流浪の民   作:つばゆき

6 / 6
アゼルリシア山脈 -5-

 

 

 

 

 土掘獣人(クアゴア)軍フェオ・ライゾ攻略部隊指揮官であるヨオズは、先導役のクアゴア・ライダーの背を追い疾駆する。

 周囲には陥落した山小人(ドワーフ)の地上砦の内部。フェオ・ライゾから地上へ出るほぼ唯一のルートであるこの地上砦は、地下道へ逃れようとする山小人(ドワーフ)が大半だっただけに、道中の死体は多くはない。が、それでも逃走する敵集団を追うならば死体と血痕こそが順路だ。クアゴア・ライダーの足は些かも鈍る様子を見せず、後ろのヨオズにもまるで頓着する気配を窺わせない。

 それもそのはず、指揮官たるヨオズは率いる部隊の誰よりも実力で勝り、それは身体能力においても同様だからである。

 階級社会である土掘獣人(クアゴア)の氏族は、実力主義によってその根幹が支えられている。従って上に立つものは強者であり、必然氏族の王は土掘獣人(クアゴア)の中でも最強の個体が据えられる。

 ヨオズの背後には実に五〇匹もの土掘獣人(クアゴア)の追撃部隊が追いすがり、生き汚く抗う仇敵山小人(ドワーフ)にとどめを刺さんと獰猛な戦意を昂らせている。

 全身を躍動させて疾走するヨオズが、前方からこちらへ向かってくる一匹の土掘獣人(クアゴア)の姿を見咎めて、僅かに速度を緩めた。

 全力疾走してきたのであろう、肩で息をつく伝令と思しきクアゴア・ライダーをヨオズはまず鷹揚な態度で迎え入れ、ついでその恐怖に引き攣った表情に眉を顰めた。

 

「──ヨオズ様! ほ、報告いたします!」

「どうした、何があった」

山小人(ドワーフ)の一団が地上砦の包囲網を突破、逃走を許しました!」

「……ふん、やはりか」

 

 伝令の報告は、半ば想定出来ていた内容だった。

 もとより散り散りに逃げる山小人(ドワーフ)を狩るための部隊で、保険の意味合いも兼ねて数は少なかった。それに戦功は望みにくい部隊配置ゆえに士気も低い。気の抜けていたところに、それなりに統率のとれた部隊が遮二無二突っ込んできたなら、多少の突破は許そうものだ。

 つまらなそうに鼻を鳴らしたヨオズが、顎をしゃくって続きを促す。

 

「──それで? それだけではあるまい」

「は、はい! 奴です──奴が出ました! 黒い悪魔が!」

 

 その単語に、ヨオズの背後の部隊がざわついた。

 都市攻略のために選抜された精鋭部隊に、伝令の恐怖が伝播していく。

 〈黒い悪魔〉──その名は凶兆だった。白き竜王や三大支配者にこそ及ばないものの、この数週間余りの間で土掘獣人(クアゴア)の氏族の中で急速に認知されつつある新たなる〈厄災(・・)〉である。

 

「……まさか、本当に出たとはな」

「──ヨオズ様」

「くどいぞ。出たならば、ここで奴の戦力を測る。そう言った筈だな」

「……了解しました。ではお供します」

「ふん、勝手にするがいい。……おい、伝令」

「は……なんでしょうか」

 

 あくまでも諫言する副官に、ヨオズは一瞥すらすることなく切って捨てると、膝をつく伝令のクアゴア・ライダーに歩み寄る。

 

「疲れているだろう。ご苦労だった……(ねぎら)ってやる」

「きょ、恐縮であります……はっ?」

 

 そしてヨオズは旧友をいたわるように肩に手を置くと、おもむろにもう片方の手をその腹部向けて捻じ込んだ(・・・・・)

 

「あ……が、ぎゃあああああああッ!!」

「ヨオズ様!?」

「一体何を……!?」

 

 伝令の悲鳴を皮切りに、副官や背後の部隊が驚愕の声をあげる。その声にまるで頓着せず、むしろ優しさすら感じる声音で問いかける。

 

「痛いか?」

「はっ……はひィッ! 痛い……痛いです! やっ、やめ──」

「そうか。じゃあ、こういうのはどうだ?」

 

 ヨオズはそのまま躊躇いなく、突き入れた手を捻転させる──土掘獣人(クアゴア)の鋭い爪の生えた手を。

 伝令の絶叫が更に一際大きくなり、血塗れの両手でもがいた。その異様な風体に、副官や控えている追撃部隊は声をかけることすらできない。

 やがて伝令の絶叫が憐れを催す哀願となり、哀願が掠れた喘鳴となる。弱々しい抵抗を残すのみとなった伝令の手を振り払うと、ヨオズは振り返った。副官も、部隊の者も、その狂態に後ずさる。

 その顔と両腕は伝令の血に染まり、元より赤みがかっていた毛を更に深い紅がまだらに染め上げている。

 

「俺が恐ろしいか?」

 

 ヨオズの後方に控えていた者全員が首を縦に振った。

 その反応に満足してヨオズは頷くと、口を開く。

 

「そうだ。俺は恐ろしい──そして、我らが氏族王はもっと恐ろしい。そしてそれ以上に偉大なのだ」

 

 然り。強者とはその強さゆえに恐れられ、畏怖され、畏敬され──信仰を一身に集める。土掘獣人(クアゴア)にとってその最たる者こそ氏族王〈ペ・リユロ〉なのだ。

 土掘獣人(クアゴア)を奴隷同然に扱う白き竜王は、確かに今は(・・)恐ろしい。それは認めよう。否定するつもりはない。いずれ氏族王が彼奴らを出し抜き、足を掬い、その首筋に爪と牙を突き立てるだろう。その時まではこの恐怖も甘受しよう。

 だがぽっと出の、どこの馬の骨とも知れない山小人(ドワーフ)擬きの変種に、〈黒い悪魔〉などと渾名し恐れ慄くのは到底認められる事態ではない。

 それを許していたら、氏族王のもと統合され統率された土掘獣人(クアゴア)たちは、外敵を必要以上に恐れ部族同士の小競り合いに終始する弱小種族へと後戻りしてしまう。

 追撃部隊の一匹に歩み寄ると、その首元を掴み目を合わせる。他の土掘獣人(クアゴア)と比べ頭ひとつ分大きいヨオズだったが、周囲の者たちには威圧感と恐怖心からさらに一回り大きく見えていた。

 

「それで。俺と──黒い悪魔だったか。奴とどっちが恐ろしい?」

 

 答えはなかった。当然、ここで黒い悪魔の方が恐ろしいなどと放言できるほど肝の座った土掘獣人(クアゴア)などいない。

 そしてそれは、土掘獣人(クアゴア)たちの目がなによりも雄弁に語っていた。

 

「わかっているならいい。いくぞ」

 

 踵を返したヨオズに応える者はいない。それに苛立ち怒声を放つ。

 

「どうした、返事は! 土掘獣人(クアゴア)には余所者に怯えるだけの臆病者しか居ないのか!?」

「「「お……おおおお!!」」」

 

 やけくそ気味に鬨の声を上げる土掘獣人(クアゴア)たちの声を背中に、ヨオズは再び疾走を開始した。

 

 

 

 十数分も経たずして、地上砦の正門が見え始めた。

 血臭が一際濃くなり、土掘獣人(クアゴア)山小人(ドワーフ)の死体の数がにわかに増え始める。

 推察するに、撤退を図った山小人(ドワーフ)の一部隊。砦正門を固める土掘獣人(クアゴア)の部隊を突破したはいいが、その直後に他の部隊に追いつかれ、被害が拡大したというところだろう。

 見たところ、武装した山小人(ドワーフ)兵と思しき死体が四〇余りと、避難民らしき死体が二〇ほどか。

 前後の挟撃に遭ったならば、如何に正門配置の部隊が呆けていたとはいえ、その場で殲滅ないしは壊乱、大多数の山小人(ドワーフ)は討ち取られていたはずだ。報告では避難民を抱えていたというのだから尚更だろう。

 おそらくは山小人(ドワーフ)を殲滅しきれなかった要因こそが、例の黒い悪魔なのだろう。

 

 正門から出てみれば、そこはまさに死屍累々だった。

 山小人(ドワーフ)土掘獣人(クアゴア)も種族の差別なく、諸共に血の海に沈んでいる。

 いまや土掘獣人(クアゴア)の手に落ちたフェオ・ライゾも然り、まさに地獄絵図といった表現が相応しい。

 奥に、撤退していく山小人(ドワーフ)の一団が見える。おそらくはフェオ・ジュラまで撤退しようというのだろう。山小人(ドワーフ)の身でありながら、アゼルリシア山脈を地下道ではく地上を踏破しようというその心意気には感服しないでもないが、それは追い詰められたが故の愚行ともいえた。

 しかし万が一、山小人(ドワーフ)の部隊がフェオ・ジュラに辿り着く可能性もある。それは土掘獣人(クアゴア)軍にとって望ましいことではない。

 その万が一を防ぐためにヨオズ自ら追撃部隊を率いてきたのだ。

 だが──

 累々と広がる死体の中で、黒衣の剣士が幽鬼の如く佇んでいる。

 黒い髪。碧眼に白い肌。身長にして一八〇と少しといったところか。一目で知れた。奴こそが報告にあった黒い悪魔だと。

 得物は抜いていない。細身の剣としか表現できないそれは抜き放たれることなく腰の鞘に納まっている。戦士としての威圧感もほとんど感じられなかった。まるで、そのまま無視して走り抜けば素通りさせてくれるのでは、と感じるほどに。

 だのに、強烈な悪寒にヨオズは身を震わせていた。

 その視線が、重心が、立居振る舞いが語っていた。この場を誰一人として通すつもりはない、と。追う者は一人残らず斬り捨てると。

 

「──問おう! 剣士よ、貴様は何者か!」

 

 ヨオズの誰何に、黒衣の剣士は僅かに眼を眇めたあと応じる。

 

「カレル・エッケハルト。ただの根無草だ」

「重ねて問う! 貴様は山小人(ドワーフ)ではないようだが……?」

「ああ。人間だ」

 

 少なくとも精神的には、というカレルの内心に気づくことなくヨオズは問いを重ねる。

 ニンゲン。アゼルリシア山脈の一部にのみ集落を築く土掘獣人(クアゴア)は知識の幅が狭い。配下の者たちがカレルを見て『山小人(ドワーフ)の変種』としか形容できなかったほどに。

 だがそれは今この場において重要ではない。

 

「ならばなにゆえ山小人(ドワーフ)に与するか!?」

 

 予想外の問いだったのか、カレルはしばし黙考した。

 実際のところゴンドの護衛の延長線上、という以外の理由はない。強いて言うならそれぞれの種族との第一印象が大きいだろう。土掘獣人(クアゴア)は接触するなり対話の余地なく襲い掛かられ、対して山小人(ドワーフ)蜥蜴人(リザードマン)は対話の余地があった。

 

「──一身上の都合により」

 

 ふざけているのか、とヨオズは鼻白んだ。

 が、堪えてその言葉を推し量る。ともかく、目の前の剣士はこの場を通すつもりはないようだ。ならば是非もなく、当初の予定通り押し通るほかはない。

 剣士目掛け、朗々と名乗りをあげる。

 

「我が名はプ・ヨオズ。土掘獣人(クアゴア)太古の英雄プの血脈を引く者だ」

 

 カレルはもう答えなかった。

 名乗りは済ませたとばかりに黒刀の柄に手をかけ、抜刀する。

 構えは取らない。切先を下げたまま半身になっただけだ。

 武の一端に触れたものならば、舐められていると感じるだろう。研鑽を積んだ武人ならば、その隙の無さに戦慄したはずだ。だが、ヨオズは優れた戦士だったが武人ではなく、そして武に触れる機会に乏しかった。ゆえにその脅威の程を理解することなく、情報によってのみ推し量るしかなかった。

 

 すばやく周囲に目を配る。

 背後の追撃部隊たちは、言い含めた通り隊列を保ったまま控えている。山小人(ドワーフ)の一団は速度を優先しているためかどんどん離れていく。

 だが本当に目を向けるべきは足元、地に伏した骸だ。

 土掘獣人(クアゴア)の骸はその多くが山小人(ドワーフ)と異なり出血が少ない。それは土掘獣人(クアゴア)には頑強な毛皮と金属耐性故に殴打武器や魔法でしか有効打を与えられないためだ。

 だが、カレルの周囲にある土掘獣人(クアゴア)の死体は、悉くが急所を斬り裂かれて絶命している。それはつまり、奴の得物は土掘獣人(クアゴア)の金属耐性、斬撃耐性をものともしない、相当に魔化された逸品なのだろう。

 それは、幼少の頃より希少金属を与えられて過ごしたレッド・クアゴアであるヨオズをして侮り難い武器だということだ。

 

 戦力評価を済ませたヨオズは、じりじりと間合いを詰めていき──裂帛の咆哮とともに飛び出した。

 颶風とともに振われた爪を、カレルは半歩下がることによって回避した。次いで振われる二撃、三撃目も紙一重で届かない。

 ヨオズの戦い方は身体能力にものを言わせたもので、亜人種としては非常にスタンダードだ。戦闘技術(プレイヤースキル)に対し肉体性能(レベル)が優越する法則上、技を磨く機会を持たなかったのである。

 当然、そんな考察に気付かぬヨオズは一向に攻撃が命中しない現状に歯噛みする。

 

「どうした! 逃げているだけでは俺は倒せんぞ!」

 

 言うも、ヨオズはカレルにそうするだけのメリットがないことを察していた。

 カレルの目的が山小人(ドワーフ)の撤退援護である以上、このまま時間を稼ぐだけでその目的は達成されるのだ。対するヨオズはカレルを無視しても良いが、そうなると背中から襲われるリスクを背負うことになる。となればカレルを撃破し押し通るしかない。カレルの行動が時間稼ぎではなく観察であったことにヨオズは気付くことなく攻撃を重ねていく。

 ヨオズが攻め、カレルが受ける。その構図が動くことはない。ヨオズのその判断は、早々に裏切られることになる。

 

「……レベルは二〇前後といったところか……?」

 

 カレルがそう呟くと、いままで回避に徹していた足を初めて前に踏み出した。

 

(来るか──!)

 

 ヨオズは両腕を交差して構え、カレル目掛けて飛び出した。

 配下の土掘獣人(クアゴア)たちが悉く一刀のもとに斬り捨てられている以上、レッド・クアゴアであるヨオズの毛皮でその得物を防ぎ切れると判断するのは危険だった。故にこそ、ヨオズは防御するのではなく前へと活路を見出したのである。

 カレルが黒刀を振るう前にこちらの攻撃を当てる。よしんばヨオズの攻撃に先んじてカレルが得物を振るったとして、速度が乗る前にこの硬皮で受け切る算段だった。

 カレルの手元がぶれ、黒刀が閃いた。その時点で先制することは敵わないと悟ったヨオズが体当たりを敢行すべく防御を固める。そして、そのヨオズの戦略は痛切に裏切られた。

 ヨオズとカレルがすれ違い、ヨオズはつんのめるように泥濘に突っ込んだ。突進を躱されたことに悪態を突きながら立ち上がろうとし──失敗して、再び倒れ込む。

 

「なっ──なんで……」

「足もないのに立てるわけないだろ」

 

 果たしてヨオズの両脚は遥か後方、カレルの足元に転がっていた。

 すれ違いざまに両脚を斬り落とされたヨオズは、突進の勢いを殺すことが出来ずに泥濘に顔面から突っ込んだのである。

 

「馬鹿な!」

 

 まるでなにも見えなかった。

 それどころか斬られた感触すら感じずに、気が付けば地を這っていた。

 遅れてやってきた激痛にもがき、悲鳴をあげる。喪失感と激痛に思考が回らず、ヨオズはただ混乱の渦で這いずり回る。ただ一つわかるのは──己の両脚を奪ったこの男が、想定を遥かに上回る強さを持っていること。

 氏族王ですらここまで圧倒的戦力を保持してはいない。仮にヨオズが叛旗を翻したとして、叩き伏せる為にただの一撃で済むはずがない。

 

「こいつを殺せェ!」

 

 地面を這いながらヨオズは絶叫した。

 連れてきた副官や追撃部隊に、一騎討ちをしていたことすら棚に上げ、恥も外聞をなく下知を下す。

 だが、命令を受けて動く者はただの一匹たりともいなかった。

 皆恐怖に凝った瞳で地を這うヨオズと、下手人の男──カレルを見詰めている。

 

「何をしている!? 俺の言っていることが聞けないのか! 早く──ひいッ!?」

 

 まるで春の野原を漫ろ歩くが如く歩を進めるカレルに、ヨオズが喉が引き攣ったかのような悲鳴を上げる。

 勝敗が既に決した以上、ヨオズの生殺与奪権はカレルが握っている。その上でヨオズに近付いて何をするつもりなのか──当然、敗者に肩を貸し互いの健闘を讃えあうつもりがないのは明白だ。

 その事実を否応なく理解させられたヨオズが、恐怖と激痛に泣き叫びながら泥濘を這いずり逃げる。それは死神の足音だった。それに追いつかれたが最後、自らの命運が文字通り尽きることをヨオズは過たず理解していた。

 しかし、当然の如く無傷の勝者から両脚を失った敗者が逃げおおせることは叶わない。ヨオズが背後を振り仰いだ時には、カレルは眼前まで迫っていた。

 庇うように上げた両腕が、呆気なく斬り飛ばされる。血と泥の飛沫を上げて転がる両腕の行先を見届けるよりも先に、ヨオズの喉は黒刀に切り裂かれていた。

 

「がっ──」

 

 肘から先を失った両腕で虚空を掻きむしると、ヨオズは泥濘の中に突っ伏した。

 くぐもった喘鳴とともに自らの血に溺れていく哀れな元指揮官を一瞥すると、カレルは土掘獣人(クアゴア)の追撃部隊に目を向ける。

 視線を受けてなお、誰一人として動くものはいない。

 彼等は理解していた。ここであの剣士に向かって行ったとしても、ヨオズと同じ末路を辿るだけなのだと。一歩でも動けば殺されるかもしれない。身じろぎ一つした次の瞬間には命はないかもしれない。そんな危惧が彼等の両脚を地面に固く縛り付けていた。

 

「他に相手して欲しいやつがいるならしてやるが」

 

 その言葉を聞くや否や追撃部隊の面々は一八〇度身を翻し、脱兎の如く走り去る。

 四肢を失って息絶えたヨオズの亡骸を思い出す。彼が失血によるショックで死んだのか、自らの血に溺死したのかは定かではないが、あんな末路はごめんだった。

 

 

 

 

 

     ×××

 

 

 

 

 

「結局、お前の出番はなかったな」

 

 黒刀を鞘に納めたカレルが背後のゼンベルに投げかける。

 ヨオズの取り巻きたちがカレルに襲いかかったときの抑えとして控えていたが、結局仕事が回ってくることはなかった。

 そもそもその役目が必要だったかどうかは甚だ疑問ではあったが。

 

「そりゃあ、あいつらもこんなのを見せられちゃあな」

 

 ゼンベルがヨオズの亡骸を見て溜め息をついた。

 決闘に勝利し、とどめを刺した。ただそれだけの事のはずなのに、敗者は見苦しく周囲に助けを求め、泣き叫びながら地を這いずり回り、結果惨めな最期を迎えた。

 

「俺としちゃあ嬲るつもりはなかったさ」

「わかってるって。ただ、殺しちまって良かったのかよ?」

「ああ。別に俺たちが追われていた訳でなし、手間かけて口を割らせるよりは後腐れなく殺したほうがいい」

「……いいや、多分ありゃあ早々に吐いてたと思うぜ」

「……やっぱりそう思うか?」

 

 ゼンベルは返答せずに肩を竦めただけだった。

 カレルとしても正直な話、ここまで恐れられるのも心外だった。今まで土掘獣人(クアゴア)の集団を蹴散らしていたのも、カレルの事を『絶対に勝てない相手』、あるいは『喧嘩を売ったらただでは済まない相手』として認識して欲しかっただけなのだ。

 なのに思惑は外れ、噂には尾鰭と背鰭が付き、脚まで生えて独り歩きしている。おかげさまで今やカレルは直接出会った土掘獣人(クアゴア)たちの中で悪魔や死神同然の扱いをされている。

 

「それに、仮にも司令官クラスだろ? 生け捕ったとしたら追撃部隊が再編されたかもしれないだろ」

「確かに言わんとすることはわからねえでもないがよ。それもないと思うぜ」

「……だよなあ」

 

 肩を落とすカレルにゼンベルが苦笑いを浮かべた。

 この剣士は出会ったころこそ口調も固かったが、今では砕けて肩の力も抜けてきている。それは喜ばしい事だ。常識人なのに持っている力が図抜けているから浮世離れして見えるだけなのだ。

 

「なあに、お前も別に土掘獣人(クアゴア)の国に向かう訳でもなし、勝手にびびらせておけばいいじゃねえか」

 

 カレルはもとより只人(ヒューム)。たまさか奇縁で山小人(ドワーフ)や自分のような蜥蜴人(リザードマン)と関わっただけの人間だ。

 今でこそ山小人(ドワーフ)に助力しているが、情勢が落ち着けば平野の人間の生存圏まで下るだろう。

 そう思えば、これから先居なくなるカレルを怖れ続ける土掘獣人(クアゴア)たちも妙に滑稽に思えてくる。

 そう笑いながらゼンベルはカレルを励ました。

 

「さて、じゃあそろそろゴンドたちを追いかけようぜ。ここにいたら血臭でモンスターが寄ってきて──」

 

 言いながらフェオ・ジュラに足を向けようとした瞬間、ゼンベルは絶句した。

 視線の先にあるのは──ラッパスレア山。アゼルリシア山脈でも一際危険な、獰猛なる支配者たちが闊歩する土地。その上空(・・・・)であった。

 

「マジかよ……」

 

 山頂付近から轟然と噴き上がった炎が、雨雲を吹き散らしながらラッパスレア山上空を旋回する。

 それはさながら紅い流星だった。

 紅蓮の炎の軌跡を引いた真紅の不死鳥が、夕闇を切り裂いて、落ちゆく日に変わる第二の太陽の如く空を舞う。

 その軌跡がなにより雄弁に語っていた。この空こそ我が王国だと。

 その翼がなにより傲慢に語っていた。我こそ天空を支配するものだと。

 

「ポイニクス・ロード……」

 

 我知らず呟いていた。

 然り。彼の者こそはポイニクス・ロード。

 山脈の絶対者が一にして、天空を統べる覇者。

 ヒトの手の届かぬ天に舞う、紅蓮を纏う灼けた王。

 

「あれがラッパスレアの三大支配者か」

「ああ。俺ァほとんど山小人(ドワーフ)と地下に籠ってたから、直接見るのはこれが初めてだ」

 

 雨も、万有引力も、夜の闇すら彼を縛る枷足り得ない。それら全てを振り切り蹴散らして飛翔する威容を目にすれば、小国程度であれば数夜のうちに壊滅させられる戦闘力も納得せざるを得ないだろう。

 

「ポイニクス……不死鳥(フェニックス)か」

 

 カレルの視線の先で、真紅の不死鳥が魂消る絶叫を夜闇に響かせた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。