EPISODE34 深海の略奪者
2025年7月25日 20:15
ALO シルフ領南部 トゥーレ島
ここ数年の東京の夏はかなり暑く、今日も熱中症対策を呼び掛けるニュースや広告が溢れている。地球温暖化なのかヒートアイランド現象なのか存じ上げないが、10年前に比べると明らかに暑い。ただでさえ北国育ちなのにこの環境はしんどい。
夏らしく照りつける太陽は、VRの中でも健在だった。と言っても、生身の身体はクーラーの効いた自室のベッドに横たわっていて、今感じている暑さはゲーム内の気候情報をアミュスフィアが変換して疑似的な信号を俺の脳に送っているのだが。
そしてその陽を遮るパラソルの下で、キリト、クライン、俺の男3人衆は一服していた。つい先程までビーチバレーなり水をかけ合ったりして遊んでいたのだ。俺は横から見てるだけで良かったのだが、女性陣の「混ざれ!」という強い意志を乗せたピナの
「お前らよぉ。俺ぁ今日ほどALOと現実の時間が同期してなくて良かったと思う日はねぇぜ。」
「リアルはもう夜だからな。」
『獣変化』後の軽い頭痛で横になりながら答える。ALOでは1日が16時間となっており、日によってはリアルは真夜中でもALO内だと真昼ということもある。これは平日の日中ログインできない学生や社会人への配慮なのだろう。
「やっぱ海はこうじゃなきゃなぁ!青い空!」
「白い砂浜。」
「寄せて返す波!」
「眩しい太陽。」
「そして……!」
「よお!」
水着美女、と言おうとした瞬間、目の前に巨漢が降り立った。俗に言うブーメランパンツ一丁のせいなのか、この中にいる誰よりも(女性陣含め)一番露出度が高い。
「「「……………。」」」
「おいなんだよ。」
「い、いや何も。どうだった、エギル。」
「それがよ、なんせこんなマップの端っこにあるクエストなもんだから、知ってる奴自体が少ねぇんだ。ただ、クエストの最後にどえらいサイズの海洋生物が出るってのはマジらしいぞ。」
「そうか……ありがとう。」
さて、なぜこんなところにいるのかというと、発端は昨晩のキリアス親子の会話からだった。
SAOでキリアスが新婚生活を送っていたある日、近所の池のヌシ釣りをすることになったらしく、その大きさをユイちゃんにわかりやすく伝えた。そこでユイちゃんから比較対象としてクジラの名前が出て、クジラを見てみたいという話になったそうだ。リアルでの肉体を持たないユイちゃんのためにどうにかしてALOで見れないものかと考えたところ、キリトが心当たりがあるということで召集されたのだ。その話を聞いたストレアも見たいと言い出したため、俺も助力することにした。幸いにも学校は夏休み期間に入ったため、すぐにメンバーは集まった。
今回は海中でのクエストのため水中呼吸魔法が使えるプレイヤーと個人の泳力が必要で、前者はアスナと俺がいるため大丈夫なのだが、問題は後者であった。
どうやらリーファ/直葉が水泳が苦手だというのだ。スポーツ万能の剣道少女だと勝手に思っていたのだが、誰にだって得手不得手はあるのだなぁ。
その特訓として明日奈、珪子、里香、琴音の女性陣が、今日の日中に学校のプールを借りて直葉に付き合っていた。俺と和人も付き添うつもりだったのだが、なんということかカウンセリングの時間とドン被りしてしまったのだ。そのため生で女性陣の水着を拝むことは叶わなかった。
当のカウンセリングはというと、実際は総務省の役人(仮)の菊岡誠二郎に、SAO事件とALO事件の話を再度聞きたいというものだったのだが、特にこれといって変わったことはなかった。強いて言えば、俺の見ていない間のキリトの動向が知れたくらいだろうか。そして数時間後、こうしてALOで集まったというわけだ。
各々に似合いの水着を着て遠くでキャッキャと戯れる女性陣をこのままずっと眺めていたいが、時間は有限だ。
「そろそろ時間か。おーい、そろそろ行くぞー!」
「「「「「「「はーい!」」」」」」」
女性陣に声をかけると、元気な返事が返ってきた。ザバザバと陸に上がり、メニューを操作して戦闘着に着替える。隣でクラインが「へ?」と間抜けな声を出したがあえて無視して俺も着替える。
「あ、あの、お嬢さん方、水着は?」
「ダンジョンに着ていくわけないじゃない。」
「そんな…」
クラインの気持ちもわかるが、
「
「ああ。今回のクエストは海中だから、戦闘時は移動や武器の振るスピードが格段に落ちる。前衛は特に注意するように。それと10人いるため、パーティを2つ作ることになるけど……」
「俺とフィリア、ストレアの3人で組むことにしたから、そっちで
「3人だけで大丈夫?」
「
「任せてよ!」
ALOの1パーティの上限人数は変則的な7人。均等にするのであれば5:5で分けるのだが、トレジャーハンターとして罠解除スキルを上げているフィリアがいれば少人数でもダンジョンでは怖いものはない。
加えて俺も前衛に入るためパーティ全体の攻撃力も上がる。片手剣スキルはカンストしているのもあって今は弓スキルを上げているため、このメンツでパーティを組む時はアスナやリーファと共に後衛に回ることが多いが、水中では矢の勢いが完全に死んでしまうため遠距離での援護ができない。その分慣れた剣であれば水中とはいえ攻撃力に申し分ないし、素の火力が高いストレアもいるため、少数精鋭でパーティを組んでみたのだ。
「じゃあ、この借りはいつか精神的に!頑張ろう!」
「「「おー!!」」」
◇◇◇
海上を飛ぶこと数分、光を放つ海面を発見した。アスナと俺は水中呼吸魔法を唱えると、それぞれのパーティメンバー全員のステータスに泡のマークが追加され、キリトを先頭に海面に向かって飛びこんだ。海中では翅は消えるが、推進力はそのままに進んでいける。
やがて海底神殿が見え始め、その外周部にある足場にNPCが佇んでいるのを発見した。『Nerakk』-読みはネラックだろうか-と名前がある珍しいNPCは小柄な老人の見た目をしていた。それを遠目から見たクラインは勝手に人魚の女性だと断定して勝手に自爆していたが。
「じいさん、こんなとこで何をしてるんだ?」
「ご老人、何か困りごとですか?」
パーティリーダーを務める俺とキリトが声をかけると、クエスト受注のウィンドウが出てきた。クエスト名は『深海の略奪者』。承諾のボタンを押すと、ネラックは用件を話し始めた。
どうやら大事な真珠を盗賊に盗まれ、この神殿の奥に持っていかれてしまったそうで、それを取り返して欲しいという。クエストではよくある探し物タイプだ。そして真珠の大きさに鍛冶屋魂がうずいたリズはネコババしないようシリカに釘を刺されていたが。
「じゃ、俺達はこっちから行ってみるわ。」
「了解。じゃあ気をつけてな。」
クエストの内容をみんなで再確認し神殿に入った俺達は、入って早々にT字路に当たり右手にキリト達、左手に俺達と二手に別れて行動することにした。
敵モンスターは体感的にそこまで強いわけではないが、海の中らしく魚型が多い。水中だと素早さの分は向こうにあるため、リハビリも兼ねてタンクを志願し、2人が側面から叩くという戦法を繰り返すこと小一時間。目的である宝玉が納められている一室に辿り着いた。対面のほうからはキリトパーティがちょうど到着したようだった。
部屋の中央にある祭壇には篝火に照らされた真珠が2つあった。2つあるのはキリトと同時に受注したからなのだろうか。
…………玉が2つあるとなれば内なる男子小学生精神がざわつくが、男衆だけならともかく女性陣がいる中でそう言うわけにもいかないため、大人しく回収する。
真珠はネラックのジェスチャー通り大きく、両手で抱えるので手一杯だった。これだと帰り道の戦闘が苦労しそうだなと思い、帰りはキリトパーティと合流して戻ることにした。モンスターも湧いたが、8人も戦闘員-それも手練れの-がいれば難なく進むことができた。
共に真珠を抱えるキリトに泳ぎが苦手なリーファの様子を聞いてみたが、日中の特訓の成果が出てるのか大丈夫そうだ、ということだった。やはり若い子は慣れるのが早いなぁ。
そんなこんなで無事にネラックのもとに戻ってきた俺達は、真珠を持ってきたことを報告しようと歩こうとしたとき。
…………トクン
「ん?」
「どした?」
何かの鼓動を感じ取り足を止め、それに気づいたキリトが振り向く。
「…………いや、なんでもない。」
「そうか。」
気のせいだと判断しまた歩き始めると、後ろで待機しているリズ達の会話が耳に入ってきた。
「結局、盗賊は出てこなかったわね。」
「確かに。真珠を奪い返しに来てもいいはずだけど。」
「言われてみれば、そうですね……」
確かにそうだ。しかし盗賊らしきNPCは終始現れなかった。道中のモンスターがそうだと言われたらそれまでだが、どこか不自然な気がする。
思い返してみれば、あの祭壇も妙な感じだった。真珠が置かれていたのは針金が複雑に絡み合ったものの上だった。あれはよく見れば鳥の巣にも見え……
「……まさか」
「待って!」
俺とアスナが気づいたのはほぼ同時だった。
ネラックに渡そうとしていたキリトから奪うように取ったアスナと一緒に、神殿の明かりに真珠を透かしてみる。
なんということでしょう。真珠だと思っていたのは卵でした。つまり『深海の略奪者』というのは盗賊のことではなく我々のことだったのです。
「どうした妖精達よ。渡してくれぬのか?」
となれば話は変わってくる。この卵を欲しがっているネラックの狙いがなんであれ、これはあるべき場所に戻さねばならない。
「……じいさん、何者だ?」
「渡さぬのなら……仕方ないのぉ!」
そう言ってネラックは姿を変え始めた。長い髪や髭はどんどん伸びていき、やがて触手へと変わり、小柄な老人は神殿にも劣らない巨大なタコへと変貌した。それに伴い名前にも変化があり、文字列が動いて『Kraken』となり、さらに追加で『
「クラーケン……!!」
「神話の海の悪魔か!」
海の男達も恐れる海の悪魔、クラーケン。大概はダイオウイカの姿で登場することが多く、海の脅威の1つとしてゲーマーに認識されている。それがこんなところにいるとは!
『ぐふふふ、感謝するぞ妖精達よ!我を拒む結界が張られた神殿から、よくぞ御子の卵を持ち出してくれたな!さぁ、それを早く我に差し出せ!』
「悪りぃがその頼みは聞けねぇな!」
「この卵は、神殿の元の場所に返してきます!」
『そうか……ならば、深海の藻屑となるがよい!』
こうして隠しボスとの戦闘が始まったのだが……正直これは負けイベなのかもしれない。
卵を持つ俺達は一度前線から下がり、キリト、エギル、リズ、クライン、ストレアが前に出るが、5人は襲いかかる触手を迎撃しようとして簡単に吹き飛ばされてしまった。キリトがソードスキルで攻撃したが、パッシブで超速再生が付いてるのかすぐさま傷が塞がり、庇ったリズ諸共吹き飛ばされてしまった。キリト達はパーティメンバーでないため注視しないとHPを確認できないが、タンクに入ったストレアのHPが赤くなっていることから一撃がかなり痛いとみえる。
「さすがクラーケンといったところか!」
「感心してる場合?!」
もちろんそんな場合ではないのだが。
神殿の中に避難しようにも倒れてる5人を連れて行く隙ができそうにない。どうしたものかと考えた矢先に、クラーケンの口が開かれた。牙が無数に生えた奥は暗くなって先が見えない。まさに深淵そのもののようだ。それが今にもこちらに突進してこようとしている。この1本道にあの巨体で突進されたら卵もみんなも無事では済まない。
いよいよ万事休すかと思った瞬間、クラーケンの前に巨大な槍が刺さった。
「
トライデントといえば海神ポセイドンだが、あれはギリシャの神だ。北欧神話が舞台となっているALOで登場するとは考えにくい。ではこの槍の持ち主は……?
『久しいな、古き友よ。』
渋い声と共に仁王立ちで降りてきたのは、鎧を着込んだ人だった。さらにHPバーも7本現れ、頭上の名前には『Leviathan the Sea Lord』と表示された。
海王リヴァイアサン。俺はまだリヴァイアサンについて名前くらいしか聞いたことがないため詳しく説明できないが、海に関連する生物なのは確かだ。それがクラーケンと相対しているのなら、少なくともこれ以上悪いほうには転ばないだろう。
『相変わらず悪巧みがやめられないようだな。』
『そういう貴様こそいつまでアース神族の手先に甘んじておるつもりだ。海の王の名が泣くぞ!』
『私は王であることに満足しておるのだ。そしてここは私の庭。それを知っておきながら闘いを望むか?深淵の王よ。』
何やら会話をしているが、この隙に5人のHPを回復させる。やんわり聞いていたが、アース神族というワードも出てきてすんごい内容が気になる。他のみんなも急展開すぎてポカンとしてしまっている。
『……今は退くとしよう。だが友よ、儂は諦めんぞ!いつか御子の力を我が物とし、忌々しい神どもに一泡吹かせるその時まで………』
そう言ってクラーケンは海中のさらに深くまで潜っていってしまった。ひとまず窮地は脱したようだ。
それを見届けた海王はしゃがみ、こちらに語りかけてきた。
『その卵は、いずれ全ての海と空を支配する御方のものだ。新たな御室へ移さねばならぬゆえ、返してもらうぞ。』
右手をかざすと、俺とアスナが抱えていた卵は光となって消えてしまった。それと同時にクエストを受注していた俺とキリトの前にクエスト完了を知らせるメッセージが出てきた。
「これでクリア……?」
「あたし、おじさんとタコの会話全然理解できなかったわよ?」
『今はそれでよい。』
「えっ」
『さて、其方らの国まで送ってやろう。妖精たちよ。』
ナチュラルに会話に入ってきた海王に驚きを隠せないまま、その後ろから迫る巨大な影にさらに驚かされるのだった。
◇◇◇
「うわぁぁーーい!!」
「クジラさん、すっごくすっごく大きいですー!」
夕焼けに照らされながら、少し潮の匂いが混じる風を受けて海の上を進んでいく。
海底のクエストを終えた俺たちは海王の計らいで地上まで非常に楽に戻ってこられた。なんと、転移魔法ではなく遣いであるクジラの背に乗せてもらっている。結果的に当初の目的を達成できたのだ。ストレアとピナの背に乗るユイちゃんは大はしゃぎしている。
「…………。」
「もしかして、あのおじさんが言ってたこと気にしてるの?」
「ありゃ、バレたか。」
「顔に出てるよ。」
その姿を後ろからなく眺めていたつもりだったが、どこか上の空だとフィリアに指摘されてしまった。さすがトレジャーハンター、と言うべきか。
「まぁ、何かが引っかかるんだよな……」
『そこの白い妖精。』
クジラに乗って出発する直前、海王に呼び止められた。わざわざ名指しで呼ばれたことに首を傾げながら返事をすると、こう言われた。
『狼の因子を持つものよ、其方に忠告だ。近頃、
「は、はい……?」
あの時は情報量の波で頭がパンク寸前だったが、時間をおいたことでようやく整理がつき始めていた。
狼の因子と
狼の因子については心当たりがある。よくわからないまま終わり、いつの間にか使えるようになっていた『獣変化』の魔法のことだろう。
数時間前の水遊びの時のように、新生ALOでフィリア達とクエストに行った時などたまに『獣変化』の魔法を使うことがある。1月の世界樹のグランドクエストの時にキリトやリーファ、シルフとケットシーの一部には見られているため、基本的に人前での使用を控えているが。
だからみんなに聞かれてはまずいとか、そういうのではない。むしろ気になるのは、後者の方だ。
「こうちってなんだろうね。単に高い場所ってこともないと思うんだけど。」
「耕すほうの耕地ならまだ線がありそうだけどな。豊穣神がいるから畑の神とか、高地……山の神とか?あとは……都道府県しか出てこないな。」
「山とか自然の神様って感じなのかな。でも自然の神様って大体温厚そうなイメージだけど……」
「だよなぁ……」
「ねえねえ!ソーマもこっちにおいでよ!いい眺めだよ!」
フィリアと情報を整理していると、ストレアから呼ばれた。海王とクラーケンの会話もわかりそうでわからないものだったし、これ以上考えても仕方ない。
「はしゃぎすぎて落っこちるなよー?」
ここら辺にしておくか、とフィリアにアイコンタクトで伝えて、ストレアの元に歩いていく。
「風が気持ちいいな。」
「うん!アタシもユイも、クジラを見れて良かった!」
「すごい楽しみにしてたからな。2人が嬉しそうで良かった良かった。」
何はともあれ、クジラを見るという目的は達成できたのだ。今はこの景色を堪能しよう。
◇◇◇
人の気配のない、森の中。
そこに1人の男がいた。
「……お、あったあった。」
男は一本の毛を拾い上げた。白と蒼のグラデーションが美しいその毛を、男は指先でクルクルと回す。
「さて、これで材料は見つかったと。あとは満ちるのを待つだけか。いったいいつになるのやら。ま、そう遠くはないだろうね。」
何やら楽しそうにケタケタ笑う男は、拾った毛を小瓶に入れて懐にしまい、森の奥へと消えていった。
はい、お久しぶりです。
EX編のスタートをどこからにしようか迷い、長期出張なり熱出したり色々あって遅くなりました。
気がつけば現実時間ではファントム・バレット編もキャリバー編も終わり、マザーズ・ロザリオ編真っ最中じゃあないですか。
さて、新章です。
え、Extra Editionってここで終わりじゃないかって?
ええ、そうです。でもファントム・バレット編に行く前に、オリジナル章を挟みます。
そんなわけで、(まだ出張中というのもあって)更新は亀になりますが、書いていけたらなと思います。
では。