幻のウマ娘Tさん 作:クソザコナメクジ
ちょっと文字書きから離れていたので、投稿することでペースを取り戻す。
ふとSNSの投稿を眺めていると、見覚えのあるウマ娘が歴史的な名ウマ娘と一緒にいる写真に写っていた。
二人でダンスゲームを楽しんでいる所であり、その横ではメジロ家の最高傑作の名高い御嬢様が2体のメジロ人形を両腕に抱えている。どうしてこうなっているのか分からないし、なんで彼女が日本に居るのかも理解できない。写真の投稿主は三人とは関係ない日本人のアカウントのようだが、投稿への返信の半分以上がフランス語であり、その国際的なバズり方に投稿主も困惑を隠せないようだった。
とりあえず迎えに行かねばならない。と、私はトレーナーに事情を書き記したメールを送ってから商店街へと駆け出した。
「……それで、どうしてスイーツを堪能しているのです?」
秋川やよい。現ノーザンテーストのウマッターアカウントフォロワー数は十万の大台を超えている。仏国内における彼女の発信力は凄まじいものがあり、ちょっと映える写真を乗せるだけでイイネが万を超えてしまうし、年末のライブ衣装を公開した時なんかは数十万のイイネが付けられていた。そんな彼女のフォロー数は驚異の1である。唯一、彼女がフォローしたアカウント名はTの一文字だけが添えられている。呟きはひとつもないが、3桁近いフォローだけは送ってある。イイネだけは付ける典型的な観測用アカウント、まあ言わずもがな私のアカウントだ。そんな彼女のタイムラインには今日も映える写真が貼られており、日本のスイーツを歴史的な名ウマ娘と共に食べている所であった。場所の特定は容易いものだ。
「歓迎ッ! ちょっとしたサプライズだ。本当なら直接、会いに行くつもりであったが中央トレセン学園へ勝手に入る訳にも行かぬと途中で気付いてな。迎えに来てもらう事にした!」
元理事長は「メジロ饅頭」と焼印が押された饅頭を頬張っている。同じ席にはトウカイテイオーとメジロマックイーン、それから彼女のトレーナーであるグラサンを掛けた強面スキンヘッド男が三者三様の驚き方で私のことを見つめていた。
「お二人は知り合いなのですか?」
そう問い掛けたのはメジロマックイーンだ。まだ甘味を堪能する二人に対して、彼女の前にある皿は綺麗に平らげられている。
「うむッ! 旧来の友よ! な、たづな!」
「……公の場で、その名を呼ぶのはやめてください」
ウマ娘には名前を二つ持って産まれる。
ひとつは三女神から与えられる魂に刻まれた名前、ソウルネーム。もうひとつは親から与えられる人間としての名前だ。
基本的にウマ娘は、ウマ娘として走るのを辞めた時、親から名付けられた名前を名乗るようになる。
さておき、連絡ひとつも入れずに日本に来やがったクソバカ娘をどうしてくれようか。
私はスカートのポケットから手帳とペンを取り出して、尋問を開始する。
「それで滞在期間は?」
「流石、話が早い! とりあえず二月一杯まで滞在するつもりだ!」
「滞在中の宿泊場所やトレーニング施設は?」
「無策ッ! 何も考えておらん!」
「勢いだけですか、このクソボケバカロリ娘」
おっといけない、つい口が悪くなってしまった。
「はっはっはっ! 正真正銘のロリにロリと言っても効かん!」
高笑いを上げる可哀想なウマ娘を前に「こほん」と咳をして仕切り直す。
「とりあえず私のトレーナーさんに話を通した後で大国理事長にも報告。短期留学という形にすれば、トレーナーさんの権限でトレーニング設備も使わせて頂けるでしょうか?」
はあ、と大きく溜息を零す。
現理事長である大国さくらと言葉を交わした事は一度もない。彼女は秋川元理事長と同じように中央トレセン学園の理事長となる為に海外から日本にやってきたウマ娘であるし、悪い噂を聞いた事もない。だからといって目の前にいるクソバカ娘のように楽観的だとは思わない方が良いはずだ。彼女のトレーナーである強面男がフランス語で「まさか無計画で来たのか!?」と叫んでいる辺り、本当に何も考えずに来たようだ。
それにしても元理事長って、ここまで無鉄砲でしたっけ? 割と考えなしにポケットマネーを使い潰していました。
「たづ……いや、トキノミノルよ。何もないわけではないぞ」
そう言うと元理事長はトウカイテイオーとメジロマックイーンの二人に視線を向ける。
「此処には皇帝の愛弟子とメジロ家の御令嬢が揃っている。二人に話を通して貰えば良い」
「それは些か……図々しいのでは?」
「まあ会長に話を通すくらいならやってあげても良いけどね~」
トウカイテイオーは最後の饅頭を飲み込んで「それで見返りはある訳?」と舌なめずりをする。
「中央トレセン学園の設備を使わせてくれるのであれば、海外のGⅠウマ娘と併走する機会も作れるかも知れんな」
「併走じゃなくて模擬レースにしようよ。マックイーンも興味があるでしょ?」
「ええ、まあ……ありますが……お住まいに困られているのであれば、今から使用人に頼んで一室を用意させます」
うむ、うむ。と元理事長が満足げに頷いてみせる。
……これって結局、行き当たりばったりなのでは?
ジトッと睨んでやる。
するとクソバカ娘は開いた扇子で顔を自らの顔を覆い隠した。
「ところでトキノミノルさん」
メジロ家の御令嬢がおそるおそると問い掛ける。
「貴女が幻のウマ娘Tさんでしょうか?」
「……なんです、それ?」
「肯定ッ! 如何にも彼女こそが私の最も親愛するウマ娘である!」
扇子を広げて高笑いを上げる小癪なウマ娘の姿を見て、なんとなしに面倒事になっている気配を察した。
だから私は無言で彼女の両頬を摘まんで、強めに引っ張ってやるのだ。
「いひゃい! いひゃいぞ、たづなっ!」
くっそ、なんだこの肌。若返った私よりもモッチモチじゃないですか、私の方が1歳若いはずなのに!
「……随分と仲がよろしいのですね」
「相棒に助言者が居たのは知っていたが、まさか年下とはな」
「ねえ、もう一個。饅頭を頼んでも良いかな?」
兎にも角にも2月一杯まで元理事長は日本に滞在する事に相成った。