特典が発動する度にトラウマと胃痛が増えるのだが・・・ 作:修道女は正義
錦木 千束。
この支部で働くリコリスでその名前を知らない者はいない。
いたとすればソイツは新人か、もしくは他支部から来たものか、もしくはスパイ、そのどれかだ。
やめて!
こんなかわいい女の子と一緒にいたらHSSが発動してトラウマが増える上に、鉄火場最前線に送られちゃう!!
お願い、出てくるなHSS!! お前が今発動したら、夢の後方勤務はどうなっちゃうのイ? まだ、勝負は始まっていない。作戦を考えれば、まだ挽回できるかもしれないんだから!!
次回、「HSS発動!!」。デュエルスタンバイ!
と、現実逃避も終わったところで冷静に考え直してみよう。
(どう考えても無理ゲだわこれ)
演習場にて。
試合開始から5分経過した後、私は兎に角逃げて逃げて逃げまくっていた。
普段の生活と訓練で磨かれた存在感をなくす技術と物陰を利用した視界から消える技術。
HSSが使えなくてもある程度は自衛、危険から逃れるために磨いたそれらをフルで使っても錦木 千束は『何故か』すぐにこちらを捕捉しカラーペイント弾を撃ってくる。
(足音も立てないようにしてるし、痕跡も残さないようにしてるのに何で見つけてくるんだよ!?)
内心で毒づきながらカラーペイント弾を躱すため、右へ左へ適当な部屋に入ることを繰り返す。
その際他の部屋に通じる別の扉があるときはそれも開け放ち、窓がある場合はそれも解放したままにしたり割ったりする。
こうすることで自分がどのルートに行ったか、選択肢を増やすことで分からなくすることができる。
最低でも思考の時間を設けて時間稼ぎくらいにはなるはずなんだけど、
(なんでピンポイントで私が逃げた方向に向かってくんの!?)
通路に出た瞬間だった。
「見ーつけた!!」
視界の端にある鏡に錦木 千束の姿が映る。
その瞬間に近くにあったドアを開け放ち、ペイント弾から身を守る。
そのまま部屋の中に転がり込み別の部屋に移動する。
(まだ足は持つ!! 筋トレとかしておいて良かった!!)
しかし、依然として状況は変わらない。
それ以前の問題もある。
①この試験は指令が満足するまで続けられる。私にはこの決定を覆すことができない。
②目の前のリコリスに今のままではまともな勝負にならない。しかし、HSSを使えば色んな意味で地獄行。
要約しよう。
負けることに意味はない。
本気を出したらトラウマ増える。
そして勝利したら命がいくつあっても足りない素敵な職場へ直行。
(ダメじゃん!! どの選択肢選んでもバッドエンド確定!! 何をどうやっても私の望む未来が訪れない!!)
どうする。
どうする!?
同時刻。
管制室にて二人の人間が試験の様子を観察していた。
「千束の奴、手こずっているな」
「あのリコリス、遠山とか言ったか? 逃げてばかりで全く戦っていないが・・・」
そこで言葉を切ると、別の画面で再生していた昨日の戦闘映像を見る。
「ある意味千束の『弱点』を突いている。しかし・・・何というか『覇気』がない。本当に同一人物か?」
「何度も検証した。しかし確信が得られなかった。それを得るため今回の試験を実施した」
それに、と言葉を切る。
「千束があそこまで本気になるなんて珍しいからな。『司令が満足するまでエンドレスで続ける』なんて無茶苦茶な条件があることにしてほしいと言うくらいには。」
「本当は一回こっきりの試験だったんだろ? お前さんも遠山って子に何か事情があることは薄々察しがついているんだろうが、千束もそれには気づいている」
「だから今回の話に乗った。理由は不明だが千束は遠山に強い関心を持っている。この試験を通して遠山の本当の能力と事情を把握し、千束もDAに戻ってくる切っ掛けになると考えたんだが・・・」
「そうはならんだろうな」
軽く息を吐きながら画面上で動く千束を目で追う。
「千束はきっと、遠山に強いシンパシーを感じているんだと思う」
「『殺しの才能』を持つ者同士のか?」
「それと同時に『不殺の意志』を持つ者としての、だよ」
今まで友達を作らなかった娘が、初めて友達を作ろうと頑張っている。
それを見守る親の心境に近いのか、ミカは優しく微笑んだ。
「映像を見た時アイツは驚くと同時に感動しているようだったよ。自分と全く同じ才能、同じ意志を持っているかもしれない同類が現れたんだ。無理もない」
優れた戦闘技能を持ち、誰に対しても優しく明るくコミュニケーションを取れる。
こんな
誰に対しても尊敬と愛情を向けることができる自慢の娘。
それがミカが千束に持つ印象だ。
しかし、
「同時に10代少女だからな。無意識に自分に『共感』してくれる相手を求めていたんだろう」
「・・・『愛情』を与え『理解』してくれる、ではなく『共感』してくれる相手が欲しかったのか、アイツ?」
「ある意味大切だぞ『共感』してくれる人ってのは。」
完全に自分と同じ目線、同じ考えの人物がいるということは即ち、自分だけが『特別』というわけではない、1人ではないという証明になる。
「要は寂しかったということだろう」
「アイツの保護者として情けない限りだが、千束も10代の女子だったというわけだ」
そんな会話をしながら、2人はモニターへと目を戻す。
戦闘が転換点を迎え始めたからだ。
いつも感想を書いてくれている方々、本当にありがとうございます。