リコリス・ソリッド カズヒラティーチャー 作:バーガー・ミラーズ
関東本部東京支部、通称「本店」から来た戦闘教官カズヒラ・ミラーは京都支部に到着してからおよそ3日。彼は東京支部で言われているように30人のリコリスを選抜した。
京都支部のDA職員とリコリス達にとって意外だったのは、選んだのが全員ベージュの制服──つまりサードリコリスであった事だ。
彼らからすれば選抜されるのは優秀なリコリス──ファーストを中心とした練度の高い者だろうという先入観があった。だがミラーの考えは少し違った。
ミラーは京都支部の空気があまり好きではなかった。そこでまだこの雰囲気に染まりきっていないサード、つまり若いサードリコリス30人を選ぶ事にしたのだ。
千束と同様、齢10にも満たない少女達を選んだミラーは、まず彼女らの基礎的な部分を育てる必要があった。
そしてその結果がコレだ。
彼は30人のリコリスを連れ、日本アルプスまで遠足しに来ている。もちろん目的は観光などではない。訓練が目的だ。
幼いリコリスは致命的に体力が足りなかった。基礎能力が足りていないので、訓練どころではないというのがミラーの判断である。
同時に、これはリーダーの素質のある者を探す目的があった。
5人ごとのグループに分け、子供の脚で6日かかるルートをグループの分だけ選択。そのルートを1日ごとにリーダーを替えながら歩かせる。
最終日は5人で話し合って最もリーダーとして相応しい者を選び、選ばれたリーダーが指揮を執ってゴールに辿り着く。
山岳地帯を6日間。子供……いや、軍人でもかなり厳しい任務である。
だがミラーは彼女らを生半可な訓練で鍛える気は更々なかった。勿論危険だと判断すればその時点で訓練を中止し、回収するつもりではいる。だが同時に成し遂げて欲しいという風に感じてもいる。
「さて……吉と出るか凶と出るか」
これは賭けだ。
リコリスとはいえ、彼女らはうら若き少女。本来であれば、こんな兵士の訓練などするべきでないのは確かだ。しかし今、彼女らに対してミラーができるのは死なない為の力を与える事だけ。その為なら彼は鬼になれた。
彼女らに渡した装備は最低限も最低限。食糧と水は普通に食べれば3日分。その為に与えられた武装は基礎装備のGlock17とコンバットナイフのみ。サバイバル能力まで試される任務だ。
「俺が自衛隊時代に行った訓練を基にしてるんだ。大の大人だった俺がキツかった訓練、あくまで少女である彼女達には厳しいなんてものじゃないだろう。1チームでもクリアできれば奇跡……だが、だからこそ感じて欲しい。仲間を頼るという事の重要性を」
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「はぁ……はぁ……」
新たなる戦闘教官であるマスター・ミラーの訓練は常軌を逸していた。
まず私達に求めたのは、これまでDA京都支部で仕込まれた訓練内容を全て忘れる事だった。
今まで訓練してきた事を否定する事は、今までの人生を否定する事にも等しかった。セカンドの紺色の制服を目指し、東京支部への移転を目指す私達の想いが否定された事にも等しい。
少しばかり許せなかった。
私達にとっては東京支部へ移転する事が一番の名誉であったし、それを目指す為に誰もが必死になってきた。
「たきなっ!」
「っ! ……ありがとう」
前を歩く仲間から渡された水筒を傾け、喉を潤す。栓をして更に後ろの仲間に渡す。
恐らくマスターの狙いはコレだろう。
私達は今まで仲間と共に戦う事を教えられていない。蹴落とし、自分を高め、上に上がる事しか知らない。
仲間を思いやるという事、協力する任務というものを教えられていない。
リコリスは孤独なもの。強く、孤独で、毒を持つ。そういうものであると教えられてきた。
「あっ……!」
「アヤメ!」
雨が降った直後の山道。それも道なんて整備されていない獣道。そんな場所で足を滑らせた仲間の手を私は気が付けば握っていた。
転げ落ちれば死にはしないにしろ、大怪我は間違いない。私は自分までもが落ちるというリスクを負い、それでも彼女の手を握った。そして他の仲間は私の身体と足を掴み、私が落ちないように支えていた。
泥だらけになりながら慎重に引き上げると、彼女は泣きながら感謝の言葉を述べた。その言葉を聞いて私は、今までの自分ならどうしただろうかという風に思った。
リコリスにおいて、死は特別珍しいものでもない。サードであれば尚更だ。
任務に向かい、帰ってこなかった年上のリコリス達を何人も見てきた。彼女達は1人で任務に向かうこともあれば、集団で向かう事もあった。だがどんな任務でも、生き残って帰ってきたリコリスはこう言うのだ。
『アレは弱いから死んだんだよ』
誰もがそう言った。
状況を聞けば助けられる状況でも、彼女達は仲間を救う事はなかった。
他のリコリスが1人死ぬという事は即ち上に上がるチャンスが1つ増えるという事だった。それが当然だった。
だからだ。だからマスターは彼女達をこの選抜部隊に選ばず、私達を選び、この任務を行っている。
この思考に染まり切っていない私達が、仲間という存在を尊ぶ事ができるのか。仲間という存在に自分の命を懸けられるのか。預けられるのか。それを試されているのだ。
私は理解した。そして決意した。
あの鎮圧部隊に入れるのなら、私は望まれるがままに仲間という存在を知ろう、と。
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結果から言えば、今回の訓練は失敗に終わった。
6チーム中4チームが3日目には行動不能に陥り、残りの2チームも5日目を迎える頃には力尽きて救難信号を出した。
建前上の訓練内容からすれば失敗だ。だがこれを行った目的から考えれば大成功と言っていい。
5日目を迎えたチームのうちの片方。あの射撃が上手いリコリス──井ノ上たきながいたチームは、仲間が毒蛇に噛まれた事をきっかけに救難信号を出した。血清は持たせており、実際に打ってはいたようだ。だが噛まれたリコリスの発熱が収まらなかった事から信号を出していた。
その日のリーダーはたきなであった。
数日間話してみて分かったのだが、井ノ上たきなというリコリスは合理性と真面目というものを煮詰めたような少女であった。
彼女が京都支部でこのまま数年間過ごしたならば、DAにとって素晴らしく都合の良いリコリスに育っていたことだろう。
そんなたきなが仲間を想って訓練を放棄した。無理矢理歩かせるでもなく、見捨てるでもなく放棄。その判断こそがミラーが欲したものだった。例えそれがミラーの考えを読んでの意図的なものであったとしても、それでも良かったのだ。
「諸君、よく頑張ってくれた。ゴールまで到達したチームはいなかったが、ここまでやれればこの時点では十分過ぎる程だ」
「任務を達成できなかったのに、ですか?」
「そうだ。お前達はこの数日間で辛い事、苦しい事、危険に陥った事などあっただろう。だがその時、自分のみでそれを乗り越えたのか? 乗り越えられたのか? それを考えて欲しい」
全てのリコリスが何かを思い出すような仕草を見せる。ミラーはそれを見てニヤリと笑った。
既に彼の目的は達成できたも同然だったのだ。
「お前達にこの訓練で最も学んで欲しかったのは、山での歩き方やサバイバル技術ではない。仲間の大切さだ。分かるか?」
頷く者が見える。しかもちらほらとではなく、過半数が。
そうした仕草を見せる者の中には、きっとこの訓練の中で助けられた者もいるのだろう。そんなリコリスはきっと仲間と助け合う事の重要性を知っただろう。
「お前達は仲間だ。家族だ。いいか、助け合うんだ。昇進だの移転だのに縛られるな。この世界で生き残る為に助け合い、身を寄せ合え。生存こそが俺の部隊では最も優先される事項だ!」
「仲間……」
「家族……」
「そうだ! お前達は憎しみ合い、蹴落とし合う存在ではない。それを理解した奴から、俺が生き残る術を叩き込んでやる!」
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数年前、BIGBOSSという男の情報がアメリカから公開された。
彼の名前や生年月日をはじめ、実行してきた作戦や経歴、彼が編み出した戦闘技術までもが突然公開された。
それまではBIGBOSSと言えば大犯罪者の名を指すものであった。アウターヘヴンとザンジバーランドという2回に渡る武装蜂起、核武装による世界への脅威、様々な事件を齎した彼は、リコリスの教育で学ばされる程度には有名だった。
そんな彼の真実の情報が唐突に発表されたのだ。
そんな情報の中の一つ。次世代近接戦闘術“CQC”は、彼そのものと同様に評価ががらりと変わったものの一つだ。
それを今、私は体で体験させられている。
ふわりと身体が宙に浮いて姿勢の自由が奪われる。そのまま視界が目まぐるしく一回転しながら、重力に逆らえない私の身体は畳の上に強かに叩き付けられた。
余りの衝撃に肺の中の空気が一気に吐き出され、受け身をとる事ままならない。
成程、これが“本物”のCQCだ。
DAの戦闘教官が見様見真似で私達に見せるものじゃない。本当にBIGBOSSから学んだ本物のCQCだ。
「CQCはDAのカリキュラムの一環だった筈だが?」
「……今のでハッキリしました。アレは紛い物です」
「分かるのか」
BIGBOSSの情報が拡散されて以降、彼とその師が編み出したとされるCQCは各国の軍隊や特殊部隊で採用されるまでに再評価され、そういった軍人が退役後になる事があるDA内でもまた、CQCは採用されリコリスの必須技能になった。
だがマスターが行うCQCと他の戦闘教官が行うCQCは、その動きが異なる。
比べれば分かる。一度喰らえば分かる。後者の方は動きが稚拙で、粗雑で、無駄が多い。
「ボスの情報をアメリカが公開してからと言うもの、確かにCQCは広がった。だが同時に、彼自身が編み出したオリジナルと呼べるものを知る者がこの世に多くいる訳ではなかった」
この世に広まったCQCは歪んでいる。そうマスターは続けた。
技術だけでなく、その根源も受け継がれる事はなく、ただ偽物だけが転がっているだけだと。
「俺はボスからこの技術を教わった。もし興味があるのなら、本物のCQCを教えてやる」
「お願いします! マスター!」
DAによって歪んだCQCを与えられた私は、マスターに教えを乞い、日々の訓練時間外で追加の訓練を行った。
最初に教わったのはその在り方からだった。
何故CQCを行うのか。CQCは素手とナイフを主体とした近接戦闘の為の技術ではあったが、その神髄は銃を持った相手を近距離で制圧する事にある。
近距離で敵と鉢合わせした場合、構え、狙いをつけ、そして引き金を引くという3段階の準備がある銃に対し、即座に攻撃動作に移る事ができる方が
また、DAで教わったCQCは素手とナイフは別個のCQCシリーズとされていたが、本来のCQCは銃まで含めた全ての武装で行う事が前提で、素手とナイフを用いるというのは基礎の基礎の話で、実際はそんな縛りはないらしい。
次に教わったのは関節技。
体躯が小さい私のようなリコリスが大人の兵士に投げ技を使うのは難しい。だが身体の一部のみを固める関節技なら話は別だ。
ここで感じたのは関節技の圧倒的な汎用性だ。
大の大人だろうと適切な角度、状態を維持すれば必要以上の力は要らないし、その状態さえ作れれば相手から銃を奪い取る事も簡単。更にそこから締め上げて気絶させる事もできる。
その過程で教わったのが近距離で相手が持つ銃の射線をズラす技術だ。これは意外に簡単で、距離さえ詰まっていれば相手の発砲タイミングを見極めて手を払うだけ。
簡単かつ有用だ。
3つ目に教わったのがナイフだった。
ナイフはCQCの上で外す事ができない装備で、攻撃・確保・尋問など全てに使う事ができる。
そして先ほどの関節技と合わせる事で、近距離においては銃を凌駕する。
投げ技は教えてもらえなかった。
私がここまで教えてもらう間に、マスターが京都支部に来てから既に1年近くが経過しようとしており、再び東京支部へ帰るようにという召還命令が下ったからだった。
「ここまでCQCを覚えたなら、次会うまでに死ぬことはないだろう」
マスターはそう言って、残りの訓練は次会った時に行うと約束した。
「お前は俺にとって久しぶりのCQCの生徒だったが、お前が優秀だったから教えるのに苦労しなかったよ」
「そんな事は!」
「いや、お前は優秀だよ……だから、これを渡す」
引き出しからマスターは一つの箱を取り出して私に手渡した。
長方形で重いその箱の中身は、やはり拳銃だった。
リコリスにDAから与えられるGlock17とは違う、しかし私のような子供にも持ちやすいよう配慮された銃のチョイスは、なんだかんだで私達に甘いマスターらしいと思う。
「お前の姿とその銃をいつかまた見せてくれ」
「はい」
「それまでは死ぬなよ……では、また会おう! 井ノ上たきな」
「はい、マスター!」
そして約10年後。井ノ上たきなは東京支部へ移転する事になるのだが、それはまた別のお話。
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次回はNEETが出ます