幻のウマ娘Tさん   作:クソザコナメクジ

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※変更点
アイビーステークス→荻ステークス
理由:出走間隔。

誤字報告など、ありがとうございます。


11R:才能の無駄遣い。

『アッハッハッ! 爆笑ッ! 見たぞ、たづな! メイクデビューのウイニングライブッ!』

 

 美浦寮の自室。スマホ越しに聞こえてくる快活な声に、へにゃりと耳を下げる。

 メイクデビュー戦で8バ身の大差を付けた事もあって注目を受けていたが、同時にあのライブがウマチューブに上げられた事もあり、良くも悪くもウマ娘ファンに顔と名前を憶えられてしまった。まあ長いトゥインクル・シリーズ、そんな事もある。聞き慣れた声の爆笑が何時まで経っても鳴り止まなかったので、少し癪に障った私は海外から得ていた情報を口にした。

 

「ブロンズコレクター……」

 

 ポツリ、と零した一言に『ふおっ!?』という間の抜けた声が聞こえた。

 

「私、知っているんですよ? プール・デッセ・デ・プーラン*1、ジョッケクルブ賞*2、パリ大賞典*3で3着、続くニエル賞でも3着。初戦以来、随分と負けが込んでいるようですね?」

『むぐぅっ!』

「今年の凱旋門賞出走表に貴女の名前を見かけていないのですが?」

『辛辣ッ! たづな、こちらの世界に来てから……その、なんだ。私に対しての当たりが強くなっておらぬか?』

 

 よよよ、と泣き真似をする知己に私は溜息ひとつ零す。

 

「フォレ賞に出走する予定だと聞いていますけど?」

『うむ! 先ずは自分の得意な距離から実績を積む事に決めた! GⅠに勝利すれば、出走枠に悩まされる事もなくなるしな!』

 

 先程までとは打って変わり、はきはきと告げる。

 それから近況を報告し合った。「渇望ッ! 日本食が恋しい!」という悲痛な声を聞く場面もあったが、華麗に無視を決め込んだ。というか貴女の故郷はカナダで、現役時代は欧州だったはずでは?

 そうしていると結構な時間が過ぎてしまった為、別れの挨拶を交わす。

 

『今年は難しいだろうが、来年は日本で会おうぞ!』

「ええ、お待ちしています。ああ、難しそうでしたら再来年を目途に私の方からヨーロッパに行きますよ」

『……たづな、やっぱり現役に戻ってから性格が変わっておらぬか?』

 

 そうかも知れませんね。そんな言葉を残して、ではまた。という言葉と共に通話を切る。

 フォア賞は10月第4週目、フランスのロンシャンにあるレース場で開催される。元理事長が現役時代に唯一取ったGⅠであり、その思い入れもひとしおあるに違いない。日本は最後のクラシック3冠である菊花賞が迫り、秋シニア3冠の前哨戦が開催される真っ只中だ。ついでにいえば、仕上がったジュニアクラスのウマ娘が次々とメイクデビューを始める季節でもある。

 欧州競馬は締めに入る時期、日本は今から来年の夏に掛けて、芝ダート含めて激闘が待ち受けていた。

 

「さあ私も頑張らないといけませんね」

 

 来年、彼女がジャパンカップの招待ウマ娘に選ばれた時、私が出走できないでは格好が付かない。

 とりあえず先ずは次走の荻ステークス、奇しくも親愛する元理事長が出走予定のフォレ賞と同じ週に開催される。

 

 

 時折、何もかもが極端に面倒臭く思えてしまう事がある。

 夏場であれば丁度良い木陰に心地よい芝のある隠れスポットにねんごろりんとしてるとこだが、昨今は寒気も強くなり始めた10月半ば。流石の私も外で寝ては凍えてしまうので、こんな時は使っていないトレーナー室でも使うのが吉だ。緊急用と外で無限に増設され続けているプレハブ小屋とは違って、きちんとトレーナーが雑多な仕事をする為の部屋が並べられたトレーナー棟が建てられている。

 最近はプレハブ小屋の一角を潰して、新たにトレーナーが業務を行う為の建物を建造する計画があるとか、ないとか。まあセイちゃんには関係ない話があったり、なかったりするのです。

 

 老朽化した建物。何度か改修されている形跡はあるけども、古臭さは否めない。

 実際、トレーナーが部屋で長時間、業務を行うには少し不便な造りになっていたりする。例えば、部屋には水を引く場所がなかったりとか、同じ階に給仕室がなかったりとか。おかげで一階の入り口付近には、自動販売機が設置されている。また学園内の食堂は基本的にウマ娘が活用する場所である為、トレーナーが食事の為だけに脚を運ぶには少しばかり勇気が必要であり、かといって学園内に出前を頼む事もできないので、此処を使っているトレーナーは不摂生が祟る事が多いのだと云う。

 他にも階段の上り下りがある為、見た目ほどトレーニング施設との距離が近くなかったりする。

 

 そんな訳でプレハブ小屋よりも若干、人気の薄いトレーナー棟。プレハブ小屋よりも部屋が広いことだけが取り柄である。

 だからこそサボるにはうってつけの場所でもある。空き部屋の鍵を持ち前のピッキング道具でチャチャッと開けた。そのまま部屋の中に身体を滑り込ませて、内側から鍵を閉め直す。部屋には、前のトレーナーが使っていたのかソファーが用意されており、そこで身体を横にする。

 ぐーすかぴーのきゅるきゅるくう~。セイちゃんは怠けるのが大好きなのです。

 ……これでもトゥインクル・シリーズを見て育った身の上だ。ウマ娘として生まれたからにはレースに勝ちたいのはある。でも同時に悟ってもいるのです、世の中は才能が一番だ。努力が才能を凌駕する事はあるのだけど、才能ある者が努力をしてしまった時、凡庸の身に生まれた者は才能ある者に勝つ事はできなくなる。

 そんな世の中、くだらないって思っている。

 先日のメイクデビュー戦。トキノミノルというウマ娘が2着とは8バ身の差を付けて、ぶっちぎりで勝利をした。そのレース展開は本当にくだらないものだった。才能あるウマ娘が初手から逃げて、そのまま力押しでゴールするという才能の壁をまざまざと見せつけるものである。そんなものを見せつけられてしまったのであれば、なんだか努力するのもバカらしくなる。

 そんな感じで消沈中なのです。

 同期でも血統や才能に満ち満ちたウマ娘が多い事もあり、真っ向勝負でやり合っては勝てない事が分かってしまっている。

 ああ、どうしたものか。と、寝心地の良いソファーで目を伏せた。

 

 手持ちのスマートフォン、同期達から心配の声が幾つかあるけども既読無視。

 なんとなしに眠れなくて画面を操作していると、とあるウマッターのツイートが目に入った。

 

『未勝利戦、サニーブライアン勝利。3バ身差、逃げ切り!』

 

 それはなんてことのない呟きだった。

 少なくとも、この時の私にとってはあまり強い意味を持たない情報だ。2週間前にトキノミノルに競り潰されて惨敗したウマ娘、それが間を空けずに次のレースに出走して勝利した。

 それだけの話、それだけの事が頭の片隅に残された理由。特に注視する訳でもなく、タイムラインを下から上に流す。

 次に私が彼女の名前を思い出すのは、半年近くも過ぎた頃になる。

 

 

『トキノミノル、先頭に立ったところで大きな歓声と拍手が湧きました』

 

 10月第4週、京都レース場。荻ステークス、芝1800メートル。

 今日の課題はペース配分。先頭に立てた時は、レース展開を自分で操作する事を指示に出されている。なのでスタート直後に飛び出せば、悠々と先頭に立った後に自分の走りやすい速度を作る。それで後続との差は3バ身を超えて、第2コーナーと合流した頃にはもう誰も私に付いて来ようとするウマ娘は居なかった。

 こうなってはもうレースの展開なんて考えるだけ無駄だ。

 

『トキノミノル、ぐんぐん行きました。思い切って行きました。遠慮会釈なく行きましたが、果たしてゴール板まで脚が持ちますでしょうか?』

 

 後続との差は20メートル程度、もう目測で何バ身という形では表現できない。

 ……トレーナーサンニ、ナニカイワレテイタキガスル。流石に差を付けすぎてしまったかも知れない。このまま最後まで走り切れない事もないとは思うのだけど、レース前にトレーナーから飛ばすだけじゃなくて、レース展開を考えて動けとも言われていた。この時期から無理をしてると今は大丈夫でも、後になって脚を壊す可能性も出て来るかも知れないと。私は出来るウマ娘です。何処ぞの先頭民族とは違うので、ペースを抑える程度の事はお安い御用だ。

 さあて息を入れるつもりでペースを抑えてみましょうか。

 ひと息入れて、まだ来ない。ふた息入れても、気配すらない。影を踏ませるつもりで更に息を入れても来ないまま、第3コーナーに突入してしまった。あれ、もしかして、私ってペース配分ヘタクソ? やばい、もっとスピードを落とさなくてはいけない。

 脚をしっかりと止めた時、内側から並ぼうとするウマ娘の影があった。

 

『トキノミノルに1バ身半になりました。トキノミノルのスピードがなんか止まった! なんか止まった! トキノミノルがなんか止まりました! そしてジュエルトパーズがこれを躱しに行く────』

 

 不味い、ペースを落とし過ぎた!

 もう最終コーナーに入る時、そういえばスパートはどうでしたっけ?

 あ、やばい。完全にハナを取られた。スピードを上げなきゃ!

 

『──しかしトキノミノルがまた離す。また離す! これをグーンと離せば、大横綱相撲ですが、第4コーナーを回ってまた3バ身くらいまで!』

 

 最終コーナーを曲がり切ってから、ああもう勝てば良いんです!

 芝を思い切り蹴り上げての最後の直線。後続を振り切って、悠々と一人旅だ。

 ……あまり差を付けずに勝つようにとも言われていたっけ?

 

『もうトキノミノルの勝利は間違いないでしょう! 完全な横綱相撲ですッ!!』

 

 思い出した時にはもうゴール板を横切っていた。

 ま、まあ勝ったので結果オーライです。思いの外、疲れてしまった展開に「やりましたよ、トレーナーさん!」と観客席を見てみると、最前列で私のレースを観ていたトレーナーさんが笑顔を引き攣らせていた。私、なにかやっちゃいましたか? みたいな顔で惚けて、この場をやり過ごした。

 後日、その日のウイニングライブはちゃんと熟したにも関わらず、ネット上では良くも悪くも炎上してしまっていた。

 おかしい。ちゃんとレースをしようとしただけなのに。

 レース後の休息日、私は不貞寝した。

 

 更に翌日、無事にフォレ賞を勝った元理事長に大爆笑された。

*1
仏三冠レースのひとつ。別名、フランス2000ギニー。

*2
仏三冠レースのひとつ。別名、フランスダービー。

*3
新仏三冠レースのひとつ。本来の歴史では、当時の三冠はロワイヤルオーク賞。




※海外レースの日程は、割と雑です。齟齬があると思います。
※荻ステークスは96年に開催されていませんが、本作では日程や重賞などは当時と現在の良いとこ取りをさせて貰います。(具体例、ホープフルステークスがある。大阪杯がGⅠレース等)

■トキノミノル(クラシック)
年組:ジュニアB組 髪色:鹿毛
戦績:2戦2勝(2-0-0-0)
▽ジュニアB組(月/週)
10/1:東京:1着:メイクデビュー戦(T1800m)
10/4:京都:1着:荻ステークス(T1800m)

■サニーブライアン(クラシック)
年組:ジュニアB組 髪色:鹿毛
戦績:2戦1勝(1-0-0-1)
▽ジュニアB組(月/週)
10/1:東京:6着:メイクデビュー戦(T1800m)
10/3:東京:1着:未勝利戦(T1800m)

■ノーザンテースト(クラシック)
年組:ジュニアC組 髪色:栗毛
戦績:10戦2勝(2-2-6-0)
主な優勝歴:(GⅠ)フォレ賞
▽ジュニアB組
 8/4:ドーヴィル:1着:クレヴェクール賞
 9/4:ロンシャン:3着:ロリ賞
10/2:サンクルー:3着:(GⅢ)エクリプス賞
11/1:サンクルー:2着:(GⅢ)トマスブリオン賞
▽ジュニアC組
 4/3:ロンシャン:2着:(GⅢ)フォンテンブロー賞
 5/2:ロンシャン:3着:(GⅠ)プール・デッセ・デ・プーラン
 6/1:シャンティ:3着:(GⅠ)ジョッケクルブ賞
 6/4:ロンシャン:3着:(GⅠ)パリ大賞典
 9/3:ロンシャン:3着:(GⅡ)ニエル賞
10/4:ロンシャン:1着:(GⅠ)フォレ賞
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