リコリス・ソリッド カズヒラティーチャー 作:バーガー・ミラーズ
DA東京支部内に用意された、自分の為の部屋の中にミラーはいた。
定期的に行っている盗聴器や監視カメラの確認を済ませ、パソコンを開く。DDのハッカーによって設立された秘匿回線を使って通信を行えば、DAの誇る高性能AIラジアータをもってしても傍受するまでに数分はかかるようにできている。
この仕組みを作った奴曰く「開かない鍵はないが、こじ開けるには時間がかかる」とのこと。
マイクと骨伝導式イヤホンを用意し、コールを行う。相手の名前表示には
「送った作戦データの解析終わったか?」
『ああ。結果から言えば、やっぱり隠蔽されてるリコリスがいるのは間違いない。各支部から少しずつ派遣したサードリコリスを使っていたらしい』
「派遣するのも千束だけだと聞いたが」
『恐らく、サードで無理だったから彼女を派遣したんじゃないかな? それか、後詰めとして派遣していたか……どちらにせよ捨て駒として使われたのは間違いない』
「捨て駒か……奴らならそうする事もおかしくないだろうに、油断した」
『悲しい話だけど、過ぎてしまった事はしょうがない。そっちはDAを内部から変えられるように動いてくれ』
「ああ、そっちは頼むぞウォールナット」
『……前から思ってたんだけど、随分昔の通り名を知ってるんだね。それ、趣味でクラッキングをやってた時の
「だが本名を出すよりはいいだろう?」
『そうだけど……』
「なら、このままでいいだろう。それじゃあ頼むぞ」
やや強引に通信を切り、パソコンの電源を落とす。
名前を出したくない。意味は違うがそれはミラーの本心でもあった。
もう数十年も経つとはいえ、忘れられない過去というものは誰にでもある。ミラーは少々それが人より重いだけだ。
彼をウォールナットと呼ぶのは、彼の姓を口に出さない為。
例え「あの男」が本当に裏切る気はなかったのだとしても、本当に騙されただけなのだったとしても、それでもミラーは「あの男」を許せない。今でも許す気は起きない。
しかし彼の息子にその宿命を背負わせる必要性はひとかけらだって存在しない。だから、その憎しみを思い出さない為に、ミラーは彼をウォールナットと呼ぶのだった。
──電波塔事件から数ヶ月後──
「よし、今日の訓練はここまでだ! 全員集合!」
最近はもっぱら別の部屋で訓練の様子を見ていたミラーが珍しくキルハウス内に入ってきたので、勘のいいリコリス数人は何かあるだろうと思っていた。
だがそれで持ち出されたのが突然の実戦だったのは驚きだ。
なにせミラーはこの30人を集めた際、自分が認めるレベルに達するまでは通常のリコリスの業務に出さないとまで言っていたのだ。
実際、楠木からは小言を2つ、3つ、4つぐらいミラーは言われていたのだが、半年足らずで育成し直しただけで戦力の増強に繋がるのであれば損にはならないと踏み、承認していた。
「お前らはこの数ヶ月、良くも悪くも有意義な訓練期間を過ごしただろう。通常の任務に出れず、自身の力が伸びているのか分からずに苦労した者もいるだろう。だが断言しよう。諸君の実力は間違いなく、数ヶ月前と比べれば格段に伸びている」
そこで、とミラーは切り出す。
今回の任務は、とあるチャイニーズマフィアとジャパニーズヤクザの銃の取引現場の差し押さえ。
銃が絡む取引という事で、その銃の出所を探した方が良いという判断が下り、それをするには対象を射殺する事なく鎮圧する事が求められた。
最近はその傾向が薄れてきているとはいえ、世界ではまだまだID登録時代の銃が蔓延っているのが現状で、ナノマシンを用いてID管理を行うAIが無くなった今、それらの銃を
もし日本国内に銃の洗浄ができる売人がいると厄介極まりないので、チャイニーズマフィアに銃を売り捌いた連中を調べる必要があった。
という事は射殺せずに鎮圧する能力が求められるという事で、日頃からゴム弾を用いて訓練を行っているミラーの部隊に白羽の矢が立ったわけだ。
「なので、今回の任務ではこのゴム弾を使ってもらう。と言っても、訓練で使っていたものに多少の改良を加え、初速と打撃力が上がっただけのものだ。命中率などには大した差はない」
そう言って取り出したのは、海外の警察が暴徒鎮圧に用いているのと同様のゴム弾。9mm弾サイズという事で、取引現場が閉所である事を見越した接近戦闘用の装備にするのだろうと、密かにフキは予想した。
推測通り、ミラーが用意していたのはSMGの一種であるMP5のサプレッサー装備モデル。俗にMP5SDと呼ばれる銃だ。
殺傷能力が無いゴム弾を運用する事から、弾の消費が激しくなると予想したのだろうドラムマガジンを採用されている。他にも、腰撃ちでもある程度の命中率向上が狙えるレーザーサイトや、自然な構え方ができるアングルフォアグリップ、夜間突入の為フラッシュライトまでもがハンドガードに設置された20mmレールに装備されている。
光学サイトには3.4倍ACOGサイトが採用されており、初撃の命中精度向上を視野に入れつつも接近戦を重視したカスタマイズがされているのが分かる。
そんなフルカスタムのMP5SDが全部で25丁。そして同じように、サプレッサー、レーザーサイト、フラッシュライトのカスタムが為されたM870ポンプショットガンが5丁用意されていた。
恐らく、いや間違いなくこんなのはDAが支給したものではない。
「相手が銃を装備しているのが確実な為、本来であればNIJレベルⅢ以上のアーマーを着せたかったが……それをするとお前達には重すぎる為、レベルⅡアーマーを用意した。拳銃弾は.357弾を含め防いでくれるはずだが……いいか、くれぐれも被弾をするなよ」
NIJ規格。ボディアーマーの防弾性能をレベル化したもので、レベルⅡであれば拳銃弾に対して殆どの場合有効である……のだが、ロシア製ハンドガンであるトカレフ拳銃など、一部の大口径ハンドガンに対してはⅢ-A以上のものが求められる等、基準がアメリカのものというだけに東側が使っている弾には表記が追いついてないなど、意外と信用しきれない一面がある。
ミラーが被弾をするなと言ったのは、何もリコリスの気を引き締めるだけのものではなく、そもそも用意したボディアーマーではトカレフに対する耐性が不十分であるからだ。しかも今回の相手はチャイニーズマフィア。取引内容に入っていてもおかしくはない。だからこそ彼は言ったのだ。
「作戦予定時間は23:45。それまでは休め。いいな」
『了解』
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―都内某港湾―
ドラマや映画でマフィアの取引現場として映る場所として有名なのは、コンテナ街や港だろう。実際海路で運搬してきた場合リスクが一番低いのは、船から最も距離の短いこの辺りなのだろう。
現実も同様であるとは恐れ入ったが。
DAの存在によって犯罪率が低い日本において、警察という組織は小規模犯罪の取り締まりをする組織に過ぎず、こういった大物の捜査は碌にできていない。事実、ラジアータによれば今回の取引を警察がつかんだ様子はないようだ。
そんな現状なので、こういった港湾の倉庫で後ろ暗い取引が発生するのは、ある意味当然と言えば当然なのかもしれない。
『αスタンバイ』
『βスタンバイ』
「γスタンバイ」
ギリシャ数字を用いたチーム番号のうち、三番目を意味するγを割り振られたフキのチームは、予定時刻より十数秒早く目的のポイントに到着できていた。
γチームの役目は相手の地上車両の制圧であり、捕縛が主目標となる今回の任務においてはかなり重要なポジションである。
早く到着していたのは別のチームも同様のようで、ショットガンを装備の人員の多い突入部隊のαと、倉庫の窓から侵入するβもスムーズに位置に着けている。
相手は油断しているのか、それともアマ以下の素人だからか歩哨は車の前の2名のみで、その他は倉庫内の護衛と車の中で分かれているようだ。車の数から見て、ヤクザ側の人員は多く見積もって16名程度であろうか。
『予定時刻23:45。作戦開始、α行動開始せよ。β、γはαチームの
「了解」
その言葉から程なくして、倉庫の両側面から破裂音のようなものが聞こえた。歩哨と車に残っていた数人はその音に当然ながら気づき、そちらの方を向いた。
音は両サイドから鳴っているため、相手の意識は左右に割かれている。今が好機という事で指示通りに動き出す。チームメンバーにハンドサインで命令を出し、フキは走り出す。
レーザーサイトのスイッチを入れたフキのMP5SDの先端辺りから、赤い線が伸びる。その先は警戒して拳銃を懐から取り出した歩哨の頭に伸びており、サプレッサーによって抑制された、どこか抜けたような銃声がすると共に非殺傷ゴム弾が歩哨の頭を直撃。プロボクサーのストレートに匹敵する衝撃は、一瞬のうちに意識を刈り取った。
サプレッサーは銃声を抑制こそすれど、轟音を爆音に減少させる程度の効果でしかない。指向性をある程度持たせる事ができるとはいえ、この距離で撃てば効果は殆どない。
つまり、今のフキの一撃は見事に決まったが他の敵に気付かれた事には変わりないということだ。
「右歩哨、距離15」
「私が!」
だがこれはチーム戦だ。
なにもフキが一人で突っ込んでいる訳ではないので、別の相手は別のリコリスが相手をすればいい。
もう一人の歩哨はチームメンバーの蛇ノ目エリカの射撃で気絶させ、それを認識した待機組が車から登場する。
増援という形ではあるが、寧ろフキからすれば好都合だ。
ゴム弾は非殺傷であると共に貫通力が皆無。アーマープレートはおろかベニヤ板ですら貫通ができない弾なので、これで車の中に引きこもられたら面倒になるところだ。
「コンタクト、正面ドア裏、ハンドガン!」
「右4、左6で行くぞ」
「了解」
この数ヶ月間、必死に10人で行った模擬戦のお陰でチームの統率はバッチリだ。
どんな状況の時に誰がどう分かれるのかという決まりはできていたし、それを瞬時に判断できるだけの試行回数は重ねてきた。
フキも回った右4人は、まず1人が腕を狙った射撃を行い、それを避けるべく相手がドアの後ろに引っ込んだところで2人目がドアの取っ手を確保。残り2人は側面に回り込み射撃で鎮圧。ドアを確保したのは閉じられない為だ。
これを人数は違うとはいえ左側でも行い、相手に何かさせる前に鎮圧する。
相手の数が数だっただけに一瞬で片が着いたが、それ以上にフキ達チームγの中には充足感があった。
今までと違う戦闘スタイル。それを実戦で本当に使ったのは彼女らにとって大きな経験である。模擬戦ばかりで暗殺任務すら行っていなかった数ヶ月、それが無駄でなかったと知れただけでも僥倖だったのだ。
うって変わってαチームとβチーム。
αのフラッシュを皮切りに突入したこちらは、予想通りに室内戦に発展していた。
初弾のみドアを破壊する事を主眼としたブリーチング弾を装填していたショットガンは、見事に閉ざされた扉に大きな穴を開ける事でそのマスターキーぶりを存分に披露した。ショットガンのゴム弾はSMGのソレより圧倒的に威力が高く、プロボクサーどころかちょっとした自動車事故並のストッピングパワーがある。実際、突入後すぐに接敵した場面も多く、角を曲がった先の出会い頭では狙いを付ける暇もないのにも関わらず、その高い制圧力を見せた。
「コンタクト! 正面、サブガン!」
号令と共にリコリス達は素早く遮蔽物を探して隠れ、掃射を受け流す。その直前で目視した情報から相手の使っている武器とそのマガジンを特定し、打ち切る時間を予測。リロードタイミングで2人のリコリスが同時に飛び出して射撃を行い、確実にその意識を狩っていく。
窓から侵入したβチームは、グラップリングワイヤーを片手に倉庫に置かれたコンテナに逃げようとする輩に対して弾幕を張り、運悪く命中した不幸な連中をダウンさせていく。
目標と見られる男を見つけた際には無線で連絡を入れる事でその位置を共有。その後はコンテナの上に飛び乗って下で制圧活動を行うαチームを視界と火力の双方で支援する。
ミラーの指示通り各リコリスは最低2人でのエレメントを組み、片方の動きをもう片方がカバーする事を徹底、隙の無い立ち回りをすることで被弾を防いでいた。
だが完璧は難しいもので、ゴム弾を命中させた衝撃で引かれたトリガーによって射出された弾が1人のリコリスの胴体に命中した。
血は出ていなかったが倒れた際に脳が揺さぶられている可能性もあるという事で、ミラーの指示で3人態勢で回収と介抱、掩護を行い確実に生存させる方向性を固めた。
その後は何事も無く進行し、倉庫の端の方からクリアリングを行いつつ追い込む事で出口の方に誘導する形で囲んでいき、最後はγチームと挟み撃ちをするようにして制圧を完了した。
捕縛したのは全員で26人。思いのほか取引現場に人数が多かったのは、ヤクザ側がマフィアに舐められないように人数を集めたからだとのこと。
銃は確保した時点でID登録銃ではなく劣悪なバッドコピー品である事が明らかになった事から、本来のDAであれば即射殺であった所をミラーの指示で回収。後日改めてチャイニーズマフィアの拠点と取引相手のヤクザ事務所を襲撃する事になった。
今回の作戦で特筆すべき点は、ラッキーショットの一発以外での被弾がなかった事に加え、作戦開始時刻から撤収完了までが僅か7分足らずであった事が挙げられる。
このスピードによって、ある程度の規模の現場を制圧する際の人数と装備の質の重要性がDA内に浸透し、10人単位でのチームを組んだ訓練がミラー担当として本格的に認められるようになった。
また、非殺傷弾薬の使用も今回の作戦後に議題に挙げられ、現場の原状回復の容易さや反動の少なさが利点として大きいという判断がされた。これによって全ての現場とまではいかなくとも、制圧任務などには積極的に採用されるようになる。
ミラーによるDAの改革は、実戦によって大きく進歩する事となる。
それが後にどう響くか分からないまま、新たな風がDA内を駆け巡り、東京支部は他の支部とは異なる道を歩んでいく事になった。
このウォールナット、一体誰なんだ(すっとぼけ)
作中では2016年あたりを経過中
MGR世界線になると困るのでボリスはまだPMSCsを作ってないし、某議員も普通に大人しいです