リコリス・ソリッド カズヒラティーチャー   作:バーガー・ミラーズ

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第三話

 DA東京支部第4屋内戦闘訓練場は今日も騒がしい。朝の7時に30人のリコリスが集められ、ミラーによる戦闘訓練が夕方18時まで続けられる。

 通常のリコリスと異なり、ボディアーマーやハンドガン以外の武器も装備していた。

 閃光手榴弾(フラッシュバン)やスモークグレネードなどの非殺傷武器は実際のものが使用され、攻撃を喰らった際の痛みを体感できるように、マガジンには専用のゴム弾が装填されている。

 

「コンタクト! 正面!」

 

「制圧射撃!」

 

 銃口から放たれる弾幕は、彼女達にとってこれまでの数十倍ともとれるほどの濃密さだ。敵味方双方がキルハウス内に配置された遮蔽物や壁に身を寄せ、お互いのリロードの隙を伺いながら移動を繰り返していく。

 攻撃側と防衛側で行われるこの訓練では、特に「攻撃三倍の法則」と「機動防御」の重要性をミラーによって説かれていた。

 それを実践するためにチーム比で2対1、人数比で20対10の戦闘を代わるがわる行っていた。

 

「フキ! フキ!」

 

「なんだ!」

 

「5時の方向から別動隊6! 囲まれる!」

 

 今回の防衛側は春川フキ率いるCチームは最終防衛地点を基点に数多の防衛線を構築し、それを3つに分かれて順繰りに動き回る事によるゲリラ戦のような防衛を行っていたが、時間が経つにつれてそれも苦しくなってきた。

 物陰から隠れつつ手持ちのP90をノールックで叩き込み遅延する。如何に訓練されて身体能力が高いリコリスといえど、弾幕の雨の中接近は不可能。簡単かつ弾薬消費の多い策だが、確実かつ安全な方法でもあった。

 タクティカルリグから最後のマガジンを抜き取り銃に叩き込む。

 

「前線を下げる。ポイントC3まで後退しろ」

 

「分かった」

 

 スリングを使ってP90を背中に回すと、ホルスターからはハンドガンを。リグからはグレネードを取り出し、ピンを抜いて投げる。

 缶から溢れ出した灰色の煙は瞬く間に通路に充満し、攻め手の視界を遮った。

 制圧射撃は行われたが効果は薄く、そのうちにフキ達はラインを下げた。取り逃がしたようにも思えるが、見方を変えれば追い詰めていると言えなくもない。どう捉えるかは立場次第と言ったところである。

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

「結果は攻撃側の勝利。時間制という条件の中、よく攻め入る事ができた」

 

「……」

 

 結果はフキ率いるCチームの敗北。前線を下げる前に戦力を削る事が出来なかったのが大きいだろう。

 エリアコントロールの観点から、支配地域が少なくなる前に人数を削り、また相手の弾薬などを減らすのは必要不可欠であった。包囲殲滅を避ける為には人数を減らすか、もしくは自陣の拡大を行うのが一番だ。

 そのどちらもが不可能になった時点で、機動防御という概念は崩れてしまった。

 

「防衛側についてはいろいろ言いたい事はあるが……しかし、今回の演習はどこのチームがやっても防衛側は負けると俺は睨んでいた」

 

「どういう事ですか」

 

「リコリスの本質は奇襲戦法にある。それ故、普通の兵士と比べると攻撃に関する技術は高くても、防衛戦術については並の兵隊より一歩……いや、三歩程は遅れている」

 

 ミラーに言わせればこうだ。日本の自衛隊でもそうである通り、防衛陣地の構築から学ばされる兵士とは違い、そもそも防衛戦になる事がない。それを想定する必要性が無いという観点から、リコリスの教育課程に防衛戦術を学ぶ事は除外されているというのだ。

 教育課程において、近接格闘術(Close Quarters Combat)や諜報技術、サバイバルに関する知識まで幅広く教え込まれるリコリスだったが、これだけはカリキュラムになかった。

 

「しかし、なにも暗殺するだけがリコリスの仕事ではない。要人の警護やテロとの戦闘などでは防衛戦に関する知識は必要になる。防衛する側になってみないと分からない事もある。そうだろう?」

 

 実際、機動防御の概念自体は知っていたフキでも、それを有効に活用する事はできなかった。それは知識や経験だけでなく、対峙した別チームにリコリスとして攻撃面で教え込まれた事を実行されていたからでもあった。

 今まではそれが何故有効なのかを考えてはこなかったが、やられてみると確かにキツイものがあった。

 

「お前たちは自分が何を教えられているのかを理解しきれていない。やられる側の立場になれ。何を、どういう状況で行われるのが苦しいかを学ぶんだ。今日はここからCQCの訓練に移る! 2人組を作り組手を行う。5分ごとに組み合わせを変えることにする。よし、始め!」

 

 

 

 

 

 

「随分と厳しくやっているな」

 

 キルハウス内にスピーカーで指示を出しているとミカが部屋の中に入ってきた。

 ミラーが東京支部でやっている事は、閉鎖的なDAの中ではそこそこ有名だ。新入りの戦闘教官が独断でリコリスを選抜し、カリキュラムにない訓練を行っている。そんな噂は一瞬で広まっていた。その真意を知るのは、ミラーと彼と腹を割って話した者だけだ。

 

「殺す気はないからな」

 

「別に死なせたい訳じゃ……」

 

「そうか? あんた、千束を見出したとかで司令官になるんだってな。よかったじゃないか」

 

 最大限の皮肉であった。ミカは良くも悪くもDAで働く一職員。そんな印象がミラーにはあった。

 子供を戦闘兵器として育て、道具として割り切って扱い、その命を燃やして仮初の欺瞞に満ちた平和を力ずくで成り立たせる。紛争地帯も真っ青な状態のDAにおいて、一般的でないのは寧ろミラーである。ミカは司令官になれてさぞ嬉しいんだろうと、そう思っていた。のだが。

 

「……ああ、そうかもな」

 

「意外な反応だな」

 

 思った以上に重たい反応をミカは示した。千束の手術の話が持ち上がった頃は、あれほどまでに安堵した顔をしていた癖に。

 どういう風の吹き回しだろうと思ったミラーは心当たりを思い出した。あり得るとすればこの線しかない。

 千束の思考が彼らの想像の反対側に向いてしまった。しかも想像以上に早く。

 

「アラン機関がどう動くか心配か?」

 

「!?」

 

「話は本人から既に聞いてる。彼女にはもう人は殺せないだろう」

 

「その通りだ」

 

 千束は手術後に大きく変わってしまった。特に大きく変わったのは、人を救うという点に強く拘るようになったことだ。

 彼女は命を救われた。命を奪う為に育てられた殺しの天才が、命を奪う為に生かされて、命を救う事に固執するようになった。なんと皮肉な事だろうか。

 アラン機関のエージェントを彼女は「救世主」と言う。不治の病から救ってくれた恩人なのだ。彼女にとっては確かに救世主で間違いないだろう。アラン機関のエージェントは、支援した相手に正体を知られてはならない。接触してはならない。その規則があったが為に生まれたその刷り込みは、しかし彼女にとって非常に大きなものになってしまった。

 殺すのではなく、誰かの救世主になりたい。と。

 

「命を奪う為に生きてきた少女が、初めて命を救う事を知った。その衝撃は大きいものだったに違いない。あんたらは子供という存在を甘く見てたんだ」

 

「ああ。だから、司令官になるという話は蹴った」

 

「なに?」

 

「あの子のやりたい事をやらせてやりたいんだ」

 

 ミカは既に千束に大きく入れ込んでいた。リコリスを道具としてしか認識できないDA職員から、彼女達に感情移入してしまうまでに変貌していた。

 彼は一種の父性に目覚めていた。

 

「DAにとって殺しができないリコリスはいらない。だが、千束という規格外の戦力を失うのはDAとしても大きな損失だ」

 

「だから飼い殺しにする気なんだろう?」

 

 ミラーの返答にミカは思いつめた表情で頷いた。

 殺しはできなくても捕縛はできる。DAはそれだけの理由で千束を囲い込んでおきたかったのだ。

 野放しにするには危険が過ぎ、また処分するには惜しいというのがDA上層部の史上最高のリコリス(錦木千束)に対する評価であった。

 だからミカと上層部は一つの賭けをする事になったのだ。

 

「……今朝、ラジアータが大規模テロの兆候を取得した。場所は東京新電波塔(スカイツリー)。テロ集団の数はおおよそ数十人といったところらしい」

 

「テロリストが数十人だって? そりゃもうテロじゃなくて一つの戦争だな」

 

「ああ。事実リーダーは各国を渡り歩いた戦争屋だ。ソイツらを千束一人で鎮圧する。それがDA上層部と俺が取り決めた賭けだ」

 

「報酬は?」

 

「東京都内に千束の左遷先……つまりはDAの例外的支部を作ること。そしてその運営に口出しをしないこと。この二つだ」

 

 失敗してもDAにはそこまでの損失はない。史上最高のリコリスを失う事にはなるが、彼女もまた一人のリコリスに過ぎない。そもそもそんな人材が必要になる状況になる前にどうにかするのがDAなのだから、生き殺しにするしかなくなった彼女を置いておくよりかは殉職にする方が都合は良い。

 逆に成功したらしたで問題はない。伝説のリコリスという偶像をリコリス内に置く事ができる。ミカとの取引で決まった事に関しては、金銭的な損失はあれどその他に不利益になるような項目は無い。

 どう転んでもDAに悪い事はなかった。

 

「で、鎮圧はどうやってする気だ? 千束の意思を尊重するのなら、もちろん殺しは無しの方向でいくんだろう?」

 

「もちろんだ。実はその方法を悩んでいたんだが、さっきの演習を見て思いついたんだよ」

 

 そう言ってミカがポケットから取り出したのは、演習でも使っていたゴム弾。ペイント弾と合わせてDA内の模擬戦で使われる一般的なものだ。

 

「なるほど。だが認識が甘いな」

 

 ミラーはコートの中に左手を突っ込み、ホルスターから自身のハンドガンを抜いた。ミカはそれを見て驚愕するが、足の悪い彼が今から逃げるのは不可能だった。

 西部劇のガンマンもかくやと言うような速度の早撃ちは、空間を切り裂くような甲高い射撃音を部屋内に撒き散らした。

 狙いが外れる事のなかったミラーの射撃による弾は、間違いなくミカの身体を貫く……事はなかった。

 

「どうだ?」

 

「コイツは……どういう事だ」

 

 マガジンの中に入っていたのはゴム弾。それもミカが見せたのと同じもの。

 撃たれた本人は命中した腹の周りをさすってはいるものの、その行為自体がどれだけこのゴム弾が貧弱な威力しか持たないのかを表していた。

 成人男性が防弾具も何も無しに当たったとしても、ちょっと痛い程度で済む模擬戦用ゴム弾。屋内訓練用に亜音速以下の弾速しか出ないこんなもので制圧ができる訳がない。

 

「ゴム弾と言えど模擬弾と実戦用弾は異なる。DA内部においてゴム弾の定義は前者の模擬弾に限られている。リコリスが模擬戦の度に気を失っていたら訓練にならないし、ゴム弾を相手に使う事は基本無いからな」

 

「つまり」

 

「つまりコイツで実戦経験のあるテロリストを制圧するのは不可能だ」

 

 そう言い切るとミカは頭を抱え込んだ。どうやら本当にこれで上手くいくと思っていたらしい。

 頭を抱える様子を見て、ミラーは一つの疑問が浮かぶ。

 

「というかあんた、自分の組織内でどんな模擬弾を使ってるか確認すらしてなかったのか?」

 

「その模擬弾使ってるのはミラーぐらいだよ」

 

 それはそれで問題があるような気がするとまでは口を出さなかった。

 

「……そうか。ちなみに弾の問題だが、どうにかする方法次第はある」

 

「本当か!?」

 

「ああ、少しばかり時間と手間はかかるがな」

 

 そういって机の上に一つの箱が置かれた。丁寧に梱包されたその箱は異様に重かった。

 開けてみれば驚愕だ。中に入っていたのはまさに銃弾作成キットとでも言うようなもので、しかもご丁寧に千束がアラン機関から送られたM1911の9mmパラベラム弾モデル用の部品が大量に入っている。

 それだけならただのキットなのだが、弾頭のものだけ妙な素材でできていた。

 

「これは?」

 

「とあるメーカーが最新の技術をつぎ込んで作成した“非殺傷徹甲ゴム弾”だ」

 

「徹甲……って、本当に非殺傷なのかそれ」

 

 完成品をコートの内ポケットから一発取り出したミラーは、自身のハンドガンにそれを装填した。

 

「死ぬほど痛いが試してみるか?」

 

「おいおい……まぁ、大丈夫なんだろ」

 

 答えを聞くか聞かないうちに乾いた銃声が一発。排莢された空薬莢が地面の上でカランと転がった。

 問題の弾丸はミカの真横を通り過ぎ、背後の壁にめり込んだ。

 DAの壁は非金属だが堅い。それを貫通できていないのに“徹甲”というネーミングに、ミカは怪訝な顔をした。

 

「そんな顔をしないでくれ。ちゃんと説明はするさ」

 

 壁によって砕けた弾頭をミラーがつまむ。赤い血糊のような色をしたゴム状の物体がボロボロの状態で残っている。残っている弾頭の破片はこれだけ。後は文字通り血糊をスプレーでぶちまけたかのように、壁に赤色が広がっている。

 

「コイツの弾頭は非常に特殊で、弾頭の表面にメタリックアーキアという古細菌を使った膜が張られている。この細菌は金属を代謝に使う珍しいヤツで、高温・低温・放射能下などの極限環境でのみ増殖する」

 

「それが徹甲の仕組みか」

 

「そうだ。金属部に触れた弾頭の表面は、高速で回転する硬質ゴムと金属による高温環境下へ変貌し、メタリックアーキアの活動が活発化する。触れている金属部を喰い荒らしたメタリックアーキアはエネルギーを消費して増殖し、更に金属を喰い荒らす。にも関わらず、メタリックアーキアは布や木材などを含めた有機物には無害。よって金属以外に触れた場合は高温環境下で増殖はしたとしてもなんの影響ももたらさない。これが非殺傷徹甲ゴム弾のカラクリだ」

 

 これならば装甲車程度の装甲板は貫通して内部にゴム弾を通す事もできるはず。なのだが、もちろん弱点もあるとミラーは言う。

 メタリックアーキアは有機物の代わりに金属を代謝すると言ったが、別に無機物であればいいのではない。金属であることが重要なのだ。

 非金属はどれも無理という事は、ガラスなんかの貫通は完全にゴム弾自体のパワーに任せきり。車なんかを狙う場合は狙いを考える必要がある。

 ついでに言えば弾自体の問題もある。このゴム弾はいくつもの要素が組み合わさった弾なのだ。

 メタリックアーキア膜による金属腐食性能はもちろん、訓練された大人の兵士が気絶するレベルの質量を持ったゴム弾頭。それに加えて命中時は相手の死亡を偽装する血糊を兼ねたゴム塗料の内蔵。

 メインだけ抜き取ってもこれだけの要素がある弾は、もちろんコストがかかる。特にメタリックアーキアにコストがかかる。しかも金属に反応するせいで機械による量産が難しい。

 

「だからハンドメイドで作る必要があるんだ」

 

「なるほど……」

 

「で、これはオマケなんだが、命中率も低い」

 

「どれくらい」

 

「試しに俺が10m射撃を行ったが、それでもマトモに真っすぐ弾が飛ばなかったほど。理由は膜に使用したメタリックアーキアが、発砲時の衝撃で活性化してライフリングを傷つけるせいだろう」

 

 ふむ、とミカは唸る。

 確かに10m程度の距離ですらまともに飛ばないのは致命的だ。ハンドメイドで作らないとならない以上、数も用意はできない。だが、性能面ではこの世で出ているどの非殺傷弾よりも高性能だろう。

 近距離ですら当たらないのなら、至近距離に近づけばいい。そしてその技術が千束にはある。

 千束は目がいい。相手の筋肉、視線の動きなどを見る事で次の動きを見抜く程の洞察力と観察力がある。更に同年代のリコリスより数倍は高い身体能力を合わせ、彼女は弾を避けるなどというマトリックスも真っ青な動きを見せる。

 そんな彼女であれば、きっとこの弾も使えるだろう。

 

「話をここまで聞いといてなんだが……本当にいいのか?」

 

「元々、あんたがやらなければ俺がやろうと思っていたんだ。実行犯が変わっただけで問題はないだろう」

 

「恩に着る」

 

 ミカはハンドメイドキットを受け取り、部屋を去った。

 残されたミラーはリコリス達にスピーカーで訓練の終了を告げ、食事に行かせた。一人残った彼は、懐から電話を取り出す。

 

 

「ああ。予想以上に早かったが計画は進行している。開発班の奴には新型弾の件、感謝していると伝えてくれ」

 

『電波塔テロは止めなくていいのか?』

 

「止める必要はない。隠蔽しきれないテロに対し、DAがどう出るか様子を見たい」

 

『回収は?』

 

「クリーナーに偽装して行う。電波塔に派遣されるのは、新型弾を装備したリコリス一人だけ。ベースまで運んでやってくれ」

 

『分かった』

 

 

 

「頼むぞ、ウォールナット」

 




10話でミカが司令官だったっぽい事言っててちょっと扱いに困ってました

車のドアは貫通する癖に人には普通のゴム弾として機能するとかいう、ガルパンの謎カーボンもビックリな千束の特殊弾
この謎を解決できるメタルギア世界の技術凄いですよね……
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