夢の旅人は仮想に生きる   作:窓風

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EPISODE35 狼煙

 

 

 

2025年8月6日 15:00

ALO イグドラシル・シティ貸部屋

 

8月に入って日中の気温が更に高くなり、まさに夏本番といった今日この頃。世間一般で夏休みという長期休暇中である我ら学生組は、今日はALOに集まって宿題もとい勉強会をしていた。

 

学校の教材がタブレット端末、課題もデータの送受信と近未来的になったからなのか、VR内でも勉強ができるようになっていた。尤もこれは、ゲーム内からニューラルネットワークに接続できるALOの仕様のおかげだが。

 

そういうわけで、転校前は進学校の成績トップだったアスナと、現役JKのリーファ主導のもと、キリアスの部屋で二つのテーブルを使って絶賛勉強会中です。

 

「はい、休憩!」

 

13時に集合して始めた勉強会は、2度の休憩を挟んで行われ、そして今3回目の休憩時間となった。緊張の糸が切れたのかテーブルに突っ伏すシリカとリズを見て時計を確認すると、ちょうど15時を回ったところだった。

 

「一旦トイレと水分補給するか。今日も暑いしな。」

「そうだね。じゃあ30分まで休憩!」

「「「「「はーい」」」」」

 

一旦ログアウトし各々トイレと水分補給を済ませ、一番に戻ってきた俺はこの部屋のもう一人の住人と鉢合わせる。

 

「あ、ソーマさん!」

「ただいま!」

「おぉ、おかえり。ちょうど帰ってきたのか。」

「みんなは?」

「一旦ログアウトして小休憩。30分に再開するって。」

「そうなんですね、わかりました!」

 

アルンの街でウィンドウショッピングに出かけていたストレアとユイちゃんがちょうど帰ってきたところだった。表情を見るに、姉妹でお出かけできて2人とも楽しめたようだ。よかったよかった。

 

姉妹というのはMHCPである2人のことを指すのだが、どちらが姉かと聞かれると、少し説明をしなければならない。

 

見かけ上ならストレアが姉と思うだろうが、実はユイちゃんの方が姉である。これは試作番号によるもので、ユイちゃんが試作1号、ストレアが試作2号だからということらしい。これには当初(キリアス)を含めた全員が混乱していた。以上、余談。

 

席についてミント風味の飴を2個口に入れる。口の中に広がるこの爽快感はミント好きにはたまらない。そこに2人が近づいてきた。

 

「ソーマ、それ1個ちょうだい!」

「わたしも欲しいです!」

 

2人にねだられ、断る理由もないため缶から追加で2個取り出す。好みが割れるミントは大丈夫なのかと思うが、以前アスナが作ったサンドイッチ-キリト用にソースが辛めのもの-を2人とも食べていたため、ミントくらいなら問題ないだろうと判断した。

 

「いいぞ。ほい。」

「あーんして。」

「えっ」

 

急に甘えてきたストレアに困惑する。彼女は週に数回このような甘えたモードが来る。大抵は2人きりのときなのだが、今はユイちゃん()がいますぞ。

 

「あー。」

「…………ドーゾ。」

 

聞き耳をたてながら周囲を見て、まだ誰も戻ってきてないことを確認。まぁいいかと観念して、菓子をストレアの口に運ぶ。ほんの一瞬、指先が唇に触れてしまった気がするが、気合いで平静を装う。

 

「おいひー 」

「ソーマさん、わたしも!」

「はいはい、あーん。」

「あーん……おいひいですね!」

 

ユイちゃんも便乗してきたため、もうどうにでもなれ精神でユイちゃんにもあーんしてあげる。側から見たら「幼女にお菓子をあげる一般成人男性」という図なので、アスナあたりに見られたらと思うと気が気でない。

 

そのすぐあとに他のみんなも合流し、軽い雑談をしていた。ちなみに「あーん」のシーンは見られていないようだった。

 

そして「今日も暑いね」とアスナが言ったあたりで、この後の流れを理解してしまった。君も大概悪い子だよね。

 

「ソーマぁ、ちょっとまた変身してくれないかしら?」

「はいはい、ちょいとお待ちねー。」

 

リズの頼みに渋々了承し、幾度も唱えた呪文の詠唱を始める。

 

エック・ブレィ(我は変わる)ブラー・スィルフ・ヴィンド(蒼銀の風)

 

宙に漂う式句が揃うと俺の全身を風が包み込み、その身体を人から獣へと変えていく。風が止むと、そこには白銀の狼が現れた。

 

半年前の世界樹攻略以来、クエストで時折『獣変化』をする機会はあったが、6月末あたりからみんなにねだられて変身することが増えた。なんでも、この姿がひんやり冷たい毛布のような役割をしているとのこと。自分の身体のため確認しようもないが、毎週末-夏休みに入ってからは毎日-お願いされている。実際のところ、変身時間が3分なのもあり、いい小休憩になっているのだとか。当然変身後に1分のスタンはあるが、自分の身体にみんながくっついている様子にどこか父性のようなものを感じてしまっているのもあるため、変に断れないのだ。

 

度重なる変身によって熟練度が上がったからなのか、子犬サイズから5mくらいまで、体長の調整もある程度できるようになった。今は部屋の広さもあり、体長3m程度で顕現。もはや慣れてしまった動作で座り込む。

 

『3分間だけ待ってやる。』

「言いたいだけだろ。」

「あたしいっちばーん!」

「あっ、リズさんズルいです!」

 

俺の小ボケを一蹴され、リズを筆頭に腹、背中、脚、尻尾と枕代わりにされる。何度も釘は刺しているのだがやはり触り心地が良いのか、時折撫でられるのには一生慣れない。くすぐったすぎる。ただし平時でもたまに頭に乗りにくるピナは例外。

 

「このひんやり感、落ち着く〜。」

「高級マットレスみたいなもんだよなぁ〜。」

『羽毛布団みたいに言わないでもらえる?』

「冷たいのは毛がそういう性質なのかしら?ソーマ、少し分けてくれない?」

『刈ろうとしないで!?』

「スゥゥゥゥ…………」

『だからいつも吸ってるの誰?!怖い!!』

 

なんてやり取りを変身するたびにしている。そして変身が解けるまでの間、リラックスした状態で再び雑談が始まるのだった。

 

「そうだ!アスナ達にプレゼントがあるんだ!」

「え!なになに?」

「ふふふ………じゃーん!!」

 

そう言ってストレアが取り出したのは………女性用の下着だった。

 

ストレアは趣味として裁縫スキルを取っており、こうしてたまにお手製のアイテムをくれる。実際俺もSAOでは寒冷地に行く時は彼女がくれたマフラーを愛用していた。アシュレイズ製ほどの性能はなくとも、人からの贈り物は嬉しいものだ。

 

だがまさか、下着を取り出すとは。以前同じような状況で女性陣がストレアに文字通り揉みくちゃにされたことがあったが、その時にサイズを把握したとでも……?

 

「みんなそれぞれの刺繍を頑張って作ったよ!でも5人分は流石に大変だったな〜。」

「ちょ、ストレア?!」

「はわわわわ!?」

 

ポンポンとそれぞれの上下セットをオブジェクト化させるストレアに、流石の女性陣も困惑していた。

 

「みんなのイメージに合う色と花の組み合わせにすごい悩んでさ〜。」

「た、確かに、随分と細かく刺繍が入ってるな……」

「キリト君!そんなにジロジロ見ないでぇ!」

 

キリトの言いたいこともわかる。マフラーもそうだったが、彼女の刺繍デザインは一級品だ。今回のも非常にバランスの良く取れたデザインで、作品としてとても優秀なものとなっている。だが下着だ。

 

「じゃあみんな、1回着てみて!」

「「「えっ?」」」

 

空気が一瞬凍りつく。もちろん俺の凍える息(ブレス)のせいじゃない。これはまっずい。

 

「待ちなさいストレア?ここにはキリトやソーマもいるのよ?」

「そ、そうですよ!」

『ストレア。』

 

なるべく穏便に済ませるべく、口を開く。

 

『女性の下着の話はな、ストレアが思ってるより少しセンシティブな話なんだ。この後、今日最後の勉強時間が終わったら、女性陣でゆっくり楽しんでもらうってことで、ここではプレゼントとして贈るまでにしておこう。な?』

「ソーマはみんなの下着姿見たくないの?」

『ふぐっ……』

「おいしっかりしろぉ!?」

 

まさかの提案に欲が出そうになる。が、ここは年長者の俺がしっかりしないと。

 

『……とても魅力的な提案だが、だからこそ今じゃない。実は勝負下着という言葉があるくらい、下着というのは大事なものなんだ。ストレアだって、とっておきのプレゼントは最高のシチュエーションで見せたいしあげたいだろ?なら、少なくとも俺やキリトに披露するのは今じゃない。……わかってくれるか?』

「ん〜…………わかった!じゃああとで女の子だけでやるね!」

 

自分でも何を言ってるかわからなくなったが、ひとまずこの場は落ち着いたようだ。ホッとしてふと、視界右上に【00:02】と表示されているタイマーが目に入った。

 

『あっ』

 

情けない声と共にボフン!と小さな爆発が起こる。煙の中からは小さい悲鳴が聞こえ、重いものがいくつも背中や腕、脚に襲いかかる。煙が晴れると、そこには1人のケットシーを枕に群がる妖精達の姿があったのでした。

 

「時間、忘れてた……」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「そういえば、さっきログアウトした時に軽くMトゥモを見たら気になる書き込みを見たんだ。」

 

スタンで動けない間に、キリトが気になることを話し出した。

 

「アルン近郊の平地で、正体不明の影に襲われたって。」

「あ、それあたし達も聞いた!」

「はい、さっきストレアとお出かけした時に、実際に被害に遭われたと思われるプレイヤーとすれ違いました。」

 

それを聞いて違和感を感じた。他のみんなもそうだろう。

 

「アルン近郊ってホント?確か5月のアップデートでアルン周辺のモンスターの調整が入ってたよね?」

「はい。初期リスポーンが各種族領のホームタウンからアルン又はイグドラシル・シティに変更されたことにより、世界樹周辺のモンスターの強さが調整されました。」

「だから始めたての初心者でも倒しやすいモンスターばかりのはずなんだけど……」

「何かのイベントじゃない?何か告知とか来てたっけ?」

「いいえ。帰ってくる間に調査しましたが、そのような記事や告知はありませんでした。」

 

フィリアの問いにユイちゃんは首は横に振る。

 

「ユイちゃんのサーチでも引っかからないかぁ。したらもうやたら強い辻斬りプレイヤーとかかね。」

「辻斬りって。江戸時代じゃないんだから。」

「少なくともプレイヤーじゃなさそうかな。すれ違った人は『人ではない何かに一瞬でやられた』って言ってたよ。」

 

とうに1分経っているためよっこいせと起き上がり、うーんと唸るみんなの気持ちを切り替えさせる。時刻は15時29分。

 

「ま、色々あるけど一旦切り替えて宿題(続き)すんべ。アスナ、またタイマーお願いしていいか?」

「あ、うん。いつでも大丈夫だよ。」

 

考えても仕方ないと判断し、頬を叩いたりして頭のスイッチを各々切り替えたのを確認して、俺の合図とともに目の前の強敵を倒すべく一斉に取り掛かるのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

2025年8月7日 9:30

アルン近郊フィールド東部

 

昨日の勉強会の後、女性陣がストレア自作の下着お披露目会を別部屋でしている間に、キリトと例の影の話になった。プレイヤーの線は薄いため、何かしらのモンスターだろうと踏んでいたのだが、勉強会中にまた襲われた人がいたらしく、MMOトゥモローの書き込みが増えていた。その人によれば、靄のようなものが濃く正確に判別できなかったが、噛まれたような感覚があったことから何かの動物モチーフなのではないか、と推測されていた。

 

そこでキリトから、俺の種族から思いついたのか、特殊なテイムモンスターなのではないかという案が出てきた。

 

ケットシーは俊敏なのに加えてモンスターテイムも得意な種族とされている。竜騎士ドラグーン隊という戦力もあることから、テイムできるモンスターの幅は広い。その可能性は充分にあった。

 

ということで翌日である今日は、謎の影モンスター調査をしようという日になった。調査メンバーは俺、フィリア、ストレア、シリカの4人。シリカは言わずもがな、俺もストレアもテイムスキルこそないが純粋な興味で、フィリアは「お宝ちゃんの匂いがする!」とのことでこのメンバーになった。

 

キリトら他のメンバーは、リズが見つけたレア素材捜索クエストを手伝うことになった。なんでも残りの素材のヒントがちんぷんかんぷんで、知識が豊富なアスナやリーファにヘルプをお願いしたというのが経緯らしい。

 

そんなわけで、4人でアルン周辺の平地を見回っている。目撃情報が東西南北と四方に散っているため、ひとまず西側から時計回りにグルっと見てみることにして、ちょうど半周したところだ。

 

「それらしいものは、今のところ見当たらないですね。」

「場所もランダム、時間の規則性もなさそうだからね。」

「ま、見っけられたらラッキーってことで。」

 

しかし半周しても影のかの字も見当たらない。今も眼下を注視しているが、初期装備のサラマンダーとシルフの男2人がチュートリアルをしているのか、剣を振っている光景しか見えない。

 

「もう少し降りてみる?もしかしたら高く飛びすぎててポップしてないだけかもしれないし。」

「可能性はあるな。んじゃ、少し降りて……」

「「うわぁぁぁぁぁ?!?!」」

 

少し高度を落とそうとした時、男の悲鳴が2人分聞こえた。反射で視線を下に移すと、先ほどまで剣を振っていた2人組のそばに、大きな黒い煙の塊がいつの間にか出現していた。急なモンスターの出現にシルフの男は腰を抜かしてしまっている。

 

「何あれ?!さっきまで無かったよね!?」

「急に出てきましたよ!?」

「多分アイツだ!俺が間に割り込むから、3人で上から不意打ち頼む!」

「「「了解!」」」

 

弓に換装するよりも剣で突撃した方が速いため、『刹那』……はALOにないため『ヴォーパル・ストライク』で加速し、影と2人の間に強引に割り込む。

 

「「「てやぁーーっ!!」」」

『!!』

 

すかさず3人のソードスキルをぶつけるはずが、AIが優秀なのかすんでのところで躱されてしまった。しかし、後ろの初心者2人がキルされることはなくなった。

 

「大丈夫か!」

「は、はい、ありがとうございます!」

「少し下がっていてくれ!」

「わ、わかった!」

 

2人が離れたのを確認すると、地に刺さる愛剣を抜き、構え直す。

 

影は、確かに正体の判別がつかないほど濃い靄に包まれていた。唯一わかるのは、蒼く鋭い眼光のみ。

 

『ミ ツ ケ タ』

 

短いその言葉にゾクッとした瞬間、影が動き出した。しかしそれはあまりにも疾く、目で追うことすらも敵わなかった。

 

気がつけば、黒いナニカは俺のすぐ目の前にまで迫っていた。

 

「なっ……」

「「「ソーマ(さん)!」」」

 

為す術もなく、俺はそのナニカに呑み込まれた。反射で目を瞑るが、身体に何か衝撃が来るわけでもない。目を開けてみれば、こちらに振り向いているフィリア達の姿があったが、俺を包んでいたナニカは霧散していた。

 

何が起きたのか分からず、俺はただ呆然とすることしかできなかった。

 

これにより大変な目に合うなんて、この時の俺は思ってもみなかったのだ。

 




ハァイ。やっと落ち着いた&LSを再開して急にモチベが出てきましたよと。

新作ゲームが発表されましたね。楽しみ。
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