【web版】依存したがる彼女は僕の部屋に入り浸る(旧依存症な彼女たち)   作:萬屋久兵衛

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ゲーム廃人はヴァーチュアルの夢を見る・後

 

 八重さん――喜瀬川吉野が所属しているVTuber事務所は、女性のみが所属している。だからといって男性Vとの交流を禁止しているということもなく、余所の事務所所属の男性ライバーや顔出し配信者とも普通にコラボしたりしていた。

 喜瀬川吉野はその事務所でもゲーム部門所属と銘打ってデビューしており、男女問わず一緒にゲームで遊んでいたが、当時は特に問題にもならなかった。

 その状況が変わったのは、吉野より後にデビューした後輩達の代から所謂ドル売りを始めたことである。要は、主に男性視聴者をターゲットにアイドルのような活動をし始めたのだ。

 視聴者をガチ恋させ、登録を促したり投げ銭をさせるために、男の影があってはならない。今まで普通に活動をしていた他の所属ライバーも、後輩のためにと男性とのコラボを自粛するようになり、自身もアイドル路線に切り替えていくようになる。吉野以外は。

 吉野は周囲の状況に一切忖度しなかったし、気にもとめなかった。楽しくゲームをしたいがために今の活動をしているのに、遊び仲間を自分から減らしにいくのは愚の骨頂と言わんばかりにコラボをし続けた。

 しかし、吉野が気にせずとも周囲が、視聴者がそれを許さない。

 アイドル路線を突き進む事務所の他ライバーから新規の視聴者が流入し、彼らは男性と絡む吉野に()()()()を表明した。吉野は自分の配信スタイルをきっちりと説明し、今後もスタンスを崩さないことを明言したが、それで聞き分ける人間ばかりではない。

 一部の過激な視聴者が、吉野の配信で荒らし行為を行い、それがスルーされると、吉野とコラボする男性の配信に荒らしを行い始めてしまった。相手の被害を考えれば、吉野も無理にコラボのお願いはできない。

 吉野は一人で、または女性ライバーのみとのコラボのみで遊ぶことしか出来なくなり、吉野の側から男の影がなくなって配信が荒れることもなくなった。――吉野がバイトを雇うまでは。

 

「で、この吉野ちゃん……より、さんの方がいいのかな?吉野さんが急にリアル妹と謎のバイトを引っ張ってきて、三人で遊ぶようになったのよね。妹ちゃんに関してはみんな大喜びで受け入れたんだけど、バイト『君』に過激な視聴者――ユニコーンが反応してねえ。そいつはだれだ!男を引っ張り込むなって大荒れな訳」

 

「へえ。好きなVTuberに男の影を許さないからユニコーンってことか。怖いもんだね」

 

「一応、いちVTuberファンとして言わせてもらうと、そんなことするのはホントに一握りなんだけどねえ。そういう人に限って声がでかかったりするからさ」

 

「大多数の普通なファンよりも一部のユニコーンとやらの大騒ぎが目立ってしまうのか。まあ、そういうのはどこにでもある話だよ」

 

 ふうん。

 

「当事者のくせに興味なさすぎでしょ。もっとこう、動揺するとかなんかないの?」

 

 いや、別に。実害があるわけでもないから僕は困ってないし。

 

「本当にぶれないね……。アカウント名で特定されたりしてそうなものだけど、ゲームしてるときとか嫌がらせされなかったの?」

 

 特にそういったこともないな。まあアカウント名はバイトの時とプライベートの時で変えてるし。……そういえば、バイトの後とかにやたらフレンド申請が飛んでくるから、八重さんの情報が欲しいからかと思って全部拒否してたけど、僕への攻撃目的だった可能性も?

 

「普通にあるだろうさ。身バレ対策の対応が功を奏したようだね」

 

 なるほどとうなずきつつ、八重さんの配信画面を眺める。画面右下に表示された喜瀬川吉野の2Dモデルは不自然に首を傾げたまま微動だにしない。八重さんはまだ離席中なのだろう。

 上半身しか表示されていないが、派手な色彩の着物を着崩して肩を露出した姿とから、イメージは吉原の花魁だろうか。髪も結い上げていないし化粧をしているようにも見えないのでなんちゃって感が漂うが、他者を寄せ付けない鋭く気位の高そうな目つきだけが、遊ぶのにも敷居が高かったという花魁らしさを感じさせる。

 まったく。ガワがこれでも、中身はゲームに入れ込みすぎて閉じこもった引きこもりでしかないというのに。それでも牛嶋八重と喜瀬川吉野は似ているなと思ってしまうのは、中の人を知っているが故の贔屓目か。

 配信には数千もの人々が視聴しに来ているようだ。随分多いと思ったが北条が言うには事務所の他のライバーには万を越える同時接続者数を維持する者が何人もいるらしい。世の中広いものだ。

 チャットを覗いてみると、コメントが途切れることなく流れ続けている。こちらも盛況かと思っていたがどうも様子が違う。

 通常のコメントに加えて、明らかに文量の多い長文コメントや『バイトを辞めさせろ』だとか『追い出せ』だとか、不穏な単語を繰り返し述べているコメントが散見される。それらのコメントは削除されたり、場合によってアカウントごと消える事もあるが、しばらくするとすぐに別のアカウントが同じコメントを垂れ流している有様だ。

 八重さんが試合の合間や手隙にコメントを拾っているのは知っていたが、あまりにも普通にしていたのでこんな状況で配信しているとは気がつかなかった。意図的に無視をしていたのだろうが、たいした胆力である。

 

「この状況を七野ちゃんも知ってるんだろうね……」

 

「さすがに配信も見てるでしょ。どっかの誰かさんと違って」

 

 誰のことなのか、ちょっとわからないですね。

 少なくとも、リアルタイムで配信を見ながらゲームはしていなかっただろう。あの素直な娘がこんなチャットを見ながら平然とゲームできるはずがない。というか、リアルタイムで見てなくてもできないタイプな気がするのだが、七野ちゃんからはそういった様子はみられなかった。

 まあ、妹思いの八重さんがこんな状況でゲームに参加させているのだから、なにかしら手を打ったのだろう。たぶん。

 

「しかし、これはあまりいい状況じゃないのではないかな?こうも誹謗されていては健全とは言えないし、ネット越しの事とはいえどこからか情報が漏れてリアルに被害が出ないとも限らないと思うのだが」

 

「それはそうだね。お姉さんもこんな状態で無理に配信続けてても精神的に辛いんじゃないかな」

 

 それはどうだろうか。

 

「いや、普通こんな色々言われながら実況なんてできるもんじゃないわよ。あたしの知る限り、こういう炎上したら折れるなり休止するなりお気持ち表明なり、なにかしらするもんだけど」

 

 普通はそうなんだろうが、何しろ八重さんだからなあ……。あの人普段はだらしない所もあるが社交的で気風のいい姉ちゃんなのに、事ゲームに関しては頑固なところがある。

 七野ちゃんに聞いた話だが、在学中から大家さんの就職しろって小言をガン無視しし続けてゲームへの熱意だけで今の事務所に入ったらしいし。

 

「確かに吉野さん、普段はそうでもないのにゲームに関しては負けず嫌いだし、自分のプレイに納得いかないと延々と練習とかしてて、視聴者置いてけぼりにしちゃうところあるのよねえ。そういうストイックさが好きな人も多いんだけど」

 

「ゲームへの思いあふれるかっこいいエピソードだが、冷静に考えてみるとお婆ちゃんの話を聞かないあたりクズだな……」

 

 あの人は基本的にクズだよ。ちゃんとしてれば真っ当に生きられる能力があるのに、そのリソースの大半をゲームだけにつぎ込んでいるのだから。

 まあそういう人なので、今の配信も視聴者を楽しませたいとかもっと人を呼び込みたいとかよりも、自分がやりたいからって欲求を優先しているのだろう。だからこそご覧の有様でも平然としていられるのだ。

 

「企業の利益に真っ向から反してるねそれ……。けど、そうだとしてもわざわざ君を、部外者の男を出す必要はないんじゃない?そんなことしないで七野ちゃんと二人でとか、女性のライバーを呼んでくれば済むと思うんだけど」

 

 東雲の真っ当な疑問への反論の材料はない。まあ、バイトの身としてはどんな状況であろうが指示されたことをやればいいだけではある。八重さんが燃えていても僕は困らないし。

 ……しかし、彼女の不可思議な行動はどうにも座りが悪い。何故わざわざ火に油を注ぐような真似をするのか。それも、七野ちゃんを巻き込んでまで。七野ちゃん自体がこの件をどう思っているのかも気になるところである。

 ーーああ、これだから嫌なのだ。人付き合いというものは。

 当たるはずもない推測であれこれと相手の思惑や気持ちを推し量り、必要かどうかもわからないお節介をすべきか悩むはめになる。

 最近は何も考えていない脳天気な奴らの相手ばかりしていたからそんなことも忘れていた。 

 疑問も解消されず、もやもやとしている間に八重さんが戻ってきたのか、北条のスマホ画面に写った喜瀬川吉野が動き始める。慌ててイヤホンを付け直すと声が八重さんの声が聞こえてくる。

 

「さあて、それじゃあ再開といこうかね。バイト君も問題ねえな?」

 

 仕方がない、今はバイトに集中するときだ。

 僕は大きく息を吐いて気持ちを入れ替えると、ゲームの準備完了ボタンを押して合図する。

 

「よしよし。妹ちゃんがいない間にポイント減らしてるなんてことがないようにしねえとなあ」

 

 今八重さんの配信は相変わらず荒れているはずなのに、そんな様子を少しも感じさせない声音だ。

 ……いけないいけない。当事者である八重さんが平然としているのに、部外者である僕が集中力を欠いてしてプレイに影響が出たら目も当てられない。それこそ八重さんにどやされてしまう。

 しかし、それから数時間。集中してゲームに取り組んだつもりだったのだが、成績の方はいまいちよろしくない。

 

『ちょっ!ひとりでつっこむんじゃ……。ああ、だめだこりゃ。あれは助けられねえ。諦めて引くぞ』

 

『よし、ナイスだバイト君突っ込むぜ。……って、あの野良なんであんなとこまで下がってんだ!?』

 

『スタートから別行動かよ……。無しとは言わねえが、物資集めたらちゃんと生きて合流してくれんのかね。……あ、やられた』

 

 三人が統率の取れた連携をしていた先ほどまでと違い、野良の人間と組むとどうしても意思疎通に不都合が生じる。全員がチームの場合と違って野良と行動を共にするのであれば相手に合わせた動きも必要になってくるが、チームメイトを顎で使うことに慣れていた八重さんと、使われることに慣れていた僕はとっさの対応で遅れを取ってしまい、連携が乱れてしまう。

 

『うっそだろやられた!バイト君だけでも逃げてハイドしてろ!……って、バ、バイトォ!?……いやあ、見えてる崖から落下とかいうしょぼ死するバイト君を初めて見た気がするわ。仏頂面したバイト君の顔が目に浮かぶぜ。まあしゃあない。切り替えて次いこうぜ』

 

 それに加え、僕の凡ミスによる早期敗退でランクポイントを大きく下げる失態もあり、七野ちゃんが抜ける前よりもランクポイントは少し下がってしまった。

 通常であれば、痛い敗戦も僕は悪くねえの精神で流してしまえるのだが、こうも露骨な凡ミスをしてしまうとそうも言えない。

 妙なツボに入ったのか、いまだしゃべりに笑いが混じっている八重さんの声音を聞いていなければもっと気持ちが落ち込んでいただろう。仏頂面は余計だが。

 試合開始の待ち時間にイヤホンの片側だけ外して振り返ると、三人が顔を突き合わせてひとつのスマホをのぞき込んでいた。日付も変わってしまったし、寝てしまえばいいものを。

 

「うわあ恥ずかしい死に様さらしてるわ」

 

「吉野さんの笑いから憐れみを感じる」

 

 おいお前ら。

 

「あ、聞かれてた。やーい恥ずか死~」

 

 平然と煽ってくる北条を余所に、西園寺は渋面顔だ。

 

「ううむ。普通こんな死に方したら配信なんて盛り上がりそうなもんだが、そうでもないなあ」

 

「草生やしてる人もいるけど、バイト君への暴言と煽りで相殺されてるね」

 

「あたしも何回かこのリアル身内コラボ見てきたけど、過去一の荒れ具合ねえ。暴言煽りを器用に避けてコメントを拾ってるあたり吉野さんもプロだわ」

 

 ちゃんとしたプロならこんなことになる前にきちんと対策してるはずだけどな。

 

「そうなんだよなあ。そもそも事務所はこの状況をどう思っているのかね。現状を放置しているだけでは批判は免れないと思うのだが」

 

「ぶっちゃけ批判の声は出てるのよね。対策もしなけりゃ声明のひとつもださないから色々言われてるわ。ドル売り始めて急に伸びてきた事務所だし人手が足りないのかしら」

 

『さあて次は勝って挽回しねえとな。どこに降りるかねえ』

 

 そんな会話をなんとなしに聞いているうちに、いつの間にか試合が始まっていた。八重さんの声に慌ててイヤホンを付け直して画面の方を向く。

 集中しなければなんて言いつつ、まったく集中できていない現状に内心で舌を打つ。そもそも、試合の合間とはいえゲーム中に他のことに気を向けている時点で開始直後のパフォーマンスを保てているとは言えないだろう。

 まったく、他人事が気になって集中できないなんて今の僕のキャラじゃないだろうに。

 しかし、その後の試合も戦績はぱっとせず、ランクポイントを維持するのが精一杯な有様であった。

 僕自身もそうであるが、自分の思うように試合運びができないせいか、安定していた八重さんにもミスが出始めている。

 

『……ちっ!やらかした!なんであそこで外すかねオレは!』

 

 ひとり生き残っていた八重さんが一対一の打ち合いに負けたことで悪態を吐く。今のでせっかくプラスになったポイントがマイナスに戻ってしまった。

 ゲームは楽しくがモットーの八重さんも珍しく機嫌がよろしくない。それでも先に落とされた僕や野良のせいにしないのは流石である。

 しかし流れがよろしくない。以前から八重さんと僕と野良で組むことは何度もあったがここまで調子を崩すのは始めてのことだ。

 僕が勝手に調子を落としているだけの話ならまだいいが、流石の八重さんも度重なる中傷が響いている可能性がある。そうなれば今まで徹底してスルーしてきた荒らしコメントに余計な反応をしかねない。

 

『はあ……。どうにもいかんね。こりゃあ一回クールダウンが必要だな。時間もけっこうたったし一回休憩しようか。今度は長めにとって再開は三十分後だ』

 

 そう言って八重さんは音声を切る。

 明らかに集中力を欠いた僕にはちょうどいい。

 イヤホンを外し背後を振り向くと、相変わらず三人とも起きていて配信を視聴しているらしい。付き合いのいい奴らである。

 で、配信はどんな感じだ?

 

「強いて言えば吉野さんが荒れてコメントの荒れ具合も悪化したかな」

 

 オーケー状況は変わらないな。

 別に配信が荒れようが構わないが、荒れる原因の方が気になる。八重さんだから、で片付けるには不合理なことが多い気がしてしまう。気にする必要はないと自分に言い聞かせても、どうしても喉に刺さった小骨のような引っかかりがあるような不快感が残る。

 ……ああだこうだ考えていても仕方がない。このままではストレスが溜まるばかりだ。根本の解消をすることにしよう。

 

「解消ってどうするつもりなのよ?」

 

 決まっている。八重さんに話を聞くのだ。馬鹿正直に。

 

 

  *

 

 

 お隣の部屋のチャイムを鳴らして待つ。

 時刻はド深夜なのでもしかしたら出ないかなと一瞬頭をよぎったが、杞憂だったらしい。ほとんど待たないうちに部屋の鍵を外す音がして扉が開いた。

 

「よお。やっぱりバイト君か。どうしたんだよ急に」

 

 地味な色合いをした甚平に、乱雑に括った髪と大きな黒縁眼鏡のやぼったさは喜瀬川吉野と真逆の地味さを醸し出している。眼鏡の奥にある鋭い目つきだけが、八重さんと喜瀬川吉野の共通点かもしれない。

 妹である七野ちゃんの可愛らしさを思うと、ちゃんとめかし込めば共通点も増えるだろうが、八重さんがそういったことをする姿は僕にはイメージできなかった。本人もそんなことに使うお金があったらゲームを買うと断言するだろう。

 それぐらいにざっくりした性格をしている八重さんであっても、こんな時間の訪問者をろくに確認もせず扉を開けてしまうのは無防備ともいえる気軽さでいかがかと思ったが、時間制限のある今は好都合だ。

 夜分にすみません。ちょっとお伺いしたいことがありまして。

 僕の言葉にちょっと面白そうな顔をする。

 

「へえ。配信の合間のこのタイミングでね。いいぜ、中で聞くよ。入りな」

 

 そういって僕を招き入れる八重さんの後に続いて部屋に入る。作りは僕の部屋と同じはずだが、散らかり具合はこちらが上だ。配信に使用しているパソコン周りや床にはゴミやら下着やらが散乱し、テレビやその周辺の棚にはゲームハードやソフトが収納されているのだが、雑に出し入れしたようではみ出た配線やコントローラーが汚らしい。

 七野ちゃんが起こしに来たときに掃除と整理整頓をしているらしいし、かつ起き抜けからずっとゲームをしっぱなしだったはずなのにどうやったらここまで部屋を汚せるのだろうか……。

 ペットボトル類は何故かボーリングのピンみたいに三角形の形に並べられているが意味があるのかこれは。飲みかけのやつが何本も残っているのも不可解である。

 

「流石にしょんべんはトイレでしてるから、期待してもらって悪いけどその辺はただの飲みかけだぜ」

 

 何も期待しちゃいないし、八重さんがボトラーにまで成り下がっていたらすぐさま大家さんと七野ちゃんに言いつける。

 

「い、いやだなあおい。私がそんなことするわけねえだろう?そこまで人の尊厳は捨てちゃいねえよ。人には最低限守るべきラインってやつがあるからな、うん」

 

 急に早口になるじゃないですか……。まあ七野ちゃんに軽蔑されたくなければそのラインってやつは死んでも守ることです。

 

「わかってるって。……で、バイト君は私に何を聞きてえんだい?」

 

 時間もないことだし、無駄な前置きは省く。

 何で僕を配信に呼び込んだんです?

 僕の直裁な問いに八重さんは目を見張った。

 

「なんだお前急に……。ああ、もしかして私の配信見たのか?チャンネル登録すらしなかったくせに今更だなおい」

 

 偶然目にする機会があっただけです。

 わざわざ火種を持ち込んで盛大に花火をあげるのは八重さんらしい気もしますが、七野ちゃんを巻き込むのはらしくない。

 いったい何のためにこんなことをしているんです?

 

「ははあ、なるほどなるほど……。今日はらしくないやらかしが多いと思ったら、そういうことか」

 

 八重さんは納得したように頷いている。目を伏せ、口元に手をあてているせいでその感情は読めない。

 

「つまりバイト君。お前はVTuberである私がなんで炎上の火種になる男をわざわざを呼んだのか、そんな炎上不可避な状況になんで妹ちゃんを近づけたのか。それが知りたいと」

 

 いちいち確認しなくてもいいです。それで、どうなんです?

 

「まあ慌てるなよ。ちゃんと教えてやる。私がこんなことしている理由はな……」

 

 そこで言葉を切ると八重さんは目を開き、口元の手を外す。その口元はだらしないほど緩んでいた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただお前達と一緒にゲームがしたかったから呼んだだけだ」

 

 ……はあ?

 思わず目を見開く僕に、八重さんはげらげらと大笑いしている。

 ちょっ、ちょっと待て、そんなしょうもない理由で!?

 

「そうだよ。最近は視聴者(外野)がいろいろうるさいからなあ。今まで一緒に遊んでたやつらは誘うと迷惑がかかるし、事務所ん中だと私のランク戦に付き合えるレート帯のやつはいねえしってんで、都合よく付き合える実力のある身内から選んだ訳だ」

 

 それは軽率な気もするが、まあ納得できる。けど、最初の一回の時点で配信は荒れたはずだ。そこで僕を外すことだってできたはず……。

 

「なんで私が外野の言い分を聞いてやらにゃいけねえんだよ。相手が男かどうかなんて知るか。まあ、あそこまで荒れるのは予想外だったけどよ」

 

 あんた一応配信者だろう!?このまま燃えてたら視聴者も減るし事務所も黙っちゃいないだろうが!

 

「別に私は人が減っても困らねえよ。私は外野に媚びるためにライバーやってるんじゃねえ。いろんな人たちとたのしくゲームしたいからライバーになったんだ。……後、婆ちゃんが働けってうるさかったし、配信やるなら企業じゃないと認めないって言うし」

 

 最後の発言で台無しじゃねえか。

 

「婆ちゃんも納得したんだしいいんだよ。事務所の方でも今マネージャーと上層部が対応してるからそのうち勝手になんとかするだろ。最悪ライバーなんて辞めて個人配信者になってもいいんだ。今なら食ってくぐらいの視聴者はつくだろ」

 

 たぶん対応の前に泣きながらって言葉が抜けてるだろそれ……。

 くそ!やっぱりこの女は僕の思っていた通りの女だった!なんだかんだと余計な心配をしたのが馬鹿みたいだ。

 僕の反応を見て先ほどからずっとにやにやしている八重さんは、死に体の僕に追い打ちをかけるように追い込みをかけてくる。

 

「後、お前は妹ちゃんのことを心配してるみたいだが、この三人で遊ぶのを続けたいって言ったのは妹ちゃんだぜ?配信が荒れたことを知った上でだ」

 

 ええ……。

 

「妹ちゃんはあれでも私の妹なんだぜ?お前が思ってるほど繊細さは持ち合わせてねえよ。こんな人たちに楽しい時間を邪魔させない!って燃えてたぐらいだ」

 

 今、僕の中で世話焼きで素直で純情なかわいい妹像が破壊された。クソみたいな姉を反面教師にしているかと思ったら感化されているなんて……。

 そ、それでも特定とかされてリアルで襲われたりとか……。

 

「そんな有るかもわからねえことにかまってられるか。それに、私は他のライバーみたいに前世がある訳でもないしひきこもってて事務所にでかけることもねえのに特定なんかされるかよ。発言にだけ気をつけりゃあ問題ねえ。一応婆ちゃんには話を通してるけどな」

 

 そこまで聞いて抗弁の種が尽きた僕はがっくりうなだれる。結局、僕が勝手にいろいろと頭を悩ませて、勝手に調子を落としただけということか……。

 

「いやあ、普段から仏頂面でつっけんどんなバイト君がそこまで心配してくれるなんて嬉しいねえ。ちょっとなでさせろよ」

 

 そう言って八重さんは僕の頭をぐいっと胸元に抱えてわしわしと力強く頭をかき回してくる。

 やめろやめろ!死人に鞭を打つんじゃない!ていうか痛い!

 僕は抵抗をするが、体勢を崩され器用に固められたせいで上手く振り払えなかったので、八重さんが満足するまで頭を擦られ続けた。

 

「いやあ堪能した。さて、これで疑問も解消したろ。そろそろ時間だし、早く戻りな。さっきみたいな無様は晒してくれるなよ?」

 

 言われなくても帰るわ!

 やっとのことで解放された僕は憤懣やるかたない気持ちを抱え、いまだにやけている八重さんに見送られながら部屋を後にする。

 

「やあ、お帰り。吉野さんはどうだった?」

 

 部屋に帰った僕は、声をかけてきた西園寺に答えずにまず冷蔵庫に向かった。

 冷凍室の扉を開けると案の定、空のグラスが並んでいたのでそれを取り出す。そしてその辺に置いていた角瓶ボトルのディスペンサーをワンプッシュ。冷蔵庫の中のソーダ水を注ぐとかき混ぜることもなくぐいっと一息に呷った。

 

「ああ!?ボクだって空気を読んで手をつけてなかったのに!」

 

 うるせえ!飲もう!

 抗議の声を上げる西園寺は冷凍庫から取り出したグラスを押しつけると途端におとなしくなった。

 

「いや、どうしたのさ急に。何かあったの?」

 

 どうしたもこうしたもあるか。むしろ何もなかったわ!

 

「ええ……。よく分からないけど、吉野さんは大丈夫ってこと?」

 

 大丈夫も何も、あの人はなんも考えちゃいねえよ。飲まずにやってられるか!お前らも一切気にしないでいいから飲め飲め!

 

「珍しく荒れるわねえ……。まあ大丈夫ならいいけど。夜中だけどつまみ用にお菓子あけちゃお」

 

「なんか個包装のやつが多いね。……あっ」

 

「だいたいどんな想像したか察しがつくけど違うから。確かに今日パチンコ打ったときの景品だけど、端玉分だけじゃなくてあえて交換してきたやつだから」

 

 テーブルに酒やつまみを広げ始めた外野を余所に、僕は酒を片手にパソコンへ向かう。酔っ払ったらプレイに影響が出る?そんなこと知るか!

 

『さあて!気分転換もできたし、さっそく始めるか!ん?なんか機嫌が良いって?いやあ、休憩中に偶然癒やし成分を補給できてなあ。今なら余裕で勝てそうだ』

 

 人を散々からかって上機嫌な八重さんを見て僕の機嫌は悪くなる一方だ。試合開始の待ち時間で自分のスマホを操作して喜瀬川吉野の配信を開き、荒らしのコメントを眺めて鬱憤を晴らすことにする。

 コメント欄は休日前なためか深夜にもかかわらず八重さんの機嫌が良くなり配信の雰囲気が改善したことへの喜びと、何に癒やされたのかという疑問と、程度の低い誹謗中傷で溢れかえっている。

 そうだ。もっと荒らせ。ちょっとでも八重さんの機嫌を落として見せろ。

 僕の心の中の応援もむなしく、喜瀬川吉野の表情は笑顔で固定されている。まったく使えない奴らめ。

 試合が始まってしまったので、流石に配信は消して手元のハイボールをぐいっと飲み干すと画面を睨めつける。

 僕のプレイは先ほどと比べられないぐらい雑になり、野良のチームメンバーも早々に脱落してしまった。しかし、ノリノリな八重さんの指揮が冴え渡ったためか、かみ合わせがよかったのか、時に敵を迎え撃ち、時にこちらから襲いかかりながら最終局面まで生き残った。

 都合良く戦闘に有利な高台を確保した僕たちは残敵が争っている所に投擲武器を投げ込み、やたら当たる八重さんの狙撃の援護を受けて肉薄した僕が暴れる。僕自身は倒されてしまったが、生き残ったぼろぼろの敵をきっちり八重さんが仕留めて試合に勝利した。

 

『いよっしゃあ!!』

 

 八重さんの叫びがうるさくかったので思わずイヤホンを外す。しかし、部屋の中も酒に酔ったやからが騒がしかった。

 

「やばっ!野良がサクッと死んだから隠れてやり過ごすと思ったのに、ガンガン戦いにいって勝っちゃうなんて!吉野さんはガンガン敵を倒しちゃうし、あいつは雑に突っ込むくせになんか生き残るし、色々とすごかったわ」

 

「あ、コメント欄の雰囲気がちょっと良くなってるね。すごい盛り上がってる。まあ荒らしの数が減った訳じゃないみたいだけど」

 

「まあそんなこといいじゃないか。とにかくめでたいときにやることはひとつだ」

 

 西園寺の発言を受けて三人はかんぱーい!と声を合わせグラスを打ち付けあう。酒を解禁してから一試合しかプレイしていないので大して時間はたっていないはずであるが、導入された業務用ボトルのせいで手軽に酒を注げるためかペースが速いようだ。普段ならあまり騒がしいのはごめんだが、今は無性にあの中に混ざって浴びるように酒を飲みたかった。

 

『いやあ、再開早々縁起が良いねえ。これなら妹ちゃんが起きてくる前にもうちょいポイントを盛れそうだな』

 

 楽しげな八重さんがそう言って始めた次の試合は、しかし楽しいことにはならなかった。

 マップに降り立った僕達は周囲を探索し装備の回収を始めるが、落ちている装備の品定めをしていると突然背後から殴りつけられ、衝撃で吹き飛ばされる。

 すわ敵かと周囲を確認すればそれらしい者は周囲になく、よくよく見れば体力も減っていない。

 殴りかかってきたのは、身内。今回一緒に入った野良チームメイトだった。

 彼は僕のなにが不満なのか、執拗なまでに僕のキャラクターを殴って弾き飛ばしている。無視できなくもないが、いざ戦闘に入るときもこれが続くのであればまともに戦えない可能性もある。

 ランク戦という、このゲームにおける真剣勝負の場での利敵行為とも自滅ともいえる妨害をする意図がわからず首を傾げる僕の耳に、呆れたような八重さんの声が聞こえてきた。

 

『ああ~……。もしかしてこいつ、うちの与太郎か?』

 

 与太郎というのは、喜瀬川吉野のチャンネルにおける視聴者の呼称であるらしい。VTuberというのは皆、固有の視聴者の呼び方があるというが与太郎(馬鹿な客)はいかがなものか。僕には関係ないけど。

 与太郎と呼ばれた野良プレイヤーは八重さんに向かって首を上下に振る動作で肯定してみせると、また僕を殴り始める。

 

『はあ……。あのな。いくら配信を荒そうがかまわねえが、ゲームの妨害だけはやめてくれねえか。そいつはマナー違反だぜ』

 

 この与太郎は八重さんの試合開始に合わせて自分もマッチングに参加し、運良くチームに入り込んだのだろう。もしかしたら同じようなことを七野ちゃんが抜けてからずっと行っていたのかもしれない。こういった行為はスナイプと呼ばれるバッドマナーであり、不正の元となる行為だ。

 というか、配信を荒らすのも十分マナー違反である気がするが、八重さんの中では問題ないのだろう。職業意識のかけらもない女である。

 八重さんの言葉を聞いて与太郎は動きを止める。

 

《男と絡むな。バイトやめろやめろやめろやめろ――》

 

 与太郎はチャットをやめろという単語で埋め尽くした後、また僕を殴る作業を再開した。

 配信の様子を確認しようとイヤホンを片方だけ外して背後を振り向くと、三人は配信を肴に酒を飲んでいる。北条なんかは、何がおかしいのかげらげらと大笑いだ。さっきまで心配そうな雰囲気だったのに、酒が入った途端すぐこれである。

 

「うひひひひ。いや~、数千の視聴者が見てる前でよくやるわねえ。これだけ徹底して荒らしできるなら立派だわ」

 

 対して東雲の表情は普段とあまり変わらず、スマホを覗き込もうとして羽織ったシャツが着崩れて際どいことになってる以外はいつも通りだ。

 

「これ、与太郎君にとって黒歴史になるんじゃないかな。コメントも流石に批判する内容が多いし」

 

 まあ、コメント荒らしだけでも不愉快なのに、配信自体を妨害するような行為はどんな層にも受け入れられまい。

 問題は八重さんだ。配信のコメントが荒れようがかけらも気にしない八重さんであるが、ゲームの妨害行為については話が別だ。この与太郎は八重さんに一番効果的に()()()()を表明できている。このままだと八重さんの口からどんな口汚い罵倒が飛び出すかわからない。

 

「それは不味いんじゃない?理由があるとはいえ炎上の元になりそうだけど……。なんとかできないかなあ」

 

 なんとか?できるとも。

 

「お、マジ?なんか秘策でもあるの?」

 

 もちろんある。そんな大それたものではないが。何か八重さんにも考えがあるのだろうと遠慮していたけど、あの人が何も考えちゃいないのがよく分かった。八重さんを不機嫌にできるのは今の僕なら大歓迎だが、僕のランクポイントにも差し障りが出る以上座視はできない。このめんどくさい問題を片付けてしまおう。

 問題は『誰』を使うかであるが。

 ……西園寺。

 

「んあ?」

 

 先ほどから会話に参加することもなく黙々と酒とおつまみを口に詰め込み続けていた西園寺が、顔を上げる。何せ朝からずっとアルコールを口にしていなかったのだ。やつにとって、体内に足りなかった成分の補充は急務である。だが、それももう十分だろう。

 西園寺に策と呼ぶのも烏滸がましい内容を説明すると、彼女はにやりと笑った。

 

「ははあ、なるほど。面白そうだね。どれ、ひとつ芸を披露するとしよう」

 

 別に芸と言うほどのことをやらせるつもりはないのだが……。

 まあとにかく、今も試合は進行中で、こうやって動きを止めている間に僕たちは不利を背負っていくのだ。さっさとやってしまおう。

 西園寺はパソコンに寄ってくると、僕が外していたイヤホンの片側を取り自分の耳に付けた。

 

「そう嫌そうな顔をするなよ。こうでもしないと配信の状況も分かりづらいだろう?」

 

 パソコンからイヤホンジャックを外してしまえばいい話だと思ったが、イヤホンから伝わる雰囲気と2Dアバターの様子から察するに、八重さんは噴火寸前だ。口論の時間も惜しいので僕のすぐ横でにやにやと嫌らしく笑う西園寺にマイクを押しつけると、ボイスチャットのスイッチを入れた。

 

『おい、てめえいい加減に――』

 

「まったく、いい加減にして欲しいね」

 

 八重さんの言葉を遮るように、西園寺が言葉を紡ぐ。

 

「せっかくランクポイントが盛れてるのに、こんなことで妨害されるのは勘弁だよ」

 

『お、お前……』

 

 八重さんは一瞬戸惑った様子を見せるが、まがりなりにも配信者ということか、すぐに立て直して話を合わせてくる。

 

『……まったく。配信に乗っかるから声出すなって言ったろうが。一応事務所からもその辺は気をつけるように言われてるんだぜ?』

 

「そんなの知らないよ。そもそも吉野さんが僕が男みたいな雰囲気出してるからこんなことになったんじゃないか。吉野さんの配信が荒れようが僕には関係ないけど、ゲームに支障がでるなら話は別だ」

 

『そんなことしてませーん。勝手に勘違いした与太郎共が悪いんだよ』

 

「まったく子供みたいなことを……。マネージャーさんが泣いてる姿が目に浮かぶね」

 

『最近オンラインミーティングで顔合わせたらマジで泣きそうな顔してるから今度写真撮って見せてやるよ』

 

「やめて差し上げろ……」

 

『けどよお。そんなこと言って、お前だって心配してくれてたじゃん?わざわざ休憩中にオレの部屋まで様子を見に来ちゃってさ。かわいいやつめ』

 

「やめろやめろ!ええい、とにかく、これでバイトは男じゃないって証明されたんだ。そこの与太郎君もアホなことしてないでさっさと真面目にゲームに取り組め」

 

 そこまで言ったところで、僕はボイスチャットを切った。

 

 ……ていうか、おい。

 

「うっひゃひゃひゃひゃひゃ!マジで似てるわ!声真似上手すぎでしょ!」

 

「いやあ、解像度高かったねえ。いかにも彼のいいそうな台詞だったよ」

 

 大爆笑の北条と、楽しそうに語る東雲を見て、西園寺は満足げだ。

 

「いやあ、我ながらすばらしい演技だったな。今度サークルの合宿で隠し芸として披露できるかもしれない」

 

 そんなの披露しようとするんじゃない。というか、誰がそこまでやれと言った。普通に女の声でしゃっべってバイトは女ですってことにだけすればよかったんだよ。

 

「いいじゃないか。今後プレイする時にも都合がいいだろう?ボクがいなくてもいつもの感じでチャットするぐらいなら違和感ないだろうし」

 

 チャットもするつもりはない。ていうか、いつもの僕みたいな口調でしゃべったらボイスチェンジャー疑惑とかでそうじゃないか。

 

「いや、そんなことないみたいだよ。コメント欄は好意的な感じですごい盛り上がってる」

 

 東雲が差し出してきたスマホの配信画面を見ると、『女やんけ!』とか、『コーン大敗北www』といった荒らしを煽るようなコメントで溢れかえっている。ボイスチェンジャーを疑うコメントもちらほらあるように見えるが、高速で流れるコメントにより一瞬で消えていき、逆に『落ち着いた感じだけどかわいい声』とか、『こんなかわいいリアクションするやつが男な訳ないだろいい加減にしろ!』というコメントの方が圧倒的に多い。……一部異論を挟みたいものもあるが、策は成功したと見ていいだろう。

 

『そういう訳だ。さっさとゲームに戻るぞ。与太郎もそれでいいな』

 

 八重さんの言葉に、野良の与太郎はしばらく棒立ちしていたが、やがて『ごめんなさい』とチャットを打ってきた。

 逆上して暴れるかとも思ったが、素直に退いてくれて助かった。

 

『わかればいいんだよ。……ああ、一応言っておくけど、ゲーム抜けようとかするんじゃねえぞ。ただでさえ出遅れてるのに一人抜けたらほぼ詰みだ。反省するなら死ぬ気で順位上げろ』

 

 与太郎がうなずくように反応したのを見てチームはやっと行動を開始する。既にけっこうな時間その場にとどまっていたので今いるエリアも外域からの壁が近づいてきている。というか、他のチームの襲撃を受けなかったのがもう奇跡だ。

 結局この試合はチームの奮戦むなしくランクポイントを多少下げてしまったが、流れを考えれば儲けものだ。

 その後からは順調だった。コメント欄には未だに火消しのための誤魔化しと決めつけるものや、バイトが女だと言わなかった八重さんに対する批判コメントも散見されたようだが、八重さんは勝手に勘違いしたお前らが悪いの一点張りでびくともしない。

 むしろ、休憩時間に僕が八重さんを訪ねた件の詳細を嬉々として与太郎達に語りコメントもそのエピソードに盛り上がっているようだ。それまでは試合の合間にコメント欄を覗いていたのだが、不愉快になる気しかしなくてやめた。

 結局七野ちゃんが復帰するまでに、目標に手が届くところまでポイントを盛ることができた。

 ……まあ、そこからが地獄だった訳だけど。

 しっかりと睡眠を取って元気いっぱいな七野ちゃんはともかく、僕と八重さんは休憩を挟んでいるとはいえ、半日以上ゲームを続けているのだ。睡眠不足の弊害が出てきていたし、ゲームとはいえども集中し続けていれば脳も溶けてくる。不安要素である七野ちゃん不在の時間をプラスで乗り切ったことで気も緩んでしまい、僕と八重さんは凡ミスを連発しまったくポイントが増えない時間が続いた。

 僕の場合は、さらに酒も入っている上、背後で人のことを置いて寝落ちしやがった三人の気持ちよさそうな寝息が不快度を上昇させているのでストレスが半端じゃなかった。

 七野ちゃんが頑張って僕たちのカバーをしてくれていなければ開始時のポイントを下回ってしまっていたかもしれない。

 それでもお昼過ぎからは一周回って眠気も収まり、少しずつポイントを増やしていくことができた。

 

『ふへっへへへへ……。ようやく頂上に手がかかったぜ……。ここで勝てばきれいに昇格よお……』

 

『まあ、もう予定の二十四時間は過ぎてるんだけどね……。配信枠取り直すぐらいなら後日に改めればよかったのに』

 

『うるせえ!せっかくここまで来れたのにお預けなんてされてたまるか!オレは気持ちよく勝って配信終わらせて布団に倒れこむって決めてんだよぉ!』

 

『いや、私は寝てるからいいけど……。バイトさんも大丈夫ですか?まだいけます?』

 

 もう反応するのも億劫だったが、試合準備完了のボタンを押して了承の合図とする。何故か指が震えて何度も完了とキャンセルを繰り返してしまったが、まあ伝わっているだろう。

 

『へへへ、バイト君もやる気満々じゃねえか……。絶対に勝つという鉄の意思を感じるぜ』

 

『そうかなあ。なんかどちらかと言うとやばい雰囲気を感じるけど。……まあ、いいか』

 

『よし……。それじゃあ行くぜ!これで仕舞いにするぞ!』

 

 高らかに宣言して試合を開始したのであるが、その試合はしょうもない凡ミスで早々に敗退し、結局目標のランク帯昇格にはさらに数試合を必要としたのだった。

 

 

  *

 

 

「ああ、ご苦労さん。仕事はきっちりとこなしたみたいだね。いやあ、おもしろいもんを見せてもらったよ」

 

 耐久配信を完遂させ、泥のように眠り続けた翌日の日曜日。僕は仕事の完了報告も兼ねて大家の婆ちゃん宅へ訪問した。起きてすぐこちらに出向いたのだが、時刻は既に夕方だ。予想通り日曜日まできっちり潰れてしまった。規則正しい生活リズムを取り戻すにはさらに時間がかかるかもしれない。

 明日からの講義を思って憂鬱になっている僕の顔を見ながら、縁側に腰掛けた大家の婆ちゃん――九子(ひさこ)さんはにやついている。

 既に七十を越えた総白髪の立派な婆さんであるのに、今の流行へのアンテナは僕よりも高い九子さんは、孫の配信もしっかりと確認しているらしい。……そういえば、八重さんと七野ちゃんがゲームをするのは九子さんの影響だと聞いたことがあったっけ。

 とにかく、把握しているなら話は早い。依頼されたとおり、ちゃんと八重さんに付き合ったのだ。これで完了ということでいいだろう。

 

「それでかまわんさあね。今月の家賃減額分はこれでよしとしようじゃないか」

 

 それは助かる。貴重な休日を丸々潰した上に余計なことをして恥をかいたので傷心中なのだ。これ以上働くのは勘弁してもらいたい。

 

「しっかし、今回は予想以上の収穫だったね。あの頑固なクズ孫がこれ以上燃えて事務所にいられなくなってたら、問答無用で就職させるところだった」

 

 九子さんは何気ない風にとんでもない事実を告げる。僕が驚いて口を開こうとするのを九子さんは手のひらを差し出して止める。

 

「どうせあれのことだから、事務所を辞めても個人で稼げるなんて嘯いてるんだろうが、そうはいかないよ。誰かがきちんと管理してくれる環境だから許してるんであって、てめえのケツもしっかり拭けないあまちゃんを自由にさせるつもりはないね」

 

 ……八重さんの展望はしっかりと見抜かれていたようだ。危なかった。今更あの八重さんに社会人としての規範は求められないだろうから、彼女はなんとか自分の生活を守ったといっていい。

 というか今のご時世、新卒を逃した社会人未経験者に就職は酷だろう。

 

「なにも会社に入って働くのだけが就職じゃないさ。誰か男を捕まえて結婚でもするならそれでもいいんだよ。……今ちょうど目の前に、相性のよさそうな若い男もいるしねえ」

 

 不良債権を人に押しつけないでいただきたい。ただでさえ結婚なんてイメージ湧かないのに、あんな社会不適合者との結婚生活なんて――。

 ……いや、けっこう想像つくな。仕事も家事もしないで画面の前からほとんど動かない八重さんと、それを嫌々世話する自分の姿が見える。やっぱり結婚ってクソだわ。

 

「ちっ。やっぱり見てくれだけじゃどうにもならないか。……それじゃあ仕方ない。七野の方をくれてやろう。家事もしっかり仕込んでるし、八重の百億倍ぐらいマシだろう?」

 

 それはその通りだ。というか、あの廃人と比べるのが失礼である。

 ……でもなあ。今回の一件で、僕の中のイメージと実際の七野ちゃんには乖離があることがわかった。ネット越しとはいえ、荒らしや暴言に立ち向かっていける娘だとは僕の眼をもってしても見抜けなんだ。

 そして、僕にとって自分の想像のつかない相手というのは何よりも恐ろしいのである。

 という訳で、現時点では無しだな。もっとこう、適切な距離で間合いを計りながら慎重に検討を重ねたい所存。というかそれ以前に、八重さんにしろ七野ちゃんにしろ僕にしろ、本人にその気がないのにこんな話をしても仕方があるまい。僕が生まれるずっと前からこんなお見合いみたいな話は廃れただろうに。自分が若かった時代基準で語らないでいただきたい。

 

「ほおん?つまり本人にその意思があれば受けるんだな?よっしゃ見てろよ。そのうち白無垢着せた二人を部屋まで送りつけてやるからな」

 

 なんで嫌がらせみたいな言い方なんだよ、怖えよ九子さん。ていうか二人は法律上問題があるし、そもそも受けるとも言ってない。

 

「か~!甲斐性がない男だね!女のひとりやふたりや三人ぐらい抱えてみせろってんだよ!」

 

 あんたそんなこと言ってるけど、亡くなった旦那さんが余所に女作ってたらどうする気だったんだよ。

 

「んなもん殺すに決まっとろうが」

 

 真顔で言うのは本当に怖いからやめて欲しい。

 僕が顔を引きつらせていると、九子さんは能面のような顔を崩し、にやにやと嫌らしく笑う。

 

「ああ、そういや対抗馬として『バイトちゃん』がいたんだっけねえ。七野に聞いた話じゃふたりはいるらしいじゃないか。夜中に部屋に連れ込んでるぐらいなんだ。もうよろしくやってるんだろう?お前さんの部屋は八重の部屋のついでに防音にしてあるけど、汚したりご近所迷惑にならないようにしとくれよ?」

 

 よろしくやってない。確かに部屋にちょくちょく出入りしているやつらがいるが、そういう関係ではない。強いて言うなら……なんだろう?

 

「そこは友達でいいだろうが、普通は……。まあ、余所様へ迷惑をかけなきゃ人を出入りさせても問題ないよ。せいぜい男女の友情がどこまで成立するのか、高みの見物をするとしようかね」

 

 友情?……まあ、友情でいいか。今のスタンスを変えるつもりはないから、見世物にもならないだろう。

 さて、それではこれで失礼するとしよう。

 ひらひらと手を振る九子さんに背を向けて歩き出す。今日は、というかゲームを始めてから何も食べていないので流石に空腹だ。さっさと部屋に戻って何か腹に入れるとしよう。僕だけならなんでもいいが、今も部屋に居座っている三人の意見も聞かねばなるまい。




本作タイトルを「依存したがる彼女は僕の部屋に入り浸る」に改題して書籍化されます。スニーカー文庫様より11月1日発売予定です。
詳細と続報は作者TwitterもといX
https://twitter.com/yorozuyaqb
スニーカー文庫公式サイト
https://sneakerbunko.jp/product/322304000132.html
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