チート吸血鬼の怪奇事件簿 作:モヘンジョダロ
労働者が行き交うビルの一つが、ある怪談の舞台となっていた。
曰く、扉を開けたら吸血鬼の館に転移してしまう。
勿論、こんなモノはただの噂話でしかない。
だが実際に何人もの労働者がそのビルで失踪してしまっているのだ。
被害者はバラバラで、自分から失踪したとは考え辛かった。故にこのビルには噂通りの怪異が出没するとされた。
当然そんなビルに入ろうとする会社は殆ど存在せず、安さに惹かれた会社も従業員が失踪する為に長続きしない。
そんな窮状に知ったビルの管理人はある事務所へと駆け込んだ。
名は、リーテシア探偵事務所。
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「成程。そういう事情でウチの事務所に。」
苺のショートケーキを食べながら目の前の依頼人に問う。
年齢は50代、身体は引き締まっていて日々鍛えられていると分かる。
威圧感が半端ない。前世の私なら恐らく緊張して身動きが取れなかっただろう。
尤も今となっては今世が長すぎて前世の事など殆ど忘却しているが。
「そうだ。以前君に依頼をした人間の中に友人の知り合いがいてね。フリーの祓呪者の中では最高峰だと称賛していたらしい。」
「それは光栄。だが国の祓呪者には依頼しないのかい?」
「既に依頼してある。が、下位の祓呪者では少しばかり不安が残る。」
聞く限りだと浅域の怪異。殺傷能力も発生源の噂から推測するに吸血鬼任せだろう。
吸血鬼と戦闘するなら下位では不安が残るのだろう。扉の怪異を解決するだけなら下位の祓呪者でも充分だろうが、吸血鬼が付いてくるなら中位は欲しい。
それ故に私に依頼が来たという訳か。まあ吸血鬼なんぞ私にとっては敵ではないし寧ろ愉しみだ。
それにしても最高峰と称賛されていると少し気恥ずかしくなってしまう。
祓呪者と私ではシステムが根本的に違うからチートを使っているようなモノだがそれでも褒められるのは嬉しいものだ。
「了解しました。その依頼を受けさせて頂きましょう!」
■
そして私は依頼先のビルで下位の祓呪者の娘とエンカウントした。
私はフリーの祓呪者だから公務員である彼女にとっては余り気持ちの良いモノではないだろう。
その上である程度有名で強いと評判ならば尚更。
うん、まあそれを知ってて態とエンカウントしたの私だけど。
「こんにちは、お嬢さん。此処には一体何用で?」
「惚けないで下さい。貴女についての情報は既に把握しています。協会の情けで見逃されている事を忘れないように。」
辛辣。私に良い感情を抱いていないとはわかってたが、これ程までに辛辣だと心にダメージが通る。
チラリと彼女の装備を見る。素戔嗚尊系列の加護であろう刀と鎧に天照系列の聖光付与。
下位ならば天照か素戔嗚尊のどちらか、或いは両方の加護が中位の段階に到達していないのだろう。
やはり均一化された加護と厳格に管理された階級というモノは効率的だ。戦力の把握がやり易い。
「まあ協力してやろうじゃないか。素戔嗚尊の武装作成は何処まで出来るんだい?」
「協力を拒否する程子供ではありませんよ。素戔嗚尊様の加護は鎧と刀、そして弓と矢です」
「標準装備が手厚い。」
素戔嗚尊の方の加護が中位にギリギリ到達してるくらいか。だとしたら天照の方は下位止まりと言った所かね?
吸血鬼を相手にするなら天照の加護の方が役立つが、それでも素戔嗚尊の加護も武器を無尽蔵に作れるのだから凄まじいモノだ。
戦闘経験がなくても武器で加護纏わせて殴るだけで騎士程度の怪異なら殺せるのはやっぱり強いわあ。
「懐中電灯を持って来たの無駄だったかな?」
「いえ、私も天照様の加護を使い続けるられる訳ではありません。一応私も懐中電灯を持って来ていますが、多いに越した事はありませんから。」
真面目な子だあ。かなり安心できる。加護の力に溺れて対策を疎かにする祓呪者も極稀に居るけど、今回は安心できそうだ。
見たところ自分の力量についての理解も深いし、慎重な所も見受けられる。
それに下位にも関わらず怪異以外の呪いと戦わせようとしている。上層部としても経験を積ませたいのかね。
吸血鬼と戦闘させるのは心もとないかもしれないが、もしもの時のフォローとして私に依頼が来たのかな?
だとしたらあの依頼人もグルか?でも協会に私にも依頼する事を告げたからこの娘が派遣されて来たのかもしれんし。
まあ細かい事は考えなくても良いや。
「取り敢えず今回の任務は吸血鬼の館からの被害者の救出です。それは貴女も同じですね?」
「私に依頼されたのは事態の解決だね。どっちかと言うと吸血鬼の討伐かな?」
怪異は基本的に噂だけでは発生し得ない。本当であると信じ込まれるだけの証拠があって噂は怪異へと昇華されるのだ。
今回の場合は吸血鬼の館に転移するという噂からして吸血鬼が首謀者だろう。
若輩の実体を持つ呪い共はインターネットに適合して望む性質の怪異を生み出す事がある。
私としてはそのようなやり方は非効率に感じられるが、そんな事は良い。
兎も角そんな経緯で生まれた怪異の解決法は噂を絶てば良い。
例えば今回ならば吸血鬼をブチ転がした上で脱出できるようにする。なるべく元の場所へ戻るようにしておけば良いだろう。
失踪者が出なくなれば浅域程度の怪異は消えるだろう。その為にも邪魔になる吸血鬼は排除すべきだろう。
「……被害者の方は私が救出しておきましょうか?」
「いやあ、流石に吸血鬼のテリトリーで単独行動は不味いでしょ。救出したら直ぐに離脱して貰って、私が吸血鬼を討伐するよ。」
「分かりました。」
「……あれ?もっとこう、一人では危険です!みたいな反応を期待してたんだけど?」
「行きましょう。」
「待って待って!どうやって突入するかの打ち合わせを、」
「片っ端から扉を開けます。」
「気が合うね!」
この後滅茶苦茶扉を開けた。
■
黒い廊下を突き進む。扉を開く事139回の末に私達は吸血鬼の館に到達した。
暗い屋敷を懐中電灯で照らしながら進む。見る限りでは屋敷は大分可笑しな様相を呈していた。
色は黒い部分もあれば白い部分もある。赤い部分もあれば青色の部分もある。
「館自体が怪異の産物なのでしょうか。」
「そうだねえ。イメージが混ざってる。本来は館なんて持たない吸血鬼かね?」
同行者の少女に同意しつつ心の中で首謀者であろう吸血鬼を嗤う。
実体を持つという性質上、怪異以外の呪い共は中域に到達するまで隠れ潜むのが当然だ。
にも関わらず家を持たない。吸血鬼の、否。実体持つ呪いの集団の慣習から首謀者の境遇に思い至り口元が吊り上がる。
突如前方の暗闇から奇襲してきたゾンビの頸を祓呪者ちゃんが断つ。すごい達人っぽい。剣術は特に必要ないから習ってなかったが恐らく素人技ではないだろう。
いや、まあ自信はないが。大体剣技とか見る前に殺してるから達人というモノが分からない。
後ろから強襲して来た動く腐乱死体を殴り飛ばす。衝撃で拳を当てた心臓付近が纏めて消し飛ぶ。
同時にゾンビの穢れた血が撒き散らされるが、当たるつもりはない。バックステップで降って来た血を避ける。
「あ、ありがとうございます。」
青褪めながら祓呪者ちゃんが感謝してくれる。恐らく私が拳でゾンビを完全に沈黙させた絵面がダメだったのだろう。
だが私にしてみれば彼女の使う天照の加護の方が余程エゲツない。慣れているから表情には出さないが、正直ドン引きモノである。
不浄を焼き滅ぼす神の威光。再生を許さないエンチャント。呪いに対して呆れる程に有効な攻撃手段だ。
「どういたしまして。先に進もうか。」
「そうですね。失踪者の場所に心当たりは?」
「ないなあ。
「そうですか……。では一つずつ確かめて行きましょう!」
■
一つ目の扉。なんかシャンデリアがあってカーテン付きのキングサイズベットが置かれている部屋。
吸血鬼の館の寝室のイメージがこれなのはなんか納得がいかない。
私こんなに良い生活してないんだよなあ。そもそも寝室にシャンデリアとか置かないし。
まあイメージが混ざったって事なんでしょう。多分現代社会を生きる人々の大半は吸血鬼の館とか行ってないし。
まあ行ってたらそれはそれでヤバイからこれが正しいのだろうが。
因みにベットには棺桶が入っていた。中とかかなりふかふかで怪異じゃなければ持ち帰りたかった。
今度この棺桶を参考に新しい棺桶を創るのも良いかもしれない。
二つ目の扉。食堂らしき場所に髑髏と蝋燭とシャンデリアが飾られていて、人間を模した何かが食卓に置かれている。
シャンデリアは二回目だ。まあ確かに私も欧州の屋敷だとシャンデリアが多いイメージはある。
他の吸血鬼にはまあまあ嫌われてるから特に欧州とかには滅多に行かないので実物を見たのは数百年位前なのだ。
いやでも日本ても数十年前にシャンデリアを見た気がしなくもないな。
まあシャンデリアの話題は置いておこう。人間を模した何かについては明らかに人間の死体を模しているのに本物とはかけ離れているのが逆に不気味だ。
人間の死体を鮮明にイメージ出来る人間がいないからこその気持ち悪さだろう。
誰もが人間の死体とイメージしながらも本物とは似ても似つかない贋作になるというのは平和の証明だろう。
「…此処で吸血鬼が食事をしたのでしょうか?」
「その死体は怪異だよ、間違いない。」
「……死体が見た事があるので?」
「言い訳をさせてくれないか?医学書で記憶しただけなんだ。」
祓呪者ちゃんが嘘吐きを見るような眼で見つめてくる。実際嘘なのだが本当に私は人間を殺した事なんて無いのだ。
寧ろ割と人間は好きな方なのだ。娯楽を生み出してくれるし、一眠りした後に散策すると色々変わっていて楽しいのである。
故に私は断じて人間を殺した事はない。無力化なら何度もしたが、それも正当防衛だ。
「信じますよ?」
「信じてくれ。私無実ネ。」
そんな風に祓呪者ちゃんを誤魔化して先へと進む。実際はもっと長くてもっと必死の言い訳をしたが、態々不様を晒す事もあるまい。
三つ目の扉。鉄格子で阻まれた牢屋の中に人骨らしき何かが散乱している。
「これも怪異でしょうか?」
「そうだね。吸血鬼の館から派生したイメージだと思うよ。」
吸血鬼の館と聞いて牢屋を思い浮かべるのは少数派だと思うがな。寧ろ何故牢屋を思い浮かべたのか問い質したくなる気分だ。
近くにある扉はこれで全て見終わった。残っているのは途方も長さの廊下だけだ。
全く以てこれだから怪異は嫌いなのだ。いつもなら影に沈めるが今回は同行者がいる。
私は憂鬱な気分でこの途方もない道のりを歩む為に一歩踏み出した。
浅域:発生から百年未満の呪い。一度倒されたらリポップしない
怪異:呪いの種別の一つ。種ではなく単体で完結した実体のない呪い