2023年7月12日 19:00
第24層 主街区 NPCレストラン
それ以来、週に1,2回は依頼を口実に、彼らにクエストだけでなくご飯や観光などにも誘われる機会があった。俺のレクチャーの甲斐があったのか狩りの効率がさらに上がったようで、会うたびに力をつけていく彼らはいずれ攻略組に匹敵する強さになるだろうと思った。
この日もそうなのかと思いきや、ギルドではなくルカ個人に呼び出されていた。女性と1対1で食事することなんて数えるほどしかなかったため、平静を装って晩飯を食べた。デザートまで堪能した後、ルカがストレージから何かを取り出した。
「それは、眼鏡?」
「うん。ねぇソーマ、ちょっとコレかけてみてよ。」
「お、おう……」
断る理由もないため、眼鏡を受け取り、スッとかける。SAO内では
「こ、これでいいか?」
「おー、やっぱ似合うね。リアルでも眼鏡だった?」
「あー……まぁそんなとこ。」
耳と鼻にかかるほんの僅かな重みを感じながら、窓ガラスに反射する自分の顔を見る。NPCの店に売ってそうな黒縁の眼鏡だったが、意外と馴染んでいるように見えた。
顔を正面に戻すと、ルカと視線が合う。一瞬だったが、その顔は俺を通して誰かを見ているようだった。
「誰かに似てるのかな……」
「えっ?」
「あっ」
なぜか胸のあたりがチクりと痛み、つい口に出てしまった。
「もしかしなくても聞こえました……?」
視線を逸らしつつ首を縦に振るルカ。それを見て頭を抱える。なんであんなことを言ったのか。その『誰か』に嫉妬しているのか。それだとまるで……
「……小学校6年の時ね、地元の同級生に告白されたことがあるんだ。」
そんな俺の心を見透かすように、彼女は話し始めた。
「その人はわかりやすくて、ちょっと変だけど優しい人。漫画でもあまりみないすごい方法で告白されたんだけど、当時の私は他に好きな人がいたから、ごめんねっていう内容の手紙で返事をしたんだ。それからは気まずくてほとんど話さなくなっちゃって。中学はずっと別のクラスだったけど、その人はずっとみんなに優しかった。その人は中学は部活で忙しそうにしてたけど、あたしの後にも好きな人が何人かできてたみたい。でも、中3の夏休み明けから様子が変わったの。いつもと変わらないようにしているつもりなんだけど、無理している顔。噂で聞いたら、夏休み中の部活の大会帰りで事故に遭って、両親と妹さんが亡くなったらしいの。それから中学を卒業するまで、ずっと辛そうだった。高校から別々になって以来ずっと連絡はついてないから、今どこで何してるのかわからないんだよね。元気にしてたらいいんだけど。」
こちらに向き直り昔話をする彼女の眼は、過去を懐かしむ優しい眼をしていた。
「まぁつまり、その人に似てるってこと。あとは前髪かな。ちょっと失礼。」
「え、あ、ちょ」
俺をその人に寄せようとしているのか、今度は前髪をいじられた。まだ誰にも見せたことなかったのに。
「あれ、オッドアイなんだ。なんで隠してるの?」
「攻略組ん中でも色々あんの。……もういいだろ?」
「かっこいいのに。」
「んぐ…」
普段なら軽くコメントするのだが、なぜか言葉に詰まる。溜息をついて眼鏡を外して返そうとすると、手を止められた。
「あ、折角だからそれあげるよ。たしか今日誕生日でしょ?」
「え?……あぁ、まぁそうだけど。」
「攻略組にとっては安物だろうけど、御守り代わりにでも持っておいて?これを通して、私達の分までたくさんの世界を見て。それでたまにでいいから、ソーマが見て感じたことを話してよ。」
この世界に来てから初めての誕生日プレゼント。いかに安かろうが、これを無下にすることはできなかった。
「まるで旅人だな。……ありがたくいただくよ。」
それからは、攻略日やボス戦時には必ずこの眼鏡をかけるようになった。特に目立つ補正もないが、基本的に頭装備をつけない俺の装備メニューを埋めてくれるものとなった。
◇◇◇
2023年8月12日 19:00
第30層 迷宮区
いつものごとく『大地村』から依頼-という名のクエストのお誘い-があった。場所は30層と区切りの良い層ということもあり敵もトラップも手強かったが、犠牲者ゼロで危なげなくクエストをクリアできた。夕方以降にしか現れないモンスターの討伐だったため、こんな時間になってしまった。
周囲を警戒しつつ晩飯を何にしようか、と雑談をしていたところ、前方からプレイヤーが1人走ってきた。何やら疲弊している様子の男は、先頭を歩いてたヒビキに縋り付いた。
「助けてくれ…!仲間が、トラップに…!」
「!みんな、助けに行くぞ!場所を教えてくれるか?」
「あ、ありがとう……!こっち!」
その言葉を聞いた俺たちは即決で全員で救出に向かうことにし、男の道案内に従い迷宮区の奥へ進んで行った。マップデータが更新されているのか、攻略当時にはなかったところを進んでいる。
「この奥だ!」
「よし、行くぞ!」
男がそう言って目的地が近いことを知った俺たちは、先頭のヒビキの合図とともに走る速度を上げようとした瞬間、悲劇が起きた。
「おわっ?!」「何!?」
「きゃあ!」「くっ!」
ヒビキ含む先頭集団4人が突然光に包まれた。後方を走ってた俺はそれに気づき、すぐ前を走ってたルカと槍使いのチェダーの服を掴んでなんとか制止させる。2人は突然のことに驚きを隠せず、愕然としていた。
「転移トラップ……!?」
「な、なんだって!?おいアンタ、トラップがない道を知ってるって言ってたよな!?」
なぜか転移されていなかった男にチェダーが掴みかかる。男はトラップのない道をメモっていたということで道案内を任せていたのだが、それなのにヒビキ達がトラップにかかってしまったのだ。これはチェダーの反応が正しい。
「やだなぁ、知ってるのはホントだよ。」
さっきまでとは態度が一変した男に違和感を感じた。その瞬間、チリッと脊髄が何かを予感し反射で半歩後ろに下がると、目の前を飛んでいくナイフと、男に斬りつけられているチェダーの姿が目に入った。チェダーのHPバーは満タンから減り、さらに麻痺のデバフをもらってしまった。麻痺毒付きの武器で斬られたのだろう。
「ソー、マ…」
「ルカ!」
呻くようなルカの声が聞こえて振り返ると、彼女は床に倒れていた。チェダー同様HPが少し減り、麻痺毒にやられている。
「さっすがジョニーさんの毒!効くねぇー!」
「あれ、一人外したか?」
「いや、避けられた。あいつは、俺が、やる。」
声がしたほうを見ると、プレイヤーが3人現れた。全員黒いポンチョを羽織り、フードを深く被る3人のカーソルは緑ではなく、オレンジだった。
「せっかくのトラップが台無しじゃないか。大人しくぐあぁ!」
チェダーを斬った男が背後から寄ってきたが、武器を持つ右腕を斬り飛ばして無力化させる。持っていた手斧はカラカラと遠くに転がっていった。片腕を欠損し悶える男の肩を蹴って距離を離すと、他の3人が動き出した。1人は俺の相手に、残り2人は……チェダーのもとに。
(こいつ、足止めをする気か!)
「ぐあああああ!!!!」
チェダーの悲鳴と同時に、ガラスが砕けたような破砕音が響いた。この状況をどう切り抜けるか考えている隙に、殺されてしまったのだ。このままでは彼女も…!
横目で倒れている彼女のほうを見て、目を見開いた。
俺が右腕を飛ばした男がヨタヨタと立ち上がり、残った左手でいつの間にか拾っていた手斧を振りかざしていた。
「フン!」
「ぐぅ!?」
その隙を突かれ左脇腹にエストックが突き刺さる。鈍い痛みを感じるが、もうこの際なりふり構ってられない。
「こ、のぉ!」
「ぐぉっ!?」
エストックを握る腕を左手で掴み、剣を持ったままの右手で顔面をぶん殴り、チェダーを殺して楽しそうにしている2人組に向けて体術スキル『水月』による水平蹴りで蹴り飛ばす。反応が遅れた2人は飛んで来た男の下敷きになったが、それを気にせず走り出す。
手を伸ばせば届く距離だった。しかし、僅かばかり遅かった。
「死ねぇぇぇぇ!!!」
「やめろぉぉぉぉ!!!!」
俺の必死の叫びも虚しく、手斧が彼女の肩口を大きく切り裂いた。
「どけぇ!」
「ぐあっ!?」
ショルダータックルで男を吹き飛ばし、HPが即座に全回復する回復結晶を取り出し、倒れる彼女を抱きかかえて使用する。
「ヒール!」
しかし結晶は砕けず、代わりに『使用不可』という無情なウィンドウが出現した。
嘘だ、と呟く。しかし腕の中の彼女のHPバーは空っぽになっており、消滅した。
ルカは俺の頬に力なく触れる。
「……あの手紙、嬉しかったよ。ごめんね、ありがとう。」
そう言って、彼女はガラス片となって虚空へ消えていってしまった。
その瞬間、頭の中で欠けていた
大切なものは失って初めて気づくと言うが、これほど残酷な言葉はないだろう。
皮肉なことに、当時はまだ記憶喪失だった俺が、大事な記憶のピースを大きく埋める最初の出来事だった。
……その後、なんとか抜け出した俺は『大地村』のギルドホームに戻った。
『北の大地村』は1人の生還者を残し壊滅。唯一の生き残りともそれきり会っていない。SAOがクリアされた今も、どこにいるのかさっぱりわからない。
◇◇◇
一通り話し終え、ペットボトルに残った最後のカルピスを飲み干す。空になったペットボトルを机に置くと、ずっと黙って聞いてくれていた和人に礼を言う。
「聞いてくれてありがとな。あのクリスマスイブの日から、いつか話そうとは思ってたんだけど、色々とタイミングがなくてさ。」
『……こっちこそ、話してくれてありがとな。そうか、お前にもそんなことが……』
「だからさ、お互い助け合ってこうぜ。俺もお前も、結構1人で背負いこむタイプだからさ。」
『……あぁ、そうだな。』
しんみりとしたところで、和人の携帯に通知が来たようだ。大方明日奈か里香あたりだろう。
『『早く戻らないとクエスト始めちゃうわよ』、か。』
「やっぱリズか。タイミングいいな。粗方話したし、ALOに戻っていいぞ。あ、ついでにさ、お土産に牛乳いるか聞いてみてくれるか?バターにアイスもあるけど。」
『わかった、聞いてみるよ。』
「おんじゃあの。」
通話を切り、ベッドに寝転がる。瞼を閉じれば、忘れられない彼女の笑顔が浮かんでくる。
このお盆に帰省したのは蒼葉家の墓参りもあるが、ルカのも兼ねている。菊岡さんに頼んで少し調べてもらったところ、どうやら同じ墓地に埋葬されているようだったので、これまでの旅路を話しに行こうと思ったのだ。
思考がぼんやりし始める。まだ22時半頃だが、このままいれば気持ちよく入眠できる状態だ。しかし部屋の電気を点けっぱなしにするわけにはいかないので、瞼は閉じたままのっそりと起き上がり、記憶と感覚を頼りに壁のスイッチを押すと瞼の向こう側がより一層暗くなる。電気を消せたようなので、中腰でヨタヨタとベッドに戻り、タオルケットを雑に腹にかける。
東京とは違う涼しい夜空には、雲に隠れた月が浮かんでいた。
ちなみにクーラーなんて上等な物はない。ドのつく田舎だからね!
SAO(に限らないと思うけど)のオリ主、大抵結構重いの背負わされがち。
可哀想だと思わないんですか?(いいぞもっとやれ)
(2026/8/26追記)
1パーティ6人なの忘れてたんで一部修正しますた