幻のウマ娘Tさん   作:クソザコナメクジ

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17R:栗毛の帰国子女(自称)

 ウマ娘は基本的に見目が良い、その中でも美人と呼ばれるウマ娘は絶世の美女である。

 秋川やよいというウマ娘は、理事長をしていた時から既に合法ロリとして名を馳せていたが*1、中央トレセン学園の理事長を務めた時の彼女は優に三十路を超えている。ちょっとした手入れや化粧もしているが、それでもあの童顔なのだ。

 では、彼女がもし中等部まで若返ってしまえば、どうなるか? それはもう火を見るよりも明らかだ。

 

 秋川やよい。現ノーザンテーストは広場のベンチで一人、腰を下ろしている。

 合法ロリが見た目相応に若くなれば、それはもうただの美少女だ。ちょっとした手入れと化粧で合法ロリと呼ばれる美貌を持つ彼女が、その時の知識を持ったまま肌や髪の手入れを続けているのだから、彼女が実際に若かった時よりも更に若く艶やかな美貌を手に入れている。そんな彼女が広場のベンチで腰を下ろしていた。周囲に人だかりができてしまっている。しかし彼女にとっては見慣れた光景。老若男女、彼女の美貌に見惚れたヒトウマ問わずの人間が一目見て、思わず二度見する美少女である。それはもう思わず、歩く足も緩めてしまうというものだ。

 当の本人は程よく無防備であり、ベンチに座っている間に大きく欠伸をしてるのも愛嬌があって大変よろしかった。

 

「どんすとっぷ、のーどんとすっとぷふぃーりふぃにーっしゅ♪」 

 

 彼女は両脚を前後に振って、勝手気ままに鼻歌を口遊んでいる。

 ナンパなんて出来ようはずもなかった。彼女は都会の鍛え上げられたナンパ男が二の足を踏むレベルの美少女である。そもそもの話だ。彼女の見た目は明らかに中学生低学年である為、そんな彼女に声を掛けられるとすれば、それはもうただの変態ロリコン野郎であった。

 芸能関係者であっても、彼女の美貌に見惚れても声を掛ける者はいない。もし彼女に声を掛けたとすれば、それは二流だ。一流の芸能関係者は、ひと目見ただけで彼女の正体に気付いている。

 

 ノーザンテースト、それは仏国ウマ娘界隈における芸能関係の第一人者の名前である。

 中央トレセン学園の理事長として発揮し続けて来た企画力、運営力。そして行動力は海を越えた先でも変わらない。仏国のクラシック3冠で知り合った同期と連絡を取り合って、年末ライブへと乗り切ったのだ。今年のクラシック世代の足跡を辿るライブ構成、エリシオにスピニングワールド、アシュラカニといったウマ娘が全面的に協力した事により、そのライブは伝説級の代物となってしまったのだ。

 最早、仏国で企画者であるノーザンテーストの名を知らぬ者はいなかった。 

 

“待たせたな”*2

 

 そんな彼女に気負いなく話しかける黒スーツで強面の外国人男性、サングラスを掛けたスキンヘッドの彼が両手に持っているのはアイスクリームだ。ノーザンテーストは満面の笑顔で「パパ!」と声を上げると強面男はヒクリと頬を引き攣らせる。

 

“それは私のだろう? はよう渡せ!”

 

 片手を差し出してくる小柄な見た目のウマ娘に、男は大人しくアイスクリームを手渡すその手でノーザンテーストの頭をわし掴みにした。

 

“相棒、俺はまだ28だ。こんなでかい子を持った覚えはねえな?”

“ぎゃーっ! 日本じゃ老け面じゃ、老け面っ! 裏でモーフィアスって呼ばれとる癖に!”

“俺はエージェントじゃねえっての!”

“スミスではないわ! それならそれで前髪が後退しすぎて、ハゲ上がっとるではないかっ!!”

“ハゲてねえって! 相棒のパーティーが思った以上に多くて、セットが面倒だから剃ってるんだよ!”

 

 二人が何を言っているのか周りの人間には理解できない。

 しかしノーザンテーストの零したパパという言葉に二人は親子関係にあると理解する。親子団欒の微笑ましい一場面にほっこりとして、周りに集まっていた人達は自らの日常へと戻っていくのだ。

 それでも周りからの視線は浴び続けているが、この程度で二人が気にする事はない。

 

“道楽ッ! 相棒、知っておるか!? 寿司には二種類の食べ方があるッ!”

“相棒、寿司は寿司だろう? 食べ方で美味しさなんか変わるのか?”

“愚問ッ! 美味しさの質は明確に変わる! 寿司は回すか、回さないか、だッ!”

 

 広場を出て、商店街。ノーザンテーストはアイスクリームを片手に手首を回す仕草を見せる。

 相棒と呼ばれた男は「ほう?」と一度、首を傾げた後でにんまりと笑みを浮かべた。

 

“相棒、そいつはちょっと俺の事を舐め過ぎだぜ。そのくらいの事は知っている”

 

 それに間違っている。と男は肩を竦めてみせる。

 

“握るか、巻くか、だろう? 握るのは握り寿司、巻くのは軍艦巻きだ。回すんじゃない”

 

 得意顔で答える相棒に、ノーザンテーストはくつくつと肩を揺らしてみせる。

 

“否定ッ! 寿司は……回るのだ!”

 

 扇子を勢いよく開き、真剣な目を向ける相棒の姿に男もまた表情を変える。

 

“……どうやらジョークじゃないみたいだな。寿司は……回るんだな?”

“そうだ、回るのだ。回る寿司を、日本では回転寿司と呼ぶ”

“それは縦か? 横か?”

“こう回る”

 

 ノーザンテーストは右手に皿を持った仕草を見せて、身体全身でスススと空想の皿を横に滑らせる。

 それを見た黒服の男は「ジーザス」と片手で目を覆って天を仰いだ。

 

“相棒、降参だ。俺には相棒が何を言っているのか分からねえ”

“実際に行ってみた方が早いだろう。よし、今日の夕食は回転寿司に決めたぞ!”

“へいへい、男は何時だって女に振り回されるもんだ。御嬢様の気まぐれに付き合わせて貰いますぜ”

“別に相棒が私をエスコートしても構わぬのだぞ?”

“勘弁してくれ、相棒以上のジャパンフリークはフランスにゃいねぇよ。レディにエスコートさせるのは紳士としては赤点だがな”

“だが、トレーナーとしては満点ではないか”

“ほう? それはどういう意味だ?”

“一歩引いて、主役を立てておるだろう?”

 

 その言葉で二人はキョトンとした顔で互いを見合わせて「HAHAHA!」と二人同時に盛大な笑い声を上げる。

 美女と野獣。ならぬ美少女と野獣。そんな二人が仲良く会話をする姿は、何人であっても邪魔できるものではなく、遠巻きに温かい目を向けるに留めるのだ。またノーザンテーストが時折零す日本語の発音の良さに彼女を二度見する者は後を絶たない。

 さておき、二人がソフトクリームを舐めながら商店街を歩いていると、ゲームセンターの看板を見つける。

 

“あれは……”と入り口から中を覗き見た後で「トウカイテイオーではないか」と思わず日本語を口にした。

 

 UFOキャッチャーをしていたウマ娘の一人が「ん?」とノーザンテーストの方を見つめる。

 強面男には彼女が誰か分からない。しかし長年、中央トレセン学園でウマ娘の事を見て来たノーザンテースト、秋川やよいなら一目で分かる。彼女の隣に立っているのは葦毛のウマ娘、メジロマックイーン。彼女はトウカイテイオーがゲームをしてるのを眺めているだけだったようであり、手にはプラスチック容器に入ったカフェオレを持っている。

 トウカイテイオーは二人を見てもウマ娘とトレーナーのコンビという事までしか気付かない。

 

「……の、ノーザンテーストさん!? どうして、こんな所に!?」

 

 しかしメジロマックイーンの方は直ぐにノーザンテーストの正体を見破った。

 

「のーざん……え? あのノーザンダンサー!?」

「違います! 同じノーザンでもテーストの方です!!」

 

 二人が焦る様子を前に「肯定」と書かれた扇子を勢いよく開いてみせる。

 

「うむ! いかにも私がノーザンテーストだッ!」

 

 扇子で自らを仰ぎながら笑い声をあげるウマ娘の相棒に「オウ……」と強面男は片手で目元を覆い隠す。

 第1次、第2次とウマ娘ブームを経た日本におけるウマ娘界隈は今なお人気を右肩上がりにしている。その為、日本では野球ファンがメジャーリーグの有名な選手を知っているのと同じように海外の情報を仕入れていた。少なくとも直近3年で凱旋門賞を勝ったウマ娘の名を諳んじる事ができる程度には鍛え上げられている。

 だが日本における生粋のウマ娘ファンには、ノーザンテーストの名はあまり知られていない。

 

 しかしこれがメジロ家の御令嬢であれば、話は変わってくる。

 ノーザンテーストの本領はプロモーターにあり、その名は実業家にこそ知れ渡る。それがウマ娘界隈の重鎮とも呼べるメジロ家であれば尚更の話、中等部の身の上で仏国クラシック世代の年末ライブを大成功へと導いた彼女の手腕を知らぬはずがない。メジロマックイーンは彼女に畏敬の念を抱いている。メジロマックイーンはメジロ家の悲願を背負って、走り続けてきた経緯を持っている。それで春の天皇賞を2連覇してのけたのだから、彼女も偉業を成し遂げた側のウマ娘だ。しかしウマ娘としてレースで走るのは勿論、舞台では最高のパフォーマンスで歌って踊る。その上で年末ライブを企画するノーザンテーストが相手では、立っている舞台が違うのだ。

 これでまだ相手は中等部だというのだから、たまったものではない。

 世界は広い、天才は居るのだとメジロマックイーンが実感するには十分な実績であった。

 

“相棒、あの二人は誰なんだ? 説明してくれ”

 

 強面男がフランス語で相棒に問い掛ける。彼は日本語のリスニングも出来るが、この場ではフランス語で質問するのが適任だと判断した。ノーザンテーストは彼の意図を的確に読み取り、扇子を片手にドヤ顔で口を開いてみせる。

 

「二人は日本のレジェンドだ。日本のウマ娘ファンでトウカイテイオーとメジロマックイーンと云えば、知らぬ者はおらぬ」

 

 しかし彼女は、あえて日本語で紹介する。

 日本はまだウマ娘レースの分野においては後進国、日本がパートⅠに昇格するのは今より十年以上も先の話だ。東の辺境にある島国のウマ娘を競馬先進国の欧州を主戦場に置いた彼が知らないのは当然であるし、不親切にはならない。むしろ目の前でコソコソと話をしている方が不敬だ。

 対してメジロマックイーンは、相手が自分の名前を知っている事に驚愕した。

 トウカイテイオーはジャパンカップの覇者だ、名前を知られている可能性はある。しかしメジロマックイーンの名は国際的には無名も同然、海外の──それもまだ去年まで中等部の彼女に名が知られているとは思わなかった。

 丁度良い。とノーザンテーストは二人に問い掛ける。

 

「テイオーよ、ひとつ私とゲームで勝負しないか?」

「んー?」とメジロマックイーンがあたふたする姿を流し見た後で「良いけどなにで勝負するの?」と相手の提案に乗っかった。

 

 トウカイテイオーとしては海外の有名なウマ娘が自分の事を知っているのは悪い気がしなかったし、メジロマックイーンが臆する相手ってのにも純粋に興味があった。承諾を得たノーザンテーストは「トウカイテイオーと言えばアレしかなかろう」と手に持った扇子でダンスゲームを差し示す。

 

「テイオーステップ、見せてくれぬか?」

「……ふうん? ただ名前を知ってるだけじゃないみたいだね?」

 

 トウカイテイオーは唖然とした顔をする好敵手に視線を投げる。

 

「ほんと彼女って何者なの?」

「中学生プロモーターと評価するのが正しいのでしょうけど……テイオーには、フランスのGⅠウマ娘と言った方が伝わるでしょうね」

「へえ、興味あるね。今、現役なの?」

「肯定ッ! 現役だ。日本と違って欧州は今、オフシーズンで休暇中だけどな!」

 

 あっはっはっ! と扇子で自らを扇ぎながら高笑いをしてのける。

 

「提案ッ! 私が勝てば、この辺りで美味しいスイーツを教えて欲しい!」

「ボクが勝ったら?」

「その時は私が美味しいスイーツを二人に奢ってやるぞ!」

「え? それって……」

「うん、いいね。乗ったよ」

 

 メジロマックイーンの言葉を遮って、トウカイテイオーが承諾する。そのままトウカイテイオーとノーザンテーストはゲームセンターの中に入って行った。入り口付近に取り残されるのは一人の強面男と一人のウマ娘。メジロドーベルとメジロブライトのぬいぐるみを両手に抱えた芦毛のウマ娘は、隣の男に視線を向ける。

 

「……えっと、貴方が協力者Tでしょうか?」

 

 その唐突で不躾な質問に、強面男は溜息と共に首を横に振る。

 

「アレの正体は私も知らないよ」

「日本語を話せるのですね」

「ネイティブ程ではないがね」

 

 幾つか言葉を交わした後、二人はゲームセンターの奥の方へと足を踏み入れた。

 その頃にはもう二人がプレイする筐体の周りには人集りが出来ており、ちょっと難易度を落とした魅せプレイで観客を盛り上げている。トウカイテイオーがダンスゲームの動画を上げるのは珍しい事ではないし、ゲームセンターの空気として、人混みが出来た時なんかはスマホで動画撮影される事もある。トウカイテイオーもプライベートで一人で居る時は撮影を断っているが、こういったお祭り騒ぎの時はお堅い事を言わないようにしている。むしろ彼女は積極的にファンサービスをするウマ娘だ。

 そういった訳でネット上にはトウカイテイオーのダンスゲームのプレイ動画が結構な頻度で上げられている。

 

 だが今回は、トウカイテイオー自身よりも隣にいる美少女の方が注目を浴びる結果となっている。動画に書き込まれるコメントは栗毛のウマ娘に御執心だ。

 

「日本に来るのは来年になると言ってましたけど〜……」

 

 ネット上で知己がトウカイテイオーと仲良くしてる姿を見て、トキノミノルは頭を抱えるのだった。

*1
ネット上での評価に本人は笑い飛ばしていたが、ちょっと気にしてたりもする。

*2
フランス語


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