リコリス・ソリッド カズヒラティーチャー 作:バーガー・ミラーズ
木製のドアが開かれ、それに取り付けられた鈴が店内に鳴り響く。
都会にひっそりと建てられたこじんまりとした喫茶店の中は、立体的な構造によって空間以上に広く感じられる。
カウンターの奥に佇む黒人店主に促されるままにカウンター席に腰を下ろすと、奥の方からドタバタと騒がしい足音が響き渡る。
「ミラーさんいらっしゃーい!」
「ああ、やっと来る事ができたよ」
和服姿で元気に接客をしてきたのは、あの史上最強のリコリスである錦木千束。
最後に見てから数ヶ月が経過していたが、その姿は模擬戦で見た冷徹なマシンのような表情ではなく、手術前後の希望に満ちた年相応の少女のように見える。
「そうだな……とりあえずコーヒーでも貰おうか」
「はいはーい! 先生、コーヒー一つ!」
どうやらコーヒーを作るのは店主であるミカの役割のようだ。
喫茶店らしく豆から挽くようで、手動コーヒーミルを用いて挽いている豆は彼のブレンドらしい。
そこまでは良かったのだが、どうもミラーからしてみればツッコミどころの多い淹れ方が始まった。
「ちょーっと待ってくれ」
「なんだ?」
「まず器具は事前に温めろ」
この男、経歴が軍人だったりPMCだったりする通り、まともにコーヒーを淹れた事がないようだった。
何気に様々な面で食に拘りを見せたり、今では世界トップ3のハンバーガーショップの創業者であったりするミラーはコーヒーにも一家言ある。
「どうせインスタントしか淹れた事がないんだろう? それでよく喫茶店をやる気になったもんだ」
と器材の使い方をレクチャーしつつ呆れ顔でそう言えば、ミカは面目ないと言うばかりであった。
聞いてみれば、先ほどの豆を挽くところでさえ最近になってやれるようになってきたとの事で、実際カウンターの裏の収納スペースには、コーヒーの淹れ方に関する書物が一冊、二冊、三冊と出るわ出るわ。
しかも料理面も壊滅的で、和風喫茶をやっている割に出せる料理が小倉トースト一択と中々の勝負師二人組である。
「経営をする気はあるのか? あんたら」
「まぁ、多少は」
ミラーは頭を抱えた。どうも彼らには経営のノウハウというものが一切ないようで、どうにかこうにかそれを叩き込まなければいけない。
この喫茶店平和そうな形をしているが、その実きちんとDAの支部として登録されている。そしてDAから毎月ある程度の費用は下りている。が、その費用は非常に少なく、この喫茶店を維持するのもギリギリ足りない程度でしかない。つまり、この喫茶店自体かDAから下りてくる任務をこなさなければこの喫茶店は閉店。つまりDA支部であるここも廃止。千束とミカはせっかく抜け出したDAに逆戻りだ。
乗り掛かった舟という事でどうにかしてやりたい。そんな気持ちが湧くぐらいにはミラーは温情があった。
「という事で、まずは宣伝から始める」
そう言ってミラーはミカに携帯とパソコンを用意させた。千束は携帯を持っていなかったので、早急に手配するようにミカに伝える。
「宣伝は非常に重要な経営手法だ。古今東西、どんなに美味い店でも知られていなければ客が来ないというのは変わらない。逆に、別に美味くない店だろうと初めて知った客は行ってみようという気が起きるというものだ」
「なるほど」
「よって今からこの喫茶リコリコのホームページと公式SNSアカウントを作成する!」
「「おおー」」
2人分のささやかな拍手と共に、ミラーはパソコンを開いてキーボードを叩く。
簡易的なものであれば、ホームページの作成は意外と簡単だ。店外に出て携帯カメラで数枚の写真を撮り、同様にメニューとして出しているもの一通りを写真に納める。
概要と駅からのルートが記されたマップ、メニュー表に開店時間などなどを書き足していけば、簡素ながらも立派なホームページの出来上がりだ。
「凄いなホント」
「先生はレジ打ちも時間かかるもんねぇ」
「よし、続けてSNS行ってみよう!」
携帯を千束が持っていないということで、本来は携帯でやるはずだったSNSをまずはパソコンでアカウントを作る事にする。
早速ブラウザを開いてメアドを作り、それを元にアカウントを作成する。メアドもアカウント名もどちらも喫茶リコリコだと分かるように「KissaRicoRico」でいいだろう。
ホームページのURLやさっき撮った写真をそのままプロフィールに使い、最初の投稿として店外の写真とコーヒーの写真をアップする。食べ物は光が良い加減で当たる位置で撮影したものを載せるのを忘れない。
「いいか? 個人ならともかく、店舗SNSで重要なのは投稿を毎日行う事だ。ハッシュタグも有効に使えよ」
「毎日か……そんなに書く事あるかねぇ」
「そんな気張らなくていい。新商品の試作品を撮るとか、オススメメニューや飲み方を投稿するとか……何もないなら千束の写真を出してもいい」
「私を?」
「そうだ。可愛い女性店員というのは、それだけで男が通うネタになる。ミカの養子だとか言っておけば誰も不自然には思わん。家族経営の店なんて日本じゃありふれてるしな」
「いいアイデアじゃないか」
ちなみにミラーが経営していたハンバーガー屋では、絵を描くのが上手い日本人隊員によって生み出された美少女キャラがマスコットとして採用されており、現在でもCMなどで歌っていたりする。そのキャラ商品欲しさに来る客もいるのだから効果は確かだ。
日本は海外と比べてそういった面での広告が強い。それは経営者であり、同時に日本人であるミラーだからこそわかる事であった。
和服姿の千束を写真に収め、それをアップしたところそこそこの反響を得た。やはり可愛い店員というのは経営上正義である。
「本部との距離があるから毎日は来れないが、経営の手伝いぐらいはしてやれるから、困った事があればなんでも相談してくれよ」
「心強い味方ができたもんだ。そっちはどうなんだ? 変わったことをやってるって噂だが」
「まあボチボチってところだな。そのうち本部の方に千束が戻っても、大手を振って歩けるぐらいの準備はしてみせるさ」
「DAと国の繋がりはだいぶ根深い。気を付けろよ」
「ああ。今度来るときまでにはコーヒーの淹れ方上手くなっとけよ」
なんだかんだで文句を言いつつカップの中身を飲み干すと、ミラーは去って行った。
千束の為にDAから抜け出し、支部としての体制を用意したミカ。
DA内部を変化させる事を決意したミラー。
両者の想いとやり方は違えど、どちらもその目的は変わらないのであった。
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「他の支部への出張?」
「ああ、まずは京都に向かってもらう」
珍しく司令室へ呼び出されたミラーは、ソファーの上でコーヒーを飲みつつ楠木司令の話を聞いて驚いていた。
出張などという話は聞いた事がなかったからだ。
そもそもこの関東本部はDAの総本山とでもいうべき場所で、他の支部からここへ異動したり教育を受ける為に一定期間滞在する事はあれど、ここから他支部への異動なんて話は滅多にない。
「お前が訓練した選抜部隊。アレの記録がかなり好評でな。制圧任務専門部隊の設立をしたがる支部が増えたらしい」
ミラーの選抜部隊は例の初任務以降も戦果を挙げ続けている。
そもそもがSASやグリーンベレー、FOXHOUNDといった特殊部隊の教官を務めてきたミラーがノウハウを叩き込んでいるのだから練度が高くなるのは当然ではあるのだが、なにより評価されたのは連携能力の高さだ。
リコリスは暗殺という任務の都合上単独任務が主体ではあるものの、複数ターゲットが相手だったりする場合はチームを組む事も少なくない。そういった場合に要求される連携力が現在のリコリスには不足している。
そこでチームを組んで行うような任務は全て選抜部隊で行わせようという気風が高まっているのが現在の関東本部の現状だ。
結果として戦果が上がっているのだが、その分選抜部隊は3つのチームを分けて動いたとしても出ずっぱりな状態が続いており、ミラーが頭を悩ませる一つの要因となっている。
「他の支部にも戦闘教官はいるだろう」
「お前をご指名なんだ。行ってやれ」
「……交通費は出るんだろうな」
「妙なところでケチ臭いな……出すから行ってくれ」
と言ったようなひと悶着あって到着したのが京都支部。
DAという組織の一支部である為、その体制は変わらないとでも思ったら大間違い。ここは東京とはまた違った殺伐とした雰囲気がある。
ミラーもその異様さにはすぐに気が付いた。訓練を見ると切磋琢磨というより蹴落とし合いであったからだ。
選抜部隊のリコリスによると、東京支部は特別な場所だという。他の支部で優秀だったり見込みのあるリコリスは東京支部に移転できる事から、他の支部ではその座をかけて訓練するという話がある。
それを聞いていたとはいえ、まさかここまでとは思わなかった。
ツーマンセルでの屋内訓練ではもちろん、野外での山岳訓練ですら助け合うという様子が見られない。心なしかコミュニケーションにも素っ気なさが見受けられる。
「これは一苦労だぞ」
連携能力で評価されるわけだ。
東京のリコリスにすら仲間意識が低いと思っていたミラーは、京都支部の様子を見て少々悩む事となった。
3つのクラスで分かれている以上、それを競った争いが東京支部でも存在はしていたが、ここはそれを上回る勢いである。これが京都支部に根付いているのであれば、これをどうにかするのは中々難しいだろう。
つまり選抜部隊には腕の良いリコリスではなく、昇進そのものに興味が無かったり、コミュニケーション能力の高いリコリスを選ぶ必要があるという訳だ。
だが逆に良い面もある。
射撃訓練場を覗いてみれば大抵ブースは埋まっているし、彼女らの結果も悪くない。練度そのものはかなり高いと言っていいだろう。
東京で移転組が優秀だと言われるのも納得だ。
「やはり訓練内容と過去のデータを見ないと分からないか……ん?」
ふと一人のリコリスの訓練風景が目に留まった。
何がそうさせたかは分からないが、どうも他とは違う感覚を得た。
はたしてその直感は正しかった。
射撃場のターゲットが開始を告げる音と共に立ち上がると、そのリコリスは弾倉内の18発をひたすら連射して撃ち切った。その時間僅か10秒。凄まじい連射速度だ。
もちろんGlock17にフルオート機能などない。あのリコリスの腕という事だろう。
だが命中精度はどうだ? いくら連射が速かろうと当たらないのなら無意味だが……いや、これは凄い。命中率は100%。命中箇所は頭部と胸部の二ヵ所のみ。あそこまでの連射でこの精度を保てる人間は、特殊部隊でも多くない。
制服はベージュ。サードのものだが、この人材が使い潰されるのは中々惜しい。そう感じたミラーは気付けば声をかけていた。
「おーい、そこのリコリス!」
「私ですか?」
「そう、キミだよキミ。さっきの射撃は見事だった」
「はぁ……」
中々見られない逸材の発見に興奮するミラーであったが、対するリコリスの反応は冷ややかであった。
そもそも彼女からすれば、目の前の男は見覚えのない謎の人物である。
「おっと、怪しい者じゃない。俺は東京支部からやってきた戦闘教官、カズヒラ・ミラーだ」
「あの噂の……?」
「噂?」
「いきなりDAに入って、いきなり新部隊を作って、非殺傷制圧の有効性を説いた人だと」
「微妙に誇張されているが、意外と早く広がるもんなんだな」
ミラーからすれば意外な事に、その話は各支部のリコリスにまで広がっているようだった。というのも、彼女らの上官である司令や戦闘教官が噂話を広めているからである。
殺すのが仕事のリコリスにとっても、ミラーの存在は大きい。
これまで軽装備しか選択肢になかったリコリスがボディアーマーや重火器の使用が任務によっては許可されるようになったというのは、記憶に新しい。それを推し進めたというミラーは正に改革者である。
「実は、この支部にも制圧部隊を設立してくれという話があってな。その射撃技術をただ眠らせておくのは惜しいと思ったんだ」
「私でよければ、ご教示お願い致します。マスター・ミラー」
見事な敬礼をしたリコリスに対し、ミラーは疑問符を浮かべた。
なぜマスターなのか。
「東京支部ではそう呼ばれていると聞きます」
「呼ばれてないし……そういえば、キミの名前を聞いてなかった」
「申し遅れました。井ノ上たきなです。よろしくお願い致します。マスター・ミラー」
まさかここでもマスターと呼ばれることになるとは思っていなかったミラーは、距離感のあるその呼び名が暫く続くであろうことに少しばかり落胆した。
既に初老を超え老人に足を突っ込んでいるミラーであったが、三つ子の魂百までと言うように、性分は若き頃から全く変わっていなかったからだ。
感想でもありましたが雷電は現在NEETです
たきなは何故Glock17ではなくM&Pを使っているんでしょうね
ポリマーフレームなので軽めなものであるのは確かなのですが、フキのようなファーストリコリスまでGlockで統一している中でのM&Pは不思議ですね
支部ごとに違う銃を採用しているのか、東京支部への移転祝いなのか……
本作では京都支部でもGlock17が基本装備として配給されていることにしてます