幻のウマ娘Tさん   作:クソザコナメクジ

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誤字報告、高評価。ありがとうございます。
お気に入り200ありがとうございます。

最近知ったこと
netkeiba.comはカレンダーから当時開催されてたレースを調べると条件戦とか滅茶苦茶検索しやすい。
できれば数年前に気付きたかった。


15R:レース鑑賞会。

 コツッ、コツッ、コツッ。

 可愛らしい柄の封筒を片手に歩きたるは中央トレセン学園の校舎内、その廊下。封筒の中に入っていた紙の指示に従って歩けば、学園内に数多ある空き部屋のひとつに辿り着いた。ノックを数度、扉の先から聞き慣れた声。シンと問われればロマンと返し、ヤエと問われればドラゴンと答える。最後にワカと問われた後にトウショウと返せば、扉の鍵が開けられた。

「スズカさん、ようこそ来てくれましたー!」と出迎えてくれたのはマチカネフクキタル。中を覗き見れば、もう結構な人数が揃っている。ひー、ふー、みー……マチカネフクキタルを除いた5名のウマ娘が一台のノートパソコンを前に所狭しと詰め寄っていた。

 

「それで、これは何の集まりですか?」

 

 そのように私が問えば、先に集まっていた六名が互いを見つめ合った。

 

「最初はタイキシャトルさんから朝日杯の動画を譲って欲しいという話だったんです」

 

 そう言ったのはマチカネフクキタルだ。タイキシャトルは、二人で動画を見ようとした時にシーキングザパールに絡まれたと言って、シーキングザパールはシルクライトニングが後からやって来た事を告げる。3人が観ようとする動画を知ったシルクライトニングは新馬戦と条件戦の動画を持っている事を告げて、後で集まる事になる。どうせ大勢で集まる事になるのなら、とマチカネフクキタルは私を呼び出し、シーキングザパールはメジロ家の二人に声を掛けた。そして、裏でコソコソやってやがるとキンイロリョテイに後を付けられたのがタイキシャトルのようだ。

 

「それでこの大所帯……」

「ドーベルは来てくれなかったわ」

 

 オウ、とシーキングザパールは残念そうに呟いた。

 

「役者が揃ったのなら、さっさと観せろよな」

 

 横柄な態度を取るのはキンイロリョテイ、彼女はノートパソコンの真正面という一番良い位置を陣取っている。その左隣に座るのは、タイキシャトル。右隣にはシーキングザパール。三人の後ろに立つのはシルクライトニングとメジロブライトの二人であり、そこに私とマチカネフクキタルが両側から挟み込むように詰め込んだ。

 

「それでフクキタル、どうして朝日杯なの?」

「見ればわかりマス」

 

 答えたのはタイキシャトルだ、渋々とノートパソコンの液晶画面に目を向ける。

 丁度、ファンファーレが鳴り響いた所だった。ゲートインからの発走、ハナを切って飛び出したのはタキシードスーツを着たウマ娘。まるで映画俳優のような格好をした彼女を相手に、先頭を取らせまいと内から切り込んできたウマ娘が居た。実況の声を聞くにタキシードウマ娘の名前はトキノミノルと言うようだ。トキノミノルは先頭争いを避けて、速度を落としたが、先頭を譲った相手の直ぐ後ろをビタッと付けるウマ娘が居たせいで速度を落とすに落とし切れなくなった。

 2名のウマ娘の外に付ける形となり、中途半端な位置を走り続ける事になってしまった。

 

「……なんで、このトキノミノル……ってウマ娘は、ブレーキを掛けながら走っているのかしら?」

 

 そんな私の呟きに反応したのはマチカネフクキタル、シーキングザパール、シルクライトニングの3名。タイキシャトルは微動だにせず、「そうだな」とキンイロリョテイは小さく頷いてみせた。

 

「コイツ、踵で地面を掘りながら走ってやがる。ウマ娘の靴は前に走る事だけに特化してるから爪先にしか蹄鉄はないんだ。まあ靴の保護って意味合いもあるけども、あんな走り方をしてたら一発で靴がお釈迦になっちまうな」

 

 ウマ娘の速度だと踵に蹄鉄を付けると逆に危険だ。

 時速60キロメートルを超える速度、その衝撃を受け止めるにはウマ娘の細い脚は余りにも脆過ぎる。踵でブレーキを掛けると膝を痛める可能性がある為、脚を止める時は原則、緩やかに速度を落としていくようにジュニア1年目に指導される。ウマ娘は急に止まれない、それが公道でウマ娘の全力疾走が禁止されている理由でもあった。

 他にもウマ娘とヒトで走り方が異なる点は多い。例えば姿勢を低くして走るのは空気抵抗を減らす意味合いがあり、極端な前傾姿勢は倒れるよりも速く走れば問題ない。というウマ娘の速度で走るからこその理屈がある。

 さておき、これがウマ娘の踵に蹄鉄を付けない理由であり、それは即ち踵でブレーキを掛けることを想定していないという事だ。

 

『トキノミノルが先頭に立って行きました。3コーナーをカーブしていきます』

 

 レースは序盤から中盤を終えて、第3コーナーに入る。

 トキノミノルは先頭に立つ為に速度を上げる。悠々と先頭に躍り出たが、そこで差を付けるのではなくて内側に身を寄せる。速度が上がった状態で、内埒へと切り込む為に踵でブレーキを掛けた。

 瞬間、トキノミノルが僅かに体勢を崩す。

 

『おっとトキノミノル失速! トキノミノル失速!』

 

 そのままバ群の最後方まで後退し、最終コーナー手前で漸く滑った芝を踏み締める。

 

『トキノミノル失速して……しかし盛り返そうとして今後方から2番目の位置になりました!』

 

 彼女の表情に余裕はなかった、真剣な顔付き。再び先頭を目指して突っ走る。

 加速した。というよりもグンとギアが一段階上がった感覚、他ウマ娘とは圧倒的な力の差を見せつける大外一気。直線に入った時には、もう前から3番手の位置に付けている。この加速力は尋常じゃない、最終コーナー手前から全力に近い速度を出しておきながらゴール手前の急坂をほぼ減速なしで駆け上がった。

 

『トキノミノルが先頭! なんとあのロスがありながらトキノミノルが先頭に立とうとしています!』

 

 急坂を登り切った時には先頭と並び立っており、そこから更にもう一伸びを見せつけた。

 結果はレースを観る前から知っている。アタマ差の勝利、ゴール板を横切った後のトキノミノルはもう立っているのも精々の状態だ。

 流石の彼女も、あんなレースをしては性根尽き果てるらしい。

 

「ありえない……」

 

 震える声で口にしたのはシルクライトニングだ。タイキシャトルは押し黙っており、シーキングザパールは唖然とした顔で口を開いている。

 

「ああ、ありえねえな」

 

 と呆れた様子で同意をするのはキンイロリョテイ。しかし彼女は続く言葉を口にする。

 

「だが、奴の底は見えた」

 

 キンイロリョテイは挑戦的な笑みを深めており「これ、貰うぞ」と許可も取らず、ノートパソコンにUSB端末を差し込んだ。

 

「スズカは何かないのですか?」

 

 マチカネフクキタルに問われて、私はレースを観て率直に思った事を口にする。

 

「無理に速度を抑えても意味なんてないって事が分かりました」

 

 呆気に取られた様子を見せたのはシルクライトニング。呆れた様子を見せるのはタイキシャトルとマチカネフクキタル。シーキングザパールは笑いを堪えるように肩を揺らした。何かおかしなことを言ったのだろうか?

 

「お前、アレとハナを張り合うつもりかよ!」

 

 キンイロリョテイが腹を抱えて笑い出した。

 

 

「朝日杯は、観た?」

 

 トレーナーの短い問いかけに「はい」と私は頷き返す。

 

「どう思った」

「底が見えました」

 

 入念な準備運動、目の前には山の上まで続く神社の石段。脚には重り付きの運動靴。踏み出せば、ガシャンと音が鳴る。

 トキノミノルに勝つ為には、スピードが足りない。スタミナが足りない。パワーが足りない。根性が足りない。賢さも足りない。でも朝日杯のレースで初めて、指標となるものが見えた気がする。それは数ヶ月前に切り替えたハードスケジュールでも足りず、まだ更に上を目指す為に危険を承知の超ハードスケジュールへと切り替えた。

 最早、中央トレセン学園にある施設では物足りない。重り付きのシューズで山を登り、脚を休める時は急流の川に逆らって泳いだ。

 

「勝てると思う?」

 

 珍しくもトレーナーの弱気な言葉に、私は笑顔で答える。

 

「今のままでは難しいかと」

「……そうね」

「だから勝てるように肉体を作り替えないといけません」

 

 私には恵まれた才能はない、凡庸のウマ娘の域を超えない。

 故に必要なのは走る為の肉体に特化させる為の肉体改造。走る才能がないのであれば、走る才能がある肉体にしてしまえば良い。

 骨格を変えることは難しいが、それでも関節の可動域や筋肉を作り替えることはできる。

 

「……正直、怪我をする可能性の方が高いと思っている」

 

 でも、と彼女は顔を上げる。

 

「これを乗り越える事が出来たならば、勝負にはなる」

 

 朝日杯以後、私のトレーナーは安易に勝つという言葉を使うことはなくなった。

 ボロボロになった体操着、ボサボサになった髪。何時も以上の食事を詰め込んでも落ちる体重。靴はもう何足目か分からない。

 レースは今年だけでもう5戦もしている。正直、あまり戦績は良くない。

 それでも勝利する為の執念を燃やし続ける。

 

「勝ちます」

 

 そして今日も己の肉体を虐め抜く為に石段を駆け上がる。

 破壊と再生。そして適応。破壊した分だけ再生するというのであれば、肉体を全て破壊して作り替えた方が良い。そして過酷なトレーニングを積み続けていれば、肉体は過酷なトレーニングに適応し始める。肉体が適応したのであれば、より過酷なトレーニングに身を投じる事ができるようになり、更に肉体を虐め抜くことができた。

 それを延々と繰り返す、トキノミノルが成長するよりも早く肉体を適応させる必要があった。

 

 サニーブライアン。5戦1勝、重賞勝利は、まだない。




■トキノミノル(クラシック)
年組:ジュニアB組 髪色:鹿毛
戦績:3戦3勝(3-0-0-0)
▽ジュニアB組(月/週)
10/1:東京:1着:メイクデビュー戦(T1800m)
10/4:京都:1着:荻ステークス(T1800m)
12/2:中山:1着:朝日杯FS(T1600m)

■サニーブライアン(クラシック)
年組:ジュニアB組 髪色:鹿毛
戦績:5戦1勝(1-0-0-4)
▽ジュニアB組(月/週)
10/1:東京: 6着:メイクデビュー戦(T1800m)
10/3:東京: 1着:未勝利戦(T1800m)
11/1:東京: 5着:百日草特別(T1800m)
11/3:東京:10着:府中ジュニアS(T1800m)
12/3:中山: 8着:ひいらぎ賞(T1800m)
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