2025年8月14日 15:00
北海道 道東地区 山中
雲のない晴れの日、気温は37℃と北海道にしては少し暑い部類に入る今日。俺は一人車を走らせている。もちろんマイカーではなくレンタカーだ。空港近くのレンタカー屋で3日間借りる契約をした。免許を取ったばかりのため、法定速度と覆面パトカーに注意しつつ、上り坂に入ったところでアクセルを踏む。
「さすがに9年も経てば道路も綺麗になってるか。いやぁ懐かしいな。」
車窓越しに流れていく景色を、かつて部活の遠征でよく見ていた景色と重ねる。この道は夏に剣道、冬にスケートとよく大会があり、小学生から年に何度も通っていたためナビに頼らずとも道に迷わず運転できる。9年というブランクがあっても、意外と覚えているものだ。
さて、なぜこんな辺鄙なところにいるのかというと、先週まで遡ることになる。
◇◇◇
2025年8月8日 14:00
ALO イグドラシル・シティ自室
緊急レイド戦のあった翌日、いつもの勉強会のために少し遅めに集合した我ら学生組。その時いたのはキリト、リズ、俺、ストレア、ユイちゃんの5人だった。普段と比べると少人数だが、雑談の話題はもちろん昨日のレイド戦で溢れていた。ちなみにリーファは部活で今日の勉強会はお休みだ。
「『緊急レイドボス討伐!決め手は『神狼』の強烈な一撃!』か。いい記事じゃないか。SAOの新聞ならともかく、無数のVRMMOが溢れる今のMMOトゥモローの一面に載るなんてな。」
「あれだけすごいの撃てば注目もされるわよね。」
現代MMOの情報誌『MMOトゥモロー』の今朝の一面には、『ウルティマ・ステラ』を放つ寸前の俺の姿がでかでかと掲載されていた。何気に良い角度のスクショのため、一体いつ撮ったんだと言いたくなる。というかまた二つ名増えた?
「おかげで今日1日は迂闊に外に出れねんだけど。」
「有名人は辛いわね~」
「よし、リズはもうモフらせてやんね。」
「ちょっと、それ卑怯よ!」
いつもの他愛ない会話が繰り広げられ、変わらない日常を過ごせている。
「やっほーみんな!」
「こんにちは!」
フィリアとシリカが部屋に入ってきた。ピナも元気に飛んでいる。
「よっす。」
「あ、ソーマ!ホントに大丈夫なんだよね?」
「おう。いつもどおりだ。」
「よかった~。」
今日も問題なくログインできていることから、『眷属の呪印』による消滅を免れたことが確定した。特に不安がっていたフィリアとストレアは、昨日
「昨夜はお楽しみだったようで?」
「うん!とっても気持ちよかった!」
「「「え?」」」
「弁明ターイム!!」
リズの茶化しにストレアが誤解される言い方をしたせいで空気が凍る。すぐにユイちゃんの耳を塞いだキリトはナイス。
「あの後は確かに俺の部屋で3人で過ごしました。ええ。「もう会えなくなるかと思った…」と甘えてきたストレアにフィリアが対抗した結果寝落ちするまで3人で添い寝をすることになりましてですね?それ以上のことは決してしておりませんが誤解を解いていただけませんでしょうか!」
「お、おぉ……」
(早口!)
(必死です!)
一応一般成人男性の自覚はあるので、彼女達に俺から手を出すことはない。はいそこ、「その割にチョロくない?」とか言わない!
「そ、そういえば!運転免許も取ったんですよね?」
「あ、あぁ。今日の午前中にな。(ナイスシリカ!)」
「じゃあ今度ドライブに行きましょうよ!あたし江の島行ってみたいのよね!」
「おお!いいじゃん!」
「免許取りたての初心者に神奈川まで行けと?」
そしてシリカの言う通り運転免許を取った。もちろん普通車でマニュアルも運転できる。6月からリハビリを兼ねて通い始め、土日も少し使って無事取得できた。どうやら遼も免許を持っているようで、「免許取ったら佐野ラーメン食いに行くぞ!」と約束している。まぁ運転するとしてもさすがにマイカーはまだないのでレンタカーだが。
「お盆休みは早速どこか行くのか?」
「少し帰省する予定。地元は電車も通ってないド田舎だから、車は必須なんだよ。」
「そっか、北海道出身って言ってたっけ。」
「お土産期待してるわよー。」
「へいへい。」
土産は
「あ、それとなんだけど。帰省中はインできないからよろしく。」
そう言うとみんな揃って「え?」と声を漏らした。
「アミュスフィア持って行かないの?」
「持っていきたかったんだけどさ、ネット回線が確保できなそうで。」
「今時ネット回線がないホテルってないだろ。」
「ホテルじゃなくて祖父ちゃん家に泊まるんだよな。山の中だからフリー回線すらないし。」
「本当に田舎なんですね...」
悲しいことに、デジタル化が進んだ現代でも祖父母の家は昔のままだった。今回泊まるのは母方の実家で、元々酪農家だったこともあって山の中にある。ネット回線なぞ当然引いてるわけもないため、アミュスフィアの持ち込みは断念したのだ。実家は俺が昏睡して3年後に家財諸共売ってしまったらしく、俺としては別にホテルに泊まっても良かったのだが、光晃おじさんから「さすがに
「でも電波はあるから連絡がつかないってことにはならないぞ。ただちょっとの間インできなくなるってだけだから、心配いらんよ。」
その後アスナも合流して、女性陣が本格的に俺と遼運転での旅行が計画されていき、俺とキリトは苦笑いするしかなかった。
◇◇◇
というわけで、我が地元北海道に帰省中でございます。一口に北海道と言っても「北海道のどこや!」と道民にキレられそうなので補足すると、道東に位置する釧路市から車で片道2時間程度の平地にひっそりとあるのが俺の生まれ育った町だ。そこから20kmほど離れた小さな町のはずれに、母方の実家がある。
山の中腹にある村で10分ほど休憩を挟み、最近聴き始めた神崎エルザの曲を車内スピーカーで流しながら運転すること1時間。途中で鹿や狐に出くわしつつ、目的地である碧ヶ丘家に無事到着した。祖父の碧ヶ丘照夫に歓迎され、晩飯はわざわざ隣町にまで行って寿司を買ってきてくれたそうなので、ありがたくいただいた。やはり道産だと旨味が格別だ。
ひとしきり話したら21時に祖父が寝てしまったため、あてがわれた寝室のベッドで横になる。普段ならアミュスフィアを被ってALOに行くのだが、アミュスフィアがないのでネットサーフィンをする。
「アスカのアプデ告知、アポデのイベント、第1回BoB……これは大会みたいなもんか。」
MMOトゥモローの記事をそれとなく流し見て、気になる記事はブックマークをつけておく。そんなこんなで1時間ゴロゴロしていると、和人から電話がかかってきた。
「おすおす。」
『お疲れ。悪いなこんな時間に。』
「それは俺のセリフな。」
『それでなんだよ、改まって話なんて。』
実はあらかじめこのくらいの時間に和人と話をする約束をしていた。別にALOの部屋で話しても良かったのだが、思いついたのがつい昨日だったのだ。
「いやなに、そろそろいい加減お前には話すべきかと思ってな。ちょっと長くなるから、今のうちに飲み物とか取ってきていいぞ?」
「いや、大丈夫だ。続けてくれ。」
「あいよ。じゃあちょっと昔話をしよう。あれは最前線が30層くらいだったかな。俺が中層プレイヤーの手伝いとかをするようになった時期の話だ。まぁ簡潔に言うとな……」
一呼吸おいて、和人/キリトのトラウマを刺激するかもしれないこと謝り、言葉を紡ぐ。
「俺にもいたんだよ。お前にとっての『月夜の黒猫団』が。」
◇◇◇
2023年6月7日 14:00
第16層 フィールド
中層プレイヤーの
両手斧使いの男性が1人、盾持ち片手剣の男性が2人、曲刀使いの女性が1人、両手槍使いの男女の計6人。事前に聞いていた情報と合致した。
「すみません、『北の大地村』のみなさんで間違いないですか?」
「あぁそうだ。てことは、君が攻略組の。」
「はい、ソーマです。今日はよろしくお願いします。
「俺はリーダーのヒビキ。依頼を受けてくれてありがとう。」
両手斧使いのリーダー:ヒビキと握手をして、他のメンバーとも軽く挨拶をする。そのメンバーの中で、目を引いたプレイヤーがいた。別に装備がどうとかじゃない、どこにでもいそうな人だった。
名前はルカ。小顔だがパッチリとした目とそばかすが特徴で、両手槍使いの女性だった。肘くらいにまで伸びた黒髪のストレートへアはふわりと風に揺れている。
「どうした?」
「い、いや、なんでも。じゃあヒビキさんのから見ますね。」
いったい何秒見ていたのか、ヒビキに呼ばれたことで意識を戻される。平静を装い、まずはメンバーの戦闘の動きを見ることにした。
この時の俺は、なぜあの時彼女を見ていたのかわからなかった。
イノシシ型モンスターを相手に、一人一人見ていくが、全員筋が良い。特にヒビキは動きが良かった。聞いたところ、なんと元βテスターだったそうだ。最初の頃はデスゲームの現実を受け止めきれなくて『はじまりの街』でふさぎ込んでいたのだが、1層ボス撃破とビーターの話を-しかもわざわざアルゴから-聞いて一念発起したとのこと。そこでちょうど今のメンバーと遭遇して、行動を共にするようになったのだとか。ビーターの件と自身が元βテスターであることもその時に話しているようで、全て理解した上でついてきてくれているそうだ。メンバーの戦闘水準が高いのも、ヒビキの指導の賜物だとメンバーは語っていた。それはパーティ全員での戦闘でも遺憾なく発揮されており、かなり驚いたのを覚えている。
「よし、戦闘終了!で、どうだった?」
「正直びっくりです。何もいうことないんですもん。」
「おお!」
「だってよリーダー!」
「攻略組の色んなプレイヤーを見てきたから、ある程度のレクチャーはできると思って始めたんですけど、まさかその必要がない人達に会うとは思ってなかったですね。」
「そ、そうか……!」
功労者のヒビキを中心に喜ぶ一同。その光景に、キリトが語った『月夜の黒猫団』のことを思い出した。緊張感の中に楽しむ心がある。まさしく光とも言えるものだった。この頃の攻略組は、25層ボスのこともあってピリピリしすぎている。その空気が苦手で俺はギルドに属していないのもあった。
「そしたら、特別にちょっとだけテクいこと教えちゃいます。」
「え、ホント!?」
「はい。みなさんなら、感覚を掴むのも早いと思います。」
俺も興が乗ったのか、システム外スキルの『聴音』や『見切り』などを教えた。これは流石に向き不向きがあったが、全員の理解力が高いため非常に教えやすかった。
あっという間に時間が過ぎ、街に帰ることに。せっかくならと同行させてもらい、その間にギルドのことを教えてもらった。
『北の大地村』という名前は、6人全員が北海道出身だから付けたそう。たまたま集まったメンバーなのにどんな確率だ!?と盛り上がったことで完全に打ち解けたのだという。いいなぁと思う中、ずずいっとルカが近づいてきた。
「な、なんでしょう…?」
「それ。」
「え?」
なんのことか分からず頭に?が浮かぶ。
「だから、敬語。」
「あ、それ思った。」
「俺達こう見えてあんま歳変わんないんだよな、実は。」
「実はそう。」
「ソーマも多分同じくらいでしょ?ということで、敬語禁止!タメ口でいいからね?」
「え、え、」
「返事は?」
「わ、わかった……?」
「うん!じゃあフレンドも申請しちゃうねー。」
「ちょ、待っ」
わけもわからず自分を攻撃、ではなく敬語を禁止されてしまった。しかもメンバー全員とフレンド交換まで
「よし、これで私達友達だね!」
その言葉を聞いて、胸が温かくなった。当時はキリトやアスナ、エギルなど友人と呼べる人は他にもいたが、面と向かって友達と言われたのは、これが初めてだった。
「よし、じゃあ今日は俺の奢りで晩飯だ!ソーマもどうだ?」
「……まぁこれも何かの縁、か。」
心地良い雰囲気に流されるまま、俺は晩飯までご馳走になった。実は酒もこの時に初めて口にした。
◇◇◇
「そんなギルドがあったのか。知らなかったな。」
「この1週間くらい後に、お前が最前線に戻ってきたタイミングだからな。」
「それは……本当に心配をかけた。」
「謝るな。目の前で大切な人が死んだら、誰だってああなる。」
飲みかけの烏龍茶を少し飲んで渇いた喉を潤す。
そう。あんな光景を見てしまえば、誰だって、この世に絶望したみたいな表情にもなる。
あえてアインクラッド編で描かなかったソーマの過去のお話。