そんな状況です。
目が覚めた私は、手あたり次第にその場にあるものを食べ始めた。
アラガミは食べる。
そして身体を変化させていく。
本当は身体を構成するアラガミ細胞を変化させているのだろうが、些細な違いだ。
とにかく、私には力がない。
オウガテイルにすら辛勝だ。
そんな状況で生きていけるほど、この世界は甘くない。
「……」
そこで、ふと考える。
今の私に生きている価値などあるのだろうか。
先程まで存在していた目的、目標もなくなった私が、生きていていいのだろうか。
……そこまで考えて、ひとまず思考を遮断した。
生きている価値とかそういうのを考えるほど、私はセンチメンタルだったのか。
そう思って頭を振り、思考を散らす。
今は生きることだけを考えるのだ。
さて。
傷は塞がったが、私の身体は未だに猫だ。
とにかく強くならなくてはならない。
ガジリガジリと金属片を食べながら、私は次の獲物を探していた。
味は度外視。
お腹は減り続けている。
食べ続けることに問題はなさそうだ。
「……?」
ふと、何かの物音がした。
小さなものだ。
人間のサイズではない。
まるで小動物のよう。
「……」
仕方ない。
私は食べていた金属片をその辺に投げ出し、物音がする場所へと向かった。
「くぅ……ん」
犬だ。
子犬が一匹、その場に転がっていた。
その近くには母親だろうか、痩せに痩せて、餓死してしまったであろう死体があった。
「くぅん、くぅん」
子犬は鳴いていた。
否、泣いていた。
親が動かないのだ。
もう、動かないのだ。
それに気付いてしまったのだろう。
しかし、それでも。
離れることはできなかったのだろう。
それはきっと生きることができないからではなく。
ただ単純に、親と離れたくないからだろう。
「……にゃん」
「! ぐるるるる!」
私が鳴くと、子犬は即座に起き上がり、私に対して威嚇をする。
……もう動かない親を庇って。
ああ駄目だ。
もう駄目だった。
私はその姿にツバサを幻視してしまった。
放っておくことなどできない。
私は少しだけその場を離れ、食べ残していた缶を口に咥えて子犬へと近づいた。
子犬は警戒を解かないが、缶詰を爪で開けたところでその警戒が少し解けた。
食べられるものだと気付いたのだろう。
「……」
「……」
無言のまま暫く。
その場を私が離れると、子犬は警戒しながらもその缶詰の中身を食べ始めた。
さて。
この状況をどうする。
このままでは子犬は死ぬだろう。
一度助けた命だが、それもいいだろう。
私は何でも食べることができるのだ。
その内の、子犬が食べられる食料を与えただけに過ぎない。
しかしだ。
最早私には子犬を見捨てることはできなかった。
だってそうだろう。
あの子犬を見て、私はツバサを思い出してしまったのだから。
「わん!」
缶の中身を食べきったところで、私は子犬の近くに戻った。
すると、子犬は命の恩人だと気付いたようで、私に懐いてくれた。
私が動くとその後ろについて回るようになったのだ。
なるほど、頭がいい。
しかし、どうしても。
子犬はこの廃墟の一角から出ようとはしなかった。
ああ、理由は分かっている。
子犬の親だ。
親がこの場にいるのだ。
恐らく子犬も気付いているのだろう。
だが、離れることなどできるだろうか。
自分の身を削り、生かしてくれた親から、離れることができるだろうか。
私には無理だ。
なので私は、子犬の親を背中に乗せてその場を移動することにした。
廃墟はとにかく食料がない。
偶然手に入れた缶詰も、あれ以外には見当たらなかった。
ならば、新しい住処を探さなければならないだろう。
幸い、子犬の親の身体は小さかった。
私の背中に乗せて運ぶのに支障はない。
「わん」
子犬は私が親を運んでいることに気付いたのか、尻尾を振りながら私の後ろをついてきた。
賢い子だ。
……さて。
この子が食べることのできる食料は、どこにあるのだろうか。
「わん!」
「わーかわいい!」
最終手段、集落である。
正直な話、あの近辺で食料が存在するであろう場所はここしか見当がつかなかったのである。
しかし、子犬はまだ小さい。
故に子供にはうけがいい。
「はっはっはっ」
子犬もそのことに気付いた様子で、くるくると子供たちの周りを回る。
その様子を見て、飼いたいと思う人間は数多くいるだろう。
そうだ、ここで暮らせばいい。
私はアラガミだが、あの子は別だ。
きっと幸せになるだろう。
子犬の親を乗せた私は、集落から離れてちょっとだけ高い丘に立っていた。
そこに、この犬の墓を作るのである。
いや、墓と言えるかどうかすら怪しい、ただ埋めるだけの作業だ。
……あの子犬はきっと、私を許さないだろう。
しかし、それでいい。
あの子はここで幸せになればいいのだ。
それに、例え恨まれたところで、痛くもかゆくもない。
精々噛みつかれるだけだろう。
私はアラガミだ。
その程度で傷などつかない。
「―――――わん!」
その場から去ろうとした時、背後から子犬の鳴き声がした。
まさかだ。
あれだけ構われていた子犬が、人間を振り切ってここまで来るのか。
驚いていると、子犬は墓の前で寝転がり小さく鳴いた。
そして、私の方を見て、頭を下げた……ように見えた。
それだけだ。
見えただけ。
その直後に、子犬は集落の方へと駆けて行った。
「にゃあ」
勝手に鳴き声が出る。
まあいい。
私の旅に連れ合いは必要ない。
元々、子犬はここに置いていくつもりだったのだ。
寂しくなど、ない。
少し、最後まで見てやれないことに、罪悪感はあるが。
さて。
私は独りで旅に出る。
今度は独りで遠くまで。
帰ってくる予定はない。
強くなって強くなって、とても強くなれば。
もしかしたら。
もしかしたら彼女を守る為に戦えるかもしれない。
そんな幻想を思い描いて、私は新しい一歩を踏み出すのだった。