2025年8月15日 10:00
〇〇町共同墓地
碧ヶ丘家から車を走らせ、蒼葉の祖母ちゃん家に寄って祖母ちゃんにも顔を見せに行った。そこからさらに数分、牧場が広がる丘の中に、無数の墓石が並ぶ共同墓地があった。田舎町だが手入れは行き届いており、とても綺麗に整備されていた。
「最後に来たのが高1だから……10年ぶりか。」
そう言いながら練習がてらバック駐車する。駐車場は10台ほど停められるくらいの広さはあるし、他に人もいないようなのでついでにだ。
祖母ちゃんから借りた線香や蝋燭、マッチ棒等お参りセットが入ったケースを持って、車から降りる。雲はそれなりにあるが、太陽も出ていてとてもいい天気だ。丘だからか優しく風も吹いていて心地いい。周囲には牧場と墓以外何もないため、セミの鳴き声や車の通過する音、自分の足音が良く聞こえる。
蒼葉家の墓は、大きな通りの中ほどに位置していた。記憶通りのままで安心する。
ケースを置き、埋葬者の名前が彫られた碑を見る。一番古い曽祖父の名前から左に2つ視線を移すと、比較的新しく彫られた名前を発見する。
蒼葉
蒼葉
蒼葉
日付はいずれも『平成二十六年八月』。
キュッとなった心を誤魔化すように、線香の用意をする。
皿型の小さな燭台に蝋燭を刺し、風で火が消えないようガラス筒を被せて周りを囲う。マッチで蝋燭に火を点けて、線香の束を1つ取り先端部に火を当てる。線香に満遍なく火が点いたら蝋燭の火を消して束の帯を外し、7,8本を蒼葉家の線香入れに入れ、少し離れて線香を握ったまま合掌する。
事故当時のことは、よく覚えていない。おそらく精神的ショックのせいだろう、と当時入院した病院の先生は言っていた。それは1月に倉橋先生のカウンセリングを受けた時も同じだったため、これは記憶喪失云々ではなく、俺の心の問題だということだ。まぁ、まだ15歳という子どもに家族の死を受け止めろというのが土台無理な話である。それから7年意識不明、2年記憶喪失と時間を経過した今でも、どこか時間が止まったような感覚を覚える。……いや、むしろ7年意識不明だったからこそ、俺の内面はまだ18歳の子どもなのではないのだろうか?
ポタ、と右手の甲に何か液体が当たる。雨が降りそうな様子はない。透明なそれは、俺の眼から出ているようだった。
「ははっ……」
襟で拭い、次にお参りする墓石へと移動する。墓参りに来たときはいつも蒼葉家から親戚の藍川、橙地、碧ヶ丘と回ってお参りしたものだ。砂利や土、砂の道を歩いてそれぞれに余すことなく線香をあげて、最後は蒼葉家で合掌のみ。これがいつものルーティンだった。冬は1mほど雪が積もっていたのもあって、雪かきしながらお参りしたこともある。
「アレもアレで楽しかったな……」
まだ小さかった自分を幻視しながら、碧ヶ丘家のお参りを済ませる。あとは蒼葉家で最後にお参りして終わりだが、今日はまだ少しだけ用事がある。つい持っていた線香を使い果たしてしまったため、もう数本取るために一度戻る。
「あの、すみません。」
「ん?」
バラになっている線香を取ろうとした時、声をかけられた。振り返ると、ロングストレートの茶髪が目を引く女性がいた。さっき碧ヶ丘家の墓に行った時に車のドアを閉める音が聞こえたので、おそらく管理人かお参りに来た人だろう。ただ管理人にしては若すぎると思うため後者だろう。しかし、どこかで見たような……?
「何か……?」
「もしかして、マー君ですか?」
「……え?」
久々に聞いたその呼び名は、知人の中でもアルゴとキリアスくらいしか知らないはずだがはて、一体どこで……?
「覚えてませんか?沙綾です。武藤沙綾。」
「あ、あぁ!?」
名前を聞いて完全に思い出した。武藤沙綾。確か蒼葉の祖母ちゃんの友人の孫……つまり幼馴染だ。小さい頃に何度か隣町の遊具施設で遊んだことがあり、当時の写真が祖母ちゃん家の和室に今でも飾られているのをつい先ほど見たのだ。当時はツインテールだったから、言われなきゃ気付かなかった。
「沙綾か!よく俺だってわかったな?」
「さっき来たら武藤の墓にもう線香があげられていたので、最初は誰だろうと思いました。すると蒼葉のところに人がいたのでもしかしてと思って。目を覚ましたというのもおばあちゃんから聞いていたので。」
「そっか。まぁ祖母ちゃん辺りならその連絡くらいはするか。」
特に意識していなかったが確かに、お参りルートの中に武藤家も入っていた。なんとまぁタイミングのよい。
「ていうか、昔とだいぶ雰囲気変わった?」
「まぁ……そんなところです。」
幼馴染との久しぶりの会話は弾み、お互いの近況の話になった。
沙綾は俺と違って-というより同年代だとむしろ俺が特殊なのだが-普通に就職して、今は東京のゲーム会社で働いているそうだ。そういえばよく一緒にポンキ〇キのゲームもしてたっけか。ちょっと前まで休職していたが、無事になんとか復職できたらしい。よかったよかった。
「マー君はどうなんですか?」
「あ~、えっとですねぇ……」
さて一体どう説明したものか。身分上は学生でも戸籍上はとっくに働いてる歳だ。光晃おじさんも、特に心配性な蒼葉の祖母ちゃんにはSAOのことは伏せて伝えたようだし。ある程度ぼかすか。
「高1から7年、いや9年寝たきりだったからさ、とある伝手でまだ学生でございます……」
「良かった、ちょっと安心です。でもよくその学校も受け入れてくれましたね?」
「学校側もちょっと特殊でさ。こっちとしても大助かり。下手したら中卒で社会に放り出されるとこだったからさ。」
「どんな学校ですか?」
「え~と、なんて言ったらいいかなぁ~」
ここまで詰められると思っていなかった。どう言おうか考え、その結果出てきたのは、
「きかんしゃ学校?」
帰還者→機関車と誤認しないかな~というアホの回答だった。もっとなんかあっただろ!と脳内で自分にツッコミを入れて沙綾の反応を見る。ちなみに俺は電車とかに興味はあまりない。
「…………」
沙綾は目を見開き、口元を両手で覆っていた。大抵は驚いた時のリアクションなのだが、どうも様子がおかしい。というか思ってたリアクションじゃない。
「えぇと、マー君。ちょっと眼鏡を取って、右目をこう、隠してみてくれますか?」
「お、おう…?」
沙綾に言われた通り、眼鏡を外し右手で顔の右半分を隠す。視力0.01のぼやけた視界では彼女がどんな顔をしているのかすら判別できない。しかしこの聞き方をするということは、もしかして……
「……やっぱり。」
「まさか、沙綾も?」
「はい、私もSAOサバイバーです。まさかマー君が『神風』のソーマだったとは思いませんでしたが。」
「あれ、アバターネーム…」
「よくギルドでご飯を食べましたよね?……あ、こうしたほうがわかりやすいですか?当時はピンク色でしたけど。」
そう言って沙綾は髪を両手でかき上げ、指で輪っかを作って頭の上に持っていった。その姿を見て「こうもタイムリーなことがあるのか」ととても驚いた。
両手で作られた大きなツインテールが、SAOではピンク色だった。その特徴が当てはまる知人は、1人しかいない。
「沙綾が、シャムだったのか……!?」
「はい。私が元『北の大地村』のメンバー、シャムです。」
人形のようにあまり表情が変わらなかった彼女が、腕を下ろして悲しげに微笑んだ。
◇◇◇
シャムは『北の大地村』の曲刀使いだった。表情こそあまり変わらなかったが、ゲーム好き故のゲームセンスでギルドを支えていた。8月に入る頃に刀スキルを入手して以降は刀を主に使っていた。そしてなによりギルドが壊滅したあの日、転移トラップではぐれた4人の中で唯一生還したのだ。
あの後ギルドホームで何があったかを話し合った時の話では、奇跡的に麻痺毒にかからなかったシャムをヒビキの咄嗟の判断で上手く隠し、転移結晶で脱出できたのだそうだ。その後は22層の奥の村で隠れて生きていたという。
「……あの時はごめんな。俺ももっと何かできたんだと思うんだけど……」
「仕方ないと思います。あなたもかなり動揺していましたし。」
新しく数本線香を用意して別の場所に移動する中、今度は互いにぼかさずに近況を話した。俺がSAOに入った経緯やALO事件に巻き込まれていたことには流石に驚いていた。
これから向かう場所は沙綾にとっても無関係ではないため、一緒にどうか誘ったところ快く了承してくれた。
「……ここか。」
「ここに、ルカさんが……」
目的地は墓地の端の方にあった。といっても、墓地自体がそこまで広くないため1分もあれば端から端まで歩いていける。背後には敷地を分けるための有刺鉄線が張られた柵と1列に植えられた木々があってちょうど日陰になっている。
『
「…………」
持っていた線香から2、3本沙綾に渡し、線香をあげて合掌。瞼の裏にかつての彼女の姿が映る。SAOでのルカとしての彼女だけでなく、同級生の新留奏としての彼女。
熱くなった瞼を開けるとポタポタ、と雫が零れ落ちる。目元を腕でグイっと拭い、濡れた腕を振って乾かす。
「マー君……」
沙綾の心配そうな声に「大丈夫」と一言答えて深呼吸し、独り言のように思い出を語り始める。
ルカ……奏とは、小3から同じクラスになった。その時初めて会った彼女に、俺はこれまで感じたことのない感情に襲われた。まぁつまり一目惚れしたんだ。それから小6までずっと同じクラスだったのもあり、同じ班になったりしたこともそれなりにあって、不器用ながらアプローチをしていた。不器用すぎて、奏含む周りにはバレバレだったらしく、ちょいちょいからかわれたりしてその度に顔を真っ赤にしていたけど。
卒業が近づいた小6の秋だったか冬だったか。遂に告白に踏み切った。ただそこでまた不器用が発動したのか、『「好」とだけ書いたノートの小さな切れ端を折って奏の外靴の中に入れる』というものだったけどな。そして日頃のわかりやすさの所為かすぐにバレた。
返事はご丁寧に手紙で渡してくれた。その時はノートの切れ端で告白したことを本当に申し訳なく思ったよ。当然というべきか、奏は奏で他に好きな人がいるらしいため、「ごめんなさい」という内容だった。それ以降どう接すればいいかわからなくなって、結局中学を卒業するまで話すことはなかった。中学だとずっと別クラスだったというのもあるだろうけど。俺は道外の、奏は地元の高校に進学したため、それっきり顔を合わせていなかった。
そしてあの日、まさかSAOの中で再会するとは思っていなかった。さっき言った通り、当時の俺は記憶喪失で昔のことを思い出せなかった。最終的に思い出すことはできたけど、それはあの日……『大地村』が壊滅した時だった。
彼女は俺が同級生の蒼葉誠だと気づいていたのだろうか。今思えば、それを匂わす発言がなかったわけではない。しかしそれを確かめる術は、もうない。
親しかった『大地村』の友人を、直前まで思い出せなかったとはいえ初恋の人を目の前で失くした俺が壊れるまで、そう時間はかからなかった。
「迷宮区で暴れるだけ暴れてギルドホームに帰ったら、沙綾……シャムがいた。本当に、生きていてくれてよかった……」
SAOでの1パーティは最大6人のため、『大地村』のみんなとはシステム的にはパーティではなかった。そのため視界左上に表示されるHPバーも俺だけだったため、転移トラップで分断された4人も死んだと思っていた。目の前で2人も失った俺にとって、彼女が唯一の救いだった。
「……さて、そろそろ土産話をしないと怒られそうだ。」
「土産話?」
「おう。『色んなものを見てきて』っていう、ルカとの約束だ。」
元々、その約束を果たすべくやってきたのだ。このまま帰るわけにもいかない。
「……それ、私も聞いていいですか?」
「いいけど、時間は大丈夫なのか?」
「はい。この後も特に予定はないので。それに、私もマー君が見てきたものを知りたいです。」
「……そうか。よし、じゃあ景色の良かった層の話でもするか。個人的に好きだったのは59層でさ……」
印象に残った層や料理、白熱したボス戦に留まらず、黒の剣士や閃光、ぼったくり道具屋などの攻略組の愉快な仲間達の話まで、線香が燃え尽きて全て灰になったことにも気づかずに、色んなことを話した。
すっかり話し込んでしまい、時刻は正午前ということでそろそろ帰ることにした。最後に合掌だけして、その場を離れる。
その時、一瞬だけ少し強い、しかし不快感のない風が吹き、風の音に紛れて沙綾ではない誰かの声が聞こえた。周囲には沙綾以外誰もいない。
「マー君、今呼びました?」
「い、いや。」
まさかな、と思い墓を見るが、当然特に何も変化はない。おそらくSAOの話をしたことによる幻聴だろう。
おそらく同じものを聴いた俺と沙綾はそれに応えて、また歩き出す。
生き残った者として、彼らの分まで生きるために。
『がんばってね。』
「……はい、頑張ります。」
「ありがとう。……またな。」
コード・レジスタからシャムがやっとゲスト出演です。
元ネタより歳を重ねてまずが、背がちょっと伸びた程度で容姿はほぼまんま彼女です。