リコリス・ソリッド カズヒラティーチャー   作:バーガー・ミラーズ

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第一話

 独立治安維持組織Direct Attack──通称DAの東京支部にはリコリスを育成するための施設と、そして彼女らを指導する戦闘教官が複数名存在する。

 施設の方は数々のトレーニング器具に加えて射撃場、屋内戦闘訓練場など大掛かりなものまである上で怪我などに対応した医療棟まで備えている。

 戦闘教官も政府と協力関係のある組織ならではの充実ぶりで、裏社会で有名だった人物だったり退役軍人だったりが採用されており、彼らが数年。場合によっては十数年かけて育成する事で暗殺者であるリコリスは育成される。

 とはいえDAは極秘の組織であり、表社会はもちろん裏社会ですらその名を知る者は殆どいない。よって戦闘教官に限らず、DAの職員というのは大抵DA側が選んだ人物か、そうでなければDAの事を知ってしまった人物が命を奪われる対価として、自らの技術をDAという組織に提供する事で成り立っている場合が多い。

 

 そしてDA東京支部で戦闘教官を務めているうちの一人、カズヒラ・ミラーもまた「知ってしまった」タイプの一人であった。

 カズヒラ・ミラーという男の人生は、その生まれも含めて奇特なものであった。

 第二次世界大戦後に日本の母とアメリカ軍人の父の間に生まれ、少年時代に渡米してアメリカの大学を卒業。その後日本に戻ると自衛隊に入隊した。

 しかし母が死んだことに加え、自衛隊の「専守防衛」という理念に馴染めないという理由から退職。その後は各地を放浪し、最終的に中南米の一国で反政府軍の指導教官というポジションを得ていた。

 そこで出会った男が彼の世界を変えた。

 その男こそがBIGBOSSこと伝説の傭兵スネークである。

 依頼を受けて政府軍を率いていたスネークは、瞬く間にミラーが率いていた反政府軍を制圧。教官を務めていたミラーも生け捕りになった。

 その後なんやかんやあってスネークのカリスマ性に惹かれていったミラーは、彼と共に民間軍事組織「国境なき軍隊」を設立したり、その本拠地が壊滅した後は新たにPF(プライベート・フォース)であるダイアモンド・ドッグズを運営したりしていた。

 ミラーはスネークと共に運営していた組織では常にナンバー2であった事もあり、なんだかんだでその界隈では顔が利く存在でもあったのだが、それが負の側面を持つことも多かった。

 例えば、故郷である日本に依頼のついでに遊びに来た時の事である。当時はPFという組織の価値を利用したテロリストも増えており、ダイアモンド・ドッグズの司令官であった彼はDAから脅威であると認定された事によってリコリスの襲撃を受けた。

 それがミラーとリコリスの最初の出会いであった。

 彼は驚愕した。自分の生まれた国で、まさか少女を暗殺者にした政府が関わる組織があるという事に。そんなものは世界のどんな国を見てもここだけだ。

 復讐という炎に心を焼かれたカズヒラ・ミラーは、しかしそれでも子供を戦争に関わらせる事に否定的だった。

 ダイアモンド・ドッグズの任務中に回収された少年兵達は、その全てが銃を捨てて生きる事ができるようマザーベース内で教育が行われている。そもそも彼らが活動していたのは「戦うために生きる者の理想郷」を作る事を目的としていたのであって、戦う必要のない人間を戦わせるためではないのだ。

 

 そんなこんなでリコリスを意図せず「知ってしまった」カズヒラ・ミラーだが、彼女らに興味を持ったのもまた事実。ある意味では新しい暗殺者のモデルであるし、その在り方は暗殺の理想を体現していると言ってもいい。

 敵が陣地内に入ってから排除するという、まさしくかつての自分が忌避した専守防衛だからこそ実現できる彼女らの戦術は、しかし戦争を間近で見てきた彼にとって興味を惹かれるものだった。

 諜報班による情報収集は困難を極めた。なにしろ日本政府が危険だと感じ取った段階で消されるのだから、情報収集もへったくれもない。それでもミラーは長い年月をかけて情報を集めに集めまくった。

 そしてミラーがDAと接触する機会を手に入れたのは、SASやグリーンベレー、FOXHOUNDなどの特殊部隊の教官役として招致されていた後の事で、丁度ミラーが現役を引退した頃でもあった。

 彼はDAと接触するなり文句を言った。少女を暗殺者にするのは間違っている、と。ただそれだけを言うだけにミラーは情報を集めていた。

 いつかしっぺ返しが来ると言って、去ろうとする彼を引き留めたのはDAだった。

 ミラーの手腕はその業界ではよく知られていた。中南米で口八丁で指揮していた時のへっぽこではなかった。だからこそDAはその手腕をふるって欲しいと懇願した。ミラーは退役軍人などを教官に当てているDAでも欲しがるほどの人材だった。

 

「いいだろう。だが、俺がこの依頼を受けるのはあんたらの思想に納得がいったからじゃあない。本来なら俺達が守るべき子供たちが殺しの世界で死なないようにする為だ。分かったか」

 

 そう言って、ミラーは「俺の行う訓練内容に対して文句を付けない」という条件でDAのスカウトを承諾した。

 

 

 

 

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「本当に年端もいかない少女を使うんだな」

 

 東京支部の司令官である楠木と共に訓練施設をガラス越しに見学しながら、ミラーは諦めたような声で呟く。

 十数年前、日本を訪れた際にリコリスに襲われた経験があるのでどういったものかは理解しているつもりではあった。しかし間近で見ると別の気分が湧いてくる。

 

「この棟で訓練しているのは、物心ついた頃からリコリスになる為の訓練をしている子たちばかり。そこいらの兵隊より経験はある」

 

「いや、使えないな」

 

 試してみるかと楠木に言われると意外にもミラーは承諾した。その場を通りかかったリコリスに司令である楠木が声をかけ、そこにいる男を拘束してみろと告げる。

 少しの逡巡の後にベージュ色の制服を着たリコリスが動く。ホルスターから抜いたハンドガンをサングラスをかけた男の方へ向けようと試みる。が、その一連の行動は無駄に終わった。

 ミラーはリコリスが躊躇っている間に片足を踏み出しており、両手で保持されたハンドガンが自分の方を向くよりも早く左手で手刀を作ってドミナント・ハンド(利き手)を弾き、残った右手でハンドガンを奪い取った。

 奪った後も隙は無く、素早くマガジンを抜きとり薬室内の弾薬を排出。完全に空になったハンドガンを楠木に手渡した。

 

「まるで使えない」

 

「だから使えるようにしてくれるんでしょう」

 

「“生き残らせるため”だ。ここから彼女達を連れ出して匿うなんて事は俺には不可能だからな」

 

 事実だった。

 国というものがどれだけ大きなものか。それをカズヒラ・ミラーという人間は嫌というほど理解していた。正確に言うならば、この日本という国の同盟国であるアメリカにおいて理解させられた。

 戦争をビジネスに変えた男は、同時に一つの国を作ろうとすらしていた。それを叩き潰したのは国を牛耳る者達だった。一時期は彼らと利害関係にあったミラーは、とある一件から彼らに対する復讐心を抱いていたが、それも叶わなかった。

 それほどに国というものは強大で、一人がどうこうできるものではなかった。DAも同じだ。ここは政府直属ではないにせよ、それと同等の関係にある組織だ。彼女らを今すぐ連れ出せる状態ではないし、連れ出してからどうすることもできない。寧ろ危険にするだけだ。

 ミラーが今できるのは、彼女らを死なせないために鍛える事だけ。

 

「それで十分。あなた達、彼は新たな“先生”のカズヒラ・ミラー戦闘教官です」

 

「カズヒラ・ミラーだ。これでも一応、君達と同じ日本人だ。よろしく」

 

 

 

 

 突如DAに加入したカズヒラ・ミラーという男はすぐに話題になった。

 どの戦闘教官より年を取っていて、それでいて誰よりも強く、そして何より教えるのが上手い。教官としての評価は上々だった。一方で鬼教官だという意見もあったが。

 

「いいか。射撃を行う為の姿勢というのは、いつでも教科書通りなのが正しい訳じゃない」

 

 彼の講義は大抵がキルハウスで行われた。教えてすぐに実践できるからだろう。

 

「腕を伸ばすアイソセレススタンスとウィーバースタンスを使っている者が殆どだろう……だが、君達リコリスの実戦においては適したものとは言い難い。何故だか分かるか?」

 

「奇襲が基本だからですか」

 

「そうだ。リコリスの主任務は暗殺なのは言うまでもないが、それはつまり街中で堂々と銃を構えている時間なんてない事を示している」

 

 そこまで言うと、ミラーはコートの下からハンドガンを抜いて構えて見せる。構えはオーソドックスなアイソセレススタンス。つまり両腕が上から見て綺麗な二等辺三角形を描くような構え方だ。

 続いてウィーバースタイルに変化させた。こちらは肩肘を曲げ、半身を前に出したもの。よくガンアクション系の映画に出てくるような構えだ。両方とも長身のミラーがやると、その風貌も相まってよく目立つ。

 

「こんな構えではキルハウス内で役立つはずもない。もちろん屋外でもだ。そこで」

 

 再びミラーは構えを変える。今度はハンドガンを胸元に寄せて構えただけの簡単なもの。アイアンサイトを使えるような構えですらなく、ただ胸元で持っているだけと言われても違和感が無いような持ち方だ。

 

「諸君にはC.A.Rシステムと呼ばれる近接戦闘術を覚えてもらう」

 

 C.A.Rシステム。それは主に至近距離戦闘を主眼に置いて開発された射撃スタイルで、元々はアメリカの警官の負傷率とその統計から編み出されたものだ。

 4つの構え方から構成されており、交戦距離とその目的に応じて切り替える事が前提で設計されている。

 至近距離戦を主眼に置いているだけあり、素早い動作を行う事や相手に武器を奪われない事などを重視している。

 

「大事なのはスマートさだ。わざわざ大振りな動作を行う必要性はない。どうだ、やってみろ」

 

 指導を受けているリコリスがこぞって構えを真似る。いつもと違う構え方に違和感を覚えるリコリスも多いようだが、逆に妙にしっくりときている者もいるようだ。

 ミラーが目をかけたのは白色の髪の少女。飲み込みが速いだけでなく、素質も十分。教えたその日の模擬戦で既にC.A.Rシステムを使いこなしている。が、ミラーが驚いたのはそれだけではなかった。

 この少女──錦木千束というらしい──は弾を避けるのだ。

 以前より千束を指導している黒人教官(ミカ)曰く、相手の表情や筋肉の動きなどを読み取り、優れた洞察力によって次に撃ってくる場所を予測している……らしいのだが。

 

 

 

「そんなことを人間が可能なのか」

 

 

 

 厳密に言えば、やり口は違えどやれる人間をミラーは知っているのだが、こんな少女が歴戦の英雄と同様の事ができるなんて異常だ。

 やれる人物がいる以上仕方ないし、実際に模擬戦内で実行しているのをミラーは見ている。それも一対一でのものではなく、複数人に囲まれた状態でも可能だというのだから始末に負えない。

 とある時、ミラーはミカと飲む機会があったために理由を聞いてみた。彼女を育てているのが彼だと聞いたからだ。もし弾丸の回避なんて芸当を教え込んだのがこの男であるならばと思ったのだ。

 が、しかしそんな思惑は外れた。彼は基礎的な要素を教え、それについていくように鍛えたにすぎないと言ったからだ。

 

「強いて言うならば、『才能』だよ」

 

「才能、ねぇ……」

 

 ミカの言う通り『才能』だと言うしかなかった。

 実際問題才能はある。それもとんでもない程に大きな才能が。並外れた集中力と洞察力は模擬戦で見せた通りだし、戦闘時の冷徹な判断力は大きな武器になるだろう。

 

「だが身体が才能についていっているかどうかは別だぞ」

 

「どういう意味だ」

 

「そのままの意味だ。俺はDAに雇われている身だから口出しできないが、このままやっていくなら千束は数週間以内に倒れるだろうな」

 

 もっと気にかけてやれ。そう言ってミラーは席を後にした。

 ミラーが何を言っているのかミカが理解するのに、数週間どころか1週間もかからなかった。

 とある模擬戦中に千束が突然倒れたからだった。




ちょいちょいちょいが好きです。
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