日本国召喚 × The new order: last days of europe 作:アレクセイ生存BOTおじさん
1963年6月4日午後7時
クワ・トイネ公国 日本会議
カナタ首相は、日本帝国から派遣された田中氏との会談に実に3時間も時間を要していた。
会談内容では軍事同盟及び支援として日本帝国軍の旧式の装備品・兵器の供与を行う見返りに、クワ・トイネ公国が保有している穀倉地帯の25パーセントを日本側の領土にするという条件。
さすがに25パーセントはクワ・トイネ公国側からしてみても、貿易品である農作物の出荷に影響が甚大であるという理由から、22パーセントに引き下げてもらえないかという談判が行われていたのである。
「田中さん、どうか22パーセントで手を打って貰えませんか?流石にそれ以上となると我が国の経済に支障が出てしまいます」
「カナタ首相閣下、22パーセントがそちら側が最大限譲渡できる領土の比率でお間違いないですか?」
「ええ、これ以上の領土の要求となれば、私ではなく政治部会すら説得はできません。我が国の置かれている軍事的な危機だとしても、これだけは譲れません!」
カナタは強い口調で田中に迫った。
田中としても、こうした重々しい会議の場は何度も遭遇したことがある。
日本の新植民地として開発されていた広西地域に赴いた時も、現地政府より日本の財閥企業が権力を持っていた際には、相手企業との重役が出てきてひと悶着があった。
(やはり相当揺さぶりを掛けたら、相手も疲弊しているな……ただ、あまり長引かせるのは得策ではないな……)
それに比べたら、この場の会議では日本側のメリット、そして有事の際の軍事能力を鑑みても圧倒的なアドバンテージがあるのは誰の目から見ても明白であった。
クワ・トイネ公国の第二の経済都市として栄えているマイハークの沖合には、戦艦大和と武蔵を中心とした第一艦隊が陣取っており、その気になればマイハークへの艦砲射撃も可能なのだから。
それに、日本本土には弾道ミサイルが1500発以上も配備されており、大陸間弾道弾ミサイルに至ってはアメリカやドイツに向けて核弾頭を搭載可能にした代物なのだ。
短距離弾道ミサイルに関しては、昭南島の戦いや蒙古紛争の際に日本側の勢力の援護措置として実戦運用された経験もある為、クワ・トイネ公国が拒否をした場合には、マイハークだけではなく、城塞都市の
また、弾道ミサイルだけではなく戦略爆撃機などを使ってクラスター爆弾や焼夷弾を使った大都市への空襲も可能であり、陸上戦力に関しても3個師団があればクワ・トイネ公国の制圧も可能であるという試算も出ている。
すでにカナタは日本への底知れぬ恐怖を味わっているため、この辺で彼らの嘆願を聞き入れるべきだと田中は判断した。
「……分かりました。カナタ首相閣下の誠意ある対応を行っておりますし、我が国としてもカナタ首相閣下が提示してくださった22パーセントの領土、その条件で承諾することにしましょう」
「ほ、本当ですか……?」
カナタは田中の発言を聞いて安堵したのだ。
少なくともこれで日本側はこれ以上無茶な要求をしてくることはない。
……そう思っていたのも束の間、田中の口から衝撃的な発言が飛び出した。
「はい……我が国におきましても、あまり時間をかけている余力はありません。今後一週間以内にクワ・トイネ公国との国交樹立と同時に、10万人規模の開拓先遣隊による入植を許可願いたいのですが、それでよろしいでしょうか?」
「じゅ……10万人ですって?!」
「ええ、我が国の総人口のおよそ0.1%に過ぎませんが、費用に関してはこちらが全額負担し、費用もお支払い致しますのでご安心ください」
すでに、入植に向けた準備は日本本土で開始されており、靖田財閥の起こした不祥事によって国内経済が大混乱に陥っている中、雇用対策の一環として、失業したサラリーマンや浪人生などを中心に開拓団を編成、神戸や博多といった港湾都市で入植希望者の採用と準備が着々と進められていたのだ。
その数は実に10万人……入植の規模としては地方の都市に匹敵する人口であり、クワ・トイネ公国側からしてみれば、予備役全て足した全軍の兵士5万人の倍以上の人数を、入植してくると申し出てきたのだ。
しかも、入植に必要な物資等は全額日本側が負担するという。
(10万人規模で総人口の0.1%……つまり、日本の総人口は少なくとも1億人以上いるという事か?!我が国の10倍以上の数ではないか!)
極めつけは、総人口の0.1%に過ぎないといった点である。
総人口1億人を誇る日本だが、クワ・トイネ公国からしてみれば、国内の総人口の数パーセントに匹敵する人数が一気に日本人に置き換わる事態なのだ。
(早い……何もかもが早すぎる……こちらの条件を受け入れたほんの矢先にこれか……)
だが、もはや断ることは出来ないだろう。
10万人規模の入植能力を有しており、かつ総人口が1億人以上いることが確定したことで、カナタは田中の受け入れを許可したのである。
これにより、日本は肥沃な土壌をタダ同然で手に入れただけではなく、領土からしても南九州地方とほぼ同じ面積が新たな日本領として入植可能になったのである。
そして、カナタ首相は心身ともに疲れ切った様子で、午後10時頃に政治部会に事の報告を行う。
その際に、心労が重なったのか糸が切れたように倒れてしまったのであった。
日の丸を掲げてやって来る