幻のウマ娘Tさん 作:クソザコナメクジ
日間47位を確認しました。多謝。
11月にもなれば、ジュニアクラスの勢力図も大まかに固まってくる。
近頃、低調気味の名門メジロ家からは今年、メジロブライトとメジロドーベルの二名を輩出しており、メジロブライトはメイクデビュー戦を勝利した後、1勝クラスで2着を挟み、重賞のデイリー杯ジュニアSでシーキングザパールの2着と健闘をしている。メジロドーベルもオープン戦であるいちょうSを含めた4戦3勝であり、12月に開催されるティアラ限定GⅠレース。阪神JFへの出走を確定させていた。
シーキングザパールは先述の重賞、デイリー杯ジュニアSを含めた3戦2勝で阪神JFへの出走を決めている。
そして忘れてならないのがマイネルマックス。8月から始動した彼女は初戦で躓きはしたが次戦で無事に勝利を掴み取り、3戦目の阪神ジュニアS、4戦目の京成杯ジュニアSと重賞を2連勝している。今、ジュニアクラスで乗りに乗っているウマ娘であり、朝日杯FSへの参戦を表明している。他には札幌ジュニアSに勝利して3戦3勝のセイリューオーや2戦2勝で調子の良いクリスザブレイヴなどが期待されている。
しかし、今世代で最も高い期待を受けるウマ娘は、トキノミノルだ。
2戦2勝。主な優勝歴は荻S。
まだ重賞を勝利した事のない彼女ではあるが、荻Sの逃げて差す。彼のスーパーカーを彷彿とさせる勝利に、誰もが彼女が持つ能力を認めていた。2戦の走りっぷりから気性難の疑惑が掛けられている彼女ではあるが、それを考慮に入れてなおも彼女の実力は世代で抜きん出ていると話題になっている。
そんな彼女が次走に選んだのも、朝日杯FS。世代最強の称号欲しさに名乗りを上げる。
ジュニアクラス世代最強を決める役者が揃ってきた表舞台、裏では来年のクラシック3冠に向けて始動する者達も居た。
「ふんぎゃろ~!」
11月第5週、阪神レース場に奇声が上げられた。
本日はメイクデビュー戦で1200メートルのダートレースが開催されており、丁度、最後の直線に差し掛かった場面である。3番手を走るマチカネフクキタルは持ち前の末脚を活かして、勝利を狙っている。しかし先頭を走るウマ娘に追いつくどころか、差は広がるばかり、気付いた時にはもう手を伸ばしても届かぬ距離となっており、大差を付けられてしまった。
マチカネフクキタルは失速し、3番手に控えていたウマ娘にすら抜かれる3着となった。
「やりました! 私、やりました!!」
綺麗な体操服でピョンと跳ねるのはティアラ志望のキョウエイマーチ。余りに圧倒的な実力にマチカネフクキタルは頭を抱えて「だから今日の運勢は大凶だと言ったじゃないですか~」と誰かに対する恨み節を零していた。他のウマ娘もまた、相手が悪かった、と悔しがるよりも諦観してしまっている。
時期的には、もう阪神JFに間に合わないが次世代を引っ張るウマ娘の一人として強く印象付けられるレースであった。
◆
「……羨ましいです」
中央トレセン学園にある食堂にて。
設置された大型テレビの映像を見ていたウマ娘の一人がガタッと椅子を押し退けて立った。流れるように美しい栗毛色の長髪、彼女は画面内の賞を売民がましく睨み付けて、ポツリと呟いた。
とても気持ちよさそうでした、と。
「ステイ。スズカ、ステイ。待ちなさい」
そのまま何処かへ駆け出そうとする彼女の服の裾を両手で掴むのは、彼女の隣の席に座っていたトレーナーだ。
彼女はまだ若いながらも実績を持つトレーナーであり、何度か重賞にも勝利した経験を持っている。
そんな彼女が今、必死に止めようとしているのが担当ウマ娘のサイレンススズカであった。
「トレーナーさん。私、走ります」
「待って、本当に待って、今日のトレーニングは終わったんだけど?」
「ええ、なので、ちょっとその辺を走ってきます」
「なので、の意味が私わかんない。ねえ、スズカ。落ち着いて?」
「これくらいは朝飯前です」
「メインディッシュは終わった後なんだけどなあ」
「……明日に向けての準備運動です」
「準備運動はトレーニングの直前にするもんなんだけどなあ」
ヒトは、力でウマ娘に敵わない。
愛バの服を掴んだまま、ずるずると引き摺られるトレーナーの悲鳴は愛バの耳には届かなかった。
二人の出会いは、トキノミノルが走った選抜レースの少し前の話になる。
当時、サイレンススズカは悩んでいた。中央トレセン学園のウマ娘がレースでの勝利を目的にしていると知った時、彼女はレースで勝利する為に必要な知識を得る為に図書室に足繁く通っていた時期がある。しかし彼女には分からない、勝つ為に走る意味が理解できていなかった。幼い頃から走る事が大好きで、走るだけで満たされる毎日を送っていた。
走る事そのものを目的に生きていた彼女は、そこに競走の要素が加わると途端に自分の走りが分からなくなってしまうのだ。
そもそもだ、彼女は中央トレセン学園に夢や希望を抱いて入学した訳ではなかった。
走るのが好きだから、走ることを活かせる生き方を求めて、中央トレセン学園に入学を決めた。それだけである、それ以上は何も求めていなかった。そんな彼女も中央トレセン学園に入学したからにはトゥインクル・シリーズで出走する必要があり、そこで勝利する事を求められる。そうであるが為に彼女は走る事よりも、レースに勝つ事を目的に走るようになった。そこで彼女はレースに勝つ為に様々な事を考えているウマ娘を知った、レースに勝つ為に厳しい努力を積み重ねるウマ娘を知った。レースで勝つ為に自分を追い込んで、辛い思いをしながら走るウマ娘を知った。
だから彼女も、そうあるべきだと思うようになった。
サイレンススズカは、周りが思う以上に生真面目で素直な性格をしていた。
走るだけで楽しめて、走っているだけで満たされていた。
漠然と、それではいけない。という想いがあり、想いは焦燥となる。我慢してウマ混みにも慣れようとした。でも、上手くいかなかった。それが自分の求めていたものとは違う感覚はあった。だけど、みんな辛い思いをして頑張っているのに、楽しい想いをしながら走るのもいけない気がした。理想と現実。その齟齬に胸が苦しくなり、振り切るように毎日走り続ける。
辛い思いをした分だけ、前に進めると信じていた。
そんな時だ。河川敷を雑念を振り払うように我武者羅に走るサイレンススズカを見つけたトレーナーが居た。
一目惚れだった。トレーナーは直ぐに情報を集めて、彼女のスカウトに乗り出した。
そして見つける。トラックコースを走る彼女の姿は酷く窮屈そうで、痛ましく、見ていられなくて話を聞きに行った。
「スズカには、スズカの走り方がある! 他のウマ娘にとっての最善が、スズカにとっての最善であるとは限らない! 勝つ為に作戦を考えるのも一つの手段であるのだとすれば、勝ち方を極めるのもまた一つの在り方だ! それでしか走れないというのであれば、それで勝つ方法を模索するのが私達トレーナーの責務だ!! 難しい事を考える事が出来ないというのであれば、私が考える! それがトレーナーの仕事だ!!」
悩みを聞いた後、勢い任せに叫ばれた口説き文句。惚れた女の弱み、下心すら忘れた本音はサイレンススズカの心を貫いた。
サイレンススズカは、彼女の言葉の意味を半分も分かっていない。分かったのは「自由に走っても良い。走るのは私の仕事、考えるのはトレーナーの仕事」といった程度のものであり、それだけで彼女の頭の中を覆っていた暗雲が一気に晴れてしまったのだ。それは「面倒な事は全て、目の前にいるトレーナーに丸投げすれば良い」と都合よく解釈した瞬間でもある。
ぽけっとする頭、差し出される右手。トレーナーはサイレンススズカの目を見て、力強く告げる。
「私と共に頂点を取ろう」
「喜んで」
サイレンススズカは食い気味に彼女が差し出した手を受け取った。
彼女にはトレーナーのいう頂点が何なのか分かっていなかった。でも、それでも良かった。サイレンススズカの旅に目的はない、旅を続ける事に目的があった。その道中にある景色を駆け抜けて、まだ見ぬ景色を追い求めている。走る事そのものが彼女の喜びである。見たことある、これまでの景色よりも、より良い場所を目指して、サイレンススズカは駆け続けるだけである。
目的地を設定してくれることは、自分の走る手間を省いてくれる。
その程度の認識しかなかった。
こうして彼女は史実よりもバカになった。
悩めるウマ娘は、走るバカに。バカを極めたバカへと成り果てる。
そうしてトレーナーは愛バのバカ加減に今日も頭を悩ませるのであった。
◆
今の情勢に心を躍らせて奮起する者も居れば、非常な現実を前に心を折る者も居る。
◆
「私、来年から地方に転向しようと思います」
担当しているウマ娘から話がある、という事で人払いをしたプレハブ小屋で対面すると開口一番に告げられた。
僕は頭を抱えた後、手元のペットボトルの茶を呷って愛バを見つめ返す。彼女の顔色は青褪めていた。下唇を噛み締めている、陰り曇った瞳は地面に向けられている。冗談ではない事は見て取れた、彼女なりに真剣に悩んだ結果でもあるのだと思う。
しかしだからといって、簡単に受け入れてやる事はできない。
「早まるな。お前には重賞を狙えるだけの素質がある」
彼女は今、先日の敗戦のショックが抜け切れていないだけなのだ。
そう思っての言葉であったが「そうじゃないんです!」と彼女は頭を振った。
瞳孔の開き切った瞳、半笑いで水らかの震える手を見つめる。
「……もう駄目なんです」
「駄目じゃない。もう一度、積み重ねれば良い」
「積み重ねて、何になるというのですか?」
失礼、と彼女は罰の悪そうな仕草を見せた後、逡巡した後にポツポツと語り出す。
「あんな負け方をして……どうして、また同じ場所で走れるのでしょうか? 積み重ねても、上がれば上がるだけ、あの化け物とレースをする可能性が増えるだけ……私はもう、あの化け物と同じ場所では、走れません…………」
彼女の名前はジュエルトパーズ、荻Sでトキノミノルと戦ったウマ娘。この場では、年末まで考えてみて欲しい。と言って引き止めたけど、結局、彼女の意思は変わらず地方のトレセン学園に転校してしまった。僕は担当になった彼女の支えになれなかった事を不甲斐なく思うと同時にトキノミノルと云う化け物に対して畏怖を感じる。
彼女は一体、何者なんだ。今時、スーパーカーなんて時代錯誤も程々にしてくれ。
サイレンススズカ 賢さG