流浪の民   作:つばゆき

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アゼルリシア山脈 -4-

 

 

 

 

 やにわに降り出した雨の中、カレルたちはぬかるみを蹴って疾駆していた。

 山の天気は移ろいやすいとは聞いたことがあったが、曇天模様に差し掛かる程度の雲量だった空は瞬く間に厚い雲に覆われ、小粒な雨をしとしとと降らせている。

 雨に湿った土の匂いが鼻につく。

 これならば多少は土掘獣人(クアゴア)の鼻を誤魔化せるかもしれないが、所詮は多少慰めになるかどうかの差異でしかない。

 

「もう見えるか!?」

「も、もうすぐじゃ! そこの岩陰に──」

 

 日中のほとんどを強行軍として移動に費したため、フェオ・ライゾまでもうすぐというところまて差し掛かっていた。

 先頭をカレル、続いてゴンドを担いだゼンベルが追い縋る。

 速度はゼンベルに合わせて落としてあるものの、ゼンベルとて決して鈍足というわけではない。ゴンドを担いでいるとはいえゼンベルは見た目通りの怪力、同時にその巨躯からなる歩幅は大きく、平均的な大人よりずっと速い。

 更には雨によって地面がぬかるんだことで、人間にとっては走りづらいがむしろ蜥蜴人(リザードマン)にとっては最適な環境である。

 不憫なのはゼンベルの肩の上で盛大に揺すられるゴンドだったが、こればかりは耐えてもらうしかない。

 

「──あれか!」

 

 目印と思しき岩を回り込むと、巧妙だが、遠目にそれと判別できるような地上砦が見えて来た。

 山小人(ドワーフ)の地上砦は山中の都市と繋がっている構造上、その半ば以上が斜面に埋まっている。

 太く頑丈な木材を惜しみなく使用したのだろうその砦は、年月を感じさせつつも至る所に補修痕があり、風格と頑健さを些かも衰えさせてはいない。

 ──が。

 

「畜生! やっぱりか!」

 

 追いついてきたゼンベルが肩で息を吐きながら悪態をついた。

 もうすぐ陽が落ちるのだろう、オレンジ色の差し始めた中で瞬く赤。

 山小人(ドワーフ)の地上砦にはちらほらと火の手が上がり、開け放たれた門扉から着の身着のままの山小人(ドワーフ)たちが逃げ散っている。

 それだけではない。門から逃げ散る山小人(ドワーフ)たちに、襲いかかる数十もの土掘獣人(クアゴア)たちの影。

 武装した明らかに兵士と思われる山小人(ドワーフ)たちも居たが、明らかに統制を失っており個々に土掘獣人(クアゴア)たちに立ち向かっては次々と引き裂かれ地に伏していく。

 そもそもが山小人(ドワーフ)は身体能力で土掘獣人(クアゴア)に劣る。本来ならば地の利と優れた武具、生産された高品質のマジックアイテムで土掘獣人(クアゴア)に相対して来たのである。

 平野で土掘獣人(クアゴア)と対峙すればその不利はどうしても埋め難い。

 遠目からでも土掘獣人(クアゴア)たちの喊声と山小人(ドワーフ)たちの悲鳴が響いてくる。

 

「──なんてこった! 外にも土掘獣人(クアゴア)がうじゃうじゃいやがるぞ!」

「中はもう土掘獣人(クアゴア)だらけじゃ! 今更戻れるか!」

「フェオ・ジュラまで一人でも多く逃がせ! 儂等は殿(しんがり)じゃ!」

 

 山小人(ドワーフ)の市民を守るように数十もの山小人(ドワーフ)の兵士たちが門を突破してくる。

 先に門を出ていた部隊と異なり、こちらは辛うじて統制を保っているようだった。襲いかかる土掘獣人(クアゴア)たちを連携をとりながらなんとか押しとどめている。

 だが、傍目に見てもこの都市がもう駄目だということはわかった。

 

 砕かれた門、内と外からの挟撃、雨に降られてもなお消えることない火の手。

 一旦都市を脱出して再起を図る、などといった風態ではない、着の身着のままの遁走、否潰走であった。

 

「ゴンド、どうする?」

「……えっ?」

 

 呆然としていたゴンドはカレルの静かな声に反応し、見上げてくる。

 青褪めていた顔は今は土気色にまで変わっており、髭に埋もれた唇はわなないている。

 

「今背を向ければ逃げられる。巡回中の土掘獣人(クアゴア)に見つかっても俺とゼンベルがいれば突破できる。少なくとも〈フェオ・ジュラ〉までは送り届けてやれる。──そうだな? ゼンベル」

「おう」

 

 カレルの意図するところに気付いたのか、ゼンベルも神妙な面持ちで頷いた。

 

「俺は護衛だ。あんたの決定に従う」

 

 ゴンドの肩が危うく震える。

 祖父や父に似ず才能がないと、馬鹿にされたことがあった。新しい技術にとって変わられ先の見えないルーン工匠たちと愚痴りあったりもした。酒代と工具代を稼ぐためにトンネルドクターの真似事をし、仕事終わりには馬鹿騒ぎをしながら潰れるまで酒を煽ったこともあった。

 あれはあれで、ゴンドの居場所だったのだ。

 才能がなかったのはゴンドの責任だ。それで燻っていたのも同様に。それで誰かに当たるつもりはない──〈フェオ・ライゾ〉の山小人(ドワーフ)たちは、あれはあれで気の良い奴らだったのだ。

 手足が震える。動悸が激しくなる。

 ゼンベルが護衛についたとして、カレルが土掘獣人(クアゴア)を蹴散らしてくれたとして──あの数だ。

 都市内から脱出した山小人(ドワーフ)たちを追撃する部隊はその何倍だろうか。乱戦になれば、流石のカレルでも取りこぼしはでる。絶対の安全はない。

 それでも。

 

「頼む、儂の仲間を──同胞を、助けて欲しい……!」

 

 拳を握りしめて、首を垂れる。

 ゼンベルとカレルの顔は見えず、しかし答えは明瞭で、簡潔だった。

 

「よし、任せろ」

「ま、今更だわな」

 

 手のひらに拳を打ちつけたゼンベルが首を鳴らしながら応えた。

 見上げれば戦意充溢し、すでに臨戦態勢に入っている。蜥蜴人(リザードマン)として、鉄火場はむしろ望むところということだろう。

 

山小人(ドワーフ)には一宿一飯の恩義がある。助けるに如くはねェ」

 

 ゼンベルも蜥蜴人(リザードマン)の集落を出てから辿り着いたフェオ・ライゾで、はじめこそ奇異の目で見られながらも随分良くしてもらったものだ。蜥蜴人(リザードマン)の価値観は理解され難かったが、酒を酌み交わし、トンネルドクターの護衛として働き、兵士たちと共に訓練した。もはや山小人(ドワーフ)とゼンベルを隔てるものはなにもない。

 種族は違えど、既に彼らはゼンベルにとって同朋だった。

 

「──決まりだな。

 まずは門扉周辺の最も大きい土掘獣人(クアゴア)集団を強襲、蹴散らしたのち、避難民の護衛に回っている部隊と合流。態勢を立て直したら殿だ」

 

 カレルの言に否やはない。

 ゼンベルとゴンドは覚悟を決めた表情で深く頷くと、都市へ向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 カレルはこの世界に来て、魔境と呼ばれるアゼルリシア山脈を見聞し、ゴンドとゼンベルに出会い──一つの枷を己に課していた。

 それは、非常時を除き全力を出さない。この一言に尽きる。

 カレルは既に、己の持つ力がこの世界にとって異質で、異常であると理解していた。

 だってそうなのだ。

 ゴンド曰く、このアゼルリシア山脈は人間の冒険者がうっかり迷い込んだら生きて帰れない場所なのだと。ゼンベル曰く、お前は身体能力だけでなく、技術的にも最高峰だと。山脈で一定の勢力を確保している土掘獣人(クアゴア)たちだって鎧袖一触だった。魔境のモンスターたちもまた同様だ。

 だから、手を貸すのは限定的だ。自分の命の危機か、余程心を許した相手の為でなければ、本気の力を振るうことはない。

 場に不相応な力を振るって、この世界の本当の強者を刺激することはない。

 

(悪いな……ゴンド)

 

 本気を出せば、土掘獣人(クアゴア)が何百、何千と束になってかかって来ても打ち払えるだろう。

 それこそ防衛戦なら幾分取りこぼしも出るし、味方に被害も出る。全力でも被害はゼロにはできない。

 カレルは範囲殲滅できる魔法詠唱者(マジックキャスター)でも、モンスターを大量召喚できる召喚士(サモナー)でもない。そう言った意味では格下のプレイヤーにも劣るだろう。しかしそれはカレルの敗北と同義ではない。

 身体能力は大体三〇レベルまで、場合によっては五〇レベル程度まで抑える。本気を出すのは必要に駆られた時だけだ。

 カレルは私情によって助けられたはずの山小人(ドワーフ)を見捨てる。そのことにほんの僅かな罪悪感を覚えながら、黒刀の柄に手をかけた。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

「それで、状況はどうなっている?」

 

 毛皮の中に僅かに赤みのかかかった体格の良い土掘獣人(クアゴア)が、膝を突いた伝令に視線を向けた。

 

「──は。現在山小人(ドワーフ)の都市〈フェオ・ライゾ〉は八割を制圧完了、残存兵力と建造物に篭った市民の掃討にかかっております!」

「ふむ……」

 

 部下からの報告に、赤みがかった毛の土掘獣人(クアゴア)──ヨオズは鷹揚に頷いた。まずもって、満足の行く結果だ。

 山小人(ドワーフ)の都市への奇襲はほぼ完璧と言っていいほど上手くいった。襲撃を敢行するまで徹底的に戦力を秘匿したのが功を奏したのだろう。

 

「一部の山小人(ドワーフ)どもが何を血迷ったのか、都市に火を放ったようだが……?」

「はい、ですが火の元の建物を破壊することで九割方消火しております。それに地表に近い分換気口も多かったのでしょう。爆破で埋められたと思しきところに掘削部隊を投入しております」

「素晴らしい。良い判断だ」

 

 幾らかの抵抗や思いもよらぬアクシデントはあったが、ほとんどは鎮圧され、的確な対処によって土掘獣人(クアゴア)による制圧は順調に進んでいる。

 選抜された優秀な兵士たちによる部隊が先鋒を務め、以前より優れた指揮体系を維持できたのが大きいだろう。数を揃えるだけ揃え、ただ吶喊していくだけだった以前と比べれば、まさに雲泥の差だった。

 そのとき、更にもう一人の伝令が駆けつけ、ヨオズの足元に膝を突く。クアゴア・ライダーと呼ばれる彼らは従来の土掘獣人(クアゴア)よりも速く走るということに優れた者たちであり、迅速な伝令が可能だ。

 

「伝令! 地表付近の砦もほぼ制圧完了……ですが、一部山小人(ドワーフ)の部隊が避難民を連れて押し寄せております! 現在地上砦正門で交戦中!」

「……なんだと?」

 

 フェオ・ライゾ攻略よりほぼ初めてと言っていい凶報に、ヨオズは目をすがめた。

 腕を組み、しばし黙考する。考えるのは周辺の地形と、山小人(ドワーフ)土掘獣人(クアゴア)の地理、力関係だ。

 山小人(ドワーフ)の旧王都〈フェオ・ベルカナ〉は放棄されて久しい。西の都市〈フェオ・テイワズ〉は現在土掘獣人(クアゴア)たちの根城となっており、防戦一方の山小人(ドワーフ)に攻略するだけの余裕はない。この南の都市〈フェオ・ライゾ〉を攻略できれば、山小人(ドワーフ)たちは最後の都市〈フェオ・ジュラ〉に閉じ籠るほかなくなり、土掘獣人(クアゴア)たちの活動圏は大いに広がるだろう。

 

(とはいえ……だ)

 

 基本的に都市間移動は地下道を使用する山小人(ドワーフ)たちが、まさか地上に活路を求めるとは予想外だった。このアゼルリシア山脈では地上も地下も無論危険極まりないが、長い時間をかけて地下道を整備し、経験と鉄則を積んだ山小人(ドワーフ)土掘獣人(クアゴア)に取っては安全度に相当の差がある。

 地下には地中から奇襲を仕掛けてくる危険なモンスターなどがいるが、それでも地下道や洞窟に精通した山小人(ドワーフ)ならば対応は可能だ。しかし地上に出るともなれば──万が一飛行型モンスターに目を付けられれば、余程の精鋭部隊でもない限り手も足も出ず嬲られることになるだろう。

 それに、もう数刻もすれば日も落ちる。暗闇の山中で行軍するなど正気の沙汰ではない。朝を迎える前に九割方全滅するだろう。

 

「それでも、万が一フェオ・ジュラまで逃げられるのは厄介か」

「……は。逃走部隊に我々の手の内を知ったものがいるとも限りません」

 

 フェオ・ライゾ攻略にあたり、土掘獣人(クアゴア)たちは山小人(ドワーフ)たちの廃棄された地下道を入念に調べ、位置関係を把握しフェオ・ライゾへ向けた洞窟を複数個、同時進行で掘削していたのである。掘る(・・)、という行為に特化した種族である土掘獣人(クアゴア)ならではの荒技であり、電撃的な奇襲は想定以上の結果を齎した。

 だが、真に恐るべきはそれを指示し、都市と地下道の位置関係を調べ、ほぼ正答に近い答えを導き出した土掘獣人(クアゴア)の新たなる王である。

 土掘獣人(クアゴア)はもとより知能は低い。そしてアゼルリシア山脈の地下に生存圏が完結しているため得られる知識も少ない。しかしその以前の常識を覆したのが氏族王であり、それまでの常識に終わりを告げようというのだ。

 氏族王が纏める以前、複数の氏族に(わか)たれていた土掘獣人(クアゴア)たち──一氏族の英雄と持て囃されていたヨオズにして、畏敬の念を隠せない真なる英雄にして氏族王──それが、〈ペ・リユロ〉であった。

 

「ふむ……地上の天候は?」

「曇天でしたが、雨が降り始めた模様です。これから天候が悪化するかは、なんとも」

「構わん。奴らにとっての快方に向かわないならそれでいい。では、念のため追撃部隊を出せ。外にいる部隊だけでは足りんかもしれんからな」

「了解しました!」

「ああ、それと──」

 

 駆け去ろうとする伝令を、ヨオズは呼び止めた。不思議そうな顔をして振り返るクアゴア・ライダーに向けて告げる。

 

「──そうだな。追撃には私も参加しよう」

「ヨオズ様。それは少々危険では?」

 

 その言葉に、傍らに控えていた副官が諫言する。毛皮に青みがかかったブルー・クアゴアである彼は、幼少の頃より希少鉱石を与えられた純然たる支配階級であるとともに、ヨオズに準ずるだけの実力と頭脳を備えた優秀な戦士である。

 その副官にヨオズは僅かな稚気を含んだ顔を向ける。

 

「今回俺は後方で指揮をとっていただけだからな。多少なりとも体を動かさんと鈍る」

山小人(ドワーフ)も死に体ですが、残る脅威は地表のモンスターだけではありません。例の〈黒い悪魔〉の目撃情報もあります」

「奴か……」

 

 それにばかりは、ヨオズも渋い顔をした。

 ここ数週間余りで増加した、地表で活動していると思しき山小人(ドワーフ)ではない種族のことである。

 地下道掘削の作戦行動中に折り悪しく接触した山小人(ドワーフ)蜥蜴人(リザードマン)の二人組に対し掛けられていた追手が、悉く黒い軽装の剣士に壊滅させられているのである。

 あの山小人(ドワーフ)たちが自分たちの真なる目的に気付いたかは疑問だったが、フェオ・ライゾ攻略直前の情報漏洩を恐れて、地上にもかかわらず念のため追手をかけていたのだ。

 壊滅させられた部隊の兵からは荒唐無稽としか判断できない報告が多々上がり、ヨオズも眉を顰めるほどだった。

 黒髪に、暗い色を基調とした軽装に腰に差した黒く細い剣。見た目に関する情報はそれだけだが、戦闘力に関するものは常軌を逸している。

 曰く、一呼吸のうちに数十メートルを詰める。曰く、飛びかかった土掘獣人(クアゴア)数十匹を瞬く間に斬り捨てた。曰く、土掘獣人(クアゴア)を生きたまま貪り喰らう。曰く、身の丈三メートルを超える化け物である。曰く──

 

(馬鹿馬鹿しい)

 

 ヨオズはかぶりを振った。

 多くの部隊が似たり寄ったりの報告をしてくる以上、その全てを馬鹿馬鹿しいと一笑に付すことはしない。が、ここまで荒唐無稽だと真面目に受け取るのもどうかと思えてくる。

 

「もしそいつが出てきたら、構わんさ。戦力を測るいい機会だ。万が一俺がやられても、それならそれで氏族王にイレギュラーの存在を報告できる」

「は……はっ」

 

 部下として攻略部隊指揮官の脱落を勘定に入れた発言はどうにも受け入れ難いのか、言葉に詰まっているようだった。

 そんな副官の肩を叩きながらヨオズは笑う。

 

「気を抜くのは良くないが……なあに、気楽にいけばいいさ。土掘獣人(クアゴア)の未来は明るい。そうだろ?」

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

 〈フェオ・ライゾ〉門前の山小人(ドワーフ)部隊は崩壊寸前だった。

 門の外から山小人(ドワーフ)の避難民に襲いかかる土掘獣人(クアゴア)たちの対処だけしていればよかった当初と異なり、ついに都市内部を制圧した土掘獣人(クアゴア)の部隊が追いついてきたのである。

 

 そもそもが山小人(ドワーフ)土掘獣人(クアゴア)は互いに理解し合えることのない怨敵である。

 武具の鍛造やマジックアイテム、美術品の生産に心魂を捧げ、大量に鉱石を必要とする山小人(ドワーフ)と、食糧として、あるいは己の種族としての力を高めるために鉱石を喰らう土掘獣人(クアゴア)

 アゼルリシア山脈が如何に広大とはいえ、比較的安全に採掘できる鉱石の量が有限である以上、互いの対立は必至だ。

 ゆえに彼らは分かり合えない。出会ったが最後、どちらかが死に絶えるまで戦い続けるしかない。

 

「ぐおおおッ!!」

「ドドム! 畜生めが!」

 

 また一人、仲間の山小人(ドワーフ)の兵士が土掘獣人(クアゴア)の凶爪に斃れた。

 怒りに任せ、右手に持った戦鎚(ウォーハンマー)を下手人の土掘獣人(クアゴア)に向け振り下ろす。

 戦鎚(ウォーハンマー)土掘獣人(クアゴア)の金属製の頑強な体毛の上から肩口に命中し、鎖骨、胸骨を粉砕して一瞬のうちに絶命させる。

 断末魔の痙攣を残すのみとなった土掘獣人(クアゴア)の下敷きとなった味方の山小人(ドワーフ)を引き起こした。

 

「ドドム! 生きてるか!?」

「ぐ……隊長……儂ぁ、もう駄目だ。置いてってくれ……!」

「……糞ったれが!」

 

 ドドムと呼ばれた山小人(ドワーフ)は胸の革鎧によって即死は免れていたが、脇腹から下腹部にかけてざっくりと切り裂かれており、腹腔から内臓が覗いていた。

 応急処置でどうにかなる傷ではない。しかるべき施設で適切な処置を施さなければならない重症だ。

 当然、失陥したばかりの〈フェオ・ライゾ〉にそんなものは望むべくもない。

 

「隊長……儂なんかより、一人でも多くの民を……構わねえ、あの世で一杯やろうや。……儂はそれでいい」

「ッ……うおおおおッ!!」

 

 息も絶え絶えなドドムの身体をぬかるんだ地面に横たえると、握り締めた戦鎚(ウォーハンマー)を手に手近な土掘獣人(クアゴア)に殴りかかる。

 攻めていたはずの山小人(ドワーフ)の不意の反撃に泡を喰った土掘獣人(クアゴア)が、一匹、二匹と殴り倒された。だが三匹目の土掘獣人(クアゴア)は、隊長の戦鎚(ウォーハンマー)に勢いが乗る前にがっちりと受け止める。

 

「下衆どもが……!」

「調子に乗るなよ! 山小人(ドワーフ)!」

「こっちの台詞じゃ!」

 

 戦鎚(ウォーハンマー)を受け止めた土掘獣人(クアゴア)の脇から更に二匹、隊長が再び戦鎚(ウォーハンマー)を振り上げるのに先んじて爪を振るう。

 しかし、膾に刻まれるはずだった隊長を、すんでのところで副官たちが救う。爪は隊長に届くことなく、肉薄していた土掘獣人(クアゴア)は硬質な音とともに弾き飛ばされた。

 

「隊長! もう保たんぞ! 前だけじゃない、後ろの門からもわらわら出てきおる!」

「それだけじゃないぞ! 被害も甚大だ! 先に逃げ出した部隊(アホども)はとっくに壊滅、儂らの被害も三割超!」

「諦めるな! 一点に集中して包囲を突破しろ! 避難民は部隊の中心じゃ! 一匹たりとも通すなよ!」

 

 応、と響く猛々しい咆哮に、僅かに土掘獣人(クアゴア)の集団が怯んだ。

 しかし包囲網は突破出来ず、じわじわと戦線が押し込まれていく。更に悪いことに、門から出てくる土掘獣人(クアゴア)が部隊単位となり、殿の被害も拡大してきた。

 

「も、もうだめじゃ……!」

「ここで全滅か……!?」

 

 一人の民も逃せず、土掘獣人(クアゴア)に一矢報いることもできず、〈フェオ・ライゾ〉は文字通り消滅するのだろうか。

 

「隊長──!!」

「──ぐっ!?」

 

 味方の悲鳴のような警告に、隊長は振りかえる事よりも地面を転がることを優先した。結果としてそれは最善で、奇襲をしかけた土掘獣人(クアゴア)の爪は空を切るのみに留まったが、地に転がった隊長を勢いそのままに蹴り飛ばす。

 

「に、逃げろ! 逃げるんじゃ、隊長──!!」

 

 群がってくる土掘獣人(クアゴア)の向こうで、他の土掘獣人(クアゴア)と鍔迫り合いをしている副官が叫ぶ。

 だが、虚しいかな。地に這いつくばり、得物の戦鎚(ウォーハンマー)土掘獣人(クアゴア)に弾き飛ばされた。そして殺意みなぎる土掘獣人(クアゴア)に囲まれた現状、どう逃げろというのか。

 隊長が死を覚悟し、顔を伏せた。

 ……が、いつまで経っても振り上げられた爪が振り下ろされない。

 

「なんじゃ……?」

 

 怪訝に思って顔を上げると、隊長に群がっていた都合三匹の土掘獣人(クアゴア)が、爪を振り上げたまま硬直していた。一瞬の後、頸や背中から血を噴き出して驚愕の面持ちのまま倒れ伏していく。

 

「一体何が……」

 

 辺りを見回すと、土掘獣人(クアゴア)と鍔迫り合いをしていたはずの副官が駆け寄ってくる。

 

「隊長! 無事じゃったか! 良かった、てっきりおっ死んじまったものだとばかり……」

「馬鹿野郎! 勝手に殺すな! ……それで? なにがあったんだ」

 

 十数秒前に諦めて地に伏せていたことを棚に上げて、副官を一喝すると状況を聞く。

 

「それが……よくわからんのです。前を塞いでいた土掘獣人(クアゴア)の包囲が突然崩れたと思ったら、あれ(・・)が……」

 

 副官の説明は要領を得ない。指を差した方向を見ると、隊長は絶句した。

 

「な──な……ッ!」

 

 それは例えるなら、黒い風だった。

 辛うじて人型をしていると判別できるその風が、手に持つ得物を振るうたび土掘獣人(クアゴア)が倒れ伏し、あれほど厚かった包囲に穴が空いていく。

 ひとまずの窮地を脱した隊長のもとに一人の山小人(ドワーフ)が駆け寄ってくる。

 

「あんたがこの部隊の指揮官か!?」

「あ、ああ……いかにも、儂が隊長じゃが」

「よかった! いま儂の仲間が土掘獣人(クアゴア)を蹴散らしてる! だがそれも今だけじゃ! 早う態勢を立て直せい!」

 

 駆け寄ってきた山小人(ドワーフ)の言は言われるまでもないことだ。あの天災のような黒い旋風が土掘獣人(クアゴア)たちに死を撒き散らしているうちに、崩れた統制を立て直さねば、このまま壊滅は必至だろう。

 だが、それよりも気になる言葉があった。この山小人(ドワーフ)は、あれ(・・)を味方と言ったのか?

 

「──ゴンド! お前生きとったんか!」

 

 問い質そうとする隊長に先んじて、兵士の一人が山小人(ドワーフ)に走り寄る。

 

「ガゲズ! お主もか! 生き汚いやつじゃな!」

 

 ゴンドと呼ばれた山小人(ドワーフ)が、ガゲズと呼ばれた兵士とがっちりと抱き合った。すぐに離すと、ガゲズは余っていた刺突戦鎚(ウォーピック)をゴンドに押し付ける。

 

「今まで何しとったんじゃこの馬鹿が! フェオ・ライゾは壊滅じゃ、このまま逃げちまえば良かったものを!」

「お主こそ何兵士の真似事しとるんじゃ!」

「儂か? トンネルドクターの仕事をしてたら奇襲を狙ってた土掘獣人(クアゴア)とばったりじゃよ! 慌てて都市に逃げ帰って兵に志願じゃ! 都市が落とされるくらいならまだ兵士の方が生き残れるじゃろうて」

 

 談笑を交わしながら武器を構え直す二人に、土掘獣人(クアゴア)が襲いかかる。しかしその爪が届く前に、横合いから飛び出してきた蜥蜴人(リザードマン)に殴り倒された。

 会心の一撃に頭蓋を粉砕された土掘獣人(クアゴア)は、その勢いのまま吹き飛ばされ後列の土掘獣人(クアゴア)を薙ぎ倒す。

 

「おいゴンド! 守られる対象がさっさと先に行くんじゃねえ!」

「ゼンベル! 助かったぞ!」

「俺も戦線に加わる! こんだけの救援が来てんだ! できねえとは言わせねえぞ!」

 

 屈強な蜥蜴人(リザードマン)が戦線に加わり、山小人(ドワーフ)たちと即席の連携を取って対応していく。こちらは非常識なほどの戦闘力ではなく、一方的に蹴散らせるほどではないが、群がる土掘獣人(クアゴア)をその恵まれた体躯と膂力でもって圧倒していく。

 

「──皆聞け!」

 

 呆けている場合ではないと頬を張った隊長が、戦鎚(ウォーハンマー)をぬかるんだ地面に打ちつける。

 

「光明が見えた! 土掘獣人(モグラ)どもの隊列は崩れたぞ! もう一度吶喊し、包囲網をこじ開けるんじゃ!」

『おおおお!!』

 

 鬨の声を挙げた山小人(ドワーフ)の兵士たち──今となっては正規の人員の半分近くまでに減ってしまった部隊が、決死の形相で突撃を敢行する。

 背後の避難民の護衛に最低限の兵士だけを残し、土掘獣人(クアゴア)たちの乱れ、最も隊列の薄くなった場所へ雄叫びを挙げて押し寄せる。

 突撃された土掘獣人(クアゴア)も今回ばかりはひとたまりもなかった。予想外の戦力による奇襲で浮き足立っていた部隊は山小人(ドワーフ)の兵士たちによる突撃で完全に隊列を乱され、遂に包囲網の突破を許した。

 包囲され、殲滅を待つばかりだと信じていた相手の、まさか予想だにしなかった再突撃に、包囲網をずたずたにされた土掘獣人(クアゴア)は我先に逃げ散っていく。

 

「──道が開けたぞォ!」

「押せ! 蹴散らせェ!!」

 

 甚大な被害を出しながらもとうとう包囲網を突破した山小人(ドワーフ)たちは、歓声を上げながら雨空の下で駆け出した。

 

 

 

 隊列が崩ればらばらに退却していく土掘獣人(クアゴア)の中、果敢にも、そして無謀にも逃げることなく立ち向かってきた数匹を瞬く間に斬り伏せる。

 最初に斬った一匹が倒れ伏すまでの間に、実に五匹もの土掘獣人(クアゴア)の命を断っていた。一呼吸の間に、都合五度。最早手の延長といっていい黒刀の、その切先の感触を確かに感じながら残心を取る。

 雨天模様は快方へ向かう気配を窺わせない。湿った土の匂いと、今こそ消えているが砦の燃えた煙の匂いの残滓、そして血臭が混じり合う。

 そのままもう向かってくる個体がいないことを確認すると、ゴンドとゼンベルのもとに向かう。

 撤退中の山小人(ドワーフ)の部隊の中でも、ゼンベルの巨躯は良く目立つ。実に一メートル近い身長差は見つけるのに労しない。そのそばにいる一際体格の良い山小人(ドワーフ)は部隊長だろうか。

 

「カレル! すまんな、助かったぞ」

 

 出迎えるゴンドの右手には武骨な刺突戦鎚(ウォーピック)が握られている。

 

「すまんかったな。フェオ・ライゾに案内すると言っておいてこの有様じゃ。旅が長引いちまっとる」

「いいさ。乗りかかった船だろ」

「ふふ、ならば礼はフェオ・ジュラでするとしようか」

 

 ゴンドは憑き物が落ちたような晴れ晴れとした表情をしていた。

 この旅の道程でも嫉妬、諦観がないまぜになった複雑な表情を幾度か覗かせていたが、ある程度は吹っ切れたらしい。

 その隣のゼンベルも目に見える変化は返り血と幾つかの擦過傷のみで、あとは至って無傷だ。ゼンベルもカレルやゴンドとの道程で多くのモンスターや土掘獣人(クアゴア)と戦っていたおかげか、一回り戦力が増しているようにも思える。

 

「──あんたが部隊長か?」

「ひえっ!」

「のわあっ!」

 

 近くから様子を見ていた山小人(ドワーフ)たちに水を向けると、仰天してのけぞった。見ている方が不安になるほどの過剰反応を起こした山小人(ドワーフ)たちを訝しみながら続ける。

 

「俺たちはフェオ・ジュラまで避難する予定なんだが、あんたらはどうなんだ? ほかにもっと良いあてはあるか?」

「い、いや……儂等もフェオ・ジュラまで撤退するつもりじゃ。はじめは地上砦で籠城するつもりじゃったが、奴らに追いつかれちまっての」

 

 小走りに駆けながら、隊長は背後の地上砦を見遣った。燻っていた火も雨によって消化され、湿り気を帯びたことで生木を燻ったようなどす黒い煙の残滓が見えた。

 あそこには消耗した武器の予備や、食料などが多少なりとも備蓄されていたのだろう。隊長や副官たちの顔は名残惜しげだ。

 正門付近では土掘獣人(クアゴア)たちが混乱した部隊を立て直している。仮にも一度突破されたのが聞いたのか、各個体がばらばらに襲ってくることはなさそうだった。

 

「順路はどうする?」

「食料に余裕がない。ラッパスレア山付近を強行するしかないじゃろうな。エインシャント・フレイム・ドラゴンやポイニクス・ロードの縄張りを掠めるように行くことなるが、他のモンスターが活発じゃない分まだマシじゃろう」

 

 つまり、途中まではほとんどカレルたちが進んできた順路を戻ることになる。地上にほとんど出たことがない山小人(ドワーフ)たちにとっては過酷な道行だろう。ゴンドは二週間以上もゼンベルと地上を探索していたため、道案内役として役立ってくれるはずだ。

 

「俺とゼンベルは殿に立つ。あんたらは前で避難民を護衛してやってくれ」

「なんじゃと? 儂等としては、お主にはモンスターの露払いをして欲しいくらいなんじゃが……。あまり頼りすぎるのも申し訳ないがの」

「奴らがすぐに追って来なければ、そうしたさ」

 

 カレルの言に隊長が訝しげな声を出す。

 

「お主のおかげで土掘獣人(クアゴア)の統制はばらばらじゃ。直ぐには追ってくるまいよ。今のうちに距離を稼いだほうが──」

「いいや」

 

 カレルの視線を追って地上砦を振り仰いだ隊長は、驚愕にその表情をこわばらせた。

 三々五々に散っていた土掘獣人(クアゴア)たちが、水が引くように後方へと下がっていく。

 代わりに開け放たれた正門から飛び出してくる新たな土掘獣人(クアゴア)の集団。精悍で、統率され、訓練された、先ほどまで相手にしていた土掘獣人(クアゴア)たちとは一線を画す部隊。そしてそれを率いるのは赤みがかった毛皮の、通常の個体より一回り大きい土掘獣人(クアゴア)だった。

 

 

 

 

 

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