2025年8月7日 23:18
ALO内地 草原フィールド(央都アルンから5km地点)
「よし。じゃあ手筈通り、俺の魔法が合図だ。そっから先は頼んだ。」
「あぁ、任せろ。」
キリトと拳を突き合わせ、飛び去っていくみんなを見送る。その中で今もなお不安そうな顔をしてこちらを見ているフィリアとストレアに、左胸をトントンと叩くジェスチャーで『大丈夫だ』と伝える。それを見て覚悟を決めたのか、『うん!』と大きく頷いていった。これで俺の周囲には誰もいなくなった。
ボスのHPはあっという間に残り5%となっており、現在戦っているのはほとんどいない。発言力のあるサクヤさん達領主組がメッセージや掲示板を使って『23時20分に特殊効果を剥がすので、そこで一斉攻撃を行う』という-俺の状態については伏せて-連絡をした効果だろう。そして今、最後の戦いが始まる。といっても俺には参加資格がないようなものなのだが。
ボスの現在位置はというと、今俺がいる地点から500mくらい先のところにいる。アルンまでまだそれなりに離れているが、今までのっそり歩いていたあの巨体で走りだされたらもう止められないだろう。
俺以外のプレイヤーは最後の追い込みのためにボスの両側に陣取っており、北側に魔法メインのメイジ隊、南側に物理メインの近接部隊が控えている。魔法によって近接隊を
時計の針が進み19分となる。自身のHP、MPが全快しているのを横目で確認し、装備を『ウィンディア・スウィフト』から『賢者の弓』へ換装。アイテム欄の奥で肥やしになっていたミスリル製の矢を1本取り出し、ふぅと息を吐きだして構える。ボスとの距離500mという長距離はあまりに現実離れしており、弓道経験のない素人がゲームで鍛えたシステムアシストありの我流で撃っても精々50mくらいしか飛ばないだろう。しかしスキルの説明欄に書かれていた内容を信じ狙いを定める。
残りHP5%に到達するまでの間大暴れしていたボスは、煩わしい虫がいなくなったからなのか特にアクションを起こしていなかった。それでも蒼く光る眼光は俺を……いや、俺の後ろに見える世界樹を見据えている。
19分45秒頃に詠唱を始めるため、ほんの数秒だけ瞼を閉じ、この矢に想いを乗せる。
ホントのところ、別にこのままアカウントが使えなくなってもよかった。二度とALOに入れなくなっても、SAOと違ってリアルの命まで取られるわけじゃない。キリト達とはリアルでも会える。この姿に愛着はあるけど、みんなが楽しむこの世界に比べたら安いもんだ。なんなら、キリトのようにまた一から始めてみるのもいいだろう。
でも俺は、それは違うと思った。まだやれることがあるはずなのに、心が先に折れようとした。
『私達の分までたくさんの世界を見て。それでたまにでいいから、ソーマが見て感じたことを話してよ。』
忘れるはずもない彼女の言葉。俺は今後一生、この想いを背負っていかなければならない。
SAOから生まれたザ・シードという種が芽吹き、こうしている今も無数の枝葉を広げている。つまり今は無数の世界が広がっているということだ。ザ・シード
まだ、止まるわけにはいかない。終わるわけにはいかない。
「あぁそうだ。俺はまだ終わらない。
決意を胸に、合図となる魔法の詠唱を開始する。
「
式句を半分まで唱えたところで弓矢が虹色に輝き、猛烈な力の奔流が流れてくる。夜明けの空に一つの星が瞬く。
「
力に負けないよう踏ん張り残りの式句を噛まずに唱える。すると激しかった光と力が次第に矢に収束していき、眩い金色を帯びる。あとはこの矢を放つのみ。
ボスが俺に気づいたのか、ボスが炎でも氷でもない、闇のブレスを吐こうとしていた。そんなもの、もう怖くない。
ふと、とある日に攻略組としてキリトと迷宮区で話したことを思い出した。
「なぁキリト、たまーにソードスキルの名前叫んでるのは何かあるのか?」
「あー…いや、大したことじゃないんだけど。」
「まぁお前も年頃の男子だ。中二病は誰しも通る道だからな。」
「そこはハッキリ違うと言っておくぞ!?」
「ハハハ、冗談よ。で、実際のとこどうよ?」
「なんていうのかなぁ。技名を声に出すことで技のイメージがしやすくなるだろ?そのイメージをしながら技を撃つことによって威力ブーストをかける、って感じかな。」
「なるほど、イメージねぇ。」
そんなことを話したっけな、と懐かしく思いフッと笑う。
折角の機会だ。特大の花火を撃ってあげよう!
「ぶち抜け!『ウルティマ・ステラ』ァァァ!!!」
矢を放った。その瞬間に俺のHPは全損し、煙と共にリメインライトになる。
弓スキル専用聖属性魔法『ウルティマ・ステラ』。使用時のHPとMPを全消費する代わりに、消費量に応じて威力が増す自爆魔法。当然デスペナルティは通常より重いが、そのデメリットに対し、先述の高威力に加えて長射程という特徴がある。リズに言わせれば、ALOの弓は槍以上魔法以下の距離で扱う言わば中距離武器。射程も30mそこそこなのに、この魔法は最大1kmにもなると書かれていた。これにはさすがに二度見。
この魔法はたしか旧ALO時代に習得したのだが、撃った直後に即死するというデメリットを見て永久に使わないと判断したものだ。つい先週、なんとなく魔法一覧を眺めていたときに見つけて「そういえばこんなんあったな」と思うも特に気にしなかったが、まさか使う日が来るとは思っていなかった。
放たれた金の流星は空気抵抗なんてないかのように真っすぐ進み続ける。ボスが迎撃のために闇のブレスを吐くが、それをものともしないどころか霧散させていく。
やがてボスの顔に肉薄した瞬間、ガラスが割れたような破砕音とともに、HPバー上のエンブレムが砕けてなくなった。その1秒後、ボスの顔面が特大の爆発に覆われ、その巨体は歩みを止めて大きくふらつく。誰が見ても明確なスタン行動だった。
さらに、『ウルティマ・ステラ』によってHPが数ドット-おそらく1%-分削れた。射手の俺が死んでいても、既に放たれた矢は死んでいないだろうと読んだ作戦が成功した。
「今だ!突撃ー!」
そこから左翼と右翼、それぞれ空中と地上で怒涛の攻撃ラッシュが始まった。高威力のソードスキルや魔法が飛び交い、徐々にボスのHPを減らしていく。リメインライトとなってふよふよと宙に漂う中、あの猛攻撃に加われないことに少し残念な気持ちになる。ここから先は彼らに任せるしかない。
(仲間、か。ホント、みんなに会えて良かったよ。)
ふと覚醒直後のはじまりの日から今までのことが走馬灯のように浮かび、死亡フラグみたいだなと一人笑う。
「うおぉぉぉぉ!!!」
剣戟や爆発音が響く中、両手に剣を持ち、流星の如き剣撃をボスに叩きこむ黒い妖精の声が聞こえた。
旧ALO時代から、あいつが2本目の剣を抜く機会がめっきり減った。以前それについて聞いたところ、「黒の剣士の役目は多分終わったんだよ」と言っていた。言わんとしていることはわかるため、あえてそれ以上聞かなかった。
そいつが今、またこうして二刀を振るっている。
その近くで『スター・スプラッシュ』、『カラミティ・ディザスター』、『エターナル・サイクロン』など各武器の最上位ソードスキルが次々に放たれていく。ALOに実装されたソードスキルは魔法と同じように属性が割り振られており、ボスの身体に色とりどりの剣が刻まれていく。
まるで夢の中で花火を見ているかのような感覚のまま、眼前のウィンドウに映る蘇生待機時間が減っていく。
540秒。少しボスのHPが減った。
480秒。また少しHPが減った。残り3%。
420秒。ボスがスタンから立ち直り始めた。
360秒。ボスのスタン付きの咆哮が響く。いち早く気づいたプレイヤーは事前に距離を取って回避する。
320秒。ボスの攻撃がまた始まったことによりリメインライトと化すプレイヤーも見受けられた。
280秒。さらにボスのHPが減る。残り2%。
230秒。最後の足掻きなのか、ボスの攻撃が苛烈になる。1回だった噛み付きは3回に。赤かった炎ブレスは青く。
180秒。残り1%。プレイヤーの攻撃の嵐が強まる。
130秒。リメインライトの数がさらに増えるが、攻撃は止まない。
『グオオォォォ……』
そして94秒。断末魔をあげてボスが停止する。5本あったHPバーは全て黒く染まり、やがて消滅した。
生き残ったプレイヤーたちが各々の武器を掲げて勝鬨を上げる。空中にいるキリト達も互いの健闘を称えると、フィリアが飛び出していた。どうやら俺のところに来るようだ。それに続いてリーファとストレアも飛ぼうとした。
その瞬間、ボスの身体が動き出した。
『グゥウ......』
これにはキリト達も思わず静止せざるを得ず、ボスの様子を窺う事しかできなかった。よく考えれば、ボスのHPバーは消えたのにその巨体までは消滅していなかったのだ。
俺はふと、このレイドの発端となった旧ALOでの出来事を思い出した。ボスの大きさこそ違うが、『HPバーが消え、限界以上に口を開いた狼に吞み込まれる』というシチュエーションが今の状況とダブって見えた。このままではまた同じことが繰り返されてしまう。
『小賢しい妖精共め...しかし、我が魂は不滅なり。また新たな依り代を得て、機を待つことにしようかぁ!』
意味深なことを言うと、その大顎を開いて次の依り代なるプレイヤーを呑み込もうとした。そのプレイヤーは空中に一人で浮かんでおり、格好の的になっていた。
そのプレイヤーとは、先に一人飛び出したフィリアだった。
『逃げろぉ!!!』
力の限り叫ぶが、蘇生待ちの現状では残念ながらいくら叫んでもその声は届かない。突然の出来事で完全に虚を突かれたフィリアは、為す術なくただ呑み込まれようとしていた。
『いいや、そこまでだ。『グレイプニル』!』
天地を分かつほど開かれた大顎が閉じようとしたその時、ボスとは違う爽やかな声が聞こえた。
刹那、どこからともなく金色のロープが現れ、ボスの手足や尻尾、そして大顎は大きく開かれたままガチガチに拘束される。当然抵抗されるが、ロープは見た目以上に全くビクともせず淡々と獲物を縛り上げていき、身動きが取れなくさせてしまった。
そして背後に紅い光が集まり、5mほどの巨大な人の形になった。現れた男は中世風の鎧姿だが、右腕は肘から先がなくなっているのが目を引いた。
『我が名は軍神テュール。妖精達よ、悪しき魔狼を退治していただき感謝する。』
(隻腕の、テュール...思い出した!)
テュールという神はフローズヴィトニル/フェンリル関連で登場する神だ。確かフェンリルを封印する代償に片腕を喰われたとか、そんな話だったはず。
テュールが左手を振ると、視界が白く染まり、アバターが再構築された。蘇生の直前にウィンドウを確認すると、蘇生待機の残り時間が48秒で止まっていた。あの手振りだけで蘇生させたということか。
視線を戻すと、他にも蘇生待ちになっていたプレイヤーが全員蘇生されていた。やはり神というのはなんでもありらしい。
『しかし奴は神の血を引いている故、我らアース神族でもそう簡単には滅せぬ。よって、我がここより深い地へ再封印する。妖精たちよ、これからは安心して暮らすがよい。特に...』
テュールと目が合う。気のせいじゃない。確実に俺を見ている。神に何を言われるのかとドキドキしていると、予想外の言葉が出てきた。
『其方には苦労をかけたな。主神に代わって礼を言う。』
「え?ええっと、こちらこそありがとうございます...?」
『うむ。ではさらばだ妖精達よ。』
まさか名指しでお礼を言われるだけでなく頭まで下げられるとは思っておらず、神に向かって何ともいえない返事をしてしまった。不敬じゃないかという心配は杞憂だったようで、軍神は微笑むとロープでグルグル巻きになりミイラにされたボスと共に光になって消えていった。
そのすぐ後に、アインクラッドのフロアボス討伐時と同じような大きなファンファーレとクエストクリアログが表示された。これで長かったレイドバトルがようやく終了したのだ。
目の前のウィンドウにはクエストリザルトが出ており、10万ユルドと自由に振り分け可能なスキル経験値が100ポイントをもらえたようだ。レイドバトルと共にセック/ロキから受けた『悪評高き狼』もクリアしたようで、一連の騒動は落ち着いたということだろう。
「ソーマ!」
顔を上げると、仲間達の姿がそこにあった。俺がどうなったのか、心配そうな表情をしている。
「ソーマ君……その、大丈夫なの?」
アスナの言葉を聞いて、ステータス画面を開く。『眷属の呪印』である牙のエンブレムはない。名前の横にあった真っ黒い円も綺麗さっぱり消えている。
ここでピコン、と小さなウィンドウが開く。
『おめでとうございます あなたは呪いに打ち勝ちました』
その文章を見て、完全に肩の力が抜ける。ほっと一息ついてから、返答する。
「どうやら、なんとかなったようだ。」
「ホント?嘘じゃないよね?」
「こんなときに嘘はつかんよ。」
「やっっったぁーーー!!!」
「おぶぁ?!」
喜びのあまり飛び込んできたストレアを抱きとめる。「よかったぁ…」と胸の中で呟いたストレアの目尻にはキラリと光るものがあった。
暖かい光に目を細めて、東の空を見る。リアルではもうすぐ日付を跨ぐ頃合いだが、ALOでは新しい1日が始まろうとしていた。
~ちょこっと裏話~
・ボス討伐時にソーマが生きてたら実際どうなるの?
→ガチでALOから永久追放。つまりBAN。本人はいけるだろうと思ってたけど、別アカウントでの作成も弾かれる。それどころかアスカ・エンパイアなどの他のゲームですらアカウントを作れなくなり、二度とVRゲームができなくなっていた。
・ボス討伐が失敗してたら?
→アルン及び世界樹がボロボロになり、原作キャリバー編で語られたような最終戦争が急加速する。
・なんでテュールが来たの?
→リズが進めていた素材収集クエストがボス降臨前に達成したから。つまりレア演出。原典通りフェンリルをグレイプニルで縛って封印した。本来はこの時に腕を喰われるのだが、都合上隻腕での登場に。グレイプニルの素材も原典通り。勘のいい人は気づいてたかもね。
・テュールが来てなかったら?
→今度はフィリアが魔狼の呪いにかかって、数か月後に同じレイドイベントが起こる。テュールが来たことで無限ループすることはなくなった。