2025年8月7日 22:55
ALO内地 草原フィールド
レイドが始まって8時間が経過した。ALO時間ではすっかり夜も更け、月も沈み始めていてもうじき朝になろうとしていた。あまりの長期戦に、ローテーションしているとはいえプレイヤーのほとんどはかなり疲弊している。それはキリトやアスナ、俺も例外ではなく、あれから2度蘇生している。それに追い打ちをかけるように、ボスの残りHPが半分に到達したところでボスの防御力が少し上がった。さらに噛み付いてきたり灼熱のブレスを吐いたりなどもするようになった。それでもめげずに戦い続けたことで、現在ボスの残りHPは12%程になった。ボスの攻撃と防御力の増加、プレイヤーの疲労と色々あったが、なんとか時間内に倒すことができそうだ。
「お、おかえり。」
「おうよ。どの辺まで行った?」
「もうじき10%。ラストスパートだな。」
「そうか。おぉし、最後までガンガン行くぜー!」
トイレ休憩から帰ってきたクラインに現状を伝えて、軽くストレッチをする。仮想世界なのだから実際は何の意味もないのだが、気持ちの問題というものだ。
「ねぇねぇ、ボスを討伐したら何かもらえるのかな?」
フィリアの疑問に、そういえばとなる。イベント告知にも、討伐成功報酬のことは何も書かれていなかった。何かしらのサプライズがあるのだろうか。
「なぁクライン、こういうレイドイベントの報酬ってどんなのが多いんだ?」
「んーそうだなぁ、こういうのは大抵ランキングの順位報酬とかだからなぁ。金はもちろん、限定装備とかじゃねぇかな。あとは称号とかよ。」
「称号?」
「おう。今回のボスで言やぁ『厄災を防ぎし者』とか、そういうやつよ。」
「あー、ソシャゲとかだとよくあるやつか。」
「ま、何かしらのゲーム内アイテムなのは間違いないだろうよ。」
「そしたら、宝の地図ってこともあるんだね!楽しみだなー!」
別に報酬がそれと決まったわけではないが、楽しそうにフィリアはくるくると踊りだす。まぁ夢があることは間違いないだろう。
そうして各々が報酬がどんなものになるか語り合っていたところで、ボスに新たな動きがあった。
『グオオォォォ!!!!!』
一際大きい咆哮をボスが放つと、HPバーの上に牙のエンブレムが現れた。それに続いて新しい情報がポップアップとして各プレイヤーの前に出現。内容を確認するためにウィンドウを開く。
『ボスのHPが5%以下にならない特殊な状態になりました。最後の眷属のHPを0にすればこの特殊効果は消滅します。』
「これって…!」
「このままじゃ…」
「まずいんじゃねぇか?」
この文面から読み取れるのは、このままだとボスを倒しきれないこと。最後の眷属とやらを探して倒さなければならないこと。この2つを残り1時間で達成しないといけない。なぜ今このタイミングにしたのか開発者の脳みそを覗いてみたい。
「最後の眷属って、まだ何かいるのか?!」
「時間、間に合うかしら…」
「怪しいとしたら、ボスが最初に出現したウンディーネ領ね。すぐにでも行かない…と……」
さすが元血盟騎士団副団長、頭の回転が速いな…と思った矢先、アスナが固まってしまう。
「アスナ!?何…が……」
アスナの異常にキリトが反応するも、アスナ同様言葉を失った。リーファも、リズも、他のみんなも、なぜか俺の方を見て固まっている。
「え、何?なんか変なのついてる?」
キョロキョロと自身の周りを見渡すが、特に変化はない。そこでみんなの目をよく見てみると、視線は俺の頭上、HPバーに向いていた。そんなまさか、と思った瞬間、また新しいポップアップが俺にだけ現れた。『おめでとうございます!あなたはボスの眷属に選ばれました!』という煽り文句と共に、自身のHPバーの上に特殊効果が付与された。
『眷属の呪印』は、『ボスの眷属になった印。イベント中でもデスペナルティが適用され、ボス討伐時にHPが1以上のとき、ボスと共に消滅する。』という効果で、ボスと同じ牙のエンブレムだった。つまり、俺のHPが0にならない限りボスは倒せない。
「嘘、だろ……」
呪印の効果を読んだことで、すっかり忘れていたことを思い出した。ヨツンヘイムから戻って部屋で話し、イベント参加のボタンを押した後に届いた送信者不明のメッセージ。
『選べ 世界を殺すか お前が死ぬか』
あまりにも強烈な言葉で送られたメッセージだったため、19時頃まではやんわり違和感をもっていたのだが、それから怒涛の攻撃が続いたため頭から抜け落ちていた。ただの悪戯メールであってくれという微かな望みは絶たれ、直感的に悟ってしまった。
ALOを壊すか、ALOからいなくなるか。
そこまでは書かれていないが、呪印の効果でわざわざ『消滅』という言葉が使われているあたり、あながち間違いでもないのだろう。自分か世界か。どっちかしかないということなら、答えは決まっている。ゆっくり深呼吸して、俺の状況を説明しようとしたところで、知らない声が間に入ってきた。
「あ!ボスと同じマークじゃん!」
その声にみんな異常に反応し、声の主に視線が移る。
目の前に来たプレイヤーは剣士なのだろうが、フードを目深に被っていて顔はおろか種族も判別できない。少なくともケットシーではなさそうだが。
「ボスが無敵張っちゃうとはな~。しかも最後の眷属ってどう探せばええねんって感じだったけど、まさかこんな近くにいるとはね!ランダムなプレイヤーに付与される感じなのかな?」
「え、えぇっと……」
俺が喋る間もなくグイグイ来る男に引き気味になる。しかし男は俺の様子を気にすることなく続ける。
「まぁ仕方ないか。ごめんねお兄さん。申し訳ないんだけどさ~、
死んでくれない?」
そう言った瞬間、男の首は宙を舞い、消滅した。
反射だった。気が付けば、愛剣を抜いて男の首を斬っていた。
心臓の音がうるさい。焦点が合わない。呼吸が浅くなる。アミュスフィアの警告が鳴っているが、そんなものは耳に入らない。このまま強制ログアウトすれば……
「ソーマ!」
自分を呼ぶ声が聞こえた。肩を掴まれる感覚と共に、世界の音が耳に入ってくる。振り返って戻った焦点で見ると、心配そうな顔をしている黒髪の少女がいた。
「何かあったんでしょ?」
「……あぁ。」
次第に心拍と呼吸も落ち着き、正直に返事をする。
「やっぱり。様子が変だと思った。」
「……もしや、バレてた?」
「確信はなかったけどね。」
フィリアのトレジャーハンターとしての直感が働いたのか、何かを隠していると察知されたらしい。敵わないな、と思いながら、深呼吸をする。
キリト達含む周囲のプレイヤーは、何が起きたかわからず硬直してしまっていた。今なら、聞いてもらえるだろう。
「どうやら、俺が最後の眷属になっちまったようだ。俺が死ぬ分には別にいいんだけど、眷属の効果について共有しておきたい。」
俺の身に何が起きているのか説明しようとしたところに、騒ぎを聴きつけたのかサクヤさん、ルーさん、ユージーン将軍も来た。遠巻きに見ているプレイヤーの中にはシャルルやヒカリ、ハルカ達もいた。
「それでソーマ君。共有事項って何かナ?」
ルーさんに聞かれ、集まったメンバーに説明するべく、ウィンドウを開く。
「共有するのは主に2つ。1つはこの『眷属の呪印』について。効果は名前の通り呪いそのもので、イベント内でデスペナが適用されるのと、ボス討伐時に俺のHPがミリでも残っていれば、ボスと一緒に消滅する。」
「消滅…?」
「気になる言い方だな。」
将軍の言葉に皆一様に頷く。
「だからこれは憶測……というか直感なんだけど、消滅とは、このALOからいなくなることだと思ってる。」
「はぁ?!なんでそうなるのよ!」
リズの意見が尤もだ。しかし、そう思わせてしまうものがある。
「そこで2つ目。このイベントに参加するとき、バナーから参加するボタンを押したろ?その後タイミングを計ったかのように、送信者不明のこのメッセージが届いた。」
別のウィンドウを出して件のメッセージを可視化させる。そこには『選べ 世界を殺すか お前が死ぬか』と短い文章が載っているだけだったが、それを見たみんなの顔が険しくなった。
「最初は悪戯だと思ったさ。でも100%そうとは断定できなかった。そして今こうなった以上、もうやるしかないんだ。だから俺は、一度死ぬことにする。」
「待ってよ!いくらなんでもそれは…!」
「一つしかない世界とアバター一つ。どっちか取れっていったら当然世界だろ?ここはSAOじゃなくてALOだ。理不尽な目に遭ってはいるけど、別にリアルの俺が死ぬわけじゃない。」
「でも……!」
言葉を詰まらせるストレアを見て、胸が痛くなる。だから、一縷の望みに賭けるしかない。
「だけど、タダで死んでやるつもりはない。かなりギリギリになるだろうけど、みんなには俺が死んでから10分の間にボスを倒しきって欲しい。」
「10分?……蘇生待機時間か!」
「なるほど。蘇生待機時間中であればHPは0だ。その間にボスを倒しきれれば、呪印の効果も発動しないだろう、ということだな?」
「さすがサクヤさん、その通りです。念のため蘇生は時間ギリギリまで待ってください。もし1回でできなかったらもう1回やるかもしれないんで。おぉっと、デスペナのことは無視でいいぞ。世界が壊れるのに比べたらデスペナなんて可愛いもんだろ?」
たしかにそれなら、と希望が見えてきた面々は表情が次第に明るくなる。
「……とまぁここまで長々と話したんだけど、その、協力してくれますか……?」
その言葉に、一同きょとんとした顔をする。え、俺変なこと言ったかな?
「なぁに言ってんだおめぇ。ダチのVR人生が懸かってんだ、力になるに決まってんだろうがよ!」
「やってみる価値はあります!」
「キミはケットシーの一員だヨ?部下のピンチには駆け付けないとネ!」
「みんな……ありがとう。」
クラインから、シリカから、ルーさんから、みんなから温かい言葉がかけられる。胸がいっぱいになり、滲む視界を誤魔化すように頭を下げる。本当に、良い友人に出会えた。
「ところで流狼、一ついいか。」
ユージーン将軍に声をかけられ、顔を上げる。将軍とは旧ALOからの顔見知りで、新体制となってからも何度か手合わせをしたことがあり、互いに『流狼』『将軍』と呼び合う仲でもある。
「なんですか将軍。」
「貴様のHPを減らす手段はどうするんだ。」
「え、えっとぉ……切腹スタイルとか?」
「え、まさか考えてなかったの?!」
フィリアに痛いところを突かれて「うぐ…」と言葉に詰まる。
「あれだけカッコよく決めておいて肝心な自爆手段はノープランなの!?」
「こ、これでもかなり頭回したんだぞ!あと時間ないし!」
時刻は23時5分。残り時間も1時間を切ってしまっていた。あまり長話をしている時間はない。
「まぁいいけどさ。それで、実際どうするの?」
「まぁ誰かにスパッとやってもらうのが一番速いんでないかな…」
「ソーマ君、闇属性魔法のスキルは?」
「闇は取ってないんですよねぇ。それが何か?」
「いやなに、うちのレコンが自爆魔法を使ったことがあるようでな。念のため確認しただけだ。気にしないでくれ。」
そういえば世界樹攻略のあの時、俺達より先行してキリト、リーファ、レコンの3人で突入していたというのを、後からリーファに聞いたのだった。姿が見えないと思ったら、ちょうど自爆した後に俺達が入ってきたそうだ。
「自爆、自爆かぁ…つい最近どこかで……」
自爆という単語にどこか既視感を感じ、記憶を探る。たしか先週の……。
そこでハッとし、スキル一覧を開く。そこから習得済魔法一覧を出してスクロールする。たしかこの一番下に……
「あった!」
「え、ホント?」
魔法の効果を読む。これならいける!
「ごめんみんな、あった!」
「「「えぇ!?」」」
もうなんか色々降り回してごめん!と謝りながら、すぐに作戦に移ることにした。
東の空が明るくなり始めている。決着の時は近いだろう。
緊急レイドイベント制限時間、残り55分。