朝起きたら猫でした。
「……にゃん?」
唐突な話である。
そもそも何の前触れもなく猫になるなんて、あり得るのだろうか。
いやありえたからこんな状況なんだけど。
「にゃあ……」
ここはどこだろうか。
自分の部屋ではない。
それどころか部屋ですらなかった。
というか廃墟だ。
ぎゅるるる。
お腹が鳴る。
ご飯食べたい。
何もない。
つらい。
どうしようか。
周囲には実のなりそうな木もない。
どこかに食べられそうなものが残ってたりしないだろうか。
周囲をうろうろ。
壊れた戸棚、ボロボロのタンス。
見つかったのは缶詰が3つほど。
開けられるかどうか。
ざく。
……。
開いた!
思っていた以上にあっさりと缶詰は開いた。
中身は何とツナ。
これ以上ないごちそうである。
猫的には。
……塩分とか大丈夫なんだろうか。
いや、この状況下で贅沢は言っていられない。
食べる。
美味い!
もう一つ!
いや、駄目だわ。
正気に戻った。
そうそう、今は駄目だ。
お腹はまだまだ空いているが、流石に一気に食べるのはまずい。
いや美味しかったけど。
ひとまず残した缶は戸棚に放り込み、辺りを散策する。
まずは情報収集だ。
安全そうな場所も確保したいところ。
暫く歩き回った結果。
辺りに人間が暮らしているような場所はなく、ただの廃墟が広がるだけ。
しかしだ。
何だか見覚えがあるような気がする。
この壊れ方、どこかで見たような……。
しかし眠い。
やる気というかそう言った感じのものがあれなのだ。
ゆるっゆるなのだ。
なのでとても眠いのだった。
「にゃぁ……ふ」
危険はなさそうだ。
とりあえず寝ておこう。
「わあ、猫さんだ」
気付くと、なんか掴まれて抱えられていた。
うむ。
完全に捕まった。
「ねえ、どうしてこんなところにいるの? お母さんはいるの?」
猫の私に色々と聞いてくるお嬢さん。
なんだろうか。
嫌な予感がしないでもない。
「ねえ猫さん。おうちに来る?」
ほら、やっぱり。
この状況下で断ることはできない。
というか逃げられないのだから仕方がない。
「にゃあ」
「わぁ……!」
喜ぶお嬢さん。
なんだか可愛い。
これは母性本能か。
いやまあこの身体は男なわけだが。
「わたしね、わたしね、名前はね、ツバサっていうの!」
「にゃあご」
ツバサちゃんか。
私の名前は……まあ、どうでもいいか。
猫だし。
過去の自分にあんまり興味はないのだ。
忘れたい記憶でもある。
「えへへ……よろしくね!」
「にゃあご」
このまま連れて帰られるようだ。
まあいい。
別に困ることはない。
ただ残念なことが一つ。
あの残した缶詰を食べることができなかったことだ。
「にゃん」
「えへへ。猫さん猫さん」
にゃごにゃごしていると、お嬢さんが凄い勢いで撫でてくる。
割と痛い。
だがまあ、我慢できないわけでもない。
小さい子なのだ。
我慢してやるのが大人という奴だ。
しかし。
この子の親が見当たらない。
どうやら、いない様子だ。
仕方ない。
ここはお嬢さんを守る番猫として生きるしかないようだな。
可愛いだけではないということを教えなければなるまい。
「猫さん猫さん」
「にゃあ……」
「猫さんはいなくならないよね……?」
「なう」
いなくならないさ。
猫は気まぐれだが、私はきっと大丈夫だ。
元は人間だしな。
「にゃあ」
「クロ! 今日はね、おっきなトウモロコシ貰ったんだよ!」
家猫になって暫く。
この世界はとても危険な環境にあることを知った。
アラガミという凶悪な怪物が現れた。
そのアラガミによって世界は混沌の渦へと飲まれた。
そんな世界だ。
つまり。
ここはGOD EATERの世界だ。
「えへへ。クロ、美味しい?」
「にゃあご」
「よかったあ!」
笑顔のツバサ。
彼女の笑顔を絶やすわけにはいかない。
故に、私はずっと一緒にいる。
彼女を幸せにするために。
……一緒にいるだけだ。
私にできることは、それだけだ。
この身が人間であったならば。
もしかしたら、などと思った。
「クロー! 今日はね、お散歩に行くよ!」
「にゃあ」
「えへへ」
散歩と言っても、私は抱えられたままである。
そのままツバサが歩くだけなのだが……まあ、気の済むまで一緒にいよう。
どうせ猫は暇なのだ。
捕まったままで歩くなどわけないのである。
「にゃ……」
しかし、どうにも嫌な予感が頭から離れない。
野生の直感とでもいうのだろうか。
何かがこちらを狙っているかのような気がしてならなかった。
「にゃああ」
「え、クロ!?」
嫌な予感だ。
そしてそれは確信に至った。
気配がするのだ。
人ではない、普通の動物ではない息遣い。
それが、こちらに向かってきている。
私はツバサの腕を抜け出して走り出す。
とにかくここから離れなくてはならない。
危険が迫っている。
「クロ、待ってよぉ!」
「にゃあご」
少し速度を落とし、私はツバサの先導をする。
こちらは駄目だ。
最短ルートで人のいる場所に転がり込まなければ。
急ぐ。
だが、ツバサは足が遅い。
いや、こちらが速過ぎるだけか。
この差が今はもどかしい。
「待って、行かないで。クロ!」
振り返ると、ツバサは立ち止まっていた。
まずい。
あの位置からは匂いがする。
「にゃあ!」
「え―――――」
駆け出し、飛び掛かる。
大きな口。
二足歩行。
人間並みのサイズ。
オウガテイルか?
今は考えている余裕はないが。
噛みつく。
しかしわかる。
噛みついた先から
だが駄目だ。
離れてしまえば次の目標はツバサだ。
離れるわけにはいかなかった。
「クロッ!」
「しゃあああ!!」
オウガテイルの目を塞ぐように飛びつく。
ギチギチと身体が喰われていく感覚に襲われる。
だが、それでも。
私はしがみついたままだった。
「にゃあ!」
逃げろと。
ああ、この猫の身体がもどかしい。
喋ることができない。
力もない。
ただこのまま喰われるのを待つだけだろう。
しかし。
それでも。
ツバサだけはどうにか逃がさなくては。
「にゃああああああ!!!」
血が飛び散る。
力が抜けていく。
だが絶対に離さない。
ここから先に行かせるものか。
「クロ……!」
駆けだす音がする。
そうだ、それでいい。
私なんか忘れてしまえ。
所詮小動物。
その辺で息絶えるだけの存在だ。
だがそれでも。
ツバサの命を救ったことだけは誇っても良いかもしれない。
……だが。
「クロ! 逃げて!」
何かがオウガテイルを叩く。
短い木材だ。
その辺に転がっていたものだろう。
それを使って、ツバサがオウガテイルを叩いているのだ。
駄目だ。
アラガミにそんなものは通じない。
分かっているはずだ。
それなのに、ツバサは逃げることはなかった。
「一緒にいるって……一緒にいるって決めたんだもん!」
その台詞に、私は心底嬉しくなってしまった。
ああ、ツバサはこんな私と一緒にいてくれることを望んだのだ。
だから助けようとしている。
だが、それでも。
アラガミには無力だ。
勝てないのだ。
「―――――」
ざわり、と身体が震える。
喰われる感覚ではない。
むしろ逆だ。
私の身体が
「―――――にゃあああああああ!!!」
噛みついた。
全力をもって、オウガテイルの瞳らしき場所をかみ砕いた。
するとどうだろう。
なんと、私の牙が通ったではないか。
「―――――ふるるるるる」
これならば。
これならばツバサを救える。
助けることができるのだ。
「―――――ぐるるるるるる」
さあ、よく分からないこの身体よ。
奮い立て。
力を出せ。
何とかしろ。
ツバサを助けるんだ。
「―――――がああああああ!!!」
死闘の末。
私はオウガテイルを退けた。
右前足は変な方向に曲がっていたし、右目は見えなくなっていた。
尻尾など既になくなっていたし、お腹の辺りの感覚がない。
だが。
それでも。
私は守り抜くことができた。
ツバサは、生きている。
「……っ!」
しかしだ。
私はもう一緒にいることはできないだろう。
アラガミを倒せるのは同じアラガミか、ゴッドイーターだけだ。
私はゴッドイーターではない。
ならば私は……アラガミなのだろう。
「く、クロ……?」
歩き出す。
ひょこひょこ、ととても歩いていると言えないほど遅い速度でツバサから離れる。
私はアラガミなのだ。
人類の天敵。
そして世界の敵。
それがアラガミだ。
それに気付いてしまった以上、私はツバサと一緒にいることはできない。
できないのだ。
「どうして……? どこ行くの……?」
だからそんな泣きそうな声を出さないで欲しい。
私はアラガミ、ツバサは人。
相容れない存在なのだ。
だから。
私は、ツバサから離れなくてはいけない。
約束を……守れない。
そんな男だ。
猫だが。
「待ってよ……行かないでよ……!」
だが、ツバサの足は動かない。
動けない。
何故かは何となくわかる。
きっとツバサの両親はアラガミに殺されたのだ。
この世界では珍しいことではない。
それ故に、アラガミである私を追いかけることができないのだ。
それでいい。
少なくとも、あの集落ではツバサはのけ者になっていたりしなかった。
それどころか、皆優しい人たちだ。
私を飼い始めたツバサの為に、食料を分けてくれさえした。
だから大丈夫だ。
ツバサは大丈夫だ。
後は、私が大丈夫になればいい。
「クロっ……!」
振り向かない。
もう、きっと会うこともないだろう。
振り返ってしまえば、私は彼女から離れることができなくなってしまうかもしれない。
それは駄目だ。
ツバサの将来を閉ざしてしまうかもしれない。
だから。
「にゃあ」
さようなら、ツバサ。
ツバサと別れて、廃墟へと辿り着いた。
ツバサと会ってから一度も来ていなかったが、変わりはないようだ。
……いや、少し崩壊が進んでいるか。
まあそれは関係ない。
私は戸棚を調べ、隠してあった缶詰を取り出した。
絵柄はかすれていて見えなくなっていたが、前に食べた物と同じ缶詰だ。
きっと食料が入っているだろう。
爪でそれを開けようとして、ふと気付く。
そうだ、そんなことをする必要はないのだ。
アラガミは何でも食べる。
それ故に、缶詰も缶ごと食べることができるのだ。
ガリガリと、そのまま缶に噛みつく。
味がする。
美味しいと感じる。
金属の味、そして中の具材の味。
「……?」
ふと気付くと、何故か缶詰が濡れていた。
中身が漏れていたのかと思ったがそうではなかった。
涙だ。
私が泣いていたのだ。
動物は悲しくても涙を流すことはない。
必要がないからだ。
そんな機能、猫には存在していない。
「……」
ああ。
私はもう猫ですらないのだ。
涙は止まらない。
ぽたぽたと涙が落ちる音と私の咀嚼音だけが辺りに響く。
ああ、私も一緒にいたかった。
もし可能であれば、ずっと一緒にいてやりたかった。
そうでなくても、彼女のために命を投げ出すことが惜しくないくらいに、彼女が大切になっていた。
だがもう会えない。
会ってはいけない。
アラガミと一緒にいる存在など、世界が許すとは思えない。
だから離れた。
彼女の為だ。
そう思ってだ。
しかしだ。
もしかしたら私は。
彼女を守り抜く自信がなかったのかもしれない。
世界を敵に回してでも、彼女を守る覚悟がなかったのかもしれない。
「……」
今更そんなことに気付くなんて。
愚かな猫……いや、アラガミだ。
「にゃあ」
鳴き声が響く。
今更猫の鳴き声など、あげてどうするのか。
「にゃあ」
だが駄目だ。
もう止まらない。
「にゃあ……!」
涙も止まる事がない。
もう自分にもどうにもできなかった。
「にゃああああああああ!!!!!!!」
悲しい。
辛い。
寂しい。
助けて。
会いたい。
あの笑顔が愛おしい。
あの手の平が懐かしい。
あの子の全てが……大好きだった。
鳴いて泣いて啼いて。
声も涙も枯れ果てて。
私は気付いたら眠っていたのだった。