チート吸血鬼の怪奇事件簿   作:モヘンジョダロ

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事件簿No.1:吸血鬼の館(後編)

祓呪者ちゃんが館から出て行ったのを確認して、さっきから私の事をじろじろと不躾に見ていた下郎を影から引き摺り出す。

 

『痛ぇ!』

 

コイツが今回の首謀者である吸血鬼で間違いないだろう。

 

先程の怪物。コイツの使い魔はゾンビの亜種でしかなかった。

 

何せ再生能力が存在しない。祓呪者ちゃんも多分現実世界の方で気付いた頃だろう。

 

吸血鬼という種族が持ち合わせる催眠術。洗脳が可能な出力まで達していないから思考誘導でもしたんだろう。

 

更に使い魔で人質を取って、見逃されればそのまま逃亡。見逃されてなくとも思考誘導で吸血鬼を討伐したと思い込む。

 

使い魔もなるべく多くのリソース()を使って強化に違いあるまい。

 

コイツ自身は子爵位程度の力しか持たないというのに使い魔は男爵位に到達していた。

 

使い魔を強化するのは当たり前の事だが、自身の位階の一つ下まで強化するのは余り例がない。

 

考えられるのは影武者役にする事くらいだ。尤もコイツの場合は弱すぎて影武者にすらならなかったが。

 

狡猾であるのだろう。悪辣ではあるのだろう。だが策謀に頼る時点で怪物ではなく人間だ。

 

「滑稽よなあ。貴様は何処で追放されたのじゃ?」

 

『俺を馬鹿にしているのか。』

 

「無論馬鹿にしているとも。吸血鬼に相応しくない貧弱さだ。」

 

追放。そう、追放。或いは放逐とも呼ばれる実体持つ呪いの慣習だ。

 

弱い個体を排斥し淘汰する、群れを構築した呪い特有の行動だ。

 

目の前のコイツも吸血鬼としての能力の乏しさから追放された奴だろう。

 

浅域の子爵位でしかないコイツどうやって海を渡って日本にやって来たから些か疑問ではあるが。

 

もしや日本に私が知らない吸血鬼の集団でもいるのか?今度少し調べてみるようかな。

 

『貴様も俺を見下すのか?俺の努力を嘲笑うのか?』

 

「そうだな。貴様よりも私の方が強いからなあ。」

 

『………俺はいつもこうだ、いつもいつも』

 

「すまんが長話に付き合う気は毛頭ないぞ。さっさと私の、妾の糧となれ。」

 

周囲に掛け続けていた催眠を解く。違和感なく容姿に注意させなくする精神操作を放棄する。

 

"ソレ"を例えるならば妙齢の女性、というよりは幼い童女であろうか?

 

情欲の一切が掻き立てられない雰囲気を纏う可憐で美しい永遠の少女。

 

月光を溶かし込んだかの如き銀髪がたなびく。踵まで伸びているというのに等しく輝きを放っている。

 

雪のように白い肌。一欠片の穢れも存在しない、存在し得ない絶対的に無垢なる皮膚。

 

一点の曇りもない紫水晶(アメジスト)の瞳。オークションにでもかければ数億は下らないであろう至高の宝石の具現化。

 

紅い唇は花のように魅惑的。自然と眼が惹きつけられる埒外の魅力を放ちながら、奥に隠れた鋭い牙を覆い隠している。

 

優雅にして絢爛たる姿。一片の欠けもなく、天上にて輝く満月を想起させる容姿。

 

祓呪者の間では呪いは世界に深く根を張る為に深ければ深い程に純粋な存在として顕現するとされている。

 

その指標の一つが肉体、或いは容姿である。

 

実体持つ呪いは容姿が完全に近しければ近しい程に深く純粋な呪いであるのだ。

 

美しければ美しい程に。可憐であれば可憐である程に。美しい薔薇には棘があるが、呪いとは寧ろ棘が鋭ければ鋭い程に美しく育つのである。

 

そして私の容姿はコイツにとって致命傷であったのだろう。知識を持つが故に私という存在を理解できたのが最大の不幸と言っても過言ではあるまい。

 

深域王権鬼種複合亜人種

リーテシア

 

『あ、あ、あああああァァァアアアァァァ!!!』

 

『煩いぞ、妾の許可なく口を開くでない。』

 

口の中に生じる影を支配・使役してコイツの喧しい口を縫合する。

 

細かい作業は余り得意ではないが、この程度の操作ならお手の物だ。

 

肉体強度的にコイツ如きの声量では妾の鼓膜にダメージを与えるなど不可能である。

 

だがそれはそれとして叫ばれると不愉快なので強引に口を閉ざすのが妾にとっては正解なのだ。

 

『怪異と貴様で残機が二つ。じゃが貴様も当然残機は溜め込んでおろう。』

 

別に妾の残機が足りない訳ではない。寧ろ使う事が他の諸王と戦う時くらいしかないから有り余っているくらいである。

 

だが使わないからと言っても残機はあればある程お得な物。貯めれば貯める程に吸血鬼としての基本性能が向上するのだ。

 

妾も貯めまくった結果として日光如きでは妾を打倒し得ぬ程の再生能力を手にしている。

 

残機の一つ一つの向上量は微弱でも塵も積もれば山となるのである。

 

というかコイツさっきから反応しないのう。妾に対して不敬じゃないか?

 

あ、妾が口を縫い付けておったんじゃった。今から解いておけば威厳とが残るか?

 

『…改めて聞こう。貴様の残機はどれ程だ?』

 

『教える訳がないだろう!悪食の"影災"なんぞに。』

 

『貴様の命が妾の掌の上だと忘れぬようにな。』

 

答えないなら答えないで愉しみようはある。

 

と言ってもどれだけ命を蓄えているのか見当をつけて、ピッタリ当たればラッキーの運試し。

 

大雑把に百単位でしか解らないから実質的に百分の一の確率での籤引きを愉しめる。

 

吸血鬼以外の呪いではこのような遊びが出来ぬから吸血鬼限定の遊びだ。

 

尤も吸血鬼の殆どは妾と遭遇しないように気を使っているからこの遊びは十年に一度あればラッキーである。

 

昔はこの遊びがやりたくて吸血鬼狩りをしていた時もあったが、うっかり他の諸王にこの遊びを教えてしまって吸血鬼の数が激減したせいで余り出来なくなってしまったのだ。

 

そんな悲しい事件から学んで、最も吸血鬼狩りを愉しんでいた"嵐禍"と一緒に吸血鬼保護の協定を結ぶに至った。

 

そんな事を思い出しなからも影を操って首謀者であった吸血鬼を拘束しようとする。

 

名前も聞いていないが、まあ妾が憶えておく必要性へ皆無なのだし聞かなくとも良いだろう。

 

手をゆっくりと吸血鬼に向けて伸ばそうとする。その瞬間、吸血鬼が自ら妾に向かって突撃、否。特攻してくる。

 

『御照覧あれ!このデヴィット、最期に一花咲かせて見せようぞ!!』

 

浅域子爵位鬼種複合亜人種

デヴィット

 

……誰に見て欲しいと言っているのだ?妾か?妾に見て欲しいのか?

 

突進してくるデヴィットなる吸血鬼を見ながらそんな疑問が頭を過る。

 

コイツの武器なんぞ爪ぐらいだろう。その爪も格上に対しては通じるかどうか怪しいモノだ。

 

だが、まあ拘束する手間が省けたと考えれば良いだろう。

 

折角自ら妾の糧になろうとするのだ。それなりに丁重な扱いをしなくてはな。

 

両腕を広げて抱き締めるようにデヴィットとやらのの爪撃を受け入れる。

 

妾の肌へと突き立てられようとした爪が粉砕される。当たり前だ、鋼鉄すらも切り裂く爪だろうが妾の肌はその程度では傷一つ付かない。

 

無理矢理にでも傷を付けようと力を籠めた所で逆に自壊するだけである。

 

そして残機が再生に充てがわれないように速やかにデヴィットとやらの首筋に噛み付き、命を奪う。

 

別に脊髄を噛み砕くとか頭蓋を握り潰すとかそういう意味の命を奪うではない。

 

蓄えた残機を吸い上げるという意味での命を奪うである。

 

うっかり殺してしまったら命が勿体ない故に殺さないように細心の注意を払いながら命を奪わなければならないのだ。

 

吸血鬼でなければ影に取り込んで消化して終わりで良いのだが、吸血鬼相手だと命を奪う為に妾が直々に吸わねばならない。

 

首筋に突き立てた牙から血と命を吸い尽くす。正直雑草を磨り潰して十日位放置したスムージーみたいな味がするけどそこら辺は我慢するしかない。

 

今回は百三十七にしておこう。二百以下という条件で適当に選んだ数だが、それなりに自信はある。根拠はないが。

 

『俺が、薄れてゆく……。ァァ』

 

貪る。存在全てを妾の中に取り込む。雑味が多いが栄養価はそれなりに高い。

 

吸血の対象が純粋であればある程に妾達吸血鬼にとって美味に感じるという説を思い出す。

 

知人から聞いただけではあるが、それ故に吸血鬼は年若い人間の血を好むのだとか。

 

だが質という面においては呪いに優るモノはないというのが妾の自説じゃ。

 

今さっき貪り尽くした此奴の命も、人間に換算すれば小さな村一つ分にはなろう。

 

子爵位程度でこれなのだから、人間を襲うよりも他の呪いを襲った方が幾分か効率的だ。

 

最初は人間の血を吸うのが嫌で始めたのだが、今では寧ろ積極的に呪いを食べに行く始末だ。

 

デヴィッツだがデイビットだがの命を喰らい尽くして合計で百三十一個の残機の追加が行われた事を認識する。

 

妾が予想していたより少なかったが、館の怪異も喰らえば百三十二。五個程度なら誤差だろう。

 

運試しの結果は上々。子爵位の吸血鬼による浅い汚染も妾の中に在る内に上書きされるだろう。

 

己の中で魂を拷問にかけて怨念を捻出する吸血鬼もあるようだが妾にはそんな小細工など必要ない。

 

妾によって消費されるまで安穏の微睡みに溺れよ、人間。

 

 

………所でこの死体どうしよう?

 

 

 

 

『眷属よ、来たれ。』

 

静寂の中で奏られる言霊。それに呼応して影が不気味に蠢き始める。

 

『我が血を与えられしモノよ。我が呪いを賜りしモノよ。』

 

影が水面の如く細波を立て始める。波紋が館中の影に次々と広がってゆく。

 

一つや二つではない。数十にも届く程の数だ。人間のみの力では再現できない道理を無視した怪奇現象。

 

『妾が赦しを与える。影から現世に滲み出るが良い、鴉共。』

 

影に生じた波紋に泡が混じり、昇っては弾ける。紅い瞳が不気味に輝き影の中から世界を睥睨する。

 

常人がこの場にいたなら即座に命を絶つだろう。下位の祓呪者がいたならば決死の覚悟を固めるだろう。

 

それ程の恐怖。それ程の威圧感。子爵位の吸血鬼ですら比べ物にならない。

 

『契約を忘れたとは言わせぬぞ。妾の元へ疾く馳せ参じよ』

 

詠唱が唱え終わる。同時に影から影の如き翼を羽ばたかせて黒い鴉が一斉に飛び立つ。

 

一匹一匹が伯爵位。一日もあれば三百人以上は殺害可能な呪いの大群。

 

その中でも一際大きい統率個体に至っては侯爵位の中でも上澄み。公爵位にすら届くかもしれない怪物の中の怪物。

 

更に恐ろしいのはこの悍ましい呪い鴉の群れが直接戦闘能力ではなく諜報能力に特化されている点である。

 

異能は全て影の世界を飛翔するという単一の目的の為に費やされ、肉体性能も攻撃力や筋力よりも耐久力と速度に割り振られた上で人間相手なら無双できるのだ。

 

そんな魔群を率いる鴉が主である吸血鬼へと用件を尋ねる。

 

『我らが主人。同族狩りの吸血鬼。忌まわしい影の王。一体我らに何用でありましょうや?』

 

『あれを喰え。』

 

『どうやら拒否を赦されぬ御様子。ならば喜んで処理させて頂きましょうぞ!』

 

途端に鴉が吸血鬼の死体に群がり啄み始める。時には押し退け、時には持ち去る。

 

瞬く間に吸血鬼の死体が解体され、分解されて鴉達の腹の中に収まってゆく。

 

『喰い終わったら帰れ。』

 

『食後の余韻すら愉しませてくれぬとは。何たる悲しみ!ですが御命令とあれば仕方ありませぬ。誠に残念ですが今回はこれまで、という事にて。また何かあればどうぞ何時でも仰って下されば幸いで御座いm』

 

『長いわ戯け。』

 

強制的に影の中へと鴉達が沈められる。だが鴉達はそれに対して一切の抵抗をしない。

 

寧ろ自ら積極的に影の中へと入り込む鴉も存在している。

 

『……では次は貴様だな、怪異。』

 

次の瞬間。館に存在する全ての影が空間の主、否。空間そのものである怪異へと叛逆を開始する。

 

侵食して、更に影が溢れ出す。音はなく、然れども慈悲もなく。

 

音一つ存在しない静寂。影に館が沈み、埋め尽くされてゆく。

 

十秒も掛からない。僅か数秒で吸血鬼の館は存在としての終わりを迎えた。

 

 

 

 

「やあ祓呪者ちゃん!何分ぶりかな?」

 

「如月 天華です。それとあの館の中にはまだ吸血鬼が潜んでいる可能性があって…」

 

「あ、名前教えくれる感じなのね。後吸血鬼の方は大丈夫だよ、私が然るべき対処をしました!」

 

「そうですか…。無事で良かったです。」

 

「じゃあ依頼も終わった事だし。お姉さんが何か奢ってあげましょう!」

 

「回転寿司行きたいです。」

 

「割と素直だね君。まあいいけども。今車とか持ってる?」

 

「持ってません。私は車買う趣味はないので。」

 

「やっぱ協会の祓呪者は儲かっているな。まあタクシー使えば良いか。へいタクシー!」




呪いの諸王:人類と非友好的な王権の呪い。"影災"、"凍海"、"覇獣"、"嵐禍"、"死冥"、"天姫"の六柱が存在している

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