流浪の民   作:つばゆき

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アゼルリシア山脈 -3-

 

 

 

 

 夢に見るのは、いつも二年前のあの日の事だ。

 二年前の自分もまた、今と同様に武に生き、強さと言うものに真摯で──しかし、何処かに傲りを含んでいた。

 ゆえに、その敗北は必然と言えた。

 

「──お前は、強い。それは間違いない。蜥蜴人(リザードマン)の七部族の中でも稀有な力の持ち主だろう」

 

 そう、全身に古傷を負った蜥蜴人(リザードマン)が、ぬかるんだ地面に仰臥するゼンベルに声をかけた。

 ゼンベルの身体は至るところに裂傷と凍傷を負っていた。その原因は、勿論眼の前の蜥蜴人(リザードマン)の得物──冷気を孕む、奇怪な形をした短剣である。

 

「畜生が……それが敗者に向かって言うことかよ」

 

 ぜえ、ぜえと荒い息を吐きながら悪態をつくゼンベルに、古傷の蜥蜴人(リザードマン)は事もなげに言う。

 

「事実だからだ。……その右腕には何度もひやひやさせられた。流石は竜牙(ドラゴン・タスク)族の筆頭戦士といったところか」

「それもてめえに負けちまったら、意味がねえ。うちじゃ強さこそ全てだからな」

 

 古傷の蜥蜴人(リザードマン)は、七部族のうち最も剣技に長けた部族である鋭剣(シャープ・エッジ)族の族長だった。

 竜牙(ドラゴン・タスク)族と交易に来た族長に、ゼンベルが無理を言って一騎討ちを申し込んだのが、この決闘の発端だった。

 ゼンベルは強かった。蜥蜴人(リザードマン)の部族でも最も強さを重んじる竜牙(ドラゴン・タスク)族の戦士。その中でもゼンベルの力は抜きん出ており、次期族長候補筆頭として目されていた。

 来る日も来る日も鍛錬の日々──狩猟と食事と睡眠以外の多くを鍛錬に費やし、ゼンベルは部族随一の実力と、相応の自尊心を得ていた。

 周囲はこぞってゼンベルを讃えた。強さを至上とする部族の性質もあり、ゼンベルは当然の如くそれを受け入れた。曰く、次期族長候補筆頭。曰く、竜牙(ドラゴン・タスク)族随一の戦士。曰く──

 ……ただ、長老達の蘊蓄(うんちく)のある諫言という名の小言ばかりは、ゼンベルには少しばかり小難しく耳障りだったが。

 

 そうして得た自信も自尊心もまるごと、一日で──否、小一時間のうちに打ち砕かれ、ゼンベルは今ぬかるみの上で仰臥している。

 ゼンベルを一蹴した鋭剣(シャープ・エッジ)族の族長もまた、強者であった。彼の手に握られる奇怪な短剣こそは、蜥蜴人(リザードマン)に伝わる四至宝が一つ、凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)である。

 四至宝を持つ者こそは、蜥蜴人(リザードマン)の勇者である──彼は凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)の所有者として相応しい強さを証明した。

 

 ゼンベルはまだ何も証明していない。

 

「族長」

「……なんだ」

 

 ゼンベルは空を仰いだまま、決闘の立ち会い人── 竜牙(ドラゴン・タスク)族の族長に言った。

 

「──俺は、この部族を出る」

「なんだと?」

 

 この言葉には、族長や野次馬、長老達も目を剥いた。

 ゼンベルは起き上がると、族長に向き直る。

 

「俺に旅人の焼印を押せ、族長。俺は今よりずっと強くなって、この部族に相応しい強さを手に入れ、帰ってくる」

 

 その言葉には強い頑固とした意志が宿っていた。誰の制止も聞くつもりはない。今までの修行で敵わなかったのなら他の方法で鍛えるしかない。

 つまりは──武者修行の旅である。

 

「そして、今度こそてめえをぶっ倒す。その時まで待っていやがれ」

 

 ゼンベルは巨大な右拳を固く握り締めながら、鋭い眼光で鋭剣(シャープ・エッジ)族の族長を睨め付けた。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

「……それが、俺みたいな蜥蜴人(リザードマン)がこんな山にいる理由ってわけだ」

 

 ゼンベルの独白を聞きながら、カレルは追加の枯れ木を焚き火の中へと投げ入れた。

 真っ赤に赤熱した薪が、すっかり小さくなってしまった炎の中でぱちりと爆ぜ、火の粉を散らす。

 白み始めた空と木の上で囀る小鳥の声が、夜が明けたと言うことを三人へ告げる。

 背後の岩に背を預けると、焚き火の向こうで倒れている三人目を見遣った。正確には、昨夜カレルが作った寝床の上で、豪快に大の字に寝ているゴンドだったが。

 

「アゼルリシア山脈を回って何度か死ぬような思いをして……それで、どうにか山小人(ドワーフ)の都市に辿り着いた。……めちゃくちゃ驚いたぜ。なにせ、自分の集落以外で初めて見る文明だったんだ」

 

 その上、人口で言えば自分の部族の優に一〇〇倍以上を抱える大都市である。

 狩猟によって数百人の人口を支え、時には飢饉に陥る蜥蜴人(リザードマン)たちとは文明レベルの差を否応にも感じさせられた。

 効率的な国家運営、長老たちによる年功序列ではない、有能な八人の長を頂点とした摂政会による体制。蜥蜴人(リザードマン)の集落と山小人(ドワーフ)の国とでは、組織として規模も完成度も全てが雲泥の差であった。

 湖の外では、平野に人間(ヒト)が住み、森に森妖精(エルフ)が住み、山に山小人(ドワーフ)が住む……その程度の知識からは、まるで想像もつかなかった世界。己が井の中の蛙だったことをまざまざと思い知らされた。

 しかし、これが旅の妙というものか、ゼンベルは新たな刺激というもののすっかり虜となってしまっていた。集落にいたままでは決して得られなかった経験。なるほど旅人の烙印を押されて尚外に出たがる蜥蜴人(リザードマン)がいる訳である。

 そして、強さと知識を貪欲に吸収していき早三年。山小人(ドワーフ)の戦士との鍛錬や自己研鑽、土掘獣人(クアゴア)をはじめとするアゼルリシア山脈の亜人やモンスターを相手取った戦闘をこなし、やれることはほとんどやりきったはずだ。既に二年前の自分を大きく上回る強さを身につけたと自負している。鋭剣(シャープエッジ)族の族長とも対等に渡り合えるだろう。

 

「望んだ強さを手に入れた。竜種(ドラゴン)巨人(ジャイアント)には敵わねえまでも、それでもアゼルリシア山脈(ここ)でやれることは全てやり切ったはずだ」

 

 はずだった。たゆまぬ努力に裏打ちされた強さへの自信。それが今揺らいでいる。

 己の話を静かに聞く目の前の男の圧倒的戦力。

 もちろんゼンベルとて命は惜しい。死が確定されていて尚竜種(ドラゴン)巨人(ジャイアント)に挑むなどという蛮勇は持ち合わせてはいない。しかし、その機会が目の前に転がってきてしまったら、あるいは逃走ではなく抵抗を選ぶだろう。

 この男との邂逅はまさにそれだった。

 己を試したい。どこまで通用するのか試してみたい。

 その立ち居振る舞いを、戦いぶりを見て、その戦闘力があるいは〈白き竜王〉や〈ポイニクス・ロード〉といった山脈の絶対者に匹敵するのではないかという疑問を抱いても、その思いは変わらなかった。

 だからそれは当然の願いだった。

 

「俺と戦っちゃくれねえか」

 

 例えなにもできぬまま一蹴されるとしても、その思いは揺るがない。

 もしかしたらこの男と立ち会ったが最後、ゼンベルに命はないかもしれない。そのつもりがなくとも、男がうっかり匙加減を間違えれば死んでしまうかも知れない。それでも──戦士として一つの高みに至っているのであろう目の前の男と立ち合わないという事は、今までの己に対する手酷い裏切りなのではないかという確信があった。

 

「悪いが、ゼンベル。それを受けることはできない」

「……理由を聞いても構わねえか?」

「まず一つ、俺が記憶喪失になったのはおそらくここ一、二週間の話で、戦うぶんにも今は感覚を取り戻してる最中だ。だから……なんだ、失礼を承知で言うが上手く加減できる保証はない」

 

 それでも、と食い下がろうとする思いをゼンベルはぐっと堪えた。

 確かにその通りだ。ゼンベルとゴンドにはその戦闘力ばかりが目についてはいたが、もとよりカレルは記憶喪失であり、そのことが大前提である。つまるところ本来なら落ち着いた都市、施設で療養すべき存在なのだ。

 己の身勝手さを恥じながらゼンベルはカレルに詫びる。

 

「あー……いや、悪かった。どうやらてめえのことしか考えてなかったみたいだ。だけどよ、なんつーか蜥蜴人(ウチ)の部族は強さが全てっていう価値観でな。これが中々山小人(ドワーフ)たちには理解して貰えねえんだ」

「まあ種族が違えば価値観も違うしな。……山小人(ドワーフ)って言ったらほら、あれだろ。鍛冶と酒」

「おうよ、大体それで間違ってねえ」

 

 カレルの言葉にゼンベルは頷いた。

 強者こそ尊ばれる蜥蜴人(リザードマン)の文化に反し、山小人(ドワーフ)は鍛冶に重きが置かれ、鍛冶師として優れる事が山小人(ドワーフ)にとっては最も重要であると言っていい。そして山小人(ドワーフ)はそのほとんどが例外なく酒好きであり、酒豪であるとされる。ゴンドはその数少ない例外であり、自棄になったり何かを忘れたいことがあった時しか酒を呑まないらしいが。

 同じ種族でも価値観や意見が食い違うのだ。異なる種族とあらばその差は文化レベルに収まるかすら怪しい。それが人間種と亜人種ならば尚更だろう。

 これほどの武人で、己の才への研鑽を怠らなかったのだろうこの男なら、ゼンベルら蜥蜴人(リザードマン)の価値観に多少なりとも共感できるものはあったろうが。

 この場で立ち合えないのは惜しいが、なにも急ぐことはないのだ。記憶が戻るか病状が落ち着くまで待てば、いずれ立ち会う機会もあるだろう。

 それじゃあ、と立ち上がり寝ているゴンドを起こそうと手を伸ばしたゼンベルにカレルが待ったをかける。

 振り向いたゼンベルが見たカレルは、どこか神妙な表情で川辺を眺めていた。

 

「なあ、ゼンベル。今ここでお前とは立ち合えないが──」

 

 ──一つ、見せてやってもいい。

 そう嘯く姿には、震えるほどの──凄絶な剣気を纏っていた。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 気負っているつもりはないが、全くの緊張がないかと言えばそれは嘘になる。

 とはいえそれは負のものではなく、どちらかと言えば心地良い高揚感にも似ていた。

 こちら(異世界)に来てより二週間余り。当初カレルは己の戦闘力が、ユグドラシル時代のそれと全く遜色のないものであると思っていたが、こちらでの生活を続けるうちに一つの仮説と実感を得ていた。

 

 地を蹴り、空想上の敵目掛けて黒刀を振るう。単純な動作だが、それゆえに動作の一つ一つに意識を向け、最善、最適な挙動に近付けていく。

 それはさながら剣術における型稽古に似ていた。否、まさに型稽古なのだ。惰性で振った一撃など到底認められぬ、一挙手一投足に魂を込め意味を込めた鍛錬。

 ただ空を斬るのみのそれを直にみて、ただの素振りと侮る者は居ないだろう。その気迫、その武練、冴え冴えとした功を目の当たりにすれば、無辜の一般人ですら感嘆し、一端の武人ならば尚更にその異常性に気付かずにはいられない。

 

 先の一撃を軽妙の技でいなした仮想敵へ向けて、更に深く脚を踏み込み間合いを詰めた。振るわれた黒刀が剣光を散らし、風切る音に先んじて空を裂く。

 一斬二薙三閃。虚実織り交ぜた連環套路はその呼吸ひとつをとっても無意味なものはなく。遊びはあれど一切の無駄を排したその有り様は、一種の機能美を思わせると同時に殺人刀という側面をまざまざと見せつける。

 一連の動作に満足したカレルは、残心をとると刀身の腹に自分の顔を写した。

 濡れたように艶やかな黒髪。白い肌に、端正な容貌。キャラクリには随分拘っていたとはいえ、これが自分の顔になったと言われればなんとも言えない感慨とともにいくばくかの気味の悪さも残る。本来の自分は──蓮水彰は、身長や手足の長さこそこの姿とは変わらないが、もうすこし窶れた顔をしていた。

 この碧い瞳も幻術を解けば血のように深い紅へと変わるだろう。やや色白程度の肌も、本来のものは死人のような白蠟のそれだ。カレルの吸血祖神(ザ・ワン)という種族は、神性を帯びていることもありそれまでの吸血鬼(ヴァンパイア)系列と比べ遥かに人間性を保っている。一目見ただけで吸血鬼(ヴァンパイア)と判断するのは難しいが、そうと判っている者が見れば瞭然だ。

 人外へと変貌してしまった己になんとも言い難い感慨を覚え、同時に以前の慣れ親しんでいた身体に僅かな郷愁を感じる。

 

 しかしそれでも尚──寂寥よりも高揚が上回る。

 膂力も、反射神経も、動体視力も以前を遥かに上回り、それを十全に使い熟せることへの全能感。ユグドラシル時代で再現できていたのが膂力のみとあれば、現状を表すなら暗闇の世界で生きてきた盲者が唐突に視覚を得た様なものだった。

 であれば、今のカレルの戦闘力はユグドラシル時代と遜色ないどころか、間違いなく上回るだろう。

 ──今ならば、できるかもしれない。

 

「……ゼンベル」

「お、おう」

 

 カレルの声に、それまで彫像のように固まっていたゼンベルが思い出したように動きだす。

 腰に着けていたポーチや背負っていた銛を外すと、周囲でも一際大きな樹木の側に立ち、構えをとった。

 脚を大きく開き、左の掌をリードのように樹木へ向け、右拳を弓弦のように張った胸梁の下に構える。

 異常発達した右拳を主武器とした構えは、空手道の正拳突きの構えに酷似しており、攻撃的でありながらカウンターにも向いたそれはゼンベルの力量と鍛錬のほどを伺わせる。

 

「いくぜ」

「ああ、頼む」

 

 合図は要らないとばかりの態度にゼンベルは頷く。

 そこの木を殴ってくれ、という指示を受けただけのゼンベルはカレルが何をするつもりなのか皆目見当も付かず、怪訝に思いながらシオマネキの如き右拳を繰り出した。

 轟、と風切るを音を響かせながら巨大な拳が轟音と共に巨木の幹に激突し、梢を揺らす。

 さながら大砲の発射の如き一撃は枝葉を激震させ、もし幹がゼンベルの胴回り程の生木であったなら容赦なく叩き折れそうな程の威力であった。

 ぶわり、と豪快に枝葉を揺らされた巨木はその威容に見合っただけの落葉を雨の様に降らす。

 半身で落葉の雨の中佇んでいたカレルは、降りしきる落葉の密度が半分になり、三分の一になり──不意に跳躍した。

 優に数メートルを容易く跳躍し、中空で身体を捩り旋転し、世界の天地が反転する。極限の集中に鈍化した世界で、カレルは舞い散る落葉のいくつかを見定め──

 

「──シィッ!」

 

 稲光のような剣光が閃き、中空を奔る。

 果たして、カレルが着地した瞬間には、宙を舞う落葉はその数を増していた。大きさにして一〇センチほどの、手のひらの半分ほどの大きさの落葉。数にして一〇枚。その悉くが中心で半分に切断され、二〇枚へと変じていたのだ。

 傍から見ていたゼンベルには、カレルの肩から先を視認することは叶わず、散った剣光の残滓を唖然とした表情で見送ることしか出来なかった。

 

 そしてゼンベルよりも尚、衝撃に総身を震わせていたのはカレルであった。

 驚愕と感嘆の入り混じった表情で、手中の黒刀を見下ろす。

 こちらへ来る前、そしてユグドラシルにのめり込むよりも前のカレルは──剣術を身に修めていた。それなりの才を持ち、高みへ至らんとし、そして至れぬと知って惰性で剣を振るっていた過去。

 ユグドラシルにのめり込むうちに錆びつかせ、同時に仮想世界に適したものへと知らぬうちに昇華し、それが認められぬものと諦観していた日々。

 ──至ったのだ。

 努力によるものではない。過去の研鑽を否定するつもりは毛頭ないが、異世界転移という事故の様な現象と共に、降って湧いた天性の肉体。

 その身を人外に堕して尚──否、堕したからこそ冷え冷えと冴え渡る功。

 

 カレルは顔を上げると、おもむろに剣を振るった。

 先の刺突とは比べ物にならぬほど遅い、惰性で振るった剣。だが──

 ぴ、いう音と共に落葉が切り裂かれ、一斬の下に四枚の葉がその数を八枚へと変じる。その全てが、葉の中心で(・・・・・)真っ二つに両断されていた。

 先の一〇枚では何が起こったのかすら理解できなかったゼンベルには、なまじ理解できてしまっただけこちらの方が衝撃的だった。

 

「……おいおいおい」

 

 空いた口が塞がらないとはこのことだろう。

 衝撃に次いで、乾いた笑いが襲ってくる。

 動く目標、そして小さいそれを打ち抜くのは相応の技量が要るが、誰でも出来る。弛まぬ型稽古と鍛錬により身体の位置感覚を鍛え、空間把握能力がそれなりにあれば、難しいが連続で打ち抜くことも不可能ではない。

 だが、同時にとなると途端にその難易度は上昇する。数が増えれば難しい(・・・)不可能(・・・)に際限なく近くなっていく。

 だというのに、あれはなんだ。

 ろくに狙いも付けぬ、惰性で振るったその一閃。しかして切り裂かれたのは四枚の落葉。尋常ではない動体視力と、空間把握能力、そして功がなければできない芸当である。

 

 そしてゼンベルは理屈ではなく理解させられた。

 目の前のそれが、こと技量に於いて一つの高みであるのだと。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 DMMOというゲームはその性質上、プレイヤースキルと現実の技量というものは切っても切り離せない関係にある、というのがカレルの主張であった。

 ユグドラシルにおいて、そしてこと近接職においては特に顕著だと。

 従来のゲームと異なり全身の隅々の挙動まで制御できるDMMOは、上手いプレイヤーとそうでないプレイヤーの挙動は天地の差があると言っていい。

 事実として現実でそれなりに鍛錬を積んだ者は、多少の不利属性などものともせず、ワールドチャンピオンにはかの《アインズ・ウール・ゴウン(AOG)》の擁する《たっち・みー》を筆頭に、現実での戦闘力が高い者の割合が多い。

 弓兵や魔法職といった後衛職でさえ、一〇〇レベルプレイヤーの高機動に対し偏差射撃の修練を積む者がほとんどなのだ。現実の技量を昇華できる近接職は尚更である。

 そしてそれはユグドラシルから異世界へと世界の法則が変じられ、更に顕著になっていくだろう。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 巨木を揺らした轟音に叩き起こされたゴンドに説教されたゼンベルは、釈然としないものを感じつつ、焚き火の処理を終え移動の準備を整えた。

 ゴンドの怒りの理由が叩き起こされた不満によるものなのは明白だったが、モンスターが寄ってくるなど尤もな言い分に反論を封じられ、ゼンベルは不承不承とした目をカレルに向けた。

 つい、と目を逸らしたカレルに殺意が沸くが、今朝見せられた光景を思い起こすと未だに畏敬の念が湧き上がる。

 

 カレルも普段通りの体を装ってはいたが、内心では先の剣の感覚を反芻しており、残った僅かな高揚感に足取りは軽い。

 本音を言えば、今すぐにでも抜刀して滾る衝動に身を任せたいほどだった。

 ユグドラシル時代の好敵手たちと、リアルで薫陶を賜った師と、剣を交わし更なる高みへ至った高揚感を反芻していたかった。サービス終了の最終日まで議論を交わし、鎬を削っていたPVPトップランカーたち。傭兵ギルド、対人スレ民など所属や人種は様々だったが、皆強さというものに対しては真摯だった。

 数少ない〈ワールドチャンピオン〉の称号を冠する者たちも、以前は必勝を確信できなかったが、今ならば──欲を言えばかつてユグドラシル黎明期に辛酸を舐めさせられた〈AOG(アインズ・ウール・ゴウン)〉のたっち・みーと──

 

「おい、カレル?」

「……む」

 

 不意にかけられたゴンドの声に、カレルは己が思考の海に埋没していたことに気付いた。

 

「護衛に呆けられちゃ困るぞ、小僧。そろそろ越えるとは言っても、ここはまだラッパスレア山の途中じゃ。気を抜いてはならんぞ」

「あー……悪い」

 

 咎める声に、カレルは素直に恥じ入る。

 没頭していた思考をかぶりを振って振り払おうとするが──やはり、性分というものだろう。未知への探求、大自然の魅力と同様に、己の技量に対しての執着は根強い。

 特に、自分が〈ワールド・サーチャーズ〉からPVP勢に鞍替えする理由となったプレイヤーには……。

 

「ああ、クソ。未練がましい」

 

 今度こそ未練を振り払い、歩き出す。

 正直なところ、こちらの世界に剣士として考えるならば己に匹敵、あるいは凌駕する強者はいて欲しいと思う反面、ただ己が生き残りたいがために強者はいて欲しくないという相反する思いを抱いていた。

 実際のところその比率は、高揚に浮かされた今でも後者の方が大きい。

 なにも敗北を知りたい、などと言うほど驕り高ぶっている訳ではないのだ。そもそもがユグドラシル時代に敗北は飽きるほど味わってきた身である。その全てが苦い記憶と言うつもりはないが、それでも何度も味わいたいと思うほどではない。こちらの世界ではユグドラシルよりもなお命が重いのだ。

 蘇生アイテムやデスペナルティを緩和するアイテムも、ソロ活動していた過去から幾つか常備していたが、それらが尽きたときが本当の死だと思っていい。

 

 魔境と呼ばれるアゼルリシア山脈でさえ、低難易度ダンジョンの域をでない現状杞憂だとは思うが、現地勢が仮にも〈絶対者〉と呼ぶ存在には注意を払っておくべきだろう。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

「さて、もうそろそろだな」

 

 最後の土掘獣人(クアゴア)の頭を念入りに殴り潰したゼンベルが、血の糸を引く右拳をゆっくりと引き出す。

 少し離れたところでは無惨に斬り捨てられた土掘獣人(クアゴア)たちの中で、黒刀を鞘に戻しながらカレルが応える。

 

「そうなのか。景色が変わらないからわかりにくいが」

「ああ、ラッパスレア山から〈フェオ・ライゾ〉は案外離れてねえんだ。都市の入り口は遠目からは分かりにくいが頑強に作ってあるし、〈エインシャント・フレイムドラゴン〉の縄張りから近いが微妙にずれてるから、モンスターもそこまで寄ってこねえ」

「……こやつらは例外だったようじゃがな」

 

 木の陰に隠れていたゴンドが戦闘が終わったのを見計らって出てくる。

 ラッパスレア山では見なかった土掘獣人(クアゴア)たちも、山から出ればそれなりに巡回しているらしい。

 まるでアゼルリシア山脈の勢力図が土掘獣人(クアゴア)に傾きかけているような現状に、ゴンドやゼンベルも首を傾げていた。

 

「そもそも最初は儂等がこやつらに追われておるものだと思っておったのじゃがな」

蜥蜴人(リザードマン)山小人(ドワーフ)二人にここまでの労力を割くかあ?」

 

 たしかに不可解だ、とカレルも頷いた。

 アゼルリシア山脈の勢力図にそこまで詳しくないカレルだが、わかることはある。

 山小人(ドワーフ)土掘獣人(クアゴア)はたしかにアゼルリシア山脈ではそれなりの勢力を保っていた集団だが、それも〈霜の竜(フロスト・ドラゴン)〉や〈霜の巨人(フロスト・ジャイアント)〉、ラッパスレア山の支配者たちのような絶対者がいることが前提条件である。

 山小人(ドワーフ)の都市のうち二つが陥落し、土掘獣人(クアゴア)の勢力が大きくなっていることを加味しても、絶対者達のお膝元を集団でうろつくことは考えづらい。

 

「それにこいつら自体妙だったしな」

「ああ」

 

 事切れた土掘獣人(クアゴア)の死体を道端に蹴り転がしながらゼンベルがぼやいた。

 ラッパスレア山を越えるまえのように、カレルたちを待ち構えて巡回していたのではなく、〈フェオ・ライゾ〉に向かうカレルたちに背を向ける形で接敵したのである。

 当然奇襲できる好機を彼らが逃すはずはなく、都市に近いがゆえに撃ち漏らしも避けた結果がこの十匹余りの死体の山である。

 

「なあゼンベル」

「おう、なんだ?」

 

 ふと脳裏に飛来した嫌な予感に逆らう事なく、カレルは口を開いた。

 

「こいつらが待ってたのは俺たちじゃなかったんじゃないか?」

「……なんじゃと?」

 

 カレルの声に含まれた僅かな剣呑な響きに、敏感に反応したのはゴンドだった。

 

「都市に向かう俺たちが上手く背中をつけたのもそうだ。こいつらは巡回していたんじゃなくて、明らかに張っていた(・・・・・)。方角を間違えて間抜けにも俺たちに背中を晒してたってわけじゃないだろ」

「ま……まさか」

 

 喘ぐような声を出したゴンドを見てみれば、その顔は気の毒なほどに血の気が失せていた。どうやらカレルと同じ結論に至ったらしい。

 

「ってことはよ、つまり」

「……フェオ・ライゾから逃げてくる山小人(ドワーフ)を狩る役割だったんじゃないか」

 

 無論、ただの推測に過ぎないが。

 もしかしたらこの土掘獣人(クアゴア)たちがただの間抜けだったのかもしれない。が、その推測に縋るには些か楽観的に過ぎた。

 

土掘獣人(クアゴア)がフェオ・ライゾを(おと)しにかかっている……?」

 

 ゴンドの掠れるように呟いた声は、曇天模様に切り替わりつつある空に吸い込まれていった。

 

 

 

 





 鬼哭街はいいぞ
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