幻のウマ娘Tさん   作:クソザコナメクジ

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2R:選抜レース

 今は理事長ではない秋川やよいとの通話を切った後、先ず最初に私がした事は情報収集だった。

 ウマ娘に関する情報を調べれば、今の世代は分かる。今年はタヤスツヨシが東京優駿を優勝していた事を知り、マヤノトップガンを輩出した年だと知る事が出来た。中央トレセン学園の沿革などを大雑把に調べ上げた後、私は身の回りの事に手を付ける。部屋の間取りは学生寮と同一のものであり、私が現役だった時代の内装を雰囲気だけ模している感じがあった。

 壁には制服が掛けられており、ポケットの中を弄ると財布と学生証、それに通帳と銀行カードが入っている。

 

 通帳に記載された数字は20万円、それなりに貯金があったんですけどね。とホロリと涙が零れそうになる。

 学生証には撮った覚えのない証明写真。やっぱり若い。もっちりした頬に手を触れて、若返った事にムフフと笑みを浮かべる。この世界に来て、良かった事の一つには、間違いなく肌の艶が出た事だ。まだ肌のケアもしていないのに、この艶と張り。若さとは素晴らしいものです。前世ではマルゼンスキーと共に独女同盟を組んだ事もあったけど、なんだかんだでモテていたアイツは何時の間にか結婚して私の事を裏切った。ブーケトスで私の方に放り投げなかった事は今も鮮明に覚えている。

 さておき、学生証に記載されている私の学年は中等部の1年目。今は8月だ。トゥインクル・シリーズのメイクデビュー戦は中等部2年目の8月頃から始まる為、準備期間は丸一年となっている。

 

 座学は……赤点を取らない程度なら問題ない。

 トレセン学園での自分の立ち位置はいまいち分かっていないが、在学生であればトレーニングに不自由する事もないはずだ。私は東京優駿で脚をバキバキに砕いた事で競走能力を喪失した。ウマ娘の全速力は時速60キロメートルを上回る。その衝撃を受け止める二本の脚に掛かる負担は凄まじいものとなり、完治し切れない古傷持ちの脚で全力を出そうとすれば簡単に砕けてしまうのだ。

 故に競走能力喪失、日常生活に不自由する事はないので問題はないのですけど。

 ……私は、私の才能を知っている。私の脚に秘められた可能性を知っている。故に私は速くなる事よりも先に私自身の力に耐えられる丈夫な脚を作る事を目的にする必要がある。

 これを怠ってしまったから無敗三冠の栄光は、幻となって消えてしまった。

 

 だから、今回は徹底的に鍛え上げる。

 あの時よりも知識もあるし、精神的にも成熟している。ちょっと卑怯な気もするけども結局、最後にモノをいうのが己の脚だ。

 伊達に10戦10勝という記録を打ち立てちゃいない。

 他のウマ娘を叩き潰す事を遠慮する奴が勝負の舞台に立つべきではない。

 

 それはそれとして、私は転校生という扱いをうけていたようで、なんというかまあ随分と都合の良い立場となっていた。

 

 12月。

 久々のレース、トントンと脚の爪先で地面を叩いた。今日は晴天の良バ場で絶好のレース日和だ。

 肌にピリピリとした空気を感じ取る。それもそのはずで今日は年4度ある選抜レースの4度目だ。……トゥインクル・シリーズは中等部の2年目8月から開始する。今はまだ1年目の12月、トゥインクル・シリーズに参加するだけならば、来年の8月までに見つければ良い。しかしレースに勝とうとするならば、それでは遅いのだ。才能のあるウマ娘が3月に開催される1度目の選抜レースでスカウトされているのに、12月のこの時期になっても自分を担当するトレーナーを見つけられず、まだチームにも所属できていない切羽詰まったウマ娘が己の人生を賭けて本レースに挑んでいる。

 今年中にトレーナーを見つけられるかどうかが分岐点、選抜レースは回数を重ねるにつれて勝ち上がり率は極端に減少する。

 

 だから皆、必死なのだ。ある意味で普通のレースでは感じる事ができない緊張感があった。

 だが、この空気に飲まれることなかれ。トレセン学園に在籍する生徒の数は2000名程度、その全てを踏み台にして頂点に立とうとするウマ娘が、こんなところで躓いている訳にはいかない。係員の指示に従ってゲートに入る。大きく息を吐いた、全身の力が抜く為に軽く体を揺すってみせる。程よい緊張感は力になる。気負う必要はない、代わりに覚悟する。

 全員の心を折っても良いという覚悟、全員足蹴にしてでも勝ち上がるという決意。誰も彼もが本気で挑んで来てくれるから、それを返り討ちにするのが楽しいのだ。

 

 私がトゥインクル・シリーズを引退したのは、脚の怪我によるものだ。

 骨が折れても走り続けた結果、私は東京優駿をレコードタイムで走り抜けた。

 そして現役を続行することが出来なくなって引退した。

 

 だから入念に脚を解す必要がある訳で──ガシャコン、と音が鳴った。

 

「…………あら?」

 

 視界が開けた、周りのウマ娘が芝を駆け出した。

 ゲートに残されるのは私一人。数秒、茫然と眺めた後に慌ててゲートから飛び出す。

 走る前から5バ身以上の差、大丈夫。まだ大丈夫、まだ挽回できます!

 

 数十年ぶりに走ったレースの一歩目は、ほとんど記憶に残っていない。

 

 

 先頭の景色は、気持ち良いです。

 発走直後は先頭を取らせまいと競って来た子も居たけども、なんだか鬱陶しかったのでギアを上げて突き放した。煩わしいので視界に入って欲しくもないし、後ろに付かれるのも嫌だ。なんなら足音だって立てて欲しくない。

 私は走る事だけに集中したい、私だけの世界で何時までも走っていたいと思っている。

 

 余計なものが何もない景色を見つめながら、ただ走り続けるだけで私は幸せになれる。

 

 あまりレースは好きじゃない、煩わしいものばかりなので。

 走るのは好きだ、走ること以外はしたくない。だから走るだけで仕事になることをしようと思ったらレースだった。

 幸いにも私には走る才能があったようで、その道に進む事に弊害はなかった。

 

 レースは好きじゃなかったので、選抜レースは全てぶっちして走っていたらお叱りを受けたので仕方なしに今日はレースに出る。

 流石にトゥインクル・シリーズに出走できないのは本末転倒だったので、仕方なしに承諾した。

 そして今、先頭の景色は譲りません、とぶっちぎりで駆け抜けている。

 

 もう前だけを見つめていれば良い。

 このトラックコースは、誰も居なければ走るのに最高の環境だと私、サイレンススズカは思います。

 

 

 初っ端から全力に等しい速度でハナを取りに行った頭の可笑しいウマ娘が居た。

 楽に行かせるのも癪だったので少し競り掛けてみたけども、スパートを仕掛ける勢いで前に出たので、これはもう駄目だと思って大人しく先頭を譲る事にした。共に逃げを打って、共倒れしてもバカらしいデス。それでも悠々と一人旅をさせるつもりもなかったので、何時もよりもハイペースを維持したまま2番手に付けている。

 先頭のあの子はもう息を切らしていてもおかしくないのだけど、速度を緩める気配はない。尻尾を左右に振りながら上機嫌に走っている姿を見ていると少し不安になる。本当に落ちてくるのですか? 少なくとも、この選抜レースは1200メートルの短距離で。

 ちょっと距離を詰めていかないと不味い気がする。

 第3コーナーから第4コーナーへ、距離を詰めようと速度を上げたが先頭との距離は縮まらない。

 まさか、あんな逃げを打っておいてラストスパートの準備をしている?

 気付いた時にはもう遅い。逃げて差す、いつぞやのスーパーカーが見せた走りと同じことを彼女はした。

 それでも、ただで負けるやるつもりなんてない。

 ワタシはタイキシャトル。この東洋の島国へドリームを掴むのデス!

 最後の直線。全力で駆け抜ける為に芝を踏み締めた瞬間、背後から強烈な存在感を感じ取った。

 

 

 出遅れ直後。兎に角、前に追いつく事だけを考えていた。

 1200メートルという短距離戦だった事もあり、兎にも角にも全力で走り続けてなんとかコーナーに入る前に最後方まで追いつけた。そこから更にまだコーナリングの甘い他のウマ娘の内の内を駆け抜けて、最短距離で先頭との距離を詰める。先頭を見る、今日の面子は確認できてなかったけど、随分と軽快に飛ばしている。

 このままでは追いつけない。と、コーナー途中からのロングスパートに切り替えた。

 

 レースでは、勝利と呼べるのは1着だけです。

 惜敗も、惨敗も等しく敗北であり、だからこそ博打のような真似をしてでも勝利をもぎ取る必要があった。

 残り150メートルでバ群から抜け出した。

 

 しかし更に前を行く二人のウマ娘。しっかりとしたレース運びを見て、流石にあの出遅れからは勝てないのを察する。

 

 それでも、ただ負けてやるのは癪だったので2番手の子を背後から追い立てた。

 比喩表現として、ケツをしばいた2番手の子は煽られるように速度を上げたので、このままケツをしばき倒せば先頭にも届くかも知れないと思って全力で追い立ててやった。すると残り50メートルのところで影を捉えた。思っていたよりも届くのが早い、そこでふと1番手を走っていた子が勝利を確信したのか手を抜いている可能性に気付いた。

 気に食わなかった。だから2番手を走る子のケツを蹴り上げるつもりで気を放ってやる。

 

 ゴール板を駆け抜ける。最後は二人の横並び、私は1バ身差の3番手だ。

 スタートした時から全力に近い速度で走り続けて、コーナーで速度を上げた後にスパートまで仕掛けた。もう疲れ果ててしまって、トレーナーとかどうでもよくなった。幸いにもスカウトは前二人に集中している事もあり、そそくさとコースを退場する。

 負けてしまった。別に前も練習で負けた経験はある。その時は年上が相手だったけど。

 別に公式じゃないから良いのですが、なんというか……これは、

 

「……物凄く癪に触りますね」

 

 レースで誰よりも疲弊した私は、両手を膝に付けながら私から逃げ切った二人を睨み付けた。

 いや、まあ、私が全面的に悪いのですが。

 それでも、やっぱり、負けるというのは受け入れがたい。

 

 

 最後の直線、背後からヒヤリとしたものを感じ取った。

 その時にはもう前を走る栗毛のウマ娘の事は頭から抜け落ちて、とにかく背後から迫る何かに追い立てられるように全力で逃げ出した。そして今、全力以上を出した結果、芝の上に仰向けになって寝転がっている。

 アレは一体、誰だったのか。

 背後に詰め寄ってきたウマ娘は、声を掛ける間もなく、不機嫌オーラを身に纏ってコースから出て行ってしまった。

 彼女に興味を持つトレーナーも少なからずいたはずなのに、誰も声を掛けられずにいる。

 それほどまでに凶悪な威圧感を放っており、その殺意にも似た敵意は先着した私達二人に向けられている事を察した。

 

「………………」

 

 いや、此処にももう一人居た。

 同学年の間でも有名なサイレンススズカ。彼女は地面に仰向けになったワタシを据わった目で見下し、不愉快オーラを全身から放っている。そのまま彼女は私に背を向けると、先に出ていったウマ娘と同じように周囲のスカウトを取り合わず、無言の圧力で道を開いてコースから立ち去っていくのだ。

 残されたのはワタシ一人、オウ……。とネガティブな声が漏れるのも仕方ないというものデス。

 ちなみに順位はハナ差でワタシが負けている。ゴールした次の一歩でワタシが前に出たのは確かなんだけど……ちょっと理不尽過ぎる。むしろワタシの方が恨み言を吐くべき立場なのではないのか。

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