うということだろうか。

 

 ゼンベルはゴンドの様子に呆れながら小魚を捌き、内臓を取り出していく。

 取れたのは八匹だ。カレルが辞退したため三匹はゴンド、残りはゼンベルが有り難く頂戴することとする。火を通すのはゴンドのみ。ゼンベルは生で、このサイズなら内臓も取り出さずそのまま食べるつもりだ。

 他にも採取した木の実や山菜も並べられる。ゼンベル、ゴンド、カレルの順で量が多く、カレルは随分と少ないが少食なのだろうと誰もその事に言及しなかった。ただでさえ種族が違うのだから、そういうことだってあるだろう。

 

 実の所、今までカロリーメイトじみた完全栄養食ばかりを口にしてきたカレルにとってほとんど初めてのまとも(・・・)な食事に抵抗感を抱いていただけなのだが、二人が知る由もなかった。

 

 

 

 

 

     ×     ×     ×

 

 

 

 

 

 それから実に一週間の間、カレルたちはアゼルリシア山脈の険しくも自然豊かな地形を歩き詰め、過ごしていた。

 

 土掘獣人(クアゴア)たちの襲撃はこれまでで都合五度。

 数匹から多くても十数匹の集団で現れた彼らは、はじめこそ数を恃みに囲み、あるいは奇襲を敢行したきたが、専門職に劣るものの優秀な〈探索者(シーカー)〉の職業(クラス)を獲得していたカレルによって悉くが看破され、数匹斬り伏せると散り散りに逃走していった。

 本来三人の目的地である〈フェオ・ライゾ〉までは二週間以上かかる道程のはずだったが、行軍自体は順調そのもので、既に二つの山を踏破し、アゼルリシア山脈でも最大級の難山、ラッパスレア山に足を踏み入れていた。

 土掘獣人(クアゴア)の捜索から逃れようと、隠れ進む必要がなくなり、歩き易い道を選べるようになったのが大きい。カレルという戦力がいれば、多少の数的不利などものともせずに蹴散らしてしまえるからだ。

 山小人(ドワーフ)の南の都市である〈フェオ・ライゾ〉から旧王都〈フェオ・ベルカナ〉に至る中途の山であり、山中に溶岩地帯という難所を抱えるアゼルリシア山脈でも一際危険な地帯である。

 そしてアゼルリシア山脈でも一際獰猛かつ強力な支配者を抱える土地であった。

 元来山中の都市に篭る山小人(ドワーフ)たちは、〈フェオ・ライゾ〉から〈フェオ・ベルカナ〉を地下道で繋ぎ、有事の移動手段とした。しかし道中には〈三つの難所〉と呼ばれる天然の要害が立ち塞がっており、その一つこそラッパスレア山中の溶岩地帯である。

 地表から数キロも離れていない地中に溶岩河を抱えるラッパスレア山は、地上ですら地熱の影響により昼夜問わず常夏の様相を呈している。常人ならば“暑い”で済む程度のものだが、地中ともなれば話は変わってくる。

 地下に潜ればそれだけ溶岩河に近づくのは道理であり、地下道の籠った熱は常軌を逸していた。入念な準備と事前知識無しには踏破し得ないほどに。なにより──地下道も溶岩地帯に至れば、ラッパスレア山の三大支配者の一、〈ラーアングラー・ラヴァロード〉の襲撃に遭う可能性があった。

 他にもラッパスレアの天空を支配する〈ポイニクス・ロード〉や地上を制する〈エインシャント・フレイムドラゴン〉などが存在していたが、溶岩河という不利な地形で相対するよりはそちらを相手にした方が幾分マシであり、地中より隠れ潜む分に適していた。

 とはいえこの行軍もあと数日というところまで来た。

 これまでのペースからすれば、明日夜か明後日の午前中には都市の入り口が見える頃合いだというのがゴンドの弁である。

 土掘獣人(クアゴア)こそ軍団規模で出張ってこない限り恐るるに足りないが、ラッパスレア山の支配者たちはまた別格であり、文字通り生態系の頂点である。

 さしものカレルにも手は余ると見て、ゴンドとゼンベルはそれまでとは違って慎重に進むつもりらしい。

 カレル自身もPVP(対人戦)ならともかくPVEには然程興味はなく、なにより本当に己の手に余る存在という可能性を加味し、その決定に粛々と従った。

 なにより自分はただの護衛である。護衛である以上要らぬリスクを買うのは護衛失格であると言えた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。