幻のウマ娘Tさん   作:クソザコナメクジ

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16R:年末年始

 年末、東京都のとある会場を貸し切ったURA賞表彰式。

 出席が許されるのは中央トレセン学園のトレーナーに加えてトゥインクル・シリーズに登録されるウマ娘。URA関係者、学園関係者、マスコミ等。ウマ娘は制服の着用が義務付けられており、他はスーツを身に纏っている。

 壇上では今、URA会長が堅苦しい挨拶をしている所だ。

 

 私が現役の時は、こんな賞はなかった。

 隣に立つ眼鏡の彼女は、人混みの中でキョドッている。あんまりにも頼りがいのない姿を晒しているが、こんな彼女もトレーナー歴2年目という僅かな期間でGⅠ勝利を果たした新進気鋭の一人だ。……まあGⅠ勝利は私の存在があればこそではあるけども、サージュウェルズと共に取ったステイヤーズSは彼女自身の力と言っても良いはずだ。

 表彰式は進行する。表彰されるのはチームとトレーナー、ウマ娘の2つに分けられる。

 先ずは最多勝利チーム賞と最多賞金獲得チーム賞。そして最優秀チーム賞が授与される。そこから更に最優秀新人トレーナー賞、最優秀トレーナー賞と続けられる事になる。新人賞はトレーナー歴5年以下、もしくは本年度の初めで31勝未満のトレーナーを対象にした賞であり、一度、受賞すると受賞資格を失うことになる。

 その後でウマ娘の受賞が始まるのであるが────

 

「────子!」

 

 おっと今、私のトレーナーの名前が呼ばれた気がする。横を見れば「はひっ!?」と剥き出しにした目で身体を強張らせる我がトレーナーの姿があった。周りの様子を窺っていると、どうやら彼女が受賞したのは新人賞のようだ。まあ2年目の新人が重賞ウマ娘を2名も輩出し、内1名はGⅠにも勝利しているとなれば当然も当然。サージュウェルズに背中を押されて、ギクシャクと壇上に向かって行った。

 相変わらずの記者泣かせなインタビューを終えた後、集合写真を撮った後にウマ娘の表彰が始まる。

 ウマ娘はジュニアクラス、クラシッククラス、シニアクラスの3つに分けられており、その中でもクラシック部門とティアラ部門の2つに分類される。そこに短距離ウマ娘と最優秀ダートウマ娘が別にあり、最後に本年度のトゥインクル・シリーズで最も輝かしい成績を残したウマ娘に年度代表ウマ娘の称号が与えられる。

 ジュニアクラス、ティアラ部門はメジロドーベル。そしてクラシック部門は私────

 

「最優秀ジュニアウマ娘、クラシック部門! トキノミノル!」

 

 得票数は300票中の182票。思ったよりも得票率が低いのは私のレースでの心評が悪いせいもあるのだと思う。ちなみに2位は118票でメジロブライト。デイリー杯ジュニアSで2着、ホープフルSで1着の実績があっての事だ。

 周囲からの拍手を受けての壇上。さも当然といった感じでURA会長から賞状を受け取って、そのままマイクが向けられる。

 

「表彰された感想を一言」

「ええ、そうですね。心評や印象ではなく、ちゃんと私の走りを見てくれた事を嬉しく思っています」

 

 瞬間、会場がピリついた。主に記者陣……何故?

 

「……ええっと、来年の目標などがあれば、教えてください」

「とりあえずクラシック3冠を出走する事は既定路線です。夏と秋の動きに関しては、その時になってみないと分かりませんが、ジャパンカップ。有マ記念には出走するかと思います」

 

 次の瞬間、ウマ娘の気配がヒリ付いた。中でも最優秀シニアウマ娘クラシック部門に選出されたサクラローレルの敵意は凄まじいものがあり、会場で前列付近に居たマヤノトップガンは、まるで新しい玩具を見つけたかのように目を輝かせた。また、マヤノトップガンと同じく前列付近に居たマーベラスサンデーが黙り込んで、宇宙の真理を覗いてるような瞳で見つめてくるのはちょっと怖い。

 

「あー、あー、少し失礼する」

 

 今年の年度代表ウマ娘に選出されたエアグルーヴが、近場のマイクを借りて口を開いた。

 

「こうやって私達よりも若い者が意気を口にし、世代を超えて切磋琢磨するのはトゥインクル・シリーズの発展において良い影響を与えるに違いない」

 

 ここで一度、彼女は大きく息を吸って間を取ってから告げる。

 

「先ずはクラシッククラスを勝ち抜いて来い。その時は、私達が胸を貸してやる」

 

 あからさまな挑発。私は今、なんで喧嘩を売られているのか理解できなかった。ただ彼女の上から目線がカチンと来てしまったので売り文句に買い言葉とインタビュアーのマイクを奪い取り、彼女だけではなく会場全体に向けて晴れやかな笑顔を浮かべて見せる。

 

「私の脚質は逃げではありません」

 

 その言葉に首を傾げる者が7割以上。残りの2割程度は動揺し、1割未満が好戦的な目で私を睨みつけた。

 

「逃げるのは性に合いませんし、レースを逃げるつもりで走った事は一度もありません」

 

 偉大なる先輩様、と此処でエアグルーヴと視線を合わせる。

 

「来年度の秋頃、簡単には差し切られないでくださいね」

 

 言いたい事を言ってスッキリした私はマイクをインタビュアーに返す。

 数秒の沈黙、会場は記者陣を中心に大いに盛り上がった。私は今日、初めて会見で場を盛り上げることができて満足です。

 翌日、ウマ娘界隈は三度炎上する。なんでぇ?

 

 雪の降り積もる日が増えた年末年始、その忙しい時期を超えた頃になる。トレーニング用のコースで並走に付き合ってくれたサージュウェルズ先輩が息を切らす、私を見下ろしながら困ったように口を開いた。

 

「私、引退できなくなっちゃったね〜」

 

 先輩は去年いっぱいでトゥインクル・シリーズを引退するのかどうかを悩んでいた。

 しかし私の度重なる炎上発言により、トレーニング相手を探すのが難しくなっている。そのせいもあって先輩は私のトレーニング相手を務める為にトレーナーから拝み倒されて現役続行を余儀なくされた。まあ尤も彼女の場合は、トレーナーと一緒に居る為だけに現役を続けたいというやましい想いであったが為の悩みであり、トレーナーの方から慰留を申し込まれたとあっては、それは彼女にとっては現役続行を続ける大義名分が転がり込んできたも同然だった。

 最近は、自分の存在をトレーナーに望まれた一因にもなった私への当たりも柔らかい。

 

「くふっ、くふふっ。今度、温泉旅行にも連れて行ってくれる約束をしてくれました〜。これも可愛い後輩のおかげ、今から楽しみです〜」

 

 ただちょっと薄気味悪くもなった。

 あとそれ私の休養も兼ねているんですよね。どっちかというと私がメインなんですよね。

 ……当日、私は押入れで寝た方が良いでしょうか?

 

 

 1月2週目、羽田空港。国際便。旅客機の客に紛れて降りる小柄な栗毛のウマ娘、頭に猫。扇子を片手にパタパタと仰ぐ御嬢様は日本の大地を踏み締めて大きな声を上げる。

 

「帰郷ッ! 私は帰って来たッ!!」

 

 仏国のウマ娘界隈では、その名を知られたウマ娘。

 戦績は歴代の名ウマ娘と比べるまでもない。しかし小柄で可愛らしい見た目をしている割には仏クラシック3冠を3連続で3着と実力を証明しており、ハッキリとした物言いにドジっ子成分を含んだ愛嬌が仏国のウマ娘ファンの心をわし掴みにする。なにより彼女は負けても後腐れがない。負けた時は目一杯に悔しがっても、その想いを周りに向ける事はしない。自分に勝った相手を称賛し「次は負けぬ!」と握手を交わす。そうして着実にファンを積み上げていった10月4週のフォレ賞。彼女が見事に勝利した時は、当人よりも彼女のファンの方が歓喜した。

 そんな彼女がどうして日本の地に脚を踏み入れるのか。彼女のファンであれば、誰もが知っている。

 

「先ずはラーメン! 次にカレーライス! 早く日本食を腹一杯に食べたいぞッ!」

「相棒、ラーメンは中華料理。カレーライスはインド料理では?」

「愚問ッ! 日本の中華料理と中国の料理は別物であるし、カレーライスはインド料理を参考にしただけの別物だッ!」

 

 彼女が生粋のジャパンフリークである為だ。彼女のトレーナーを務める黒スーツの強面の男性トレーナーは、中指でサングラスを直しながら用心深く周囲を見渡す。

 

「日本に着いてからずっとソワソワしてるが、どうしたのだ?」

「ジャパンにはニンジャがいると聞いている。しかし、何処にも見当たらないのでな」

「ああ、なるほどな」

 

 かつて日本の中央トレセン学園で理事長を務めたウマ娘は見た目相応に悪戯っぽく笑った後、得意顔で相棒の疑問に答える。

 

「ニンジャは見当たらなくて当然だな」

「そうか……やはりニンジャはもう潰えて……」

「ああ、表向きにはいないという事になっておるな」

「…………!!」

「昔に比べると確かに少なくなったがな。私が最後に見たのは……いや、いないと思っていた方が幸せだろうな……」

 

 しみじみと意味深に答える小柄なウマ娘。護衛も兼ねる相棒のトレーナーは警戒心を露わにして、ウッキウキで周囲の影を見渡し始めた。そんな彼を背に、彼女は悠々とタクシー乗り場へと脚を運んだ。

 

「たづなは元気にしておるか? まあニュースを見る限り、元気が有り余っているようだがな」

 

 この栗毛のウマ娘の名は、ノーザンテースト。

 前の世界では、秋川やよいという名で知られたウマ娘だ。




なおこの世界では初渡日。
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