目を覚ます。
どうやら自分は生き延びたようだ。
ラーフちゃんは安堵して、右手で胸を撫でた。
すると、その眼には奇妙なものが映った。
その右手の手首にあったはずの腕輪が存在しないのだ。
もしや自分は死んでしまってここは死後の世界なのか。
そう思って周囲を見渡すと、半分こになった腕輪が転がっていた。
風景は猫に噛まれた時のものと同じだった。
「猫さん……!」
そして思い出す。
自分は猫に噛まれたときの痛みで気絶したのだ。
おのれあの猫め、食べてくれる。
そう思って更に周囲を見渡すと、少し遠くで丸くなっている姿を発見した。
すくっと立ち上がり近寄ってみると、ぐっすりと眠っている様子。
「ふっふっふっ、どう料理してあげようか……」
邪悪な笑みを浮かべて銃を構えるラーフちゃんであったが、ここでふと気付く。
腕輪がないのに銃が持てる。
それどころか、気絶する前に感じていた空腹感も、痛みもなかったのだ。
「もしかして」
この子が助けてくれたりしたのかな。
そう思って手を伸ばすと、猫はぐいーっと背伸びをして起きた。
そして、伸ばした右手を舐めると、ゆっくりと歩き始めた。
暫く歩くとこちらを振り返る。
もしかしてこっちに来いと言っているのだろうか。
「……まあ、他に行く当てもないし」
ついて行こう、そうなった。
いや、当てはあるのだが、向かう先と同じなのできっと大丈夫だ。
彼女は割と悲観的ではあるが、楽観視もできるのであった。
しかし、先程までと違い足が軽い。
身体が軽い。
心が軽い。
何かに手助けを受けているようだ。
「なんかゴワゴワしてる気もするけど……まあいっか」
右手には若干の違和感。
しかし命にかかわるものではないだろうと判断した。
さっきの痛みとは全く違うものだったからだ。
暫く歩くと、何やらキャンプ地らしき場所に辿り着いた。
ラーフちゃんを見ると、血相を変えて走り寄ってくる人たち。
自身の姿を見ると、一張羅がボロボロで見る影もない。
若干悲しみを背負っていると、周囲から声がかかる。
大丈夫?
お腹減ってない?
元気?
優しい言葉だ。
久しく聞いていない、他人の言葉。
それを聞いた瞬間、涙腺が崩壊した。
漸く自分は助かったのだと、理解できたからである。
泣き疲れて暫く。
ラーフちゃんはメディカルチェックを受けていた。
右手の違和感の正体に気付いたのはその時だ。
「……???」
なんだかアラガミみたいになってる。
いや、アラガミみたいというのはちょっと違う。
具体的に言うと装甲らしきものが右手の腕輪があったところにくっついていたのである。
そしてメディカルチェックを受けていたラーフちゃんの耳に飛び込んできたのはこの台詞。
「なんで生きてるの?」
であった。
そしてあれよあれよという間に極東支部の総責任者、ペイラー榊に会うことになった。
服装はしっかりと作り直した自慢の一張羅。
いつもの格好に、右手だけ肘の上まで伸びた黒い手袋をつけていた。
何か隠すものを用意して欲しい、と言われたからである。
異論はなかったので適当に準備してはめてみたが、思ったよりしっくりきた。
左手は白い手袋にしようかなーとか思っていると、ペイラー榊が現れた。
何やら胡散臭そうなおじさんだ。
一瞬口に出しそうになったが我慢した。
この口の軽さが彼女を苦しめたことを思い出したのだった。
「さて、ここまで来てもらって早速なんだけど、右手を見せてもらえるかな?」
「はーい」
軽いノリ。
別に見せるのは恥ずかしくない。
いや、素肌を見せること自体は恥ずかしいが、まあ右腕だけだ。
その程度なら問題はない。
右手の手袋を外し、謎の装甲を見せるとペイラー榊の顔がぎゅいんと近づく。
いや怖っ!
びくっとして逃げそうになった身体を押しとどめたラーフちゃん。
そうこうしている内に、気付けば謎の機器が右手にとりつけられていた。
あれ、なにこれ状態である。
「あそーれっ」
「え? ぎゃん!?」
ペイラー榊がぽちりとスイッチを押すと、ラーフちゃんの全身に電気が走った。
ちょっと痛い。
その反応をみて、ペイラー榊はふむふむと言いながら機器を動かしていく。
まるで精密機械だ。
ぽけーっと見ていたラーフちゃんだが、すぐ横をみたらついこの間一緒にいた猫がいるではないか。
こっちに来ないかなーとひょいひょい手招きすると、とことこ寄ってきて頭をこすりつける猫。
か、かわいい。
気付けば猫を抱き抱えていたラーフちゃん。
その恰好のまま検査を進めることになった。
「君、半分アラガミだねぇ」
「え?」
検査結果、ラーフちゃん半分アラガミ。
ペイラー榊の見解はそれであった。
「偏食因子によってこれ以上のオラクル細胞の浸食はないだろうけど、それでもこのオラクル細胞がなくなれば、君の身体はおよそ48.3%欠損してしまうだろう」
「つ、つまり……?」
「君の体の半分が、オラクル細胞になっているんだ」
つまるところ、ラーフちゃんは人間じゃなくなったのであった。
「この状況下で生き残れたのは運が良かったね。下手すればただのアラガミになっていただろうからね」
「わ、わあー……笑えないよぉー……」
淡々と告げるペイラー榊に、引き気味のラーフちゃん。
とはいえ生き残ったのは事実。
彼女はそれ以外に心配がないことを確認し、安堵のため息をついたのだった。
「後はそうだね、その子から離れないようにした方がいいね」
「? この猫ちゃんから?」
「そう。その子が君の命の恩人だろうからね」
そう言うと、ラーフちゃんから猫を受け取るペイラー榊。
そして機器を操作すると、やっぱりと言いながら猫をラーフちゃんの腕の中へと戻す。
「今ちょっと君からクロを離しただけで、浸食率が0.0013%進んだ。つまりはその子を離すと君はアラガミに更に近づいてしまうということだ」
「え? え?」
「簡単に言うと、そのクロから離れないように生活しなさい、ということだよ」
猫……クロから離れないように生活しなければならない。
猫ってとっても気ままな生き物だった気がするなぁ、と思いながら、ぎゅっと抱きしめる。
怖い。
流石にああ言われて楽観視していられるほど彼女も能天気ではなかった。
「にゃあ」
「ふえええ……離れないでよぉ……」
逃げようとするクロをぎゅっと抱きしめるラーフちゃん。
半泣きだ。
いやまあ人間じゃないと言われた上に更に人間から離れてしまうと言われたらそうもなるだろう。
「とにかく、なんとか代替案ができるまではその子から離れないようにしてね。大丈夫、クロは頭がいいから」
「そうなんですかぁ……?」
「ああ。君が生きていたいと願うのなら、その気持ちを汲んでくれるさ」
じっとラーフちゃんの方を見るクロ。
その瞳は生きていたいかと彼女に語り掛けているようだった。
「死にたくないよぉ……」
「にゃあ」
泣きながらクロを抱きしめるラーフちゃん。
クロは小さく鳴くと、その身体を委ねた。
まるで仕方がないな、と言っているかのようだった。