チート吸血鬼の怪奇事件簿   作:モヘンジョダロ

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事件簿No.1:吸血鬼の館(中編)

屋敷も持たない下級未満の吸血鬼の館を進む。

 

吸血鬼の館というイメージによって形作られたモノなのだろうが、実際にこの館に住み着いている吸血鬼が何処かに失踪者を安置しているのだろう。

 

或いは既に全員亡くなっているかもしれない。尤もその可能性は低いだろうが。

 

何せこの館の吸血鬼は親からの支援を受けていない。餌も自給自足しなければならない以上、食い散らかす事はしない。出来ない。

 

吸血鬼というのは量に関係なく定期的に血液を摂取しなければならない呪いだ。

 

勿論、多くの量の血液を吸えば吸う程に貯蓄は増え吸血鬼としての能力は上昇するだろう。

 

だが幾ら吸血鬼として高位に至ろうとも飢餓衝動によって暴走する。これは私自身の経験則だから間違いはない。

 

そして今回の首謀者である吸血鬼は襲い続けるのではなく他の怪異を使役、或いは寄生して餌となる人間を確保している。

 

今回の怪異では確保できる人間の数に限りがある。ビルを使う人間がいなくなればこの館に飛ばされる人間もまたいなくなる。

 

日本の夜は祓呪者による巡回が常に行われている。()()()()太陽か昇っている間しか活動できない吸血鬼には厳しい国だ。

 

夜に襲えないからこそ、生き延びる為には少しずつ血を吸わねばならない。故に失踪者は未だ生存していると考えられる。

 

……初期に失踪した人達はちょっと厳しいかもしれないけど。

 

「あの。リーテシアさん、リーテシアさんは何故フリーで祓呪者を?」

 

沈黙に耐え切れなくなったのか祓呪者ちゃんが私に問い掛けてくる。勿論警戒は保ったままの状態でだ。

 

「何故と言われても。単純に祓呪者協会に入るデメリットが大きくてねえ。」

 

彼女のような通常の人間にとってみれば意味不明な言葉だろう。

 

祓呪者協会に入るだけで二柱の神種から破格の加護を授かれるのだ。

 

更に依頼だって協会の方で精査してくれて、適切な依頼を寄越してくれるのだから私の言葉は普通ならば戯言として受け流されるだろう。

 

しかし彼女はどうも違うようだ。遭遇した醜い妖精、邪悪な精霊であるゴブリンを斬り倒しながら私に更に問いを投げ掛ける。

 

「貴女が強いのは分かっています。ですがやはり協会に所属した方が楽なのではないですか?」

 

「いやあ、私って加護を得られない体質だから。その代わりに身体能力が高いのよね。」

 

嘘は言ってない。加護を得られないのは本当だし、身体能力が高いのも本当である。

 

襲ってくるゴブリンの頸を捩じ切って投げ捨てる。同時に脚で足元に群がるゴブリンの上半身を吹き飛ばす。

 

雑魚共が鬱陶しい。一般人よりちょっと上程度の身体能力しか持たない塵風情が煩わせるな。

 

苛立ちを籠めて塵共を蹴散らす。祓呪者ちゃんの方を見れば何体かのゴブリンが剣に串刺しにされて死んでいる。

 

それ以外にも胴体を両断されて息絶えているゴブリンもちらちら見受けられる。

 

素戔嗚尊の加護だ。身体の何処からでも武装を生やせる加護、見る限りだと踵に剣を生やして薙ぎ倒したと言った所か。

 

やっぱ便利だな加護。対呪いの天照と対人の素戔嗚尊。ロマンで一つの能力を極めたけど多彩な能力を使いこなすのもやっぱロマンだよなあ。

 

私にも加護くれる神様とかいないかな?でも私が交流ある神種って大体邪神だし私の醜態見て嘲笑う奴らばっかだもんなあ。

 

そんな風に恐らく下級未満の尖兵である下級未満に相応しい強さの身の程を弁えない塵を掃討する。

 

ゴブリンではあるがゴブリンではない。妖精ではなく怪異に近しい存在だろう。

 

妖精メイド?とか言う存在を同じ妖精という括りで変異させてゴブリンモドキに仕上げたか。

 

これ位の改造なら土台が整っている呪いにとっては然程難しいものではないのだろう。

 

無論、誰でも簡単に習得可能である訳ではない。もしそうならば私は既に習得してるしきっと使いこなしている。

 

だが実際の私は"天姫"の異能との類似性から推察して改造だと確信する程度の能力しかない。

 

自分が創造したも同然である怪異の中の、イメージの産物である泡沫の存在という条件が整った上で、やっと近似している存在へと変異させられるのだろう。

 

吸血鬼の館に妖精メイドとやらが現れるのも大分不思議ではあるが。まあ怪異なんぞにそんな事を言っても仕方あるまい。

 

しかし妖精メイドか。私も妖精を雇った事はあったがその日の内に喰った気がする。

 

基本的に家事や雑用はまあまあ普通になってくれて便利なのだがいかんせん悪戯好きなのが玉に瑕なのだ。

 

雇ったその日の内にお気に入りの棺桶を壊されて衝撃のままに命を奪ったわら、私は悪くないと思う。

 

まあ彼だが彼女だかも忘れたがソイツは私の中で今も生き続けているだろうからそんなに気にしなくとも良いだろう。

 

……大分機嫌というか気分は下がったが、別に機嫌や気分が上がってもやる事は変わらないのだ。

 

早く終わらせて事務所に帰る為にも私達は長い廊下を進み終わり。失踪者が居るであろう部屋へと到着した。

 

 

 

 

見る。

血を吸われたのか衰弱して目の焦点すらも合っていない人々。スーツのまま立ち竦み、中には倒れ伏したミイラさえも存在している。

 

見る。

青褪めた肌、蝙蝠の羽、赤い瞳、鋭い牙。間違いなくこの館の主であろう吸血鬼。

 

見る。

今朝初めて会ったばかりのフリーの祓呪者。興味がなさそうな顔で拳を構えている。

 

私が殺すべきなのだろう。リーテシアさんは加護を持てない体質だと言っていた。

 

なら吸血鬼の再生能力を突破できるのは私しかいないのだ。私がやるべきなのだ。

 

怖い。初めて呪いを前にそんな感情が湧いた。

 

怪異なら何十体も倒してきた。襲ってくる怪物を退けた事もあった。

 

でもそれとは違うのだ。目の前の怪物には悪意がある。明確な目的を持って此方を殺そうとしてきている。

 

心を落ち着かせる。いつも通りに戦えば負ける要素はない。剣を構える。天照様の加護を付与する。

 

 

浅域男爵位鬼種

UNKNOWN

 

 

怪物が一歩踏み込む。それだけの動作で床が破砕され、衝撃波が伝わってくる。

 

私に向かって一直線に突っ込んで来る怪物に加護を纏わせた剣で斬り掛かる。

 

速度は追えない程ではないし、一定の速度を維持したままである。故に計算して斬撃で迎撃すれば良い。

 

落ち着いて刀を構え、突っ込んで来た怪物に加護を纏わせた刀を抜き放ち斬り伏せようとして。

 

怪物が寸前に踏み込んで上へ大きく跳躍する。怪物の跳躍によって足場が不安定となった状態で斬撃を放ったせいで私の体勢が崩れる。

 

上から怪物が爪を振り下ろそうとしているのを察知し、頸から刀を出現させて怪物の手を貫く。

 

それと同時にリーテシアさんが飛び膝蹴りで怪物を吹き飛ばして壁へと叩き付ける。

 

壁を凹ませる勢いで衝突した怪物がのろのろと立ち上がる。衝突した時のダメージが残っているのかフラフラしている。

 

「リーテシアさん、遠距離から矢で祓います。足止めを頼みました。」

 

「了解!」

 

素戔嗚様の加護で武器を形作る。鏃に天照様の加護を纏わせて、矢を引き絞り照準を付ける。

 

リーテシアさんが蹴りで怪物の刀が突き刺さっていない方の腕を粉砕する。というか弾き飛ばす。

 

爆発と見紛う程の衝撃が叩き込まれた腕が飛散する。血や肉片が辺り一面に降り注ぐ。

 

鎧が血で穢れそうになる。万が一、怪物の血に毒が含まれていた場合を考慮して鎧に天照様の加護を纏って血を浄化する。

 

しかしリーテシアさんは加護を持っていないのに大丈夫なのだろうか?フリーの祓呪者とはいえ死んだしまったら目覚めが悪い。

 

私が受けている任務に協力して血を浴びてしまったのだから任務後に浄化してあげよう。

 

そんな事を考えていると怪物の後ろに回り込んだリーテシアさんが腕と首を絞めて怪物を拘束してくれる。

 

有難い限りである。そのまま私は引き絞った矢を放って怪物の心臓を貫いた。

 

『オオオオオオオオ、オオオオォォォ!!!』

 

絶叫を上げながら怪物が悶え苦しむ。リーテシアさんもトドメが刺された事に安堵したのか手を離した。

 

怪物を倒せた事に安堵する。実体を持つ呪いとの戦闘は初めてだったが、何とか勝利する事が出来た。

 

被害者を救い出せた事を実感して。達成感と共に緊張が解れて身体を弛緩させる。

 

『マヌケメ!』

 

その瞬間。さっきまでの苦しみ様が嘘だったかのように怪物が起き上がり、即座に被害者の方へと疾走する。

 

咄嗟に弓に矢を構える。リーテシアさんも床を蹴って怪物に追いつこうとしている。

 

……その踏み込みで館自体が揺れた気がしたが、流石に錯覚だろう。寧ろ錯覚であって欲しい。

 

だがリーテシアさんが怪物に追い付くよりも早く、怪物が被害者の男性の首に爪を当てる。

 

被害者の男性は衰弱した様子で気絶しており、抵抗が出来ない状態にあった。

 

いや、下手に意識があるよりはよかったかもしれない。パニックになっていれば状況は更に悪化していた。

 

怪物が爪を首元に当てたまま、ゆっくりと後退する。眼は忙しなく動き、私とリーテシアさんを交互に見ている。

 

そしてリーテシアさんから5m以上距離を取るとゆっくりと口を開いて喋り始めた。

 

『オレヲミノガ』

 

「死ね」

 

そしてリーテシアさんが投げた床の破片が超高速で怪物の頭蓋を粉砕した。

 

速すぎて眼に追えなかった。床の破片だと気付いたのも怪物の頭を吹き飛ばした衝撃で破片の一部が私の足元まで転がって来たからに過ぎない。

 

そして今さっき怪物を圧倒したばかりのリーテシアさんが私に向き直って話し掛ける。

 

「吸血鬼も倒した事だし、一旦帰ろっか。」

 

「え、えぇそうですね。」

 

「被害者の救助はお願い。私はこの怪異を処理するから」

 

「分かりました。皆さん、着いて来て下さい!」

 

リーテシアさんから離れて、被害者を誘導して館の道を進む。

 

懐中電灯だけでは少し危険な道だが天照様の加護を使えば問題はない。

 

神の加護をこんな事に使うのに罪悪感を感じてしまうが、懐中電灯しか使わずに被害者を危険な目に遭わせる訳にもいかない。

 

ゴブリン一匹見当たらない道を進み終え、道祖神の加護を用いて回収に来た祓呪者の方に被害者を引き渡す。

 

「初めての実体を持つ呪いとの戦いはどう?」

 

「怪異とは異なり、明確な目的意識を持っていると感じました。」

 

私を気遣ったのか優しく質問してくれた祓呪者の先輩からの質問に返答する。

 

そうだ、あの怪物は知性を持っていた。リーテシアさんではなく私を真っ先に狙い、被害者を人質に取ろうともしていた。

 

怪異のように目の前の全ての人間に襲い掛かったり、条件に合致した人間にランダムに攻撃を仕掛けるような事はしていなかった。

 

……そこで私はふと気がついた。私達が交戦した怪物は一回も再生していなかった。

 

アレは本当に吸血鬼だったのか?




男爵位:24時間の間に200人以上300人未満の人間を殺害できる呪い。感染性の怪異などが多く該当する。

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