「ここがトレセン学園か。興奮してきたな」   作:愉快な笛吹きさん

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温泉旅行の続き。とりあえず完結。最後なのでシリアス多め


「ようやくエンディングか。寂しくなるな」

「お待たせしました。こちらが本日の夕食となります」

 

「お〜ようやくか。美味そうだな刺し身に天ぷら」

 

「腰ミノに手ブラ?」

 

「言ってねえよ。どこのグラビア写真集だよ」

 

「見た感じは和食が殆どのようですね。タイキシャトルさんはお箸は使えますか?」

 

「ノー、ワタシはピストル派デース」

 

「いや得物の話をしてるんじゃねえから。箸で物掴めるかどうか聞いてんだよ」

 

「それは自信無いですネ……せいぜい飛んでるハエくらいしか掴めまセーン」

 

「剣豪か何かか? 逆にその方が凄えわ」

 

「そうなのですカ? ソーリー、なにぶんこういうワイセツ料理は初めてデ」

 

「会席料理だよ会席料理。まず名前から覚えろよ、何だワイセツ料理って。どこにそんな要素があんだよ」

 

「裸に剥かれたベジタブルやフィッシュが一杯並んでマース」

 

「それ殆どの食材に該当するやつだろ。お前の好きなBBQやステーキも全部ワイセツ料理扱いになっちゃうぜ?」

 

「ウーン話がワイザツになってきましたネ。もうワイシャツの話は置いといて早く食べまショウ!」

 

「お前が率先してややこしくしてんだよ。ワイシャツの話なんて全く出てこなかっただろ! あーもういいや、さっさと乾杯して食べるか。その前にたづなさん、一言いいかな?」

 

「告白ですか? わかりましたどうぞ」

 

「何でそんな期待に満ちた顔してんだよ。そういうことじゃなくて、乾杯前に一言挨拶してくれって言ってんだよ」

 

「一言ワイセツしてくれ?」

 

「挨拶だっつってんだろ。ただのセクハラだしまたワイセツの話に戻っちゃってんじゃねえかよ! いい加減に食わせろよ」

 

 

「は〜食った食った、流石に満腹だな」

 

「もう食べられまセーン。腹ごなしに枕投げやプロレスごっこがしたいデース」

 

「もう駄目ですよ。枕投げなんかしたら階下に響いちゃいますから」

 

「何でプロレスごっこの方はスルーしたんだ? まあでもそうだな、夜空も綺麗だしちょっと散歩にでも出てみるか? 色々話したいこともあるしさ」

 

「話したいこと……こ、告白ですか?」

 

「いよいよ出頭を決めたんですネ?」

 

「違うっつってんだろ。何二人揃って逃亡犯に仕立て上げようとしてんだ……ほんと、懲りねえよなお前ら」

 

「……トレーナーさん?」

 

「え? ああ悪い悪い。ちょっとぼーっとしてたわ。んじゃとっとと行くか」

 

「ハイ! 夜の散歩楽しみデース!」

 

(今の表情、凱旋門賞で見かけたのと同じ……何かあるんですか? トレーナーさん)

 

 

 

「ファンタスティーック! まさに満天の星空ですネ!」

 

「確かにすげえ輝きだな。これ見たら他のトレーナーたちが星の名前をチーム名に付けたがるのも納得だわ」

 

「星の名前……ヤスとかミキモトとかですカ?」

 

「容疑者のホシじゃねえよ。多分一生輝けねえと思うわそれ」

 

「ウフフ、ソーリーです……でも本当にトレーナーさんと一緒にいるのは楽しいデース! これからもますますの御託、おべんちゃらをお願いしマース!」

 

「ご指導ご鞭撻な。それもうトレーナーって言わねえんじゃねえかな…………いや、ある意味間違ってねえのかもな」

 

「……? どうかしましたカ、トレーナーさん?」

 

「いや、言いたいことが色々あり過ぎてな。そうだな……初めての担当だったけど、この三年間本当に楽しかった。夢だったダービー優勝だけじゃなく、二人のおかげで数々のG1レースを取れたこと、本当に感謝してる」

 

「ウフフ、もっと感謝するといいデース」

 

「十分に勝てるレースでしたので、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」

 

「謙虚さの欠片も無えコメントだな……まあでも、そんな二人をずっと見てきたからこそわかるんだよ。もう俺の力はお前らには必要無いって。だからよ――今年度で、このチームは解散する」

 

「解散……なら次は選挙で決めるんですね。対抗バは誰でしょうか?」

 

「厳しいバトルが予想されますネ。ドブ板センジュツ、タガクのケンキン、ヒショがヤリマシタの出番デス」

 

「汚職政治家のやり方じゃねえかそれ。そもそも選挙とかしねえから。解散だけな、契約も延長しない」

 

「そ、そんな……」

 

「ワッツ!? そ、それは認められまセーン! 来年も、そのまた来年も、ワタシのトレーナーさんは伊達トレーナーさんだけデース!」

 

「タイキ……悪いけどそれは無理なんだ。黙ってたけど、俺は三月いっぱいでこの学園から去る」

 

「十年後の三月ですカ。なら安心しましタ」

 

「サッカー選手の夢ノートか? そんな先の話なわけねえだろ……ジャック・ル・マロワの時だったか。たまたま向こうのトレセン学園の関係者から声を掛けられてさ、日本よりもずっと多くのことを学べるって言われて悩んでた時期に、偶然こんな記事をネットで目にしてよ」

 

「……パンダのニュースが何か関係あるのですカ?」

 

「そっちじゃねえよ。その二つ下な。『快進撃の伊達トレーナー、勝利の秘訣は単なるウマ頼み?』ってやつだ」

 

「何ですか……これは!」

 

「単なるゴシップ記事だけど、まあ何となく想像できるだろ? 要は俺の実績は、単にお前らの才能が凄かったから、って内容だ。もちろん見たときはすげえムカついたけどよ……完全に否定できるほどお前らに特別なことをしてやれたとはどうしても思えなくてさ。そんな自分自身にもまた腹が立ってたんだわ」

 

「……で、でも所詮はゴシップですよ? こないだのうまぴょい疑惑の件は別としても、嘘や推測だらけの記事をそこまで気にしなくても」

 

「そこはうまぴょいの方を無視すべきじゃねえかなあ? まあとにかく、気にしちまうのは俺がトレーナーとしてまだまだ未熟って証拠だ。だからフランスで勉強し直して、今度こそお前らを全力で支えられるようになりてえんだよ」

 

「トレーナーさん……」

 

「そういうわけで、ここらで一旦お開きにしようぜ。何年かかるかはわかんねえけど、いつかまたお前らとチームを組めるように――」

 

「ノーー!! そんなのは嫌デース! ワタシは……ワタシはトレーナーさんとずっと一緒にいたいデース!!」

 

「わかんねえ奴だな……話聞いてただろ? 別にもう会えなくなるわけじゃねえんだから、お前らの為にもこれがベストなんだよ!」

 

「わかっていないのはトレーナーさんの方デス!! ワタシが初めてトレセン学園に来たあの日……本当はベリーベリー不安でした! パパもママもフレンドも誰もいない。そんな所でやっていけるのかって泣きそうなときに、トレーナーさんに出会ったんデス。大きくて、ブロンドヘアーで……ほんのちょっとだけパパに似たふいんきだったから思わず声をかけたんデース」

 

「雰囲気な、確かに間違えやすいけどさ……そうなのか」

 

「そうデース……でも、声をかけてからはもう寂しくなくなりましタ。トレーナーさんはいつも面白おかしくリアクションしてくれマスし、たづなさんは時々怖いデスが、いつも優しくしてくれるからデース。二人がいてくれたから……まるでパパと、ママみたいに……いつも見守っていてくれたから……ワタシはここまで…ヒック……成長できましタ!」

 

「タイキシャトルさん……」

 

「だから……トレーナーさん、辞めるなんて言わないで……ヒック……下サーイ。そんなの寂しくて……ヒック、夜しか眠れまセーン!」

 

「普通じゃねえかよそれ。けどまあ……ありがとな、タイキ。でも俺は――」

 

「……その前に、私からもいいですか? トレーナーさん」

 

「何だよ? たづなさん」

 

「一つ言い忘れていたことがありまして――あの凱旋門賞のとき、私は決して良いコンディションじゃありませんでした。そのうえ芝の違いやラビットの存在など、環境的にもずっと不利な状況……そんな中、私はどうやって競り合いから抜け出せたと思いますか?」

 

「そりゃまあ……体力や末脚を残してたとかだろ?」

 

「違います――あのとき、競り合っていたウマ娘たちは誰もかれもが叫び合っていました。『負けねえ――』とか『勝負だ!』みたいな言葉を大音量で私に浴びせてきて……だから、私も負けじと声を上げてみたんです」

 

「……まさか」

 

「ええ、にっこり笑いながら言いました。『Je ne sais pas de quoi tu parles《ちょっと何言ってるかわかりません》』って」

 

「マジ……か。あの局面でか?」

 

「面白かったですよ。あの場の全員がぽかんとした顔になって。そうして生まれた一瞬の隙を突いて、競り合いを抜け出したというわけです」

 

「ア、アメージング……そんな駆け引きがあったんデスね」

 

「ええ。ですがもちろん、こんなのは一回こっきりしか通用しません。競り合った向こうのウマ娘たちがたまたまリアクションの激しい性格だったのもあるでしょう……だとしても、あのとき私が勝てたのは、間違いなくお二人のやり取りを間近で見続けていたからなんですよ」

 

「…………」

 

「そうだったんですネ……フフッ、やっぱりこのチームは最高デース」

 

「報告は以上です。ちなみに、学園の秘書としての立場から言わせてもらえば、ゴシップ記事とか自己評価とかどうでもいいと思っています。大切なのはトレーナーさんの育てた愛バたちがどう思っているか。だから、胸を張って下さいトレーナーさん。私は貴方を――」

 

「イエース、ワタシもユーを――」

 

「「世界一のトレーナーさんだと思っていますから」」

 

 

 

「…………反応がありませんね」

 

「全米が引くほどのコメントをしたと思ったのデスが」

 

「……いや引いたら駄目だろ。せっかくグッと来るようなことを言ってくれたのによ」

 

「それなら良かったデス。でもお気持ち表明だけではまだまだ足りまセーン。確かな形になるものをお出しできればここで手打ちにしまショウ」

 

「完全にヤクザの脅し方じゃねえか……はあ、せっかく格好付けて別れるつもりだったのによ。そんなこと言われたら揺れちゃうだろ」

 

「お腹がですカ?」

 

「心がだよ。腹はいつも揺れてんだようるせえな! というか今のやり取りでようやくわかった。お前らを他のトレーナーに預けんのは無理だなこれ。ふざけ過ぎて最後には付き合いきれなくなるのが目に浮かぶわ」

 

「ええそうですよ。だって私たちはトレーナーさん専用のウマ娘なんですから」

 

「ハイ! もうトレーナーさん抜きではやっていけないボディになってしまいましタ」

 

「また人聞きの悪いコメントだな…………まあけど、お前らの話を聞いて、俺の頑張りも全くの無駄じゃないってことがよくわかったよ……ありがとな」

 

「ウフフ、雨降って爺が田んぼを見に行くとはこの事ですネ」

 

「雨降って地固まるだろ。状況悪化してんじゃねえかそれ。ま……とりあえず話はまとまったことだし、さっきの話はキャンセルだな」

 

「でも、トレーナーさんはフランスに行きたいんですよね? ですが私たちもトレーナーさんの側を離れたくないですし……だったら、方法は一つしかありません」

 

「ハイ! トレーナーさんを二人に増やしマース」

 

「アメーバかよ俺は。それできるんならこの流れ全然要らなかっただろうが!」

 

 

 ――三月末日――

 

「快晴っ! まさに三人の門出を祝福するような、良い天気だな」

 

「最後までばたばたさせてしまってすみません理事長。おまけにあいつらの留学の手続きまで世話になっちゃって」

 

「結構! 君には何度も変な誤解をしてしまったからな。せめてこれくらいの事はさせてほしい。また肩を揉んでもらえる日を楽しみにしておるぞ!」

 

「理事長のこと、よろしくお願いしますね。樫本"秘書"代理」

 

「あ、はい……ですが担当者の変更手続きの理由、本当に間違っていないんでしょうか? その、育休と書いてあるのですが……」

 

「ええ、そのうちそうなると思いますから。大丈夫ですよ、昔から約束事はきっちりと守る性格なので」

 

「そ、そうですか。わかりました。ならこれで申請しておきますね。健闘を祈ります……」

 

「――そろそろ時間だな。見送りは済ませたか? タイキ」

 

「ハイ。海外に売り飛ばされることになりましタ、と言ったら皆涙を流してくれましタ」

 

「涙を俺の信用と引き換えにすんじゃねえよ。何してくれてんだ」

 

「ウフフッ、流石にそれはジョークでス。ダイジョーブ、少し寂しくはありますが、三年前と違って泣きそうになることはありまセーン」

 

「ならいいけどな。とりあえずは新しい環境に早く馴染まねえと。仏語の勉強は順調か?」

 

「イエース、ですがこのブックは漢字だらけでわかりにくいのデース。マンガキッサ、ウドン、パクパク……」

 

「遇茶喫茶【ぐうさきっさ】、優曇華【うどんげ】、魂魄【こんぱく】な。それ仏語じゃなくて仏教用語だろが」

 

「オーウ、うっかりしてました。仕方ありませン。こうなれば飛行機の中でみっちりトレーナーさんに教えてもらいマース」

 

「あ、なら私もお願いしますね。とりあえず『tu voudrais devenir ma femme ?』(僕の妻になってくれないか?)の日本語訳を今すぐ教えてほしいのですが」

 

「「聞こえていますか? トレーナーさん」」

 

「お前らなあ……これ以上俺に負担掛けんじゃねえよ! もういいよ!」

 

 ――こうして、日本でのレースを卒業した三人はフランスに渡り、現地のトレセン学園に所属することとなった。ひっきり無しにコミュニケーションを取り続けるという斬新な育成方法によってめきめきと頭角を表した二人のウマ娘は、後に数々の海外G1レースの覇者となったとか。

 

 

 

 ――その後――

 

「行ってしまったな……何とも優秀なトレーナーだったんだが仕方が無い。代わりの者は手配できておるな?」

 

「はい。フランスのトレセン学園より交換留学の形で一人派遣されるようです。少々変わり者とのことですが……」

 

「それでも腕は確かなのだろう? なら問題はあるまい。再びこの学園に新しい風が吹いてくれることを期待しようっ!」

 

 

 

 ――四月上旬――

 

「ようやく辿り着いたようだな……なあそこの君」

 

「私……ですか? 何でしょうか……?」

 

「ここはトレセン学園の建物で間違いないかな? そば屋ではなくて」

 

「ええ……合ってます。というより……普通はそば屋と間違えたりしないと思いますが……」

 

「なるほど……いいだろう。では案内してくれ、この学園を支配するトップのところへ。理事長室にだ!」

 

「回りくどい……最初から『理事長室に行きたい』でいいのではないでしょうか? 案内はいいですが……アナタは一体誰なんですか?」

 

「人に名前を尋ねる時はまず自分からだ……違うかな?」

 

「すごく面倒くさい人ですね……私は……マンハッタンカフェ……といいます」

 

「パン食ったら屁か。確かに、自然の摂理だな」

 

「蹴り飛ばしますよ……マンハッタンカフェです」

 

「マンハッタンカフェ……良い名だな。どこか珈琲を思い出させてくれる」

 

「カフェとついてるんですから当然では? それで……アナタは?」

 

「ああ。俺の名は富澤。今日からここに配属することになったトレーナーだ。ところで……まだ名前を名乗って無い奴が、この場にいるんじゃないかな?」

 

「っ!? まさかアナタは……見えるのですか?」

 

「ああ、ばっちり見えている……そこの影でタバコを吸っている警備員の姿がな!」

 

「……そっちでしたか。校内は全面禁煙ですし……とりあえず注意する必要がありますね」

 

「そうだな……だが直接注意するのは怖い。だからそこの君、ちょっと警備員の前で音を立ててびっくりさせてくれないか?」

 

「やっぱり……見えてるじゃないですか!」

 

「見えてる見えてるって、ちょっと何言ってるのかわからないな」

 

「何でわからないんですか! もう……理事長室でしたね……とりあえず私に付いてきて下さい……!」

 

 完




以上です。
だいぶ端折りましたがとりあえずアプリ内の三年間を通した形になりました。
自己満足な単発ネタだったこの作品がまさかのランキングに入り、こうして完結までこぎつけられたのも皆様の応援のおかげです。ありがとうございました。

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