「ここがトレセン学園か。興奮してきたな」 作:愉快な笛吹きさん
「聖蹄祭……だと?」
「はい……独特な名前ですが、要は一般の学校でいう文化祭のようなものです」
「ほう、一般市民が多く集まるその日を狙って爆弾を仕掛けようというわけか。考えたものだな、カフェ」
「想像すらしていませんが……人を勝手にテロリストに仕立て上げないでもらえますか?」
「ははっ! 世間の浮かれた連中に、この世の不条理を教えてやると言ったのは誰だったのか」
「少なくとも私ではないですね。もういいので先に進みます……聖蹄祭は各人、何かしらのスタッフになることが義務付けられています。出し物の主催者になっても、裏方としてバックアップに回っても構いません」
「なるほど……奴隷のようにこき使われるか、競争に勝って栄光を掴むかの二択というわけか」
「文化祭でなぜそこまで悲壮に思うのか理解に苦しみますが……まあそういうことです」
「いいだろう……それで、カフェはどちらを選ぶ気だ? 奴隷か? それとも栄光か?」
「また極端な……でもそうですね。今年は主催者の方をやってみたいです」
「多くの者が成功を夢見ては破れ、最後は何も残らない。そんなリスクを背負う価値が果たしてあるとでも?」
「どっちなんですか! ついさっきまで裏方を奴隷呼ばわりしてましたよね?」
「ちょっと何言ってるかわからないな」
「何でわからないんですか! もう……とにかく、今回私がやりたいのは喫茶店です」
「喫茶店か。かなり人目につくが大丈夫なのか?」
「大丈夫です。人と話すこと自体は好きですから」
「わかった、ではカフェは店員役だな。俺は厨房からライフルでバックアップしよう」
「その殺りたいではなくて。喫茶店をオープンしたいという意味です」
「ス○バと肩を並べるほどのか」
「そこまで壮大ではないです……一日だけのイベントなんですから」
「はっ……誰もが大人になるにつれ、できない理由を探そうとする。昔はあんなにやんちゃだったのに、随分小さいことを言う奴になり下がっちまったもんだな」
「知り合ってまだ一年半にもなりませんが……本当にもうそろそろいいですか?」
「あ、はい」
「当日は私とトレーナーさん、そして不安しかないですがアグネスタキオンさんが協力してくれることになったので、三人で店を回すことになります」
「ふむ。なら取り分は俺が6、カフェが3、タキオン1が妥当か」
「全然妥当じゃないです……そもそも当日の売上は全額生徒会の預かりですよ」
「つまりカフェは雇われ店長か。ははっ! とんだ操り人形ってわけだ!」
「ああああもうっ! やる気が無いんだったら帰って下さい!」
「やる気はある。ただ空回りしているだけでな!」
「自信満々に言わないで下さい! で、こんな調子では確実に失敗しますので今からタキオンさんも交えてリハーサルをします……いいですか?」
「いいだろう……ではもう一度最初から説明してもらえるか――あっ、待って蹴らないで」
――30分後
「それではこの空き教室を借りてリハーサルを行います……私がお客さん役を演じるので、トレーナーさんは店員、タキオンさんは厨房スタッフをお願いします」
「いいだろう」
「任せたまえ。厨房と言ったが、実際に作って持っていけばいいのかい? カフェ」
「ええ、何種類かそこに作り置きしているものがあるのでそれを使って下さい……絶対に自作しないように」
「フリだろうか?」
「フリだねえ」
「断固として違いますから……とりあえず始めていきますね―――あの、ここはカフェでしょうか?」
「いや、カフェは君だが?」
「文脈で判断して下さい。喫茶店かと聞いてるんです」
「なるほど。わかった」
「もう一度いきますよ……あと店員なので敬語でお願いしますね」
「Entendu(畏まりました)」
「フランス語ではなく日本語で―――すみません、ここは喫茶店ですか?」
「あ、そうです。ようこそカフェ『死者のはらわた』へ」
「喫茶店にあるまじき店名をつけないでください――あの、コーヒーを飲みにきたんですが」
「頭皮を揉みにきたんですか?」
「マッサージチェアですか私は! お客です、お客」
「あ、お客さんですね。すぐにご案内いたします。お席はカウンターとテーブルどちらにしますか?」
「ではカウンターを」
「わかりました。じゃあ僕は休憩にいきますんで。お客さんがきたら笑顔で対応して下さい」
「受付カウンターは席じゃないです。何しれっと店番させようとしてるんですか……テーブル席で」
「テーブル席ですね。かしこまりました。禁煙喫煙はどちらにしますか?」
「もちろん禁煙で。というか学園内はタバコは禁止ですよ」
「いえ大麻の方ですが」
「なおさら禁止です! なにいきなり非合法なカフェにしようとしてるんですか!」
「海外だと実際に存在しているので――ああそういえば、本番では飾り付けなんかもするのか?」
「あ、そうですね。できればそれを踏まえた案内なんかもしていただければ……」
「いいだろう―――それではお席にご案内します。あ、そちらは店長が集めているパカぷちです。ええ、可愛いですよね。おまけに夜な夜な動き回ったり髪が伸びたりするそうで」
「人のコレクションを呪われたグッズにしないでください……本当にたまにだけですから」
「十分呪われてると思うがねえ」
「それではこちらのお席になります。椅子やテーブルはご自由にお使い下さい」
「普通は自由に使えるものだと思います」
「貴重品などは足元にあるカゴをお使い下さい」
「ああ、そういう気遣いはありですね」
「後でスタッフがこっそり回収させていただきます」
「普通に窃盗ですよね!? 一番やったらダメなやつでしょう!」
「でも海外じゃチップとかもらうじゃないですか」
「チップどころかメインを持っていこうとしてるじゃないですか……もういいから次に進んで下さい」
「ご注文はアイスコーヒーでよろしかったですね?」
「何でもう確定してるんですか。違います」
「でもお連れの方はそれでいいと」
「一般的に見えないものはスルーしてください――何でこういうときだけほのめかしてくるんですか?」
「ではこちらがメニューになります。おすすめは坂道ダッシュにタイヤ引きですかね」
「かね、じゃないです。それ私の練習メニューですよね。ではなくて、お品書きを出してください」
「すみません、ではこちらで」
「なんで胸元から出してくるんですか。秀吉じゃあるまいし」
「うん? 秀吉?」
「あ、すみません……トレーナーさんはずっと海外育ちでしたよね。その、戦国時代の有名な大名で」
「信長の草履を身体で温めたあの秀吉?」
「知ってるじゃないですか! 何だったんですかさっきのフリは! まったくもう――」
お品書き
・ホットコーヒー?
・アイスコーヒー?
・エスプレッソ?
・カプチーノ?
・毛力
・抹茶色に輝くカフェオレ
・紅茶
「……このクエスチョンマークは何ですか? タキオンさん」
「即座に決めつけるのはどうかと思うよカフェ、まあ合ってるがね。いやなに、日々の研究の成果を披露するには良い機会だと思ってね。こうして疑問系にしておけば商品詐欺にはならないって寸法さ」
「詐欺以外の罪には問われないとでも? おまけに品揃えまで勝手に追加して……カフェオレの方は大体想像つきますが、紅茶には一体何を仕込むつもりですか?」
「何を言うんだい。私の脳を支える神聖な飲み物に泥を塗るような真似などできるわけがないだろう?」
「コーヒーならいいとでも?」
「泥水と呼ぶ国もあるみたいだからねえ。まあそれ以前に、単に色が濃いから仕込みやすいということもあるんだが」
「……まあいいです。どうせ当日は私がキッチンに立ちますから。タキオンさんには指一本触れさせません」
「ふふ、私を守ってくれるなんて可愛いじゃないか」
「守るのはコーヒーとお客さんです……とりあえずモカを。字が少し間違っているようですが」
「いえ合ってますよ。こちらスタッフが開発した強力な毛生え薬でして」
「薬局で売って下さい薬局で! 客層がハ……少林寺みたいになるじゃないですか! ――ならもうホットコーヒーで。砂糖もミルクも薬も抜きでお願いします」
「ではホットコーヒーがクロで、間違いないですね?」
「刑事ドラマですか? ちゃんとブラックと言って下さい」
「ブラックがお一つですね。ご注文は以上でしょうか?」
「そうですね……あ、そういえばここは持ち帰りも可能ですか?」
「僕をですか?」
「コーヒーに決まってるでしょう! いちいちアングラな方向に持っていかないでください」
「ああコーヒーの話だったんですね。ベイルアウトで」
「テイクアウトですテイクアウト。コーヒーをどこに脱出させるつもりですか。アイスコーヒーを一つお願いします」
「アイスコーヒーですね。かしこまりました。サイズの方がS、M、CLUB――もとい、Lがございますが」
「絶対わざとですよね? そんな言い間違えしないでしょう普通……ならSで」
「Sサイズですね。こちらサービスでトッピングが付きまして。ソーセージ、ちくわ、シーチキンの中からお一つ選んで下さい」
「選ばないです……何でそのチョイスなんですか」
「やっぱり……サラミの方が?」
「そこじゃないです! コーヒーに盛り付けるんですよね? なんでラインナップが肉や魚ばかりなんですか」
「ウインナーが入ってるならシーチキンもありかなと」
「ウインナーコーヒーはそういう意味じゃありません! もういいからお会計に進んで下さい」
「わかりました。ではホットコーヒーとアイスコーヒーのSサイズをお持ち帰りで。300円になります」
「300円ですね。なら100円三枚からで――すみません。50円が一枚混ざってますね」
「大丈夫ですよ。お釣りは出ませんが」
「250円じゃないですか。なんで最初から言わないんですか」
「ところでスタンプカードはお作りになりますか?」
「スタンプカード……ですか?」
「はい。合計3杯で貯まるようになってまして。どうしますか?」
「まあそれなら……因みに貯まったら何かもらえるんですか?」
「はい、こちら毛力をプレゼントします」
「だからハゲしか来なくなるって言ってるじゃないですか! もういいです!」
――その後、根気よくトレーナーたちに指導したことにより接客は改善し、どうにか聖蹄祭は終了した。
翌月、マンハッタンカフェは悪天候のなか見事菊花賞に勝利する。忍耐を強いられるレース展開を制することができた理由をインタビューで訊ねられた彼女は「我慢は慣れてますので……」と語るに留めたという。
――菊花賞から数日後――
「やれやれ、まさか今回の実験も成功するとはね……これはいよいよ君の理論を信じるべきかな? トレーナー君」
「ああ……『特定の感情を蓄積させてウマ娘の走りや肉体に影響を与える』……科学的根拠は無いが、フランスではこれで実績を挙げてきた」
「ははっ、机上の空論だと投げ捨てた理論をまさか実践している者がいたとはね。実に興味深い! それでトレーナー君、次はどんな感情を彼女に植え付けるつもりだい?」
「まだわからない……カフェがかなりご機嫌斜めだったからな。やり過ぎて蹴られるのはごめんだ――だが、実験の成功者なら他にもいる。君だ。アグネスタキオン」
「私が……かい? 一体何を?」
「自分でもわかっているはずだ。カフェの走りに内心で感じているんだろう? ゼクシィを」
「結婚願望はまだ無いねえ。ジェラシーというのならまあ……否定はしないよ。それが?」
「ウマ娘とは植物みたいなもんだ……水や肥料を与えればすくすくと成長し、やがて大輪の花を咲かせる」
「ふむ。それだと水はトレーニング、肥料はレースってわけか。意外にロマンチストだね、君は」
「とはいえ、水も肥料も与え方を間違えれば毒になる。少しずつ少しずつ、毒を吸収していった植物はやがて枯れてしまう」
「……」
「だが――例え枯れても根っこは残る。時間が経ち、毒が抜ければ再び芽生えようとするんだ『自分はこんなもんじゃない。まだ終わっちゃいない』ってな。それを注意深く、辛抱強く見守るのもトレーナーの仕事だ」
「なるほどねえ………………ふふっ」
「どうした? 時限爆弾で誰か吹き飛ばしたのか?」
「違うよ。何でそう思ったんだい…………まったく、ウマ娘を転がすのが上手いんだな君は。それで? 君の下につけば、私は再び走れるということかい?」
「ああ、効果に個人差はあるが五割の確率でな。だからあくまで自己責任のもと、俺を半面的に信頼してほしい」
「いや予防線張りまくりじゃないか! せっかくの良い話が台無しだよ!」
――その後、富澤トレーナーたちのもとに新たなウマ娘が加入する。
超光速の粒子の名を持ったウマ娘は翌年のレースで見事な復活を遂げ、その後はマンハッタンカフェと共に国内のG1レースを席巻したという。
完
以上、これにて完全に締めとなります。ネタに詰まったりカフェの丁寧口調がテンポを妨げる要因になったりと悪戦苦闘の連続でしたがどうにかまとめられました……多分
軽いネタで投稿してから一年あまり。
この作品を読んでくださった多くの皆様、また推薦や紹介していただいた方々。本当にありがとうございました。