幻のウマ娘Tさん   作:クソザコナメクジ

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6R:話が違います。

 年末年始も終えた1月4日の朝、私は眼鏡の彼女と共にチームのプレハブ小屋までやって来た。

 チームに登録する為の署名書に名前も記入しており、後は提出するだけの段階。既にチームのトレーナーには話は通っており、彼女が撮影したビデオで確認も終えているとの事だ。

 プレハブ小屋の扉をノックする。扉を開けば、強面の中年男性トレーナーが椅子に腰掛けていた。

 

「私はトキノミノルです。今日は、チームに入らせて貰うつもりで足を運びました」

「ああ、話には聞いている。キミ程のウマ娘は引く手数多だったに違いない。いくつかの質問はさせて貰うけど、歓迎している」

 

 彼は、そう言うと私の隣に立つ眼鏡の彼女に視線を向ける。

 

「君には、兼ねてよりの希望だったウマ娘の担当に付いてもらう事にした」

「ふえっ?」

「サージュウェルズだ。彼女からの希望でね、正式の担当とする。まだ早いと思うが精一杯、頑張りなさい」

「えっ? えっ?」

 

 そう言って、彼は眼鏡の彼女をプレハブ小屋から追い出そうとする。

 その扱いに動揺する彼女を他所に、彼は真剣な顔付きで私の事を見据えた。

 ……ちょっと聞いていた話と違いますね?

 

「あっ、えっとその……担当のウマ娘を持ちたいって言ったのは、そうだけど……私は、そのですね……」

 

 隣で上司に当たる人物に退出を促されて、オドオドとし始めた暫定トレーナーの足を踏み締める。

 

「あいたぁっ!」

 

 悲鳴が上がるのを無視して、チームのトレーナーと向き直る。

 笑みを浮かべて、半ばまで出していた入部届をポケットに戻した。

 

 私がチームに所属したいと思ったのは、眼鏡の彼女が私の担当になる話だったからだ。

 レースで走るウマ娘としては、誰かの下に付くつもりはない。しかし今の自分が未成年である事も重々に承知している。トレーナーはウマ娘の保護者という側面も持っている為、感情的に納得できずとも被保護者の立場になってしまう事も理解はしている。だからといってトレーナーから頭ごなしに指示を出される事は受け入れがたいし、かといって特別扱いを受ける事でチームの秩序を乱すのは不本意でもある。

 それならば、最初から厄介事を避ける為にチームに所属したくはない。

 

 ウマ娘とトレーナーが対等な関係であることは最低条件、能力は二の次だ。

 理想を云えば、私だけの専属になって欲しい。

 

「……まだ早い」

 

 しかしチームトレーナーである彼は、眼鏡の彼女が私の担当になる事は反対のようだ。

 それだけで警戒心を高める。柔和な笑みを張り付かせて、彼が何を語るつもりなのか待った。

 

「そこの彼女、トキノミノルは誰が担当してもGⅠを取れるだけの能力を持っている」

 

 彼は重たい口を開いて、ゆっくりと言葉を選ぶように語り聞かせる。

 

「単なるGⅠの器ではない、GⅠを幾つ取れるかっていう程の逸材だ。有り余る才能にトレーナーから忌避されていた皇帝の事を思い出す」

 

 その事は分かっているのか、と彼は目で問い掛ける。

 唾を飲む音が聞こえた。眼鏡の彼女は男の気迫に気圧されており、声を発する気力すら失っている様子だ。

 私のトレーナーになりたいのであれば、もうちょっと根性を見せて欲しいところである。

 

「お前はまだ、ウマ娘一人の人生を背負う意味を知らない。トレーナーという職業は憧れだけでやって良いものでもない、自分のせいで勝利できるレースの数がひとつ減るかも知れない。その一勝で担当するウマ娘を一生を左右するかも知れない。いや、勝利に拘り過ぎた結果、二度と走れない身体にしてしまう可能性だってあるんだ」

 

 妙に真に迫る表情を見て、部屋の中を見渡した。

 賞状を見つける。最も目立つ位置にあるのは東京優駿、バンブーアトラスの名が刻まれている。

 なるほど、と彼が辛辣な言葉を投げかける意味を察する。

 

「……サージュウェルズは、重賞を取れるだけの素質を持っている」

 

 彼は、眼鏡の彼女から視線を逸らして苦々しく告げる。

 

「今はまだ結果を出せずにいるが、ちょっとしたきっかけひとつで飛躍する。お前とは気心の知れた仲でもあるし、お前がまだ未熟だということも理解している」

 

 それでも、と彼は告げる。

 

「お前と共に歩みたいと言ってくれているんだ」

 

 眼鏡の彼女が僅かに顔を上げた。

 

「だから……先ずは彼女と一緒に結果を出せ。それからでも遅くはないはずだ。他のウマ娘と同様に体調管理を任せても良い──だが、責任は俺が取る。自分で責任を取れるようになり、その時に彼女が良いと言えば担当に戻してやる」

「………………はい」

 

 委縮する彼女は、力なく答える。

 お前もそれでいいな、と彼から視線を送られる。

 いいえ、全然、良くありません。

 

「どうやら聞いていた話とは違うようですね」

 

 ポケットに入れていた入部届をこれ見よがしに取り出して、二人の目の前で破り捨てる。

 絶対条件は、トレーナーとウマ娘が対等な関係である事。能力は二の次。理想を云えば、私だけの専属になってくれる事だ。

 だから彼の提案は、私には飲めるものではない。

 もし仮に、これを強行するのであれば、私は次の選抜レースまでトレーナー不在でも構わないと思っている。

 

「チームに入るのを辞めさせて貰います」

 

 にっこりと微笑んで踵を返す。

 理事長秘書としては、彼の心構えは称賛に値する。まだ自分の人生に責任を持つ事ができない中等部のウマ娘が相手であれば、保護者の側面も持つトレーナーとしては正しい判断をしている事のも理解できた。しかし私は普通じゃないし、今はレースで走るウマ娘でもある。先導して欲しい訳じゃない。正直、鬱陶しいだけだ。私が求めるトレーナーというのは、肩を並べて共に歩いてくれる人物の事だ。

 灰色の雲に覆われた向こう側にある青空の光景を、共に見に行きたいと思える相手が良い。

 

 失礼します。と私が頭を下げて、彼に背を向ける。

 去り際、眼鏡の彼女を一瞥した。今の状況が掴めていないのか、ポカンと口を開けている。

 情けない顔だ、頼り甲斐がない。

 彼女を選んだ事に妥協がなかったとは言い切れない。

 

 だが、それは彼女だから妥協した。

 他の誰かであれば、妥協しようとも思わなかった。

 少なくとも、あの時の私はそうだった。

 

 私は彼女と共に歩きたいと思ったのは事実だ。

 まだ見ぬ未知への旅出の相方に彼女を選んだ事に、一切の嘘はない。

 だから、まだ私は彼女を完全に切り捨てる事ができない。

 

「……私は、私の事を一番に考えてくれる人じゃなければ相方として認められません」

 

 これは切り捨てる為の言葉でもあった。

 彼女を今、切り捨てる事ができなければ、今後ずっと彼女を見捨てる事ができない。

 これが最後のチャンスだと声色に重みを乗せる。

 

「私と共に歩みたければ、今の立場を捨てる覚悟を持ってください」

 

 今、直ぐに決めるのは酷だと思ったので猶予はあげるつもりではいる。

 ここで決断できないようであれば、もう私は彼女と共に歩む事はできないと判断する。

 私の事よりも他を優先するトレーナーを相手にに妥協するつもりはない。

 このプレハブ小屋から出る為に一歩、踏み出そうとする。

 しかし脚を動かすことができなかった。

 

「私は……私は貴方と共に歩むと決めたんでしゅ!」

 

 あ、また噛んだ。彼女は私の手を力強く握り締めながらチームのトレーナーに向き直った。

 

「ごめんなぢゃい! 今までありがとうごじゃいまひたッ!」

 

 そう言って、勢いよく頭を下げた。

 普段の態度とは裏腹に思い切りが良過ぎる。

 想定外に決断が早過ぎる。

 

「……お前では無理だ」

 

 しかしチームトレーナーである彼の言葉は辛辣だ。

 

「皐月賞は取れるかも知れない。だが、そこまでだ。お前では彼女の才能を使い潰す事に成り兼ねない」

 

「だから貴方の下に付けと?」と少し茶化してやれば「違う、俺でなくても良い」と彼は首を横に振る。

 

「それなり以上のトレーナーでも歴史的な記録を生み出せる。お前は、それだけのウマ娘だ。ちょっと良いトレーナーが担当に付けば、海外制覇だって夢ではない。良いか、お前の才能は最早、お前の心持ちだけでどうにかなる領域を超えている。お前を担当に持って、結果を出せなかった奴は二度とトレーナーとして活動する事ができなくなる程だ」

 

 今まで最も真剣な顔付きに理解する。

 彼が気遣っているのは、私ではない。自分の手柄の為でもない。

 この話が始まってから、ずっと彼が心配していたのは────

 

「出て行くなら勝手にしろ。だが、此奴を巻き込むんじゃない」

 

 ──愛弟子の方だった。

 

「私も行きますッ!!」

 

 親の心、子知らず。眼鏡の彼女は、私の腕をギュッと抱き締める。

 

「今後、トレーナーとして活動できなくなるかも知れないんだぞ?」

「良いんです!! それでも構わないんです! だってもう、もう……ッ!!」

 

 彼女は叫ぶように訴える。

 

「こんな出会い、これが最初で最後かも知れないんですよッ!? だったら、これで終わっても構わないッ!!」

 

 ……どうにも私は彼女の事をあまく見ていたようです。

 彼女が良い、彼女だから良い。と妥協なしに心の底から彼女の事を欲した。

 これから先、地獄の果てまで彼女と共に歩みたい。

 まだ見ぬ未知、あの雲の向こう側にある景色。貴女と一緒に見てみたい。

 

「……もう勝手にしろ」

 

 彼も存外に折れるのが早かった。

 

 

 電撃的にチームを辞めてしまった私は今、トレーナー寮の自室で炬燵に囚われている。

 炬燵の上に積み重なるは書類の山。これから先、一人のトレーナーとして独立するからには処理する必要のあるモノばかりだ。……私は現場でウマ娘の調子を見る仕事が多かった。朝一の体重測定から始まり、チームトレーナーから指示を受けたトレーニングを滞りなく進められるように皆を誘導する。事務仕事はチームトレーナーがしてくれる事が多く、日に一度、空いた時間にウマ娘の追い切りの様子を見に来ていた。特にウマ娘と話したりする事はなく、私に一言か二言を告げてからトラックコースを後にする。

 彼は彼で忙しい事が多く、特にレース前になると事前にレース場に赴いたり、同レースの出走ウマ娘の情報を集めていた。

 

 これから先は全て私一人でしなくてはならない。

 チームを持つトレーナーにもならず、最初からウマ娘を担当に持つ新人トレーナーは過半数を超えて存在している。彼らは手探りの状態でトレーナー業務を回しているのだから、チームトレーナーの助手として、一年間も学ばせて貰った私ができないと云えるはずがない。

 バリボリと頭を掻きながら、気になった事を大学ノートに書き留めていった。

 

「どうぞ~」

 

 そんな私に珈琲を淹れてくれるウマ娘が部屋に居る。

 鹿毛のウマ娘、サージュウェルズだ。彼女は部屋に備え付けのキッチンに赴き、おもむろに夕御飯の準備を始めている。

 ……いや、おかしくない? おかしいよね?

 私はチームを辞めた、なので彼女との関係も切れたはずだ。

 だが、彼女は何食わぬ顔で部屋に上がり込んでいる。

 何時もは部屋でのんびりする彼女は、何故か今日はエプロンを纏って具材を煮込んでいた。

 匂いからして、カレーのようだ。

 

「……ねえ? 私、チームを辞めたんです、けど……?」

「はい、知っていますよー」

「此処に来るのは、もうよした方が良くないです、か……?」

「大丈夫ですよー」

 

 そう言うと彼女は、やんわりと微笑みかけてくる。

 

「私もチームを辞めて来ましたのでー」

「ふえっ?」

「もう酷いじゃないですかー。私に相談もなしに決めるなんて────」

 

 ──ニガシマセンヨ?

 

 口角を上げて、細める目は欠片も笑っちゃいなかった。

 ふるふる、私は悪いトレーナーじゃないよ。

 涙目になりりつも同席しているトキノミノルに視線だけで助けを求める。

 

「……私は何を見せられているのでしょうか?」

「可愛がっているだけですよー?」

「カワイガリとか、そんな感じのニュアンスじゃないですかー!」

「ふふ、年下に可愛がられるトレーナーさん、可愛いですねぇ」

「これがトレセン学園の闇……噂には聞いていましたが……」

 

 トキノミノルは大きく溜息を零す。

 

「とりあえず、不祥事だけは起こさないでくださいね?」

「不祥事って何!?」

「可愛い後輩が黙ってさえくれれば不祥事にはなりませんよー?」

「せめて私の居ないところでしてくれませんでしょうか」

 

 こんなこと知りたくなかった、とトキノミノルが遠い目をする。

 ちなみにサージュウェルズは、日本での知名度は低いがアイルランドでは有名なウマ娘一族を実家に持っている。日本よりも欧州の競馬の方が歴史が深い。その分だけ名誉と伝統を大事にしている事もあり、ウマ娘で大成した御家は爵位を受ける事もあった。

 つまりはまあ、サージュウェルズの実家は、それだけ太いという事だ。

 そんな彼女が日本に来た理由の一つは、昨今、日本のウマ娘の競技レベルが急激に上がっている事にある。今後、パートⅠと呼ばれるウマ娘競技強豪国に加入される可能性を見込んで、サージュウェルズが留学という形で送り込まれている。

 

「あれ、もしかして私に厄介払いされてない!?」

「……厄介払いとは酷いですねー?」

「なんで後ろから抱き寄せられているの~? 私、まだ仕事中なのに!」

 

 ぎゅうっと抱き締められる。クソッ、ヒトではウマ娘に勝てない!

 ファインモーションよりはましですよ。とトキノミノルは相変わらず、何処か遠くを眺めている。

 実家さん、もっと教育をしっかりして!

 

「ああいう家って公の場ではしっかりしてますけど、プライベートの場だったりすると意外と緩いんですよね。メジロ家とか、サクラ一門とか……」

 

 未来に覇を唱えんとするウマ娘の瞳が暗く淀んでいる。

 タスケテ! トキノミノルは黙って首を横に振った。

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