幻のウマ娘Tさん 作:クソザコナメクジ
私は新米である、今はまだ私自身について語る言葉はない。
幼い時に見たトゥインクル・シリーズ。シンボリルドルフが魅せた無敗3冠を達成した瞬間、そのウイニングライブに見惚れた。最初は憧れだけだった、その格好いい姿が好きだった。でも今は違う、現役時代のシンボリルドルフはもっと熱いウマ娘だ。ジャパンカップでカツラギエースに敗北した一ヶ月後、カツラギエースの引退を聞いたシンボリルドルフは急遽、予定になかった有マ記念への出走を強行してリベンジを果たした。翌年は宝塚記念を出走前に怪我をする事故もあり、怪我明けの秋の天皇賞で敗北するも去年は勝てなかったジャパンカップを優勝し、有マ記念で連覇を果たす。国内で活躍する有力なウマ娘を全て倒した後、満を持しての海外挑戦。……結果は残念だったけど、彼女の妥協せず、邁進し、挑戦を続ける姿は今も心の芯に残っている。
今はまだ何者でもない。しかし、私は何時の日か、この日本という土地から世界に羽ばたくウマ娘の担当トレーナーになりたい。
その想いだけで十年以上もの歳月を勉学に費やして来た。
中央トレセン学園のトレーナーだけを目指して来た。大学を卒業する年に中央のトレーナー資格試験に申し込み、その狭き門を見事に一発で突破する。大学を卒業した4月、私は胸元にトレーナーバッジを携えて、意気揚々と学園の敷居を跨いだ。
新人研修を終えた6月、待ちに待った選抜レースだ。
流石の私も、まだ実績のない若造が見て分かる素質持ちの担当になれるとは思っていない。最初は地盤固めになるはずだ。先ずはオープンクラス、次いで重賞。最短でGⅠトレーナーとなって、共に世界を目指せるウマ娘を担当に持つ神算である。
グッと拳を握り締めてレースを観戦する。優勝したのは、シルクライトニング。2着はキンイロリョテイ、3着にブラックホーク。最下位はマチカネフクキタルだったが、彼女のラストスパートには目に見張るものがあり、このレースで最も強いインパクトを皆に与えていた。シルクライトニングは後のGⅠウマ娘としての才覚を見込まれており、ブラックホークはシーキングザパールの対抗ウマ娘としてトレーナーが殺到する。
そんな中で、集まりが良くないのはキンイロリョテイだ。
「なんでキンイロリョテイの所は、人が少ないんです?」
近場に居た偉そうなトレーナーに問い掛けると「ああ、アイツか」と苦い顔をしてみせる。
「前にも担当したトレーナーが居るのだが、とんでもない気性難で言う事を聞かないんだ。それでも凄い素質を持っているウマ娘だからね、前に担当していた彼もあの手、この手を尽くしていたんだが……最終的に彼女が担当を蹴る事態にまで発展してしまったんだよ。それで今や腫れ物扱い、彼女を担当したいと思うトレーナーは、まあ…………」
言葉を濁す彼の話を途中で聞くのを止めて、あのウマ娘に声を掛ける為に観客席を降りる。
気性難? そんなこと知った事か。今日の一番は、紛れもなくキンイロリョテイ。シルクライトニングやブラックホークに袖を振られたトレーナーがキンイロリョテイに視線を向けるのを見て、足を速める。二人の次点だと思っているような連中に彼女を渡してなるものか!
既に交渉中の他トレーナーの間に割り込んで、開口一番に宣言する。
「どけっ! 私はキンイロリョテイの担当(になる予定)のトレーナーだ!」
どよめく周囲の反応に「あ゛あ゛っ?」と威嚇してくるウマ娘。
「さあ私と一緒に世界を目指そうっ!!」
満面笑顔で差し出した手は、ものの見事に振り払われた。
「誰だよ、てめぇ? 生意気だな?」
「気を悪くしたならすまない! だが、私は君に惚れ込んだ!」
「暑苦しい奴だな、面倒くせぇ……」
振り切って私の横を通り過ぎようとしたので「待って!」と声を掛けた次の瞬間だ。
「はいだらぁっ!!」
「────ッ!?!!?」
後ろ回し蹴りで、ケツを蹴り上げられた。
僅かに身体が浮く程の衝撃は悲鳴を上げる事すらも許さない。
時間が止まった感覚。数舜後、ケツに激痛が弾けた。
「……ァ゛…………ガッ……ぁ゛……ぁ゛っ…………ハッ、ハッ……ハヒューッ……ハヒュー…………!」
堪え切れない激痛に地面をもんどりうつしかなかった。
涙で霞む視界に映る彼女の背中は遠のくばかり、だがしかし彼女を追いかける者がおらず、他のトレーナーは私の惨状を見てドン引きしている。くつくつ、を笑みが零れる。まだケツが痛くて身動きも取れないが、というか痛みで涙も止まらないけど、それでも笑わずにはいられない。分かっているのか? お前達は今、私が動けぬ最大の好機を不意にしているのだぞ! 私は振られたがまだ諦めるつもりはない! 彼女が正式にトレーナーを決める、その時までアタックを続けるつもりだ!
フゥーハッハァーッ! どれだけ惨めな姿を晒そうとも、最終的に勝てば良かろうなのだッ!!
「お、お前……大丈夫か?」
「……こ、これが出来るトレーナーの策略よ……ふ、ふふふ……お、覚えておけよ……キンイロリョテぇぇぇィ~~…………ぃひゃい……」
「お、おう……放っておいても大丈夫か?」
クソが。アイツ、ウマ娘の癖に本気で蹴りやがった!
数分後、次のレースの邪魔になるという事で退場を促された私は御都合主義的に落ちていた枝を拾って、それを杖代わりに立ち上がる。生まれたての子鹿のように内股にした足をガクガクと言わせながら必死でコースを立ち去る。
痛みを誤魔化す意味でも強気で笑みを浮かべてみせた。
彼女こそが今年一番のウマ娘、彼女の才覚が他の奴に気付かれる前にスカウトしてやるのだ。
◆
6月に開催される選抜レースの後、スカウト目的のトレーナー達が従姉妹の周りに集まっている。
従姉妹の名前は、シルクライトニング。ウマ娘の名家としてはまだ実績の少ないシルク家のウマ娘であり、彼女は一族で初のGⅠ勝利を期待される素質を持っている。実際問題、彼女はやれば出来るタイプのウマ娘だ。幼い時から勉学は勿論、運動や遊戯に関しても常に私の上回る。それは普段から優等生と呼ばれる彼女の素行の賜物であり、不良娘の私が嫉妬するのは間違いであることは自覚していた。
それでも幼い時から期待され続けた彼女との仲に──亀裂とまでは云わずとも、歪のようなものが生じるのは致し方ない話である。
私は、中央トレセン学園に入ってからはシルク家に帰っていなかったりする。
従姉妹のシルクライトニングは月に一度の頻度で戻っているらしいのだが、あの家は私にとって居心地の良い場所ではない。かといって、私は親の都合で中央トレセン学園に入った身の上である為、トレーニングも身に入らず、授業などはサボり気味となっていた。こんな癖ウマ娘にトレーナーなんて付くはずもなくて、無為に時間が過ぎる日々を送る。
歳も変わらない。同じ御家の出身であるにも関わらず、随分と差が付いたものである。
「姉貴~、姉貴ってば~」
三女神の彫刻がある広場にて、ベンチで授業をサボっていると聞きなれた声がした。
視線を上げれば、黒鹿毛の小柄なウマ娘が心配そうな面で私の顔を覗き込んでいる。
「姉貴、あんまりサボり過ぎると進学できないッスよ~」
「別に私の事は良いんだよ。モダン、私なんかの事よりも、自分の事を大事にしてろよ」
「私は姉貴の事も大事にしたいッス~、ちゃんと選抜レースに出るッスよ~」
むうっと頬を膨らませる彼女の名はエリモダンディー。
中央トレセン学園の入学式。彼女が他のウマ娘に絡まれている所に偶然、出くわした私は喧嘩する口実に丁度良いと相手を威嚇してやった事がある。しかし威嚇された相手はビビッて逃げ出すし、この臆病で情けないウマ娘は私に懐いてしまった。
面倒ごとが増えただけで、良いことなんて何もない。軽い気持ちで助けなければ良かった。
「姉貴の末脚は一級品じゃないッスか!」
そんな風に言われても、従姉妹の才能を常に見せつけられてきた私の心には響かない。ベンチの上にゴロンと寝転がり、耳を伏せるように目を閉じる。
「選抜レースに出るつもりがないなら私のトレーナーに話を通すッス! 見て貰えば一発ッスよ!」
「五月蠅い、寝る」
「もー! 引っ張ってでも行くッス! 姉貴の脚は宇宙一ッスよ!」
袖を引っ張ってくる彼女を前に梃子でも動かぬと狸寝入りを決め込んだ。
私の名前はシルクジャスティス、シルク家の落ちこぼれである。期待なんて面倒なものは優等生の従姉妹に任せてしまえば良い。
既に御家からは見放された身の上、実家の悲願なんてどうでも良かった。
◆
私の名前はシルクライトニング。私には出来の悪い従姉妹が居る。
幼い時からシルク家の期待を背負う立場としての教育を受けて来た身の上であり、一族悲願のGⅠ制覇を達成する為のトレーニングを積んできた。その事を辛いと思った事はない。いやまあ遊ぶ時間が減るのは少し辛かったけど、それはシルク家を背負うウマ娘として当然の責務だと考えていたし、トレーニングも一般的な稽古の範疇に収まっていた。
申し訳なく思うのは、私が結果を出せば出す程に従姉妹の扱いが悪くなっていく事だ。
……まあ出来が良いとはいえない性格ではあった。
どちらかというと私は真面目な方であり、彼女は不真面目だった。彼女が親の言い付けを守らずに逃げ出すた事は数知れず、彼女の悪戯に付き合わされる事で親に怒られた事は何度もある。でもまあそれは私も面白そうだったから付き合っただけだ。しかし叱られるのは何時も従姉妹のジャスティスであり、私は彼女に付き合わされたという事でお咎めなしになる事が多かった。
普段の素行もあるとは思うけど──あれは彼女なりの優しさだったのだ。
お祭りに行きたいな。って思いながら家庭教師に出された宿題に取り組んでいた時、彼女に手を引かれて家を抜け出した日を今も覚えている。従姉妹は何時も私の事を、退屈でつまらない。と言っていた。だから彼女は私を楽しませる為に多くの悪戯をしてきたし、それに付き合わせる事もあった。
幼少期の楽しい記憶といえば、従姉妹と一緒に悪戯をしてる時ばかりが思い浮かぶ。
私は従姉妹と共に過ごす時間が好きだった。
私は負けず嫌いでもあったから、彼女が持ってくるゲームなんかも負けてからは本気で対策する。勝ち負けはどうでも良かった。従姉妹の事を考えながら勝つ方法を模索している時間が好きだった。そうしてムキになってくる従姉妹を返り討ちにして──ちょっと、やり過ぎたのか。次第に従姉妹は私を遊びに誘わなくなってしまった。
だから私の方から遊びに誘った時、手加減をした。
従姉妹は、ぶち切れた。それから私達の関係は冷え切り、疎遠となる。
「……私が今もジャスの事を尊敬してると言っても信じてくれないだろうなあ」
選抜レース後、多くのトレーナーからスカウトをされてしまった。
才能は、ある方だとは思っている。でも周りが期待してる程、私は才能に満ちている訳ではない。
今日だってマチカネフクキタルの方が良い脚を見せていた。
……御家の責任を背負って走るのは私だけで良い。
従姉妹は、そういうのを嫌うだろうから、御家を背負う事が嫌でもない私が背負えば良い。
こういうと傲慢な気もするけども、
ジャスは御家に縛られず、自分の好きな事をすればいいと思っている。