【web版】依存したがる彼女は僕の部屋に入り浸る(旧依存症な彼女たち)   作:萬屋久兵衛

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雀荘に向かうだけのお話

 

「ちわ~っす!」

 

 元気のよろしい声と共に部室の扉が勢いよく開いた。

 部室にいた面々が何事かと顔を上げると、下手人である佐川君は部室内をぐるりと見回してから口を開いた。

 

「誰かこの後麻雀しないっすか!?」

 

 どうやら麻雀の面子を集めるために部室に顔を出したらしい。

 今は四限終わりの時間なのでそろそろ大学を降りようという部員を引っかけるにはちょうど良いタイミングだ。事実、佐川君の誘いに反応する部員も現れる。

 

「お、いいねえ。せっかくだから何か夕飯を買ってから雀荘に入るか。夕飯分ぐらいは出してやるよ」

 

「マジっすか!新垣先輩あざっす!」

 

「今日はカラオケもなさそうだし、俺も麻雀の方に参加するかな」

 

「いいんすか御上先輩!」

 

 新垣先輩と御上先輩が誘いに乗ったことで喜ぶ佐川君だが、四人目の手は挙がらなかった。

 佐川君は最後のひとりを求めて再び部室内を見回す。そして部室の隅っこで様子を伺っていた僕に目を留めるとにかっと笑みを浮かべて声をかけてきた。

 

「あっくんもこの後どうよ!いっしょにタダ飯にありつきながら囲もうぜっ!」

 

 ううん、僕にお声がかかってしまったか。

 僕は愛想笑いを浮かべながらもどうするべきかと頭を巡らせる。

 面子は文芸サークル内でも仲の良い、というかコミュ力が高くて僕にも良くしてくれる面々であるので参加するのはやぶさかではない。そもそも僕は友達作りのためにサークルに入ったのであるから、こういうお誘いには積極的に参加するべきだろう。

 ……とは頭ではわかっていても、面倒くさいという風に思ってしまうのが僕なのだけれども。

 しかし、そんな僕がはいともいいえとも言う前に隣に座っていた西園寺が反応した。

 

「ふむ。そうすると今日は帰りが遅くなりそうだね。ボクとシノもこの後は遊びに出るけれど、帰る時間がわかったら連絡をくれよ」

 

「……」

 

 僕予定でお前たちの都合が変わるような口ぶりはよせ。

 

「そりゃあ変わるんだから仕方ないだろう。この寒空の中で部屋に入れなかったら風邪を引きそうだし」

 

 帰れよそこは。自分の家に。

 僕の反論に西園寺は不思議そうな顔をした。言葉の意味が理解できないと言わんばかりの様子に軽く頭痛を覚えつつも、それを正すべく僕が再び口を開く前に部室の扉を叩く音がした。

 

「こんにちは。ふたりともお待たせ」

 

 扉を開けて顔を出したのは東雲だった。

 部外者ながらまったく気後れした様子を見せず、東雲は部室の面々に頭を下げてから西園寺と才藤さんに声をかけた。ついでに西園寺の奥に座る僕を見つけて手を振ってくる。

 

「やあシノ、お疲れ。それじゃあ行こうか」

 

 西園寺と才藤さんが席を立って出かける準備をしている間に東雲は僕に話しかけてくる。

 

「今日は私たちもちょっと遅くなるから。風邪をひかないように部屋はちゃんと暖かくしておくようにね」

 

 母親みたいなことを言うなよ……。

 

「母親じゃなくて姉のつもりで言ったんだけれど」

 

 姉が弟にそんなこと言うわけ……いや、たぶん言っていたんだろうな、こいつは。

 そもそも歳下とはいえ同級生を弟扱いするんじゃないと言ってやりたいが、臥竜祭での一件を思うと強く出れない弱腰な僕である。

 才藤さんがすごい微妙そうな表情で僕と東雲の顔を行ったり来たりさせているのが居た堪れなくはあるけれども。

 

「彼はこの後麻雀らしいからその辺心配する必要はないと思うよ」

 

「ああそうなんだ。それなら良いけれど、明日も一限から講義が入ってるんだからあまり遅くならないようにね」

 

「……、……」

 

 東雲は西園寺の言葉に頷きつつも再び母親みたいな小言を言ってから才藤さんと西園寺を伴って部室を去っていった。

 今は亡き東雲の弟もさぞ苦労したことだろう。思春期の男の子にとってただでさえ煩わしい母親の小言が通常の二倍降ってくるのだから。

 僕としては母親が僕に対して小言を言う人ではなかったので、逆に新鮮さを感じている。

 そこでふと部室を振り返ると、皆が何とも言えない顔で僕のことを見ていた。(新垣先輩だけは忍び笑いを漏らしている)

 ああ〜……。

 ま、麻雀行く?

 

    *

 

 場の雰囲気が気まずくなって麻雀を口実に部室を脱出した僕は、新垣先輩、御上先輩、佐川君と四人で坂を下りて駅前に向けて歩いていた。

 僕は新垣先輩と並んでしゃべりながら歩いていたのだが、後ろにいる御上先輩と佐川君から何やら視線を感じる気がする。

 人の目に敏感か鈍感かと言われたらどちらかと言うと鈍感な僕であるが、そんな僕でも後頭部に視線が刺さる感覚を覚えるのだからがっつりと僕に目を向けているに違いない。

 ふたりは特に話しかけてくることはないのだが、たぶん話しかけられてもろくなことにはならない。

 僕が新垣先輩との会話を切らさないようになけなしのトークスキルで頑張っていると、前方から見知った人物が歩いてくることに気がついた。

 その人物もこちらに気がついていたようで、こちらの方に寄って声をかけてくる。

 

「おう新垣ぃ。お前こんな時間から帰るなんて気い早いなあ。講義ちゃんと出とんのかあ?」

 

「四限までしっかり出てから下りてきてますって。山河先輩だってこんな時間に大学に用事ですか?」

 

「ありゃ。四限ってこんな時間に終わってたんやっけ?」

 

「そんなことも忘れるなんて、先輩も立派な社畜になってしまったんすね……」

 

「そりゃあ朝から晩までひいひい言いながら働いてりゃあなあ。まあ今は外回りにかこつけてサボりに来てるんやけど」

 

「休憩所に使うにはうちの大学は不便だと思いますがね」

 

「ま、可愛い後輩の様子も見ていきたかったからな。君もしばらくぶりやね、元気してた?」

 

 相変わらずのなんちゃって大阪弁で新垣先輩とやり取りをしていた山河先輩はこちらを向いてにかりと笑うと、僕の腰をばしばしと叩いた。

 僕はどうにか笑みを形作って応じることが出来たと思う。

 

「おお、そっちは御上と……一年の子かな?」

 

 山河先輩がそのまま僕の腰に手を回しながら後方のふたりに声をかけると、ふたりはなんとも言えない表情をしつつも挨拶を返した。

 

「お、お久しぶりです、山河先輩」

 

「一年の佐川です。初めまして……」

 

「あいあい初めまして。わたしは去年卒業した山河です。よろしくなあ佐川君」

 

 山河先輩が名乗ると、珍しく言葉のトーンが低かった佐川君が目を見開いて反応した。

 

「えっ!山河先輩ってあの……?」

 

 そういえば佐川君も合宿の時に樹林先輩と山河先輩のあれこれを新垣先輩から吹聴されたひとりだったか。山河先輩はそんな反応をした佐川君を見て、新垣先輩の方を睨みつける。

 

「おい新垣ぃ。春香ちゃんといい佐川君といい、会う一年が皆こんなリアクションなんやけど弁解はあるか?」

 

「いやいや、何も変なことは言ってませんって」

 

「嘘つけ!お前にゃいっぺんその辺の所をしっかりと問い詰めにゃいかんようやな……。この後酒入れながらじっくりと語り合うか?お?」

 

「いや、俺たちはこの後麻雀を打つという使命があるので!ほら、行くぞ!」

 

「あ、こら!」

 

 山河先輩に凄まれた新垣先輩はさっさと逃走した。

 あまりの判断の速さに思わずそれを見送ってしまったが、御上先輩と佐川君は慌てて山河先輩に頭を下げると新垣先輩を追いかけていった。

 ……僕は山河先輩にしっかりと腰を拘束されていたので動くことはできなかったが。

 

「まったく。あいつが変なことしゃべると動きづらくてかなわんな。……まあええか別に」

 

 山河先輩はそんなことをぼやくように言うが、すぐに話を切り替え僕の方を見上げてきた。

「君に会うのも何ヶ月かぶりやねえ。どう?なんか小説書いてる?何だったらアドバイスしたげるけど」

 

 山河先輩の言葉に僕は顔に曖昧な笑みを作って頷いた。

 一見すればこのぱっと見年下にしか見えないちんまい人の言葉は、卒業してからもこうして大学に顔を出してくれる面倒見の良い先輩らしく聞こえる。

 しかし、その内側にあるドロドロしたものを見せつけられた僕からすれば家畜の成長具合を確かめているようにしか思えない。

 アドバイスは的確なのでこちらとしてもありがたくはあるのだけれども……。

 しかし今はその申し出を断るしかない。卓を囲むために僕を待つサークルの仲間がいるのである。けしてこの人にびびっているわけではない。

 僕は代わりに山河先輩の大本命(の作家候補)である樹林先輩が大林先生に呼び出されてゼミ室に向かったことを伝えた。まあ、もう用事が終わって部室に行くなり帰るなりしているかもしれないが。

 

「そかそか。それじゃあ樹林にも顔を見せにやってくるかあ。なんかえらい気合いの入った小説を書いてるとか言うてたから、どんなもん書いてるか楽しみや」

 

 山河先輩はそう言って笑うと、僕の腰に回していた手を胸元にまで滑らせた。

 

「……君はまた今度な。どんなもん見せてくれるか、楽しみにしてるで?」

 

 そうしてするりと手を離すと、それじゃ、と手を振りながら大学に向かって歩き去って行った。

 僕は最後の言葉と共に山河先輩が見せた表情に冷や汗を掻きながらそれを見送っていたが、下校する秀大生たちが僕のことを変な目で見ていることに気がついた。

 ……早く新垣先輩たちに追いつかないといけないな、うん。

 先輩たちに追いつくべく、僕はかけだした。

 

    *

 

 幸いにしてその豊満ぼでえ故に体力がない新垣先輩が途中でへばっていたのですぐに追いつくことができた。

 御上先輩と佐川君が何か言いたげにこちらの方を見ていたが、山河先輩のことはどうとも説明ができないので見て見ぬ振りをする。

 陽も落ちてだいぶ冷え込む時間帯だというのに汗だくでひいひい言っている新垣先輩のペースにあわせてゆっくりと繁華街を歩いていると、コンビニから見慣れた人物が出てくるのを目撃した。

 新垣先輩とは別の意味で豊満なぼでえの持ち主、北条である。

 北条は財布の中にお札を入れながら心なしか急いでいる様子で出てきたのだが、ふっと視線を上げたところで僕と目が合うと一瞬硬直した。

 ピンと来るものがあったので北条に声をかけて詰め寄っていくと、やつは明らかに動揺した声で応じた。

 

「あ、あれえ?偶然ねえ。なに、サークルの人と遊びに行くの?」

 

 僕はそれを肯定しつつも、パチンコを打ちに行くとグループラインで連絡してきていた北条が何故コンビニから出てきたのかと問うた。

 

「い、いやあ……ちょっと……ね」

 

 目を逸らしながら言葉を濁す北条。僕がさらに踏み込んでコンビニのATMでお金を下ろしていたのだろうことを指摘し、今月の負け具合からそろそろ生活費に手がかかっているんじゃないかと問い詰めると北条はお財布を抱きしめながら言い訳を並べ立て始めた。

 

「も、もうちょっとで天井なの!ATMから引き出した分だけ諭吉さんを突っ込めば連れ去られた諭吉さんが帰ってくるのよ!た、確かにこのお金が返ってこなかったらちょっと不味いかもしれないけど、うまくいけば逆転だってできるんだから!」

 

 そう言いながら天井前単発をくらって何度も投資を無駄にしたり、たいしたリターンを得られず爆死したりしているのを見てきた僕は北条の金策に巻き込まれることを嫌って止めにかかろうとする。

 しかしすでに生活費にまで手をかけるぐらいに熱くなって、というか後がなくなっている北条も必死だ。

 

「だ、大丈夫だから!迷惑はたぶんかけないから!最悪ちょっと部屋に寄生させてくれればいいから!」

 

 迷惑をかけられる気しかしなかった。どう考えても定期券を解約して補填することを考えている様子に、僕はなんとしてでも北条を止めなければならないと決意する。

 というか人前で部屋に転がり込む展望なんて語るんじゃねえよ。

 僕は外聞を気にして背後の新垣先輩たちをちらりと確認するが、それがいけなかった。

 

「もし迷惑かけることになったらなんでもするから!あたし、頑張るから!」

 

 天下の往来で人聞きの悪いことを言うのは止めろ!

 北条は僕が人目を気にしていることに気がつき、恥も外聞も捨ててとんでもねえことを口走り始める。

 泣き落としなんかよりも余程質が悪い展開に、僕は早々に説得を諦めることにした。このまま話を続けても僕の傷口が広がるだけ広がっていくのが目に見えている。

 北条の生活費のために僕の大学生活を犠牲にするわけにはいかないのである。

 

「ありがとねっ!この恩は今度返すから!それじゃ!」

 

 僕が諦めたのを見てとった北条は、両手を顔の前でぱんっと合わせて謝意を示すと急ぎ足で立ち去っていった。別に感謝される謂れは一ミリもないので疑惑を受けそうな余計な一言を残していかないでほしかった。

 

「……、……、……」

 

 僕がそっと後方を振り返ると、案の定御上先輩と佐川君がなんとも言えない目を僕に向けていたし新垣先輩は腹を抱えて大笑いしていた。

 

    *

 

「さあて、飯は何にするか。お前等は何がいい?」

 

 繁華街を抜けて大通りに抜けると、先ほどから上機嫌な様子で歩いていた新垣先輩が僕らに意見を求めた。

 ふうむ。

 ファーストフードの店でテイクアウトするのも良いが、コンビニやスーパーでいろいろ買い込むのも悪くないのではなかろうか。

 僕はそんな意見をできるだけ控えめな感じに述べる。

 御上先輩や佐川君からの反応のなさに冷や汗を掻く僕を余所に新垣先輩が頷く。

 

「なるほどなあ。そういう所でいろいろ買い込むのも有りか……。そこのスーパーなんかは弁当とか惣菜もいろいろ揃ってるしな」

 

 僕も新垣先輩につられてそちらに視線を向ける。

 駅前から一番近くにあるそのスーパーは僕もよく利用しているし、この辺に住んでるわけでもないのに惣菜が半額となる時間帯になると僕なんかよりも頻繁に出没する女が存在したりもする。

 と、そこで。

 スーパーの中から出てくる見慣れた制服の女の子が目に留まった。両手に学生カバンと買い物袋をぶら下げたその娘も僕のことに気がついたらしく、こちらに駆け寄ってくる。

 

「バイトさん!お疲れ様です!」

 

 いつも通り元気のよろしい挨拶をしてくれたその娘──七野ちゃんは、そこで僕の周囲にいる新垣先輩たちに気がついた。

 

「あ……」

 

 僕が自分の知らない相手と一緒にいるタイミングで声をかけてしまったからか、七野ちゃんが気まずそうな表情を見せる。

 僕としてもちょっとばかり不味いタイミングではあるのだが、七野ちゃんに負い目を感じさせぬよう努めていつも通りに声をかけ、遊びに出かけることを伝えた。

 話しかけることが主目的だったため、特に七野ちゃんに断る必要のない話をしてしまったからか七野ちゃんは驚いた様子を見せつつ頷いた。

 

「わかりました。……バイトさんにも西園寺さんたち以外のお友達がいたんですね」

 

 思わずといった様子でこぼれた言葉に新垣先輩が吹き出した。

 僕はどうにか笑みを浮かべようとしたのだが上手くはいかなかったようで、七野ちゃんが慌てて頭を下げる。

 

「ああ!ご、ごめんなさい!いつも西園寺さんたちと一緒にいらっしゃるので、てっきりそういうことかと……」

 

 いやまあ、部屋を訪ねてくるぐらいの親しさという意味ではそれで間違いないのだけれども……。

 いや、そもそも僕の方からあいつらを部屋に上げようと思ったことはないが。

 と、とにかく、本当なら帰り道を一緒して買い物袋を持つぐらいしたいところなのだが、そういった事情があるので……。

 

「えっなんかそれって夫婦……あっいえ!全然!全然大丈夫ですから!それじゃあわたしはこれで!あ、またお姉ちゃんが一緒に遊びたいって言ってたので、近いうちにまた!」

 

「……、……、……、……」

 

 取り繕うような僕の言葉に一瞬顔を赤くした七野ちゃんは首を激しく振った後、そんなことを言うだけ言って走り去って行った。

 七野ちゃんの後ろ姿を眺めていた僕の肩を背後から誰かが叩く。振り返ると、手の主は新垣先輩だった。

 

「流石の俺も未成年は不味いと思うぞ……ぶふっ」

 

 深刻な顔を作っていた新垣先輩だが、笑いを堪えきれなかったようで顔を背けた。

 そのネタ、もうだいぶ前にやったんすよ……。

 

    *

 

 特に理由もなく、スーパーでの買い物は無しになった。

 

「やっぱりファーストフードが一番ですね。まあ、ハンバーガーとかみたいなやつは手が汚れますから、麻雀やりながら食べるのはちょっときついですが」

 

 真顔のまま御上先輩がもっともな意見を述べると、これまた真顔の佐川君が手を上げて発言した。

 

「はいはい!テイクアウトなら牛丼とかどうっすか!?ああいうやつなら手も汚れないし、がっつり食べられますし!」

 

 豊満ぼでえの維持に余念がない新垣先輩はその意見が気に入ったらしく、我が意を得たりと言わんばかりに頷く。

 

「そいつは悪くねえな。無性に特盛りつゆだくが食べたくなってきたぜ。それじゃあ皆で特盛りと洒落込むか」

 

「大丈夫ですよ。俺も今は何だかがっつり食べたい気分です」

 

 御上先輩はちらりとこちらを見てから肯定したが、その意味はあまり考えたくない。

 しかしこの辺で牛丼屋となると……僕としては、あまり行きたくはないというのが本音だった。

 

「別に無理して特盛りにしなくてもいいぞ?」

 

 そんな僕の様子を見てとって新垣先輩がそんなことを言ってくれるが、僕が気にしているのはそこじゃない。いや、特盛りも勘弁願いたくはあるけれども。

 僕が何か上手い言い訳を考えつく前に、何かを察してしまったらしい新垣先輩がニヤリと笑った。

 

「まあ、お前も牛丼が嫌いなんてことはないだろう?ここは民主主義と先輩権限に則って牛丼のテイクアウトにしようぜ。なんならカレーとか別のメニューにしてもいいんだし」

 

 そうして近くの牛丼屋に進路を変えた新垣先輩。御上先輩と佐川君もそれについていくので今さら嫌とも言えなくなってしまった。僕はひっそりとため息を吐きつつも三人を追いかける。

 僕たちは一分も歩かないうちに牛丼屋に到着した。

 出来ればいないでくれと願いつつ入店するが、カウンターの奥に見知った顔を見つけてしまって僕は天を仰いだ。

 

「いらっしゃいませ~って、少年じゃん。うちに来るなんて珍しいね」

 

 気さくに話しかけてくる店員さんこと烏丸先輩に、僕はどうにか笑顔を顔に貼りつけて挨拶しテイクアウトで注文する旨を伝える。

 

「ほいほいかしこまりました~。それじゃあこれメニューね~」

 

 夕食には早い時間なせいか他に客も入っておらず、フランクすぎる対応をする烏丸先輩であるが、しっかりと仕事はしてくれるようでメニュー表を渡される。余計な会話をしないで済むのは今の僕にはありがたい。

 僕は自分の牛丼の並盛りと、他三人の特盛りつゆだくを注文した。が、そこで新垣先輩から待ったがかかる。

 

「ちょっと待ってくれ。一回他のメニュー見ていいか?」

 

 僕は内心首を傾げつつもメニュー表を新垣先輩に渡した。さっきは特盛りつゆだくが食べたいと言っていたのに、もう宗旨替えとは。

 新垣先輩がメニュー表とにらめっこを始めてしまったので僕たちは手持ち無沙汰になる。烏丸先輩も注文待ちになって暇になったのか、僕に話しかけてきた。

 

「最近どう?冬休みだなんだで一緒に汗流してなかったけど、ちゃんと筋トレやってる~?」

 

 なんだかんだと忙しくてしっかり疎かにしていた僕は、曖昧な笑みで誤魔化しつつ話題転換を図る。

 他の店員がいないことを問うと、烏丸先輩は素直にそれに乗っかってくれた。

 

「大丈夫だよ〜。今はもうひとりのメンバーがちょっと遅刻してるだけ。それに後からもうひとり追加されるからね〜」

 

 どうやら店長さんはしっかりとシフトを組むようにしているらしい。

 よく見れば烏丸先輩の目元の隈も以前顔を合わせた時より薄くなっている。

 

「今まで人件費が〜とか言ってた店長が、なんか急に人増やし始めてね〜。お陰で仕事は楽になったけど、シフトが減らされたりして困っちゃうよ」

 

 なるほど。

 店長にどんな心境変化があったかはわからないが、利益重視の少数精鋭よりも人を増やしての安定した店舗運営に舵を切ったということだろう。

 飲食店の社員はバイトが欠勤したときの穴埋めが大変だと聞くし、店長自身楽することを覚えたのかもしれない。

 

「そういうわけだから、また近いうちに一緒にトレーニングに励もうぜ~。お姉さん頑張っちゃうからさ」

 

「……、……、……、……、……」

 

 腕にぐっと力を入れて見事な力こぶを強調する烏丸先輩。隣にいる御上先輩と佐川君の視線が烏丸先輩の二の腕と僕の顔を行き来しているのがわかる。

 トレーニングをするのはかまわないのだが何を頑張るかは明言してほしいと思いつつ、僕は東雲たちにも声をかけておくことを請け負った。

 

「ううん、やっぱりなんだかんだ牛丼特盛りが一番かあ。豚汁を付けてもいいが、麻雀打ちながら汁物は辛いからな」

 

 むしろそれは御法度だと思う。特にお店でやるのは。

 あまりにもあからさまな棒読みと共にメニュー表から顔を上げた新垣先輩に突っ込みを入れると、僕は烏丸先輩にオーダーを伝えた。

 

「はいはい、それじゃ牛丼の並盛り一丁と特盛りつゆだくが三丁ね。それでは少々お待ちください~」

 

 オーダーを受けた烏丸先輩は厨房に引っ込んでいった。

 僕は新垣先輩に抗議の視線を向けるが、新垣先輩はにやけ顔でこちらを見返すばかりだ。

 あまり広くないテイクアウトの受け取り口で男四人、(僕が)気まずい雰囲気の中で牛丼の出来上がりを待つ。

 幸いなことに烏丸先輩の仕事が速かったので、先輩はすぐに受け取り口に戻ってきた。

 

「は〜い、牛丼並盛り一丁と特盛牛丼つゆだくで三丁で〜す。お会計は……一括ですね。ありがとうございました〜」

 

 部室での宣言通り新垣先輩が会計してくれる。奢られた後輩の義務として僕と佐川君で牛丼の入った袋をひとつずつ受け取った。

 

「それじゃまたね。また連絡ちょうだいな〜」

 

 受け取りの際にウィンクひとつくれた烏丸先輩に何とか笑みを形作って応えつつ店を後にする。

 外に出ると、御上先輩がさわやかな笑みを浮かべながら振り返った。

 

「さあて、飯も買ったことですし早速雀荘に向かいますか!」

 

 御上先輩の言葉に、これまた満面の笑顔の佐川君が応じる。

 

「そうっすね!早く行きましょう!」

 

「いやあ楽しみだなあ」

 

 はっはっはと笑い声を上げながら歩いて行くふたりと、それを愉悦の笑みで眺めながら後に続く新垣先輩。僕も追従の笑みを顔に貼りつけながらそれについていく。

 良い感じな雰囲気のまま雀荘に到着した僕たちは、席に着くと早速麻雀を打ち始めた。

 親を決めて配牌を取り、手牌を開いたところで笑みを浮かべたまま佐川君が口を開く。

 

「で、何か申し開きはあるかい?あっくん?」

 

 いえ、何も。

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