幻のウマ娘Tさん   作:クソザコナメクジ

14 / 18
14R:転換点

 

 寮にある担当トレーナーの私室。炬燵の上には蜜柑が置いてあり、それを黙々と剥いている。

 まだ少し酸っぱい果実を口に含みつつ、備え付けのテレビを見やった。映像にはウイニングサークルに立つ小柄で眼鏡のトレーナーとゆるっとふわりとした長髪のウマ娘がインタビューを受けている所だ。トレーナーは就任2年目で重賞勝利を果たした期待の新人トレーナーとして紹介されていたが、眼鏡の彼女は急に向けられたマイクと多数のカメラに向かって「シャーッ!」と両手を上げたレッサーパンダのように威嚇する様子が映されていた。

 私を担当するトレーナーだ、彼女の隣に立つのは先輩のサージュウェルズである。

 のんびりとした様子で観客のファンに緩く手を振る姿が映されており、そんな彼女にインタビュアーの女性が「今日の勝因は何だったのでしょうか!?」と威勢よく問い掛けるも「短いよりも~、長い方が走りやすかったですね~」と間延びした話し方で質問から少しずれた返答をしている辺り、本当にズブいウマ娘である。

 ちなみに当の本人は今、私の目の前に居たりする。

 

「レース前に闘魂? ……を注入されたのが良かったですね~。気合入りましたよ~」

 

 今、答えたのは一緒に炬燵に入っている方の先輩だ。

 その言葉はテレビの向こう側で言ってあげてください。それこそがスタッフが欲しがってたコメントです。しかし一日越しの言葉が昨日の彼女達に届くはずもなく、威嚇するトレーナーと掴みどころのないウマ娘のコンビにインタビュアーのお姉さんは困惑してしまっている。

 余談だが、ウイニングライブはちゃんと踊っていた。そこはしっかりとしているようだ。

 

 今、此処にトレーナーは居ない。

 まだトレーナー用の部屋を持たない担当を持つ私達が集まるのは、トレーナー寮にある担当の私室。合鍵はサージュウェルズが非合法に作られた鍵の他に、全てを諦めたような目で合法的なものを私に手渡されている。そして中央トレセン学園とトレーナー寮はウマ娘の脚で走れば数分の距離、ちょっとした休憩をしたり、トレーニングの準備を行う為の拠点としては使い勝手の良い位置関係になっていたりする。

 それでもまあ担当のウマ娘に合鍵を渡すトレーナーは稀だと思うけど……そう思いたい。

 

 部屋に備え付けられた時計の針を見て、トレーニングの時間が近付いて来た事を知る。

 のっそりと炬燵から這い出る。うんと身体を伸ばした後で準備運動を始めた。そんな私の姿を見て、先輩のサージュウェルズものそのそと身体を動かし始めるのだ

 

「先輩って今日、完全休養を言い付けられていませんでしたか?」

 

 問い掛けると「い~の、い~の」と緩く手を振ってみせる。

 

「可愛い後輩のGⅠ挑戦に手を貸さない先輩はいないでしょ~?」

「いや、でも、脚の負担が……」

「一、二回分の併走なら付き合ってあげれます~」

 

 にこにこと笑顔を浮かべる先輩に「知りませんよ」と私も強く口にはしなかった。

 

「私はもうやりたいことはやったから本当に気にしないで良いですよ~」

「やりたいこと?」

「トレーナーさんに初勝利と~、初重賞勝利でプレハブ小屋をプレゼント~」

 

 本当に嬉しそうに語る彼女に「はあ」と気のない返事を零す他になかった。

 ストレッチを終えた彼女は背中から私の両肩を掴むと、そのまま部屋の外へと押し出した。

 まあジャージ姿なので良いのだけど。

 

「私がトレーナーさんにしてあげられるのは此処までなので~、後は任せましたよ」

 

 耳元で囁かれた言葉。後ろを振り返れば、先輩が部屋の鍵を閉める所だった。

 

「きっと貴女は独りでも何処までも高く飛べます。だから、あの大空の遥か先までトレーナーさんを連れて行ってください」

 

 何時もよりもはっきりとした物言い。薄っすらと開かれた目は、私の事を見測ろうとしているようだった。

 

「……どうして、それを私に?」

「だって貴女、トレーナーさんの事を利用しているじゃないですか~」

 

 まあ、それは良いんですけども。と彼女は私から顔を背ける。

 

「どうせ利用するなら最後まで一緒に居てあげてください、絶対ですよ? 逃げることは許しません、それがけじめってもんですよ」

 

 そう言って、彼女は私よりも先にエレベーターがある方へと脚を運んだ。

 私の方から一方的に利用してきたつもりはない。私のトレーナーというだけで、これから先も彼女の株は上がり続ける事になる。それに彼女のウマ娘を管理する能力は、新人としては優秀。まだまだ未熟な面も多いが、それでも将来性込みで優良物件だと思っている。

 これから先、何が起きるか分からないけど、少なくとも現状では私が彼女の事を捨てる理由はない。

 ……彼女から逃げるなんて事態が、起こり得るのだろうか。

 今の私には、想像できない。

 

 

「大丈夫、ミノルなら絶対に勝てる。実力では飛び抜けている」

 

 控え室で、緊張した様子のトレーナーが両手をギュッと握り締めながら励ましの言葉を口にする。

 まるで自分に言い聞かせているようだ。と私は苦笑して「大丈夫ですよ」と少し小柄な彼女の頭を撫でた。

 う~、と恨みがましい視線を向ける彼女を見届けて、私は勝負服に袖を通す。

 

 用意されたのはフジキセキに似た真っ黒のスーツ姿。

 彼女のように大胆に胸元は開けている訳じゃないけども、ネクタイは緑を基調に三本の黒い横線を刻んである。腰には懐中時計を下げており、蓋には植物の果実が彫られている。スーツの上からでは見えないけども、中に着たワイシャツの片には黒で縁取ったオレンジのラインが刻まれていた。頭には黒色のハットを被っており、ウマ耳が隠れるようにしてある。

 トゥインクル・シリーズの興行的には耳を出した方が良いらしいのだけど、やっぱり出しっぱなしは落ち着かなかった。

 

 準備を終えて、控え室を出る時に後ろを振り返って私のトレーナーを笑顔で見返す。

 

「勝ちます。これは絶対です」

 

 その言葉は覚悟でもある。

 

 12月第2週、中山レース場。ジュニアクラスの皆にとって初のGⅠ大舞台、朝日杯FS。

 長い廊下を歩いて、太陽の光が差し込んだ逆光で真っ白な出口に身を投じる。

 コースに出た。瞬間、大地を揺るがす程の大歓声に思わず、身を竦ませる。

 

 私が、前にレースに出走していた時は、此処まで観客が集まったことはなかった。

 第一次ウマ娘ブームの立役者であるハイセイコー。第二次ウマ娘ブームの立役者であるオグリキャップの二人を経て、トゥインクル・シリーズの人気は今なおも上昇し続けている。

 良い世の中になったものだ。鮮明な映像で記録にも残る。

 私が走っていた時のテレビはモノクロで、私の十戦十勝の記録は紙に残るだけだ。

 あの時には、あの時の良さがあった。

 

 でも、今走るウマ娘は幸せ者だ。

 

「勝ちましょう」

 

 軽い足取りで準備運動、芝の具合を確かめてからゲートに戻る。

 中山の青空にファンファーレが鳴り響いた。姿勢を落とす、鉄扉が開くと同時にスタートを切る。

 結果は、言うまでもなく勝利した。

 レース後に開かれた会見で、記者の質問に痺れを切らした私は全国に向けて発信する。

 

「途中でポカをしたのは認めます……でも、仮に私が手を抜いたとして何か問題がありますか? 手抜きで負ければ問題ですが、手抜きで勝てるなら、本気でやっても勝てるという事です」

 

 ウマ娘界隈は大炎上した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。